【問題】  酒屋を営むAは,飼育している大型犬の運動を店員Bに命じた。Bが 運動のために犬を連れて路上を歩いていたところ,自転車で走行してい たCが運転を誤って自転車を犬に追突させ,驚いた犬はBを振り切って 暴走した。反対方向から歩いてきた右足に障害のあるDは,犬と接触し なかったものの,暴走する犬を避けようとして足の障害のために身体の 安定を失って転倒し,重傷を負った。  DがA,B及びCに対して損害賠償を請求できるかについて,それぞ れに対する請求の根拠と,A,B及びCの考えられる反論を挙げ,自己 の見解を論ぜよ。 【解答】 一 Dの請求の根拠 1 Dは、転倒して重傷を負うという損害の賠償を請求したいが、A・  B・Cのいずれとも契約関係にはない以上、その根拠は不法行為に求  めるしかない。具体的には、Cに対しては709条、Bに対しては709条  又は718条1項、Cに対しては715条が請求の根拠となる。 2 もっとも、いずれかが無資力である可能性を考慮すると、各自に単  独請求するよりも、B・Cに共同不法行為(719条1項前段)が成立し、  全員に連帯債務を負わせる方がDにとって有利となる。 二 A・B・Cの反論 1 Cの反論   まず、Cが自転車を犬に追突させ、犬の暴走を引き起こしたのであ  るから、Cには「過失」(709条)があり、709条の責任を免れることはで  きない。   そこで、Cとしては賠償額を減らすべく、共同不法行為の成立を否  定することが考えられる。つまり、BC間には主観的共同関係がない  から、「共同」(719条1項前段)にあたらないとの反論である。 2 Bの反論   まず、犬が暴走したのは、Cの追突に原因があるとして、B自身に  は「過失」がない、あるいは、「相当ノ注意」(718条1項但書)をしている  から、いずれにしても不法行為責任を負わないとの反論が考えられる。   また、仮に「過失」が認められても、Cと同様、共同不法行為は成立  しないとの反論が考えられる。 3 Aの反論   まず、被用者が不法行為責任を負うことが使用者責任の前提要件だ  から、Bと同様、Bに「過失」がない、あるいは、「相当ノ注意」(718条  1項但書)をしているとの反論が考えられる。   また、仮にBが不法行為責任を負うとしても、Aは酒屋の店主であ  り、犬の散歩は「事業ノ執行ニ付キ」(715条1項本文)という要件を満  たさないとの反論が考えられる。 三 自己の見解 1 Cの反論について   Cの反論は認められるか。719条1項前段の「共同」の意義が問題と  なる。   思うに、719条1項前段の趣旨は、本来であれば各人が生じさせた  損害につき独立して責任を負うべきところを、被害者保護の見地より、  全損害について連帯責任を負わせる点にある。   そこで、各人が独立して709条の要件を満たすことを前提に、客観  的に一個の共同行為があれば、「共同」したものとして共同不法行為が  成立すると考える(客観的関連共同説)。   本問では、犬を運動させていたBにCが自転車で追突し、Bが犬の  暴走を許したことにより、Dが重傷を負っていることから、BとCの  行為は客観的に一個の共同行為と言える。   従って、Bに不法行為責任が成立すれば、BとCは共同不法行為と  なる。 2 Bの反論について   Bの反論は認められるか。B自身には「過失」がない、あるいは、  「相当ノ注意」をしていると言えるかが問題となる。   思うに、Bは「大型犬」を連れているため、これが暴走すると人の生  命・身体に危険が及ぶことを予見し得る。しかも、乙は人気のある「路  上」で大型犬を運動させていたのだから、周辺に気を配る義務は相当  に高かったというべきである。   そうすると、Cの追突により、大型犬の暴走を許してしまった点に  「過失」がある、あるいは、「相当ノ注意」をしなかったと考えるべきで  ある。   従って、Bも不法行為責任を負う。   そのため、BとCには共同不法行為が成立する。 3 Aの反論について   Aの反論は認められるか。Bの行為が「事業ノ執行ニ付キ」なされた  と言えるか、その意義が問題となる。   この点、被害者保護の見地より、取引的不法行為については、いわ  ゆる外形理論(外形上職務の範囲であればよい)が妥当するとされ、判  例は本問のような事実的不法行為についても外形理論が妥当するとし  ている。   しかし、事実的不法行為の場合は取引行為のように相手方(被害者)  の信頼が問題となる余地はないから、外形理論を適用する前提を欠く。   思うに、使用者は、選任・監督上の過失がない場合にのみ免責が認  められる(715条1項但書)ことから、選任・監督上のコントロールを及  ぼしうる限り、使用者責任を負うと解すべきである。   そこで、事実的不法行為の場合は、加害行為が客観的に使用者の支  配領域内の危険に由来する限り、「事業ノ執行ニ付キ」に該当すると言  うべきである。   本問では、酒屋の店主Aが自ら店員Bに大型犬の運動を「命じた」の  であるから、Bの「過失」によって生じたDの損害は、まさにAの支配  領域内の危険に由来して発生したものと考えられる。   従って、「事業ノ執行ニ付キ」に該当するから、Aは使用者責任を負う。 四 結論   以上より、Dは、A・B・Cいずれに対しても、生じた損害全額の賠  償を請求できることになる(719条1項前段,709条,715条1項,718条  1項)。                               以上