31日:SMAP
かっこいいねぇ。あと、aiko、かわいいねぇ。
30日:映像の世紀
結構な時間、テレビを見る。。。
くるみ。
ミスチルがこの間出した歌。「ねぇ、くるみ〜」ってやつ。ただ単に胡桃の木という自然に語りかけてるだけかと思っていた。そうしたら今日、妹の友人情報で「くるみ=来る未来」という説が!やっぱ、桜井さんってことか。才能。
そんなこんなで才能を感じることってこの頃多い。
宇多田ヒカル。昔のMDを聴いた中での「SAKURAドロップス」。はじめてこの曲名を聞いた時は「サクマ式ドロップのぱくりか??」などと思っていたら「桜散る=失恋→SAKURAドロップス」って……普通思いつかないよ。才能。
槇原敬之。この間のカラオケで「北風〜君に届きますように〜」を歌った時も、何かでスマップが「世界にひとつだけの花」を歌っていたのを聴いた時も思った。何というか、世間の歌にはたくさんあふれている内容を、きっちり聴かせるよね。才能。
浦沢直樹さん。すごい、の一言。
ソニー。PSXという製品を売り出した。そのCM。洗練された映像と音楽はいつもと変わらずだけれど、CMの終わりに出てくるのは「Play Station」ではなく「SONY」のロゴ。もうあれはPSの名は冠しているものの遊びの道具ではなく、SONYの一基幹商品に据えたらしい。その売り出し方、CMでのアピール方法にちょっぴりすごいなって思った。才能?
Nスペ。
NHKスペシャルで今年、「地球市場 富の攻防」というシリーズをやっていた。チャンネルを回していたら、今日通しでやっていたので、抜けていたとこを結構見てしまった。年賀状も書かずに…。自分は筆無精だとつくづく思う。とにかく年賀状は後回しにしてるもん。
看護士は途上国では賃金が低いから先進国に行く。そうすると途上国で人材不足が起こる。それを補うためにその途上国はさらに賃金が低い国から自分の国への人材を求める。人材の二重流失がそこでは起こっている。割を食っているのは最も賃金を払えない国の患者。
一方、人件費の安さを求めて先進各国企業は途上国への外注を行っている。そのため、先進国の人々は自分たちの国の雇用を途上国に取られてしまっている。
世界はうまくいかないものなのか。うまくできないものなのか。
映像。
なぜか今日はNHKな日らしい。「体育会系〜」みたいなバラエティーを見ていた。コマーシャルタイムで新聞を見た。NHKで「映像の世紀」という番組をやっていた。ここ2〜3日やっていた番組。内容が「民族〜」だったので、淡い期待を抱きながらチャンネルを回した。
期待は裏切られることなく、つけて10秒後くらいにはチトー(旧ユーゴの大統領)が登場してきた。ただし、その内容構成は酷かった。何で「クロアチア人兵士を連れ回すセルビア人」という見方しか放送しないのか。あり得ない。悪いのはセルビア人のみなの?NHKなんだし、『戦争広告代理店』っていう本のもとになった立派な番組も作ったんだから、ちゃんとした放送してよ、ってひとり突っ込んでた。
ただ、コソボ動乱の時の難民の映像を見た。今年、ユーゴで出会った人たちがあのようにしてセルビアに来たのかと思うと、、、リアリティーが全然違う。
今年、ゼミで日本の難民について調べる機会に恵まれた。日本が難民受け入れを本格化させた出来事の映像をこの番組で初めて見た。
動乱の時期、その中で難民になってしまった人たちの映像が流れる。文章とは違った映像の迫力に感心。
セルビア。
ミロシェビッチもシェシェリも獄中から日本でいう国会議員に当選したそうな。セルビアでも極右政党が躍進。旧ユーゴ全体を見渡してもクロアチア、ボスニアで今年は極右政党が躍進した。
あの地域、大丈夫なのだろうか。
29日:年末とは思えぬほど日常
昼、サブゼミ@吉祥寺。マックで「カクニ〜」を食べる。マックで角煮かよっ!って思いながら…。みなさん、見かけたらぜひご賞味くださいな。肉まんと思って食べればまぁまぁ…まぁって感じです。
夕方、バイト@銀座。今年最後のバイト。バーキンというバッグの見分けどころを軽〜くだけど伝授してくれた。
たまには1人夜ドライブしたいなぁ。
28日:オリオン座
夕方、家を出る。
府中に待ち合わせ1時間強前に着く。ドトールに入ってちょっくら読書。
待ち合わせが変更になり、18:00に調布。中学からの友達と忘年会。
家に着く直前、ふと違和感を感じた。いつもの道を通ってきているのに、見上げたいつもの位置にオリオン座がなかった。少〜し考えた後、気付く。そうだ、今日は帰ってくる時間が早いんだと。だから、まだオリオンはいつもより東側にあったのです。
近頃、帰宅が終電とかだったから22:00ちょい過ぎとかに家に帰るのが不自然だったらしい。不健全この上ないねぇ。
27日:年の瀬、近づく
寝過ぎて、起きたのは昼。
夕方、昨日書いたブッダへのエアメールをバイト前に新宿の郵便局から出す。
夜、バイト。
エアメールがあんなに安いものだとは知らなかった。セルビアに送るのに110円って…。そんなシステムを作ってくれた先人に感謝。
バイト先が新しく店を出すらしい。しかも、同じく銀座に。景気の良い話だ。
そんなバイト先で「良いお年をー」という決まり文句を今年初、使った。もうそんな時期なんだね。
イランの地震。
たぶんそんな簡単にできることではないと思うけれど言いたいことがある。イラクに派遣しようとしている自衛隊。とりあえずイランに緊急派遣したらどうでしょ。それでもって、救援や復興支援活動をすればたぶん、日本の色々な株が上がると思うから。
26日:モードチェンジ!!
