あの日、何を思っていたんだろう
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2004年9月

30日:何がHAPPY?
 2限に行く予定が、イチローの試合を見るために自主欠席。ストという歴史的瞬間を見逃した身としては、こういう歴史的なことをリアルタイムで見ておきたいなと思って。こういうわがままが許されるのも今のうちだし。3打数1安打まで見て学校へ。相変わらず足の速いこと。。。
 学校は4限。早く来すぎたにも関わらず、ゼミの子なども見つからなかったのでつまらなかった。そして、「病み上がり」という理由で20分早く終わるというまか不思議な授業だった。
 授業が終わって、図書館で貸し出しの延長手続き。5冊の本は重かった。

 そっから、ラケット取ったり、勉強したりしようと思っていたけれど、高友から連絡があり、急遽、飲むことに。
 時間が早すぎたので、ドトールでそいつのここ1週間のおもしろ話を聞き、17:00から半額「HUB」へ。不謹慎な話、俺も早いうちに軽い事故を起こしておきたい。
 まぁ、「本当」の話は不安的中的な内容。そりゃ、いきなり飲もうって言ってきて、珍しくこちらのことを何も聞かずに電話切るんだもの。良い意味であっけらかんなところがあるやつだから、平気そうと言えばそうだけど、まだ1日目。俺で良ければ、いつでも付き合います。俺の泥酔を知っている数少ない友達だしね。


29日:HAPPY GO LUCKY?
 起きて、飯食って、まず聖蹟でラケットのガット張りを頼む。
 で、学校を目指す。なぜか新宿まで寝過ごす。。。で、予定より30分遅れで吉祥寺に着き、急いで学校を目指す。で、テニ部友と合流して、体育会の試合を観戦しに行く。昨日の電話でも聞いていたけれど、あの団結感は良いねぇ。懐かしくもうらやましくも思った。
 で、熱中していたらゼミの時間を少し過ぎる。でも、ちょうど、雨が強くなって順延になったので、ちょこっとだけ挨拶して退散。ゼミへ。
 ゼミはまぁ、いつも通り。ちょっと参加人数が少なかったくらい。もうあぁいう環境にも慣れましたってな具合かな。

 ゼミが終わって、明大前で友達と会って、夕方からは「旅行でできなきゃ料理で世界一周プロジェクト第*弾! メキシコ料理@代官山」。「ラ・カシータ」。
 代官山なんて3年ぶりくらいだろうし、普通に生活している分には絶対にお世話にならない街に行けたことでまず一自己満足。
 ただ、恵比寿よりは近いだろうと思って歩いたら意外に遠く、ちょいと遅刻。

 肝心のメキシカン。
 どれだけの量との比較かは疑問だが牛乳の29倍のカルシウムを含むというサボテンをまず食す。かっこわるく言うと、サボテンはへなへななインゲンだった。味も色も形も。
 豚の胃を包んだタコスは安定なおいしさ。それは胃を食べているということを忘れてしまうほど。
 ハバネロ(正式にはアバネロと言うよう)のスープは、トムヤムクンと同等の辛さ。でも、豆などといっしょに食べると食べやすい一品だった。
 しかーし、その中に入っていた1/4のハバネロ。こいつがすごい。まず、店員さんがスープを持ってくるやいなや「その赤いの(ハバネロのこと)はスープから出しておきな」と一言。何でも、間違って食べてしまうと辛いを通り越して痛いとのこと。世界一の辛子らしい。そう言われて興味がわかないやつはいないので、一かじり……皆さんはかじらない方が良いと思います。。。世界一は並大抵ではなく、辛さじゃなく痛さを文字通り痛感。

 飯食い終わって、ひとりはバイトへ。残りの4人は「代官山」って感じのカフェへ。帰り際に「おやすみなさ〜い」って言ってくれるカフェ。さすが代官山。何だかんだ22:00くらいまでいたかな。
 恋愛に年齢は関係ないということを見せつけられました。
 何だよ、独り身は俺だけかよとか思いながらも、幸せ話は聞いてて楽だし、おもしろいし、からかえっから良いね。あやかりたいものだ。

 帰りは東横線→井の頭線でスムーズに帰るはずが、改札に行く道でアンケートをって声を掛けられて、なぜか話し込む。何か、東大のインカレサークルらしい。で、何のアンケートかと思ったら、いきなり重いテーマを聞かれ、少々引く。
 でも、そこは機嫌が良かったせいか、軽やかに会話。

「将来の夢は?」
「良き父親、ですかね」
「どうして?」
「うちの父親が〜」

「自分の中で変えたいところは?」
「完璧主義」
「人格的には?」
「…なんだと思いますか?」と逆質問してみたところ、
「リーダーシップ、かな。優しそうだし」と言われ、良い線ついてるなぁと思った。ゼネラリストを目指す身としては、今のままじゃ確かに足りない。

 冷静に考えれば他にも答えは何個かあった。でも、人間、いきなり核心を聞かれると、核心を答えてしまうのかと思った。本気で一番思っていることは、結局これだったのかなと。
 まぁ、要は勧誘だったんだろうけど、おもしろかった。30分くらい話してたからね。
 で、帰宅。

