The story of one day
。石おいし。



40歳
独身というか×イチ
入社してから16年
だけど平社員
というか万年平社員は確定だろう。
趣味は魚釣り
釣れるのは海草ばかり、ということは内緒だ。



 帰りのバスにゆらゆらと揺られながら窓の外を眺める。
夜のネオンサインがきらきらと輝いているが私はどんよりだ。
少しくらいその煌きを分けて欲しい
とネオンサインに願うのは人として終わっているんじゃないだろうか。
そんなことを思いつつ殴られた頬をさすっていた。



「くぁwせdrftgyふじこlp!」
もうなんて言っているのか分からないくらい部長は怒っている。
私が営業でなんの成果も上げられなかったことについて怒っているらしい。
部長、バーコードが乱れてますよ。
ふわふわと部長の頭に乗っている生き残り達は今や部長の興奮のし過ぎで風前の灯と化している。
海草は髪の毛に良いと聞く。今度釣り上げた海草を部長にあげようと思った。
「だから君はt(以下略)」
唾がいっぱい飛んでいる。
部長の言葉なんて最初から馬耳東風。
伊達に16年間この部長に怒られていない。
聞き流す術は入社一年目にすでに会得したのだから。
というか、部長も万年部長ということになるのだろうか。
未だかつてこのバーコードが乱れてQRコードになっている部長以外の部長を見たことがない。
まあ、万年平社員よりはマシなのだろうけど。



駅前のバス停に着いたらしく学生がたくさん乗り込んでくる。
一応、鞄は自分の隣から自分の足の上へ。
それと同時に部活帰りらしい女の子が隣に座ってくる。
内心、ぎゃるが隣に座ってきたら降りようと思っていた。
学生を乗せ終えたらしいバスはエンジンを唸らせゆっくりと動き出した。



営業成績の一位は無論私なわけがなく、入社一年目の25歳だった。
若さで負けて成績でも負ける。ついでに言うと顔でも負けて。
亀の甲より年の功ではないのだろうか。
まさに踏んだり蹴ったり。
泣きっ面に鉢。

辺り一面血の海だ。



コテンと肩に何かがぶつかった。
ふわりと甘いような香りがした。



会社帰り。
若者に絡まれた。
どうやら肩が少し触れたせいらしい。
理不尽だ。
「wくぁwせdrftgyふじこlp;@!!」
酒が入っているらしく怒っているときの部長以上に何を言っているのだかわからない。
戻ってきてくれよ! バカヤロー!!
と言っているみたいだ。意味不明。
スイマセn
頬に衝撃。
私は植え込みの上に吹っ飛んだ。
この若者は謝らせる時間もくれない。
ほんとに理不尽だ。
というかなんで若者のほうが泣いているんだ。
私のほうが泣きたい。バスの時間が差し迫っていなければ大声で泣き喚いていたかもしれない。――冗談だが。



隣にいる女の子は部活で疲れていたらしく乗って早々眠ってしまった。
こくりこくりと頭を垂れていた。
そのままコテンと私の肩に頭をのせる。
ふわりと香る甘い香り。
シャンプーの香りだろうか。
そのまま女の子は眠り続ける。
ゆらゆらと私と女の子はバスに揺られる。
今日はほんとについてない。
女の子の可愛い寝顔を見てしまう。
これではなかなかバスから降りにくいではないか。
でも内心、
願わくは、この時間がもう少し続いてほしいと思っている私だった。





ふられた。
なんでふられたのかさっぱり分からない。
唐突に、
「もうあたし達別れない?」
と言われ、
「じゃあね、ばいばい」
でおしまい。
一分もかからなかっただろうと思う。
何も言えなかった。
ってか言う間もなかった。



店内は薄暗くどことなく異国の匂いを漂わせている。
カウンターに顎をつき正面の棚を見上げる。
よく分からないお酒がたくさんある。
これ全部飲んだら死ねるんじゃないだろうか。
文字通りお酒に溺れて。
左手にはきらきらと輝くグラス。
中にはウイスキー。
それをぐっと飲み干す。
あまりにウイスキーは強くて喉や胃が焼けるようで。
涙がでた。
いや泣いてないですよ。
涙?
いやいや、これはウイスキーに含まれているアルコールによって発汗作用が促進されて心の汗が(ry。