今日はずっと家の中。遊んだツケはそりゃ…ね。。。
父親が帰ってきて「エアメールが来てるぞー」と言われる。ブッダ(ユーゴでお世話になったホスト先のおじいちゃん)からだった。自分から送ろう送ろうとして先を越されてしまった…。年を越えちゃうかもしれないけど待っててねー!
で、またまた父親から「そういえばファックス来てたけど良いのか?」と言われる。見れば国際救援センターからイベントに参加しませんかというファックス。22日に送られてきていたらしい…。チラッと出した話を覚えていてくれたことに感無量。
25日:1年という歳月
朝から残ったキムチ鍋でうどんや雑炊を食べたり残ったサワーを飲む。
昼、「いせや」。井の公。散策しながらジブリの森美術館まで行く。
夕方、卓球を渋谷で。
夜、飲み屋。
先輩は朝からバイトがあり、残された5人中2人は早いうちに家を出る。3人でとりあえず吉祥寺に向かう。バスの通り道にあったいせやの説明をしたら関西から来たやつが「行こう、行こう!」と言い出したので昼間っから「いせや」。でも、えらく気に入ってくれたから良いか。
井の頭公園散策で先輩も合流。この公園、どこを歩いても何らかの思い出がある。変わらぬ光景も見られる。長年、お世話になってます。っと、自分的に結構歩きながら浸ってた。
夜、家でクリスマスパーティーやる予定だったけど、関西のやつと飯を食うことにした。で、2時間弱話して、先に帰った2人の30分くらいあとに先輩と出る。エクセルシオールで酔い覚ましをして帰ることに。賭けで、お金はかかるけれど混雑の中、京王線でもみくちゃにされたくなかったので新宿経由で帰ってみた。賭けに勝ち、京王線では急行で席をゲット!
ここ何日か、とにかく楽しんだ。それを最優先に動いた。世の中、いっぱい問題はある。自衛隊は出て行っちゃったし、相も変わらず殺し合いは果てない。自分的にも就活とクリスマスキャンペーンの運営の両立を乗り越えられるかという問題がある。両立はできないんじゃないかという公算が大きいから、なおさら不安でいっぱいいっぱい。っというか、その前に単位を取って4年になれるのかという切実な問題も…。でも、そういうのを頭から追い出した。追い出したというか自然に忘れてた。それほど楽しかった。こういうのも、たまにはありでしょ。
まっ、実家生なのに21日の夜から家族と顔を合わせていないという親不孝者だけどさ…(^^;)でもでも、自分はこの上もなく幸せ者だとも思った。
1年。人生80年の国に生まれた自分の中のたった1年。されど1年。人間は劇的に変われるものだ。
関西から来たやつのためにもうちょっとコースを考えてやれていればと思った。でも、東京案内と言えば…どこ??
24日:出会えて良かった人たち
12:00前に起床。
15:00、新宿待ち合わせだったけれど、法政まで足を伸ばすことに。法政の最上階で関西から来た人たちと合流。
18:00、新宿で箱根から来た人と何とか合流。
武蔵境で鍋の具材とケーキを買って、先輩宅でパーティー。
6人中4人は同期に派遣された中でコソボのマリシェボに行った班のメンバー。マリ班の唯一の男とは行く前の合宿でもいっしょの部屋だったり、帰国前のボスニア〜ウィーンまでの2・3日をともにしてドナウを歩いて渡ったりしたということで、マリ班とは関係のない自分にも声を掛けてくれた。で、参加させてもらった。
マリ班は本当に良い班だ。自分の班が同期派遣では最高かなと思っていたけれど、この班には負けるかなぁって思わされるほど良い班。偶然の出会いってすごい。
自分もボスニアからなどで関わりがちょっとでもできたという偶然に感謝。
23日:「6人」でいられること priceless
16:00。渋谷でテニ部忘年会。15:00待ち合わせだったけれど気付いたら15:00に家だった…。
ファインディング・ニモを観る予定だったが、遅れていったら吹き替えだったらしくやめようという話に。そこで急遽ボーリングに変更。先に着いた4人が予約をしに行き、あとから残りの2人が合流。6人全員が1年以上ぶりにそろった。
ボーリングはチーム戦。バカみたいに接戦になって声はかれ、敗戦。
ボーリングでのタダ券を使って1階のゲーセンでメダルゲーム。ポーカーで当ててきて、メダルは増える増える。無為な時間をそこで1時間半ほど…。
それから、おはちで夕飯。ボーリングの負けチームがおごる。
おはち後、通りすがりに看板の出ていた「土間土間」で忘年会。なぜか胃がおかしくてあまり飲めなかった…。帰る直前、2人がはしゃぎ始めてドアを倒す。皿を割る(^^;)
24:00。明日、朝から彼女さんと待ち合わせがある1人を泣く泣く送り出して残り5人はやっぱりカラオケオール。まぁ、半ばそうはなると思ってた。みんなボーリングで声をからし、酒を飲み、明日昼からテニスするやつとか、明後日試合とかってやつばかりなのにオールだからね。。。