 ネット復活。結局、原因はルーターの故障だった。


28日:ひとりも必要
 朝から茗荷谷バイト。
 夕前に茗荷谷で買ったオリジンのおにぎり(3日前くらいから無性に食べたかった品)を井の公でひとり、ほおばる。池を望んでの飯もまた一興だったかな。
 で、5限の授業。久々な大友ふたりと会う。4年で男が3人も同じ授業を取るとは、奇跡的。授業自体は、期待していた内容とはほど遠いもの。ってか、やっぱ文化人類学者が国際関係論を講義することに無理があるのかなぁと。何で「グローバリゼーション」を先進国の側からの見方でしか教えないのか、なぜ紹介してくれていた「一番おすすめ」と断言していた国際関係論の参考書(しかも新書)をこの4年間、俺は一度も聞いたことがないのかなどなど、不満は数多かった。これから、シラバスにはその先生の専攻を載せるべきだと強く思った。
 帰りに大友と「ぶぶか」を食べて、聖蹟寄って、帰宅。
 夜は、「ミドル3」がどうたらこうたらな番組を見て、家族で笑ってた。。。


27日:半袖短パンにタオルケットの時期も終わり
 目覚めると頭がガンガン。前日に飲んでもいないし、なぜ??っと自問する。窓が全開。昨日寝る前に風呂に入った。。。久々に結構しんどかったので、また寝る。そして、後期初の国際法を休む。。。
 内閣の顔ぶれを見て、夕方から始動。府中に行って、郵便局やいつものドトール。3時間くらいしてから聖蹟へ。

 そして、ネットがまた不調。こうして珍しくその日のうちに日記を打った日に限ってアップできないもどかしさ。もう老朽化してんのかなぁ。

野球。
 2つの球団がなくなる。近鉄バファローズとオリックスブルーウェーブ。『こち亀』で球団がなくなる話があったけれど(大毎とかだったかな?)、まさか自分がそういう出来事に出くわすとは思ってなかったから不思議な感じ。ファンでなくても本当になくなるの?って。
 にしても、松中の三冠王はすごいね。イチローに沸いているけれど、もっと取り上げてあげても良いと思う。だって三冠王って相当すごいよ。松井秀喜もしたことない。

パラリンピック。
 テニスで金メダル取ってるんだけど。日本人が。すごいぞ!
 それ以外にも、目立たないけどすごいっぽい!
 しょーがないのかもだけど、もうちょいスポット当ててあげたいかも。


26日:欲求のおもむくままに
 朝から体育会の応援@成蹊。まぁ、雨が降っていたけれど、とりあえず眠くなかったから洗い物までしてから7:30には家を出る。ひとり暮らしをしたらこれが当たり前。
 案の定、試合は中止。図書館、空いてない。大学生は日曜もクソもないんだから開けておいてよ…。そこで、トラコンでひとり寂しくみんなの卒論読み。
 12:00には腹が減った&カレーが食べたくなり、「くぐつ草」という喫茶店に行く。量が少なくて高いけれど、雰囲気は抜群。一番奥の席だったからかな。ひとりの時間を作るのに喫茶店も良いかなと思った。値段は場所代。雨だったから井の公とかってわけにも行かないしね。味などは「武蔵野文庫」の方が好き。でも、ランチメニューみたいので頼んだから、本当の名物カレーではなかったのかも。トライアゲインか。
 喫茶店で相当優雅にひとりの時間を味わった後、下北に行きたくなったので、行って買い物。持ち金がなかったけれど、予定とは違うものをひとつ購入。
 夕方家路につき、聖蹟に寄って帰宅。

 「ひとり」の時間の使い方。こんな話を一昨日あたりにそういやした。別れた直後って「ひとり」の時間使い方を忘れるよねって。別にそんだけだけど。


25日:オール後の後悔…。
 6:00に漫喫を出て、帰って倒れ込むように寝るzzz
 起きたら15:00。。。
 ぼ〜〜〜〜〜〜〜〜。
 夜は父親とふたりで寿司を流さない回転寿司へ。妙なポリシーを持った店だった。9割方直接注文したかんね(^^;)
 24:00前に就寝。


24日:ROAD TO 卒業
 朝起きて、昼に家を出る。で、学校へ。今日が後期初日。
 成績表をゲット。見ると、懸念していたのは国際法と英語。何と両方単位取った!!評価は両方とも最低だけれど…。情けで単位認定したんじゃないかと疑う。でも、自分の学科以外の科目を履修したらすべて「優」を目指していたけれど、贅沢は言ってられん。兎にも角にも、5単位だ。
 心が晴れるとともに天気も晴れ。大学では一番お世話になっている友達とも偶然遭遇。ひとりでも遭遇できて良かった。で、ちょっくら話してから遅刻で講義に出席。でも、教室に入った時に授業はちょうど始まった。
 講義後、友達と駅で別れ、ボラ友に写真のデータを渡すために会う。それからは、ビリヤード→カラオケ→ドトール→モス。。。途中から腹は括っていたけれど、案の定、終電はなくなる。友達は帰して、井の公を一周しながらどうするかを考えた。吉祥寺で野宿も考えたけれど、雨降ってたし、ロフトのあたりでやってはみたもののひとり地べたはやはり落ち着かなかったので、漫喫へ。高友が『ARMS』がおもしろかったと言っていたので1巻だけ読んで、zzz。

