「マグリットって誰ぞや?」

森島 万貴が一番最初のページで自分の絵と共に贈った言葉の中にマグリットという人間がでてきますよね。

ルネ・マグリット(magritt)、彼の絵と初めて出逢ったのは中学生の時でした。
それまで、「描く事」にしか興味のなかった私に「見て、感じる事」を教えてくれた人です。
以来、マグリットの虜となりました。

みなさんも、絵をご覧になれば一度は見た事があるのかもしれません。
中学の美術の教科書とかに載っていました。

マグリットの絵に最初は直感で惹かれただけでしたが、
その裏側には壮絶な人生のドラマが隠されていました。
幼少時代をある少女と墓地、地下の納骨堂でよく遊んでいたと言うところから、変わった行動が見受けられます。
彼が14歳の時、彼の母親、レジーナは精神不安定になっており、サンブル川に身を投げています。心中だったとも言われています。
引き上げられた遺体は腐乱していたため、顔に白い布がかぶせられていました。
寝巻きもまくれ上がったままだったといいます。

マグリットは成人してからもレジーナの死についての話題を避け続けています。
マグリットの絵を見ていくと、その不思議な世界に確かにレジーナの死の爪あとが残されています。

人は自分で受け止めきれないほどの辛い出来事に遭遇すると、その出来事を他人の事に置き換えて記憶すると
いいます。また、そういった衝撃的な死を目の当たりにした自分の動揺を「興奮」と勘違いし殺人に至る人間もいます。それほど人の心は弱く、しかし、強く生きようとしているものなのでしょう。
マグリットも同じだったのではないでしょうか?
14歳の少年に、母の自殺はあまりに衝撃過ぎています。
彼はレジーナの死を現実のものとしてとらえきれなかったのかもしれません。

彼の描く絵は現実から少し離れた世界に存在しています。
今見ている世界はその人自身の「心」が見たいと思っているものを見ているだけかもしれませんよね。
マグリットの絵は一見、ただの景色に見えるのですが、意図が隠されています。
思い込み的な視点で、見えるものが違ってしまうわけです。
それほど人の見ているもの、記憶など曖昧です。

最近、名古屋でマグリット展が開催されていました。
中学当時より、保管されているベルギー王立美術館に足を運ぼうか・・、中学生なのに、神戸で開かれることを知ると神戸に行こうか・・・というほどの熱愛でした。

最終土日に訪れたこともあり、超満員でした。
「わかんな〜い。」
という声もちらほら聞かれました。
こんな精神世界を普通の人たちがわかってしまっては、それこそ危険なので当たり前といわれれば、当たり前ですが、なんとなく不満でした。
私は大好きな生のマグリットの絵と対面したことで、嬉しくて仕方なく、画集などを買いそろえてしまいました。

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