……強がってみた。



最初は一目惚れだった。
手の届かない存在。
高嶺の花って言うんだろうか。
まさにそんな感じだった。
背伸びしても届かない。
手を伸ばしても空を切るばかりで。
ただ遠くから眺めているだけ。
そんな関係。



店から出て街へと繰り出した。
歩くたび歩くたびに目に入る燦然と輝く街の明かり。
歩くたび歩くたびに落ち込んでいく俺。
もう、元には戻せないのか。
考えることはそればかりで、さらに考えるから現実を直視しなきゃいけなくて。
デフレスパイラル的に落ち込んでいった。
途中、くたびれたサラリーマンにぶつかって殴り飛ばしてしまった。
むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない……、


……やっぱり今度会ったら謝ろうと思う。



彼女と初めて話した。
猫の話だった。
彼女は猫のほうが好きなのに犬を飼っているとか、黒い猫は縁起が良いんだとか、飼うならロシアンブルーがいいとか。
正直話の内容なんてどうでもよかった。
彼女と話せた。
ただそれだけで十分だった。



泣きながらサラリーマンを殴り飛ばした後、やはり何をするでもなく僕は街を彷徨っていた。
すると目の前を何かが横切った。
真っ黒な猫だった。しかもメロンパンを咥えて。
黒猫は振り返りしばし見つめてくる。
一、二分ほどするとぷいっとメロンパンに振り回されるように前を向き走り出した。
追いかけようと思った。

ついて来いと黒猫が言っているようだったから?

彼女が黒猫は縁起が良いんだと言っていたから?

そんなこと考える暇も無く僕は走り出していた。
黒猫は路地裏に入る。
僕も路地裏に入る。
ゴミ袋に足を取られ、こけそうになっても蹴飛ばし走った。服が汚れるのなんか気にしない。そんなことよりも黒猫を追いかけることのほうが大事に思えたから。
黒猫は大通りへ出て行った。そのまま道路を渡っていく。
僕もそれに続く。
黒猫は道路を渡り終えた。

が、僕は車に撥ねられた。

世界が文字通り一転した。



告白したのはやっぱり僕だった。
彼女は笑いながら「いいよ」と言ってくれた。
それから最初に何を話そうか迷っていたら彼女が話し始めた。話していたのは、やっぱり猫の話だった。
彼女は本当に猫好きなんだなとか、デートのときはペットショップに行ってころころした猫とかを二人して眺めるのもいいかもとか。そんなことで僕の頭はいっぱいだった。



気が付くと白い部屋にいた。
左手と左足にギブスが付いていた。
右手は、彼女が両手で握り締めていた。
とても暖かくて、とても優しくて。
「……ねえ、起きてよ」
弱々しい声で呼びかけてくる。
起きて声を掛けようか迷ったけど僕はもう少し寝たふりをしようと思う。
僕が起きなかったら彼女はずっと僕の手を握っていてくれるから。
そんなことを考える僕は意地悪だろうか?





高校二年です。
部活やってます。
弓道部です。
勉強はまあまあできます、……嘘です。
牛丼の並(ただし玉ねぎ抜きで)くらいのランクです。
へ? 分かりにくいですか?
簡単に言うと勉強は普通より玉ねぎ分だけできないってことです。
目指せ! 文武両道!
私の場合逆ベクトルに文武両道みたいな。
ちょっと『ベクトル』なんて難しい言葉使ってみた。
少しは頭良く見えるかな? とか馬鹿なこと考えてたり。
とにかくまんべんなくできないです。