 大した経験もないのでポイント押さえた意見は言えないと自覚しているので、聞き役に徹しようと思っていたが、何だかんだと話してしまうところに自分の甘さがある。
 話を聞いていると、自分から振ったくせにどーしょもないなぁと思いつつも、相当自暴自棄になってた自分の時期を思い出すと気持ちはわかる。
 話していて自分の過去を振り返ると、今の自分の状況なんて屁みたいなものと思える。そりゃ振られたのは辛いし、?もいっぱいあるし、そんなことをまだ思っている自分も嫌だけれど、でも、比較すればどーってことない。まぁ、相対的なものではないことだろうから、辛いは辛いけど。


23日:「ポジティブ勘違い」
 朝起きたら今日の昼着く予定の友達の親御さんが来ていて、ビックリ目覚め。で、朝からテニスをしに行って、昼間での予定だったけれどコートが空いていたので2時間延長してテニス。
 昨日今日のすべての試合が7-5か5-7という何とも言えないスコアだった。ただ、最後の3-5から逆転しての7-5での勝利は嬉しかった。まぁ、部活でテニスやってたのは俺だけだけれど、実力伯仲なのはご愛敬。
 夕前に別荘に戻り、片づけ、風呂に入り、遅い昼飯に信州そばを食べ、帰路へ。
 途中、小淵沢の高速バス乗り場で別荘を貸してくれた高友を降ろし(そっから大学の集まりに合流するため)、3人は東京へ。
 双葉での休憩を挟んで八王子ICで降りて、三鷹のバーミヤンで食事&三鷹駅でふたりと別れる。
 24:00前には家に着き、「帰るまでが遠足」は完遂。550kmの走行もひとりで無難にこなし、テニスと高友との語らいを大いに楽しんだ。それでいて6000円強。安い。宿泊費&コート代がタダっていうのがでかい。何であの町営だかのコートはタダなのか不思議だけれど。

 2日間、雨予報にも関わらず、ほぼテニスに支障はなかった。
 今年の夏、どっかに行く予定の時は必ず雨予報。EXPOも能登も。でも、どれもそこまで降らずに夏は終わった。
 恵まれた夏休みだった。

 今回の合宿で「ポジティブ勘違い」という創作された概念をひとりの友達から教わる。勘違いは悪いことではないし、むしろ勘違いしてこーよ!という思考方法らしい。
 今の自分には必要かなとも思うし、何より気に入ったので、使わせて頂きます。

 そういや、この2日間でイチローが9安打したそうな。現実味帯びてきたねー☆


22日:A型のサルとコジカとオオカミふたり
段違い卓球  高友とテニス合宿@大町。
 6:45に府中でひとり拾って、7:00には西国でふたりを拾う予定が、いきなり遅刻で7:00府中着。で、国立ICから中央道へ。11:00頃にはテニスコートにいたかも。
 柿生よりも数倍遠いのに、柿生よりもテニスをやる時間は早いという…「ある程度距離は遠い方がみんな早起きする」の法則が成立した。長野は、何日か前に日本海で泳げたのが嘘のように肌寒かった。
 テニスは途中で雨。で、2時間、大体育館を4人で使う。広すぎてもてあます。卓球の球を後ろにそらすと取りに行くのに一苦労。。。
 雨が止んで、そっからまた暗くなるまでテニスして、買い物行って、友達の別荘に荷物を置いて、風呂に入って、あとはお酒があって枕投げのない修学旅行の夜。

 しそ焼酎「鍛高譚」が、俺にしては珍しくいけた。

写真:段違い卓球。


21日:行ったり戻ったり待ったり遊んだり
 朝から茗荷谷バイト。
 昼過ぎに終えて、夕前は銀座のバイト先に借りていたものを返しに行く(お別れ会に持っていったけれど酔って返し忘れて持ち帰ってきてしまった…)。本人がいなかったので、渡してもらうようにお願いする。お偉いさんが来ていたので社員さんらと話はできず、少し残念。
 夕方は調布で中友とクイズゲーム。1位を獲れてガッツポーズ。
 夜、ちょいと遅れてゼミ先輩とゼミ子の食事会に参加…と思ったら、そのちょい遅れの間にふたりは映画に行ってしまった。そこで、3時間弱もどっかで『三国志』を読むのも芸がないので、青学のボラ友に連絡したら時間を作ってくれた。青学見学&外で少々話す。なぜか臓器移植カードのことなども。提供するということは、そこまで難しく考えなければいけないことなのだろうか?
 21:00、ボラ友と別れて、タイ料理屋で合流。こんな遅い時間から飯を食うのね…。場所は道玄坂の「チャオタイ」。遅い時間なのにやたらと混んでいた。人気なんだね。味はおいしい辛さという感じ。世界三大スープらしいトムヤムクンはコクがあってうまかった。日頃の友達と話しているのとは違ったトーンの話とともに舌鼓んだ。
 で、ギリ終電で帰宅。