29:00にカラオケを出て、30:00頃、帰宅。上着だけ脱いでそのまま就寝。
22日:血縁
朝、父方の祖父の弟さんの告別式に両親の代理で出席。
夕方から、バイト。
記帳の時。車で迎えに行った親戚のおばちゃんから、横から見た姿がいとこにそっくりと言われた。
焼香の時。自分の前に父親のお兄さん夫婦が立っていた。父親のお兄さんの後ろ姿は自分の父親とそっくりだと思った。
故人となってしまった父方の祖父の弟さんの若かりし頃の写真がスクリーンに映し出された時。自分にそっくりだと思った。
繋がりってあるんだ。自分に自覚が出るようになってから初めてそう実感した。ず〜っと昔に父親からさりげなく言われたことなのに頭に残っていることがある。「うちの名前を残せる男子はお前だけだぞ」と。
父親は7人姉弟の末っ子。その中で男は2人。残りの5人のお姉さんたちは名字が変わっちゃったし、お兄さん夫婦にはお子さんがいない。うちは俺と妹。別に家の名とかにこだわるつもりはないけれど、いろいろな面影を見ていたら自分も繋げていけるのかなぁなどということを、不謹慎にも式の最中に少々思っていた。
21日:ニーズ調査とは?
バイトの忘年会。
日頃働いている人の意外な経歴に驚く。音大出、ピアノの教師、もとバンドマン、ラジオのプロデューサー、多額の借金持ち(?)、姉はオペラ歌手(ウィーン合唱団?)etc...ゲイバーやクラブなどの奥深〜い話もちらほら。
自分が一番終電が早かったので、終わってから別れも早々駅へダッシュ。ギリギリで丸ノ内線の終電には乗れたものの気分が悪いことこの上なかった。
神崎さん、2〜3時間の滞在でどんなニーズがわかるというのか。直接支援がどれほど大変か…。怒る気にもならないほどあきれかえる。これを仕事にしているNGOの人たちなんかにすればこの訪問はもうどうでも良いことなんだろう。
政治家に期待はできない。とは言っても、政治にしか変えられないことばっか。ジレンマですね。
「正しいことをしたければ偉くなれ」って誰かが言ってたなぁ。
20日:反面教師
昼頃、家を出て、聖蹟で2時間ばかり読書。1ヵ月弱借りっぱなしの本をようやく読み始める。1ヵ月も借りているともはや私物。でも、早く返さないと罰則でとにかく借りられなくなってしまうからやばいな(汗)
夕方からバイト。銀座は毎度毎度もっと早く来て歩いてみようと思うものの、どうもいつもギリギリで到着。ソニーの建物とか、マックの建物とか、紙百科とか、見てみたいところは結構あるんだけどなぁ。
兵器市場についての本を読んでいて改めて思う。ミサイル防衛導入かぁって。
自衛隊派遣には一定の理解を示しても、このカネのない時代に、そこにカネを投じるとは…。歳出の半分しか税収でまかなえないってどう考えてもおかしいよな〜。知識がないからそれでも大丈夫なカラクリが理解できない。
銀座のロッテリアにて。カウンター席のお隣の2人が色違いの同じバッグを持っていた。今やっている店のおかげというか、そのせいというかで、大体の値段がわかった。程度が悪くても10万円弱のバッグ。で、その若マダムは店のカフェラテか何かの量がお気に召さなかったらしい。「泡ばっかで少ないわ!お店の人に言った方が良いのかしらー」と。
別にどーでもいいんだけどさ。別に。でもやっぱちょこっとは言いたくなった。「高いバッグ買ってるんだったら相応の店に行って満喫しろよ」って。
こういうことを思うってことが人間できてないなぁと思うものの、あぁはなりたくないと反面教師にすることを心に誓った。
19日:色々やったような、でも何も決まってないような
2限に間に合うように起き(友達のため)、12:00頃にはおかげで家に着く。2時間ばかし、飯食ったり、風呂入ったり、新聞読んだり、メール見たり、用意をして新宿へ。
15:00ちょい過ぎに新宿に着き、待ち合わせまでに焼き増しを頼んでいた富士写真をヨドバシに取りに行く。
15:30には待ち合わせていた子に活動記録を渡し、ちょっといっしょにぶらついた後、16:00から俺はクリキャンの支援先決定方法とかのノウハウを聞くためにベローチェに向かう。
で、そこでは話を聞いたり、関西報告会のためにクリスマスカードを手渡したり…。
19:30頃終わってから、マルイに裾あげをしに行く。最初マルイ・メンに行ったらまたブランドがなかった。で、探したらヤングの方に入っていたからそこまで行って裾あげ。待っている時間に紀伊國屋で卒論何にしようかとボーっと棚を徘徊。
で、今日も22:30には家に着きましたよっと。
18日:自分の言葉、自分の性格
家を出て、コンビニでレジュメのコピー。
吉祥寺でホッチキス留め。3限に出忘れる…。