この矢を外したら今日の部活での成績は0本。
すでに大会まで二週間を切った。
ここで良い所を見せなきゃ大会には応援係として行くことになるんだろうな。
弓を引き絞り狙いを定める。
だから、これは当てなきゃ、これだけは……。
弦の弾ける音。
矢が風を切る音。
矢は微妙な放物線を描いて的を逸れる。

今日の成績……0本。



そろそろ空は暗くなってきたのに、それと反比例するように街は活気づいていく。
どこからともなく救急車のサイレンが聞えてきた。
誰か事故にでも遭ったのかも。
この時間の女の子の一人歩きは少し危ないかな? とかちょっと自惚れてみる。
きらきらと光るお店の看板、おいしそうな匂いのする料理屋。
しばらく立ち止まって匂いで料理を想像する。
魚のフライっぽい。
……お腹が減ってきた。



「お前は全体的に力が入りすぎてるんだよ。こうつーっとな、つーっとやるんだよ」
顧問の先生にボデイランゲイジで教わった。
よく分からなかった。
先生の気持ちになって、
(こうつーっとな、つーっと。)
わたしもボデイランゲイジしてみた。
―――やっぱりよく分からなかった。
「基本に忠実にすれば自ずと上手くできます! 自然体です! 自然体!」
顧問の先生より偉い先生が仰った。
基本に忠実に。基本に忠実に。
風を切り頼りなく矢が飛んでいく。
しかし的には当たらなかった。
やっぱり簡単にはいかないか。



コンビニへちょっと寄り道。
匂いを嗅ぐのはタダだけど、減るもんは減るんだからしょうがない。
百円のメロンパン。一人で食べるには少し大きいかな?
一人寂しく適当に空いているベンチに座って袋を開けた。
勢い余って中身が飛び出す。
ぽとりと地面に落ちるメロンパン。
しばらく見つめて考える。
……これって、まだセーフかな。けどこれに手を出したら人として失ってはいけないものを失う気がする。
しかしメロンパンは手を出す間も無く真っ黒な猫に持ち去られた。いや、咥えてったんだけどね。
黒猫のおかげで人として大切な何かを失わずに済んだ。
手元に残っているのは空の袋だけだけど。
少し、切なくなった。



弓道場内に響き渡る張りのある音。
先輩、後輩。皆調子が良いようで私一人だけ当たらない。

ディスイズ劣等感。

アイアム焦りんぐ。

……ごめん、英語もやっぱりできないんだよ。焦りんぐってなんだよ、焦るの現在進行形なのか?
わたし! しっかり勉強しろ!



駅前のバス停には既に何人も並んでおり、バスの中ではずっと立ちっぱになるのを覚悟した。数分後、バスは思ったよりも人が少なく、座れる可能性が出てきた。
バスの扉が開いた瞬間、我先にと人が雪崩れ込んでいく。かくいうわたしもその中の一人だった。
あ、おじさんの隣が空いてる。
思ったらすぐ行動。難なく席を確保できた。後はバスにゆらゆらと揺られるだけ。そう思うとなんだか眠たくなってきた。寝てもいいよね? 誰にも迷惑かけないし。それに、
『お前は全体的に力が入りすぎてるんだよ。こうつーっとな、つーっと――、自然体です! 自然体!』
これはつーっとリラックスしろってことだよね。
うんうん。今からリラックスする練習をしよう。そうすれば部活でもリラックスできるかも。
ほんと安易な考え、浅はかだなぁ、私。