20日:ぽけー
 朝に目は覚めたけれど昼に起きて風呂に入り、夕方また寝て夕飯後にまた寝て、起きてまた風呂に入り、今に至る。

 野球が再開された。っといっても、この2日間はテレビを見ていないので、ストの影響を感じられなかった。歴史的出来事を見逃したのはちょっと悔しいけれど、それはしゃーない。
 ストをやることで、これだけメディアに野球が取り上げられる。
 日常当たり前にあるものがなくなるとこういう気持ちになるっていうのは、今回の野球の事例でも思える。
 普通にあるものを最も大切に。

 新庄のお立ち台での言葉、完全にヒーローだ。完全に自分に酔ってる(^^;)


19日:1644.7km
 5:00頃、土砂降り。。。朝日は見られずだった。この旅、唯一の心残り。
 でも、8:00には暑さでひとりだけ目覚め、近くの市場へひとりで買い物&情報収集。
 で、みんなを起こしたりして、9:00には出発。

 市場のおっちゃんがやっていると言っていた店はまだ開いていなかったので、ちょこっと北にある温泉で朝風呂。この旅で最もリフレッシュできた風呂だった。
 で、氷見の店に戻って朝食。この旅初めて、まともな食事。刺身や魚たまるまる入った味噌汁つきなのにリーズナブルな朝食で満腹に。

 金沢で先輩とは別れた。で、帰路につこうとすると、帰りの高速代とガス代のお金がまるで足りないことに気付く。使っている銀行は見当たらないし、当てにしていたコンビニATMもほとんど設置されていなかった。コンビニでお金をいつでもおろせるという、過剰な便利さになれていた自分に反省。
 探し回って、ファミマのATMでお金をおろせた。良かった。

走行距離  道路の混み具合をサービスエリアなどで見ていって、帰りは上信越〜関越所沢ICルート。上信越でドライバーを交代し、ボラ友が一眠りについたあたりから、本当に眠気が酷くて、よく事故らなかったと自分でも思うほど…。
 所沢ICで下りてから、若干迷って、ボラ友を家まで送り、24:00には帰宅。

 総じて。日本は捨てたものじゃない。学部柄&活動していること柄、周りで海外に行く人が相当多い。学生のうちしか行けないからっていうのはあるのだろうけれど。まだ、俺は日本のほとんどに行ったことがない。海外も行きたいけれど、お膝元の日本も知らないとって思った。
 そして何より、イプー、よくガンバってくれた!

写真:総走行距離メーター。


18日:行き当たりばったり
千里浜  チェックアウトし、マックで腹ごしらえしてから、とりあえず北上して千里浜という有名らしき浜辺へ。海沿いを車で130km/hで疾走した。北島の100分の1くらいは「ちょー気持ちいい」感じ。
 あとは、東京で取ってきた旅行会社のパンフなどを参考にしつつ、名所っぽいところをひたすら回ることになり、千里浜〜能登島〜能登金剛と北上。

 能登島は、島に行く橋はでかかったけれど、島自体は特に。。。そういや、海浜公園ではかき氷の早食い大会をした。
 能登島から能登金剛に行く途中で「世界一長いベンチ」なる場所があるという標識を見つけたので、寄り道。何でも延長460m以上あるそうな。確かに長かった。そこでは、長距離走(ベンチの端から端を往復)。アホかっていうくらい疲れる。。。
 能登金剛では、地図にダマされて(地図の表示が間違ってる!!)、厳門付近で迷う。細い道を行ったり来たり。。。結局、「能登金剛」はそこら辺の海岸一帯のことを指すことを「義経の隠し舟」付近で知り、厳門は見れず。「ヤセの断崖」などの自殺の名所で自然のデカさを感じてた。

 で、暗くなってきたので、とりあえず輪島に向かう。途中、給油したら、そこの店員さんが「タイヤの摩耗が危険なほど酷い」と言われる。帰りの高速が控えているだけに、ちょっぴし不安に。でも、心配してもしょーがないのでとりあえず輪島へ。
 輪島は、思ったよりも何もなく、というか、店はほとんど閉まってしまっていた。やっと見つけた宿で風呂に入り、飯場をようやく見つけて飯を食い、海岸で少しだけ花火で遊ぶ。

 花火を終えてどうしようか考えた。結局、ドライバーを交代して深夜もドライブ。
 能登の先端まで行く案もあったが、さすがに厳しそうとの意見でまとまり、まずはとりあえず穴水へ。
 穴水も深夜だったから何もなく、ちょっと大きそうな和倉に次は向かった。しかし、和倉も深夜は何もなかった。そこで、とりあえず金沢に戻ることになった。
 しかしその途中、地図を見ていると、富山の雨晴海岸がきれいらしいという文字を地図上に見つけたので、進路を変更。氷見で夜を明かし、日の出を見る計画に変更。
 氷見への道では深夜(24:00)だというのに、御輿を担いでお祭りが行われていた。なぜ(^^;)あと、途中の街灯を見ていたら、昨日見た原発を思い出した。ここの原発で東京の電力は供給されているわけで、この道(氷見への山の道)はこんなに暗いのに、東京はなぜあんな明るいんだ?って。
 で、氷見の道の駅で軽い酒盛りをして、車中泊。