4限はゼミの最終日=サブゼミの最終発表日。1年間やってきたことの発表を行う。4グループ中の4番目。始まる時にはみんな疲れている雰囲気だったり、出だしにいきなりゴキ登場などなどありながらも発表。
19:00頃から研究室でフォンデュ・パーティー。
何となく帰るのがめんどくなったから、急遽連絡して、学校近くの友達の家に泊まらせてもらう。23:00頃から会って、28:00には就寝。
発表って改めて難しいなって思った。本当に自分でわかって納得して、何というか、自分の血となり肉となっているような言葉じゃないとスッと出てこない。そのせいで、発表の時間も取っちゃったし、詰まっちゃったからなぁ。言おうと思っていたことも言いそびれたし、自分的には50点。ギリ赤点ではないかな。
でも、グループ自体の発表内容は自賛ながら、良い線ついていたと思う。現場の人に話を聞きに行き、「難民=弱いだけの存在というわけじゃない」っていう実態をアピールする。アピールポイントもある程度は新鮮だし、裏付けもよくあんなに計画的にやったもんだと自分でも驚く。やっぱ1人でできないことも3人でやればできるもんなんだな。まぁ、発表形態も悩んだだけあって70点くらいはあげてもバチは当たるまい。
まだ最終レポはあるけれど、おつかれさんだ☆
フォンデュ・パーティーは最初、自分的にばたつきすぎ。コンロと酒の買い出し隊になったはいいものの、一緒に行く子と4階の研究室から1階に降りたところで2人乗り用のステップをバッグから取ってくるのを忘れたために1回戻り、続いて自転車のところまで来てステップよりもはるかに重要な自転車のカギを忘れたことに気付き、また研究室まで戻るという…。でも、その割に早く戻ってこられたかな。買ってきたものや量も、2人のノリでちょー適当に買ってきた割にはナイスな選択とドンピシャくらいの量だったし。
っというか、フォンデュで何が驚きって、自分の性格に驚き。まずあり得ないことが、研究室にいた12〜3人のうち男が俺のみってこと。で、さらにあり得ないことが、そんな中でも何だかんだ楽しめちゃったということ。
これ、気付いた時は革新的だと思ったわ〜。3年前、いや、1年前でも、同じ状況だったら楽しむというか、もう1人の男が来ない時点でいっしょに帰ってたと思うもん。
いつの間にかそれが普通に。人間って、適応していくんだねぇ。ちょっぴり感心。
17日:
飯食って家を出る。トースト1枚と紅茶だけだけど。
吉祥寺の丸井でこの間のバーゲンで買ったズボンの裾あげをしてもらおうとしたら買ったブランドがなくてできず…。
ちょっくらサブゼミって、授業へ。
夜、大学のやつと飯を食う予定だったけど、昼頃にキャンセルになっちゃった。残念だけれど、夜が空く。明大前に寄って、22:30には帰宅☆
16日:噂をすれば何とやら
昼休みにサブゼミ。
3限の間は飯を食いながら「男の方が割り切れない」ことを知る。もちろん全員じゃないけどねぇ。
4限に出る。今年初。好感を持てる先生だった。単位を取るか、来年にもう一度取るか、ちょっと悩もうと思う。
4限後、ゼミの子がこれからの課題をちょっとだけ教えてくれた。大変そう。
教室に残ってちょっと宛名書きをしていたら高校のテニ部後輩に会う。ちょっと話す。
新宿に行って、郵便局から郵送手続きをし、ヨドバシで富士写真の焼き増しを頼む。
19:00頃から西武というココアよりもコーラよりもケーキよりもカレーが安い喫茶店で今後のコアを集める会にちょっくら参加。別に俺は行く必要なかったかな。
昨日に引き続き、22:30には帰宅☆
3限の間、ちょっくら柄にもなく前に付き合っていた人のことを話していた。4限の授業を受けるために話していた子と別れて外に出ると声を掛けられた。何とその人だった(^^;)
ビックリした〜。やっぱりお互い学校にはあまり来ていないとはいえ、学校に来てると会うもんなんだね。ちょっと雰囲気は変わっていたかな。まぁ、1年近くほとんど会ってないんだからそりゃ変わるか。
何か今にして思えばうまく話せなかった。すっごくぎこちない感じになっちゃった。話したいこととかって結構あるはずなんだけどな。まぁ、でも、顔見ただけで「あー、もうっ、くっそ、何なんだ俺は」とかって思っていた時期に比べれば、進歩進歩。
向こうはガンバってるようだ。俺も適度にガンバらな。
15日:We got him
今日まで延ばしてもらったけれどのJANICだよりの原稿を書ききれなかった…。腐るほど背負ったものをひとつ、腐らせてしまった。
昼からサブゼミの話し合い。時間はあとちょいだけれど、何とか形になってきた。完成度を高めなきゃ。
夜はバイト。
フセイン前イラク大統領が捕まった。まぁ、現代の人で良かったよね。八つ裂きとか拷問はけっしてされないだろうから。