写真:イプーと千里浜。コマーシャルっぽいっしょ。


17日:日本海を望みに
雄島  2:00に高速に乗り、8:30に金沢に到着。真っ暗な自動車道はメッチャ神経を使った。北陸自動車道の富山の海辺沿いの道では、ものすごい豪雨に遭遇して、これには相当焦った。車はいくらでも運転できると思っていたけれど、ちょっと自己過信だった。金沢に着いたところでコンビニで石川県の地図を購入し、さすがにドライバーを交代してもらい、もうひとりとの合流のために芦原温泉へ向かう。

 芦原で神戸から来た人と合流を果たし、目指せ東尋坊。
 途中、まず海で泳いだ。冗談のつもりで持っていった海パンが大活躍。
 そして、1ヶ所だけまた海岸に寄って、雄島へ。島からは原発が見えた。雄島の橋でかけっこをしたら、寝不足&ドライブ疲れか、頭に思いっきり来た。
 そのせいで、東尋坊ではクラックラ…。名所だったのに記憶があまりない。
 でも、また芦原まで戻る車中で1時間弱寝たら治り、そのまま芦原で温泉に入り、金沢まで運転して戻った。
 金沢で何とかビジネスホテルに泊まれることになり、宿に荷物を入れてから飯を食いに出て、その後は部屋で修学旅行のように過ごした。酒盛りしたけれど。

写真:雄島と競走した長ーい橋


16日:complicated
 起きたのは13:58。待ち合わせ時間は13:45…一気に目が覚めた。で、待ち合わせていた子には電話して、急いで家を出る準備。ICUへ。武蔵境からバスは時間掛かると言われていたので、新小金井から走って、セルビアの元外相の講演会にギリギリで間に合った。
 通訳なしっていうことで行くのは止めようと思っていた講演会。まぁ、誘われたから行ったものの、内容は3割もわかったかどうか怪しい…。予備知識があるところはな〜んとなくわかるんだけれど、主張の部分になると途端にわからなくなる。留学は大変だ。今のままじゃ知らないことは勉強できない。
 講演後はICUを散策。喫茶ルームのようなところで勉強している人たちのほぼすべての教科書が日本語でなく英語だったことにビックリ。日本庭園のような一角はそこだけ別世界。中央の芝生は気候も相まって相当気持ち良かった。

 講演が終わって、散策も一段落したところで、とりあえず2人で三鷹に出て、飯を食いながら院試を終えたやつや授業をやっている子を待つことに。
 で、三鷹のバーミヤンで21:00頃まで。
 久々な子やベオ以来の人にも会えたし、講演は興味深かったけれど、ちょっと複雑な気持ちでずっといた日だった。スパッと割り切らないとなんだろうけれど、どうにもこうにも。わかっちゃいるけれど、できない自分が嫌。嫌だけれど、結局できていない。つくづく嫌。ヤー!

 その後はバーミアンにてノリで決まった予定で、明日出発が今日の夜出発になった旅行の用意&出発。小平でいっしょに行くボラ友を拾って、中央道から金沢へ向かう。


15日:楽しいひととき
 朝から茗荷谷バイト。「24」のせいで多少眠かった。しかし、たぶん25:00には不意に眠っていたと思うので、時間としては寝ている。携帯の目覚ましが昨日のままセットされていなかったら起きなかったけれど。昼飯をおごってもらう。ラッキー。
 夕前から銀座。本屋で雑誌を立ち読みし、3巻を買った後、スタバに5時間くらいいたよ。。。居場所なくって。
 で、何だかんだやって、21:00からバイトのお別れ会。悲しい雰囲気は微塵もなく、相当笑った。でも、大体10人の店のうち5人がいなくなるのだから、すごいことだと思う。ってか、みんな若いよ。「私も21の時は30歳の人が大人に見えたけど、違うのよ」って言われまくった。元看護婦、現ピアノの先生、現ラジオ番組のディレクター、元キャバ嬢と経歴豊かだし、社員さんはおっちゃんだけどやたらおもろいし。良いメンバー。店長がいなくなるみんなにダーツをプレゼントしてくれた。何とついに意外な形でマイダーツゲット!!ダーツやる時は呼んでほしいなー。
 終電のために結局走ったので、頭はガンガンに。。。ガンガンは丸ノ内線で治まったけれど、ゆっくり歩きすぎたのか、京王線の乗り換えでは、改札のところで「最終電車ぁ、間もなく発車いたしま〜す」っとベルが鳴り始め、相当焦っちゃったよ。

 こうして、次々と予定が入っていき、あんなにやる気満々だった卒論ははるか彼方へ。バイバ〜イ(^^;)/~


14日:シーズンU
 朝から茗荷谷バイト。「24」のせいで非常に眠い。
 終わって、帰って、髪切って。
 おばあちゃんを聖蹟まで送って。

 駅前の商店街にしゃれた街灯がいつの間にかできていた。どうしちゃったのだろうか。

 やっべー。うつらうつらで見てたけれど、ニーナの目線で起きちゃったよ。。。やつはほんとにモニター越しの視線をやらせたら世界一こっわい。。。
 おおー、元奥さんが登場してきた!


13日:ピュアガール
 昼間来たある人からのメールのかわいさでその人を惚れ直しながら、ラストバイトへ。
 ひとつひとつの作業を終えていくごとに、刻一刻と終わりが近づいていくっていうのが、寂しかったかな。

キムおてんばすぎ(^^;)ってか、CTUビル爆破ってどういうこと!?


12日:夜は暗いもの
 夕前に起きて…。夕方からは京都から来た高友らと遊ぶ@吉祥寺。
 3人の中には俺がほっとんど知らない(名前くらいしか聞いたことのない)友達もいたけど、別段、意識せずに遊べた。でも、HUBでのダーツでは4戦3敗だった…。
 そういや、吉祥寺は祭をやっていたけど、御輿を担ぐって言っていたゼミっ子はさすがに見当たらなかったな。

 22:00頃には家に着き、まぁ、話の展開でボラ友とドライブへ。
 とりあえず多摩湖へ向かう。そこで理不尽さを味わう。多摩湖への周遊道路らしいところ。その道を入っていって300mほどするとパトカーがいた。俺は酒気帯びの気があったので「検問か?ドライバー代わってて良かったねー」などと言っていたら、通行禁止のところという理由で運転していたボラ友の点数が引かれた。
 標識はあったらしいけどはっきり言って、真っ暗で見えないよ。しかも、暴走族禁止のためって言っていたけれど、本当にその道を夜間通行止めにするのならば、道の入り口にパトカーがいれば良いじゃん。何も300m先にいて、そこでとっつかまえて、点数と罰金を取る意味がわからん。理不尽。唯一の救いは、その警官が誠実な人柄と対応だったこと。標識の確認ミスだから何も言えないけれどさ…。うちらが捕まっているわずかな時間だけで5台捕まってたし。ブービートラップだ!

 で、その後は、気を取り直して、でも行くところがまるでなかったので、成り行きで飯能、高麗などへ。
 以前に霊が出ると聞いたことがあった宮沢湖に行くも、車では入れず、その道も正に真っ暗、どちらかというと「暗黒」という状態で、道の先がまったく見えなかったので断念。あれは暗すぎる。霊とか言う問題ではなく、あの道に入ったら帰って来れないよ(^^;)
 で、これまた以前に名物と聞いていた巾着田の彼岸花を見に行くと、暗いながらも一応、彼岸花は見ることができた。ただ、道は暗かったからライトの明かりの部分しか見ることは当然できなかったけれど…。
 巾着田を出てから、工事中の中を分け入り、ちょこっとだけ川辺に降りてきれいな水を堪能し、帰路へ。

 まっ、総じて、いつも通りのドライブだった。

「何も無いな 誰もいないな 快適なスピードで
道はただ延々続く 話しながら 歌いながら
カレンダーも目的地も テレビもましてやビデオなんて
いりませんノンノン僕ら 退屈なら それもまたグー♪」
 誇らしげに言うならば、きっとこういう感じかな。

 こんな選手がテニス界に出てくるとは思わなかった。弱点がないんじゃなくて、すべて、ほんとにすべての要素で「超」一流。体力も技術もメンタルも戦術も。信じられない、この強さは。目を疑う。
 まさに「退屈な王者」。早熟なのか、このまま続くか。楽しみだー。


11日:寂しいな
 バイトだったけど、何とバイト先のシステムの都合で辞めることになりそう。日報を見たらちょうど1年目が今月だった。せっかく仲良くなってきただけに、寂しい。ただ、最もお世話になった人を筆頭に、相当の人が銀座からいなくなるので、良い頃合いと言えば、良い時期かもしれない。
 これを機に、他も辞めるか、やり続けるか、ギリで資金があるならば辞めるべきか、思案中。大体、気持ちは決まったけれど。

 って、えー。マーチン引退しちゃったの!?…これで現役時代のヒーローはアガシだけかぁ。

 世界的にも、被害にあった多くの方にも、自分にとっても、転機となった3年前。
 はてはて、3年経って、多少は成長したかな?どうでしょ?まぁ、こういうことは自分で判断することじゃないな。


10日:ヅクツクホーシ
 で、ゼミの日。

 っと、こんな感じでゼミを終え、夕方からはバイト。やはり相当眠かったのか、ぼけてるだけなのか、吉祥寺から荻窪に行こうとして反対方向の三鷹に行ってしまったので、結局、四谷乗り換えで銀座へ。
 あっ、そういや、Nathalie Wise『raise hands high』を買った。