どこで裁かれるんだろう。アメリカは自分で裁きたいだろうけれど、そんなことは周りが許さないだろうからないでしょ。イラク人が裁くべきっていうのは正当だけれど、あの混とんとした機構じゃ苦しい。っていうことは、やっぱ国際法廷なのかなぁ。ミロシェビッチも今裁かれてるような感じで(ちなみに、ミロシェビッチは獄中からセルビアの国会議員選挙に出馬中☆)。フセインは色々アメリカの弱み握っているから国際法廷だと困るんだろうな、アメリカは。
ものすごく単純だけれど「勝者=正義」にはなっちゃうと思う。情報の取捨選択は自分の頭と能力を信じて、自分でね。
14日:モードチェンジ
次の代の報告会@文京シビックセンター。まぁ、でも、現編集長への活動記録配布などのフォローとクリスマスキャンペーンでクリスマスカードを売るので結構手一杯だった。
打ち上げにちょっと参加。テレビでトヨタカップがやっていた。近頃、こういうスポーツ観戦、してないな…。ボスが乾杯の直前に「フセインが捕まったらしいぞ!」っと。
今日で活動記録フォローは終わった。ようやく編集長役からも解放だ☆あと数日はサブゼミに力を入れよう。終わったらクリスマスキャンペーン。それで今年は終わりだろうな。
13日:地味、続き
まぁ、寝坊はしたものの昼から昨日の続き。ほぼ2人で150冊の製本テープ貼りetc...
終わってからバイト。
12日:地味じみジミ、すごく地味
1日中、ものすごーーーーーく地味な製本作業を延々と…。
昼、新宿で京王線からJRに乗ろうと改札をくぐる。メールが来る。「用紙1000枚と製本テープを買ってきてくれませんか?」…。いや、それは自分で買うんだよ、現編集長(泣)って心では泣きながらも駅員に事情を話しとりあえず改札を一度出て買いに行く。途中、雨が降り出してきたのに、その中でもサブゼミのことや今日来てくれる人の確認などで歩きながらメールしてた。
そういえば、昨日は雨の中川沿いをひたすら歩いていたから今日は風邪でも引くかと思っていたが、さすが俺。風邪は引かない。
いや、あとは本当に延々と製本作業@ボラセン。
21:00過ぎに終えて、飯田橋で先輩と飯を食う。中野の有名な青葉とにゃがにゃが亭という法政の子おすすめの店は両方閉まっていたので、店名は忘れたけれどきっと西安料理のお店でラーメン(麺はきしめんみたいなの)と鉄板餃子を食べた。ちょい高だけれど、店の雰囲気と味を考えたらば行って良かったかな。
11日:当たり年
今年は涙に対する当たり年だったらしい。涙の種類は違えど、1月から3回も泣いた。何て言うかもう、あぁ、情けな。どちらかというと笑い上戸だと思っていたけれど残念ながら泣き上戸だったのかなぁ。
でも、関わってくれた人に迷惑がそこまでかからなそうだから、相当安心した。本当に、良かった。
昨日に引き続きすごいことに気付いた。支援金って自分でバイトして稼いだ方が効率的じゃんって思っていたけれど、苦労しても周りを巻き込んで集めたお金にはやっぱり違うものがあるって思った。
今日「やめろ」と言われた時、自分で貯めたものだけならば100%やめてた。っというか、投げ出したと思う。でも、言われた後に自分の口から自然と「やめられません」っていう言葉が出てきた。多くの人が少しずつでも売ってくれて、そして買ってくれて、小さくてもその積み重ねがあったから。
10日:問題の存在
明日のために髪を切る。染めた部分もようやくなくなる。久々真っ黒髪もたまには良い。
飯田橋に行った後、学校に行って、その後新宿へ…。交通費が…。っというか、明大前から新宿の定期はたとえ通勤料金でも定期を買うべきだった気がする…。今日だけで明大前−新宿間の回数券を4枚使うって…あり得ない。
すごいことに気付いた。今まで、何かにおける問題(課題)は解決してもしても次々わき出てくるものだと考えていた。でも、そうじゃない。問題っていうのはもともとそこにたくさん存在していて、ただ自分がそれに気付いていなかっただけなんだ。
ただ気付いていないだけだから、それに気付けるやつが「スーパーなやつ」。気付けば解決策を考えられるから。気付くためにはやっぱりゆとりが必要。1つのことに追われているから他が見えなくなる。ゆとり、ゆとり。難しいーぃ。
ただ、何かこう思えた時に「おっ、大発見」って思った☆
そうそう、思い出した。飯田橋のUFJで路駐の罰則金を払った。その時、も〜〜〜〜〜のすごく丁寧な対応をしてくれた、こんな若造に。
ドアを入るとすぐ、お偉いさんらしきおじさんが「どのようなご用件で?」と低姿勢で聞いてきてくれた。言いづらいものの「あっ、駐車禁止の罰金を払いに…」とこちらも低姿勢で言ったらさらに丁寧に係のおばちゃんのもとまで案内してくれた。
まだ20歳そこそこの若造、しかも用件は法律違反のための罰金支払い、なのにあんなに丁寧にされるとこっちが恐縮しちゃうよ。
競争社会ってすごいね。あんな風にお客様第一主義を示していかないと生き残れないのかな。
夜、メッチャ励まされるメールをもらう。思ってくれる人がいるって、心の底からありがたい。
9日:Boots on the ground
サブゼミ。寝坊で大遅刻。ごめんなさい。
その後、飯田橋。
夜、、、というか深夜は事務。U-20、熱かったよ。
イラク派兵が決まった日。
8日:
バイトetc...ボスから忠告が来て、それの対応に追われていたら遅刻しそうになった。そんな日。
7日:つよがり
寝られるわけもなく、結局は7:30に新宿へ。24時間やっている事務用品売り場で現編集長と5000枚の紙を購入。飯田橋へ向かう。
12:00頃まで飯田橋で活動記録の印刷をフォローする。みんながやり方を把握はしてきているようだったので次は作業になれていくことが必要だった。自分が今後「楽」をするために。だから、残りの用紙6000枚をひとりで購入するために虎ノ門へ。行きは南北線で乗り換え1駅手前で降りてしまい、帰りは1駅乗り越す。
用紙はメッチャ重い。もう、眠さと重さが相まって、最後の方は大声で叫びたかったー。
14:00にはある程度は順調に活動記録の印刷は終了。片づけとかをして、みんなと別れて、とりあえず飯を飯田橋のモスで食べる。
16:00には飯田橋でクリスマスカードを受け渡し、今度は飯田橋のエクセルシオールに行く。何で1日でこんな金を使わなきゃいけないんだと思いつつも、寒い外で座るのも、本屋で立っているのも耐えられる眠さではなかったので店に入った。
17:00くらいからは次期派遣のためのメンバーを決める会@ファーストキッチン。22:00頃までは入り浸る。最後は他の話題もしていて、最後は先輩とラーメン食って帰宅。クリスマスももう間近なんだなぁと久々に意識させられる。
帰りの電車は不覚にも新宿から座り損ねる。どうやら眠さで頭がポーッとしていたようだ。調布で座れるまで、何度ひとり膝かっくんで起きたことか…。今にして思えば恥ずかしい。他人がしているのを見るとおもしろいもん。でも、そういう状態の当人にはどうしようもできないんだよね〜。
どんなに自分で自分を奮い立たせても、それはただの強がりだとつくづく思う現在。ストレスは隠されているけれど確実に溜まっているらしい。独身主義を返上しようかな〜。
総括として言っちゃあいけないと思われることを何人かの前で口にもしてしまった。言った後、ヤバイかなとも思ったが、あそこにいた人たちならばわかってくれるかなとも思うのでまぁ良いか。
団体の「頭脳」3人の話し合いを聞いていると、やっぱり自分の今の限界はここまでだと意識せざるを得ない。現地に直接支援をするとして、お金を集めるまでの組織運営は何とか自分でもできる。でも、支援の実行はできない。最低限の英語で交渉という過程ができないから。あの3人はみんな、日本で組織を運営する能力も抜群ならば、現地に自分で行って動ける人たちだ。その段階に進まないとやっぱり「次」には行けないなぁと痛感。
そして、自分がそこまでできないやつでありながら総括なんてしていていいのかという、この企画を総括でやると言い出してから常に持っていた疑問も再浮上してきて。。。
まぁ、つよがってでも何ででも、言い出したからには最後まで責任を取らな。ガンバろ。
6日:過信と強さの源は
ふっきれ状態。今の自分、不安はたくさんあるが、恐いものがない。そんな状態だって思ったバイト帰り。みんなが就活のために受けている練習試験も受けていない。でも、全然平気な自分がいる。何かできる気がするから、不安ではあるけれど恐くはない。この気持ち、間違った方向に持っていったらただの「過信」だけれど、方向さえ間違えなければかなり強いはず。これからの自分、ちゃんと歩めよ。
にしても、1年前頃は、今にして思えば、何をするのも嫌だし恐かった時期があった。いちいち人目を気にして、布団にうずくまっていたい時期があった(今は別の意味で布団にくるまりたい)。そこから考えたらよく立ち直ったもんだ。時間かな。行動かな。成長かな。まっ、忘れただけかな。忘れちゃいないか。じゃあなんだ。たまたまかな。そういう時期なのかもね。よくわからん。別にどーでもいいや。って、どーでもいいことをウェブに載せるなよ、ったく。
後悔。なぜ今日の昼にもう1度、確認を現編集長に取らなかったのか。後悔。明日がとても不安。っと思っていたら電話が現編集長から来た。まぁ、自分の身と、時間と、クリスマスキャンペーンを犠牲にすれば何とかなるっぽい。良かったような、何だかなぁ。
こうして日記を漠然と打っている間にも電話は来る。午前3:00なのに…。そしていろいろ決まっていく。決めていく。決めていかなきゃいけない。
つい、その子にグチってしまった。年下にグチるとは、、、何だかなぁ。
5日:きれいごと