 帰ったら、ケーブルテレビでサイードの最後の講演なる番組がやっていた。あそこまで言い切れると、知識人もかっこいいなと思う。あんな人は万にひとりだろうけど。『三国志』の後に読んでみようかな。まだあと文庫で6冊分を読まないと終わらないけど(^^;)


9日:ギリギリチョップ
 とても計画的にゼミの課題をやった。
 朝5:00には目覚め、風呂に入り、朝飯を食う。で、ゼミ課題。
 休憩を挟んで、昼飯食って、ゼミ課題。っと思いきや、WOWOWでフェデラーvsアガシなんていうこの上ない好カードがチャンネルを回していたらやっていたのでしばし見る。アガシの気合いの入れ方がハンパなかった。ここで自分が大人になったと思う瞬間到来。第2セット終わったところで部屋に戻ってゼミ課題。偉い、俺。終わりの目処をつけて、夕寝zzz深夜までやるためにはどっかで休まないとね。
 起きて、19:00に夕飯を食べて、ゼミ課題。もうひたすら。
 深夜、強引に終わらせて、コンビニでコピーしたり、家でA3→A4×2のカット作業。で、今、28:42。我ながらあきれるほどのギリギリさだ…。

 いや、巨人、負けちゃったよ。。。

 あっ、マケドニアに行っている人がクリキャンのお金を受け取ったというメールが来た。いぇいぇいv

 にしても、ネットが使えないのは不便だぞ。。。

 あーーーー、参考文献にネットから取った統計の情報ソースをつけ忘れた。。。もう今からじゃ遅いよ(;_;)いいや、どうせ、ほんちゃんの卒論はデータブックから取るから。
 手軽なのにしっかりな情報ソース


8日:健康的なのか不健康なのか
 4時間くらいの睡眠でテニス@柿生。今回は飛田給で拾ってもらう。駅が改装してから初めて降りたけど、スタジアム仕様って感じ。USJとか万博記念公園の駅と同じ雰囲気があった。
 なぜか秋なのにメッチャ晴れて日差しが強かった。そして、台風の影響か風がものすごくて、やってられんくらい。。。おかげで、前回と違って前半はかなりなぁなぁだった。ただ、やっぱ9月だからなのか、日差しは強くても8月ほど汗はかかなかったし、暑くなかった。まぁ、強風のせいかもだけど。風で落ちてる球がみんな横に流されて拾いやすかったのは良かったかな(^^;)
 よく、飯も食わずに昼前から17:00までやったよ、ほんと。

 帰りは「熊王」を4人で食べて、帰宅。23:00には寝ていたと思う。


7日:ゼミもストしたい。
 ストだって。複雑だけど、やるっきゃない!

 朝起きて、昼に寝て、夕方からゼミの課題。
 物事にはバランスとペース配分ってものがある。1章3項、1項3ページ、今日3項やり切るつもりだったのに、気付いたら1項7ページで終わってるよ(;_;)しかも、前半飛ばしたおかげで、やったうちの後半は流してるし。あり得ん。どうしろと。。。

巨人、負けちゃったよー。4.5差の3連戦なんだから、大々チャンスだったのに。。。中日に負けたらあかんよ。。。

 29:30就寝。


6日:いつでもあるもの
 バイト。慣れると作業も早い。

 トラブル続き。今度はネットが繋がらなくなる。眠い。

 使い古された言葉。

普段、普通に何気なくあるものがなくなると、困る。
 ネットごときでこう思ってしまうのだから、今持っているであろう「そういうもの」はなくなったら相当きついのだろう。はなさないぞ。

 ソフトバンクの意見広告、すごいね。孫さんにしても、ライブドアの人にしても、社会に挑戦するっていう気概がすごい。


5日:仙人
 何でプリンターがうまく接続しないのーーー。ServicePack2を導入したから??もーいや。。。

 家、こもってました。外部との接触は、テニス合宿が中止のメールとボラ友からの電話のみ。。。

 イチローはやはり仙人だった。5打数5安打って。。。モチベーションの維持がすごいよね。
 オリンピック金メダルもすごいが、イチローも国民栄誉賞ものだと思う。仙人だから、人間界とは関係ないけれど。


4日:仕方がないことで済んでしまうこと
 う〜ん、ここ3日の日記は酷い。。。改めて読み返しての感想。まぁ、布団の上で今にも寝そうという状態で打っていたから仕方ないと言えばそうなのだろうけど。。。3日間でそれぞれ、もうちょっと頭使ってたんだけどなぁ。

 今日は朝からテニ部友に誘われた芸術解体バイト@都庁。1週間前はこれでもかっていうくらい起きずに寝まくっていたのに、ここ数日は布団では5時間も寝てないんだから、やっぱ何か予定があると違う。解体バイトには、高校の頃の後輩も来てた。ほんと3年ぶりじゃないかくらいに会ったのに、全然変わってなくてビックリ。搬入の時よりも外は涼しいし、肉体労働的には楽だった。
 で、夕方からはバイト。