早起きすると昨日豪語したにもかかわらず、起きたのは昼。
13:00頃教会へ行く。地元の、教会とはとてもとても言えないような小さな小さな教会。
近くに礼拝のためのポスターが貼ってあり、そこに電話番号が記してあったので、とりあえず電話をしようと思う。外は雨。そこで、近くのマンションの自転車置き場に入って、バッグを置かせてもらいうろうろしながら何を言うかを考えていた。5分後くらい、ふらりとおじさんが来て「そこで何してるんだい?」と聞いてきた。どうやら守衛さんで、監視カメラから見たらものすごく怪しい人物に見えたそうな。事情を話し、軒下はお借りすることに。電話をすると1時間後でいいかなとのこと。時間はせっぱ詰まっていたが、こちらがお願いする立場なので了承する。
1時間後、緊張しながら教会へ。とてもとても親切にしてくれた。牧師さんといったらおじいさんかと思っていたら、とてもとても若い人。とりあえずクリスマスカードを4セット、買ってくださった。日曜などの礼拝の時にもいらっしゃいとも言ってくれた。
ある絵本を見せてくれた。クラスでいじめられている子が1人いた。1ページに1人、クラスメイトが1人ずつ「弁明」をしていく。
「僕は何もやっていないよ」
「わたしは見ていただけ」
「あの子はちょっと変わっているからしょうがないよ」
「僕は殴ったけれどちょっとだよ。他の子はもっとやっていた」
etc...
こういった描写が続く。いじめに対する警鐘的な絵本かと思って読み進める。最後の何ページか、急に写真のページになる。紛争の写真。水爆実験の写真。難民の子どもの写真。拷問の写真。。。そして、絵本は終わる。
かなりあっけにとられていた。すると牧師さんは「いじめも戦争も根本は同じってことなのかな」と言った。
学校へ。17:30頃到着。掛け合ったが、もちろん明日のテストのための書類提出は間に合わず。そこで、次にすぐに本館から研究室へ向かう。17:00までには行く約束をしていたが完璧に遅れていた。本館3階から研究室のある棟までの短い距離を走っただけでも(いくら荷物が重かったとはいえ)息切れ。ダメ男になったもんだ。エレベーターに乗って4階でドアが開いたところで先生と遭遇。会えて良かった。先輩がクリスマスカードを何枚かずつ買ってくれたのでそのお金を受け取る。自分で売り込みたかったがしょうがない。
その帰りがけ。「自分が日雇いバイトして稼いで、それを支援金にすれば良いのではないか?今の自分の行動量に比べたら、日雇いの方が絶対楽だ。その方がお金も楽に貯まるし、別に現地の人はお金ならどんなものでも良いのでは?周りの人の協力で集めるお金にこだわるのはただ単に自己満足なのでは?」などと不謹慎極まりないことで一時悩む。しょせん小規模で周りに支援をお願いするっていうことはきれいごとなのでは、と。
でも、きれいごとがない世の中もイヤ。少なくとも自分はそう思う。だからやる。もう決めた。
あとは聖蹟によって、帰宅。
4日:誰が「勝者」?
ゼミ。遅刻。でも、しっかりパソ室でカラープリントアウトしてから研究室へ。
ゼミの後、残った何人かで打ち合わせやら、雑談やら、雑談やら、雑談やら…。で、お隣の(正確には隣ではないが)同じ学科の研究室にお邪魔して、チーズフォンデュを人生で初めて食べる。お腹の空きっぷりも相まって、相当おいしくいただく。ベーコンの塊なんてその研究室の人たちのことをまったく考えずにかなり食べてしまった。
残ってみるものだ。
で、ちょー遅刻して21:00頃に水道橋着。活動記録作成。一転して順調とのこと。さっすが、早稲田の現役法学部の集中力はちゃうね〜。ちょっぴり抜けているところもあるけれど、こいつが自分の次の編集長になって良かったよ、と心の底から思った。
自分は大学受験を経験していない。でも、近頃の周りを見ると「大学受験の雰囲気ってこういう感じなのかなぁ」と思える時が多い。もちろん大学受験ではなくて就活だけれど。
みんな「我先に」感があって、勝ち抜くぞ、みたいな。まぁ、そりゃ俺だって「負け」たくないし、「負ける」気なんてサラサラない。でも、競争原理ってすごいなって思う。あの雰囲気があればみんな競って切磋琢磨しそうだもん。さっすが社会主義に便宜上勝った資本主義社会。良いのか悪いのか。
3日:as possible as I can
ようやく総括にも慣れてきたなぁ、とふと思った。関東の中心メンバーが1人消えそうだけれど、関西は総括交代で顔なじみのやつが総括になったし、東海はユーゴでいっしょに活動した人が総括。ようやくクリスマスキャンペーンを管制下に置けそう。ただ、もう遅いって…(^^;)もうクリスマスなんてすぐだからね。大きな企画を立てる猶予がなくなった。もう2週間早く、この体制を作れてればなぁ。
こんなにも時間を費やしても集められるのはたぶん30万弱。個人的には大金だけれど、直接支援としては完璧に「草の根」の域を出ない。
今は良い。甘んじてはいないから。やれることはやっている。限界は自分で作るものじゃないとはよく言うけれど、別に限界を自分で作ったわけではない。もっと大きなこともできたかもしれないけれど、今の自分が選んできた道ではこれが結果的に「できる限り」だったということ。
でも、これから「できる限り」の範囲、拡げていかなきゃ。
2日:腕が3本ほしい
起きる。家を出る。吉祥寺で13:30に受け渡し予定をしていたが予想通り(^^;)遅刻するとのことで吉祥寺ドトールで今日就職部に提出の書類を必死に書く。
15:00。自己PR欄を残したところで待ち合わせの子が到着。JRの改札越しに受け渡しや書類への記入をして、別れた後はダッシュで(っといってもチャリ置き場まで)学校へ向かおうとする。その時点で締め切りは16:20という説を友達から入手していた。遅れても平気とは思いつつもできれば時間内にやりたかったのでちょっぴり焦っていた。チャリ置き場に着く。チャリが置いてあるいつもの番号の場所へ向かう…??チャリがなーーーい!そう、今日はもう12月。一昨日までで月極が切れていたからどかされたらしい。慌てて管理所に話を持ち込み、何とか契約更新をしてもらう。良かったぁ。
学校へ到着。図書館でスパッと自己PRを書き上げ(ほとんど三菱インターンの時のを写した…)、購買部にコピーをしに行く。コピーをしてコピー室を出たところでゼミの子に遭遇。印鑑を忘れたらしく、購買部で買おうとしていた。ちなみに、その子の名前の印鑑はあったけれど、俺のはなかった。忘れた時のことを考えるとちょっと損な名前。
途中まで提出のためいっしょに本館へ向かう。
提出後、本館1階の○○課に報告会&写真展のチラシを置いてくれるように頼みに行く。対応がやたら不親切でちょっとムカっ。
まぁ、でもとりあえずチラシを預けて、パソ室で今度は活動記録の作成を行う。小1時間悩んだあげく、解決策を思い出しすんなりできる。そうこうしているうちに、4年生による就職報告会なるものの時間になっていた。急いで4号館に向かう。いっしょに行こうとしていたやつと連絡が取れなかったから仕方なく1人で参加。遅れていったから席がなさそうで、階段のところから立って聞いていた。
受付の人は1人15分で1時間くらいですよーと言っていたのに、余裕で過ぎる。最後の人まで聞いて、学生からの質問タイムの時に抜ける。っとしたところで、学生質問一番手が他学部の知り合いだったので質問している顔と声だけをちょっと見てから抜けた。その彼は相も変わらずほとんど変わっていなかった。
チャリを飛ばして吉祥寺に戻り、そっから水道橋へ。21:00。ようやく水道橋に到着。ボスと現活動記録編集長が読み合わせをしていた。ボスは俺が来た途端、現状説明だけしてどっか行っちゃった。あのね、頼られるのも任せてくれるのもとてもとても光栄なんだけど、もうちょっと見てやってよ(涙)
22:30に店が終わるまで話して、対策を立て、帰路へ。
新宿から京王線に乗る時、何と通勤快速の文字が飛び込んできた。通勤快速ならば乗り換えなしで行けるじゃん♪って思って、1本飛ばしてそれに乗り、座る。もちろん寝る。起きる。見覚えがない。しまったー、乗り過ごしたかと焦ったら相模原線だった…。
今まで、夜の時間帯に快速っていう電車はあった。快速は確かに相模原線方面に行く電車だった。で、通勤快速は京王八王子だったり高尾山口に行く電車という分類だった…はず!だから、気を抜いて通勤快速の文字だけで乗った。この時間に下りで通勤快速??って思いながらも…。多摩センターで降りる。帰りの終電はなくなっていたのでしょうがなく迎えに来てもらう。
迎えに来てもらった車内で父親と話しての結論。12月1日からのダイヤ改正のせいじゃんと。なるほどね。。。
帰って、鍋鳥肉とごはんとすじこを食べる。何と驚くなかれ、これが今日初めて固体を胃に流し込んだもの。健康は平気だけれども、骨粗鬆症とかになっていないか若干心配になった。
1日:
昼〜クリスマスキャンペーンミーティング。1人がドタキャンでメチャ困った。思い通りにはいかないもんだ。水道橋から御茶ノ水まで、雨なのに節約のため歩く。
夕方〜バイト。なかなか楽しい。
夜〜呼び出されて活動記録のフォローのため水道橋へ。三田線なるものに初めて乗る。フォローが足りないと怒られどやされ任され…。
深夜、終電。
今年、4月からの目標をつい破ってしまった。親と一瞬言い争った時に…。
勝手に立てた目標「忙しいから」って言わないというもの。何でもかんでも引き受けるのはただの身勝手だから、もちろんできないことは「忙しい」っていう言葉を使わないで避けてきた。
時間は作れるものを心情で臨んできたこの半年強。限界近しってことなのかなぁ。