 ロシアの北オセチア共和国(チェチェン共和国の隣の隣の共和国。ロシアのほーんと左下ってあたり)なる場所が酷いことになっている。
 まず、驚きなこと。こんな国が国連の常任理事国なのが不思議なほどのロシアという国。人質の数は当初の官制報道では300人となっているのに、1200人という数に最終的にはふくれあがった。そして、300人以上の死亡が確認された。。。
 解決すりゃ良いと思ってるのかな?あんな地方の地方、ど田舎のことなんだから何人死のうと関係ない。もみ消せるって。
 あの事件も酷いが、ロシアという国の胡散臭さも相当だと、今回のことで思い直した。プーチンさんはやり手だと思ってたんだけどな。

 ちなみに、いわゆる「チェチェン問題」ってのは、ロシア(聖教)の中にチェチェン(イスラム)が存在するという観点で捉える必要があると何かに書いてあった覚えがある。これはチェチェンが、ロシア帝国時代に併合されて独立を目指すが阻まれているため。

 ・イスラムだからイスラムの義勇兵が集まる
 ・独立されるとイスラムの独立国家ができることになる
ということで、チェチェンはただの地域紛争ではないということらしい。
 だから、日本でも話題になる。「世界最悪の人道危機」といくら国連が言っても、スーダン(エジプトの真下)での惨事は、「身近」に起こる可能性のあるテロという恐怖や「たった300人足らず」の死者という派手さに負けて、次々忘れ去られていく。それは仕方がないことなのだろう。でも、やるせないでもある。


3日:いっぱいいっぱい
 7:00に強引に起きて、朝から茗荷谷バイト。
 14:00に終えて、丸ノ内線で睡眠。。。
 夕方前にドトールで卒論考えようとしたけれど、頭など働くはずはなく、何も変わらずバイトへ。
 バイト後、社員さんが飲みに連れてってくれた。銀座の店の近くにある、メッチャうまい魚屋。初めて松茸を食べる☆ただ、いかんせん、睡眠不足で酒が思いっきり頭に来た。。。おかげで、最後の方は飯に手が出なかった(泣)

 ブッシュさんが何かの演説で「米国は手遅れにならないうちに脅威に対処しなければならないのだ」と言って、今後も先制攻撃をしていくそうな。時代は、先制予防だよ…。


2日:欠けていること
 昼からゼミの4人で卒論検討会と称したおしゃべり会@吉祥寺。やっている人とやっていない人の2極化だった。
 何だかんだと4時間近くファミレスにいた。自分には音楽的素養が完全に欠けてるよなぁと思った。ピアノとかアルトとかホルンとか。。。よくわからん。ピアノはペダルを踏むと指が届かないところの音を出せるらしい。音を伸ばすだけのものだと思ってた。ただ、それも今のゼミにいるからなのだろうとも思ったかな。などと、卒論のことは自分はまったくだったので、終わった後の感想は「うん、楽しかったな」。卒論検討会のはずだったのに。。。

 ここからがこの日は長かった。
 おしゃべり会を終えて、吉祥寺に新しくできた本屋を見に行った。フロアが別れていて使いづらそうだった。
 で、帰路へ。今日はきちんと朝に起きたし、今日からまっとうな生活をと思っていた。で、府中で各駅に乗り換えようとするところに携帯電話。話しているとどうにも言葉の裏に「渋谷に来てよ〜」的メッセージが入っていたので、行く。
 夕方から23:00過ぎまではそのボラ友と渋谷。そいつがやっていることは、そいつにも相手にもどーしょうもないことだと思ったので止めさせようかと思ったけれど、黙っていっしょにいた。似た経験がある。似た行動をした覚えがある。気の済むまでやってみて、痛い目見て、実感しなきゃわからないこともあると思ったから、そのまま付き合った。自分的には、良い選択をしたと思う。
 そんな彼は、色々な人に相談をしているらしい。相談。これが、今の自分には最も足りなく、今後必要になって行くであろうことだと思った。相談することなんて山ほどあるし、きっと相談に乗ってくれるであろう人たちもいっぱいいると思ってる。でも、俺は相談をほぼ、しない。した方が、誰にとっても良いのだろうなとわかっていながら。嫌な性格だ。
 で、様々な話の流れで結局はイプサムで奥多摩湖のとあるポイントに行った。たぶん、2〜3ヵ月くらい前、同じ場所に行った時には、次は俺は意中の人と、そいつはその時の相方さんとこの光景を眺めようと言っていた。それが今となっては両方ひとり身となったのだから、諸行無常ですよね。

 そいつを家まで送って、帰ったのは29:30。とにかく、急いで寝た。


1日:どん底
 とりあえず、午前4:00を筆頭に、昼までに3度は起きて寝てを繰り返していた気がする。もんもんとしてたんだよね。きっと、たわいもないことで。たわいもないことを深く考えようとするからもんもんとしていたのだろう。

 で、夜はゼミ友と飲み@新宿。歩き回ってラーメン食べてから、前に知り合いの人に教えてもらっていた店「どん底」に行く。俺の方が元気ないんじゃないかくらい相手が元気だった。
 帰って、別のゼミ友と初メッセ。

 2度とない21歳ってことです。



今月へ
表紙へ戻りたい方
ONE LOVE