そうしてわたしはバスが動き出した振動を背に感じながら目を閉じた。





三日月に照らされた人気のない公園。遠くでは救急車のサイレンが鳴っているのが聞える。それ以外は風の音しか聞えない。そんなところに我輩は住んでおる。
我輩は猫である。断じてホームレスでない。
名前はまだ無い。とでも言うと思ったか。
我輩の名前はぽちだ。
誰がなんと言おうと我輩はぽちなのだ。
生まれてからそろそろ一年程経つ大和撫子だ。
父の顔はおろか、母の顔も分からぬがそんなことは気にしない。我輩と同じく父母共に真黒な良い毛並みをしておったであろうことは容易に想像がつくからだ。
我輩はそれはそれは人間が一目見ると惚れ惚れし、そのまま持ち帰られるのではないかというほどの毛並みだが一端の野良をやっておる。一応断っておくが断じて昨今、人間の間で流行っておるNEETなんぞではない。なぜなら我輩はNEKOなのだから。またの名をCUTと言う。
「CUTじゃなくてCATだよ」
この唸るような低い声はたまのものだ。
「CUTは切る、CATはぽち、君達のことだ。ちなみにDOG、反対から読むとGODとは僕のことだ」
たまは偉そうに座っている。
たまは我輩が物心ついたときより共におる大和男児の雑種犬だ。現代風で言うとミックス犬とでも言うのであろうか。毛色は焦げた茶色であまり体は大きくないが、それでも我輩の二周りほど大きい。これは我輩が小柄なこともあるのだろうと思われる。。
ここで、というか最初から『猫なのにぽち? 犬なのにたま?』と疑問に思われる人間が少なからずおられると思うが、我輩と同じく誰がなんと言おうとたまはたまで我輩は我輩なのだ。これはもう遺伝子レヴェルで組み込まれておる。
「たまは物知りだな。流石、逆さ(DO)神(G)だ」
「ふふ、これくらい最近の幼児たちでも知っているさ」
これはとんだ失態だった。よもや人間の幼児なんぞに遅れをとるとは。
「ならたま、『ツンデレ』って知っているか」
「ツンデレかい? 恥ずかしがりやってことかな」
「まあ当たらずとも遠からずだの」
「ふむ、『ツンデレ』ってどういう意味だい?」
「言葉では言い難いのだが……。『たま、我輩に必要以上に近付くな、だが必要なときはとことん我輩に寄り添って良いぞ』というような感じだ。」
「なんだろう。今一瞬胸がときめいた」
「それが『萌え』という」



「たまよ」
「なんだいぽち」
「そのメロンパンは我輩のものだからな」
ぽちは顎でその獲物を指し示す。
「僕の分け前は無いのかい?」
「無い」
ぴしゃりと否定してやる。
「けちだなぁ」
たまは空を見上げながら言った。その背の辺りには哀愁が漂っていて、少しくらいなら分けてやろうかという気分にもなる。
「……まあ、少しくらいなら、分けてやらんこともないこともないこともない」
我輩は三重否定は大和撫子の嗜みだと思う、断じて照れてたからではない、……というかそう思いたい。
「うん、そう言うと思っていたよ」
まあ、食事というものは一人(匹)よりは二人(匹)で食べるほうがおいしいものなのは何処の世界も共通なのだ。



「そういえばたまよ」
「なんだいぽち」
たまは目の前のメロンパンから目を離さずに声だけで答える。
「我輩は罪な猫かもしれん」
「どうしてそう思うんだい?」
「追いかけてきた人間の男が目の前で一回転しおった」
「そりゃすごい人間もいたもんだ。けどなんでそれが罪なんだい?」
「その男死んだかもしれん」
「ああ……、そりゃ大変だ」
死んだかもしれない、その言葉を聞きたまはやっとメロンパンから目を離した。そのときすでにメロンパンは半分になっていたが。
「その男、我輩を追い掛け回すのに夢中で道路に出るとき右も左も見ずに飛び込みよった。案の上、車に撥ね飛ばされよったがな。我輩はそんなにも魅力的かの?」
「君の毛並みは惚れ惚れするほどだからね。大方その男の人もついつい見惚れたんだろうさ」
「毛並みが良いのは罪じゃのう」
「全くだ」
何処かにいる父母よ、この毛並み、受け継がせてもらい感謝する。我輩は人間の男を誑(たぶら)かせれるまでに成長しました。我輩は心の底から感謝した。



「ところでたまよ」
「ふむ、なんとなく察しはついてるけどなんだい、ぽち」
「食事というものは一人(匹)よりは二人(匹)で食べるほうがおいしいものなのは何処の世界も共通なのは知っておるか?」
たまは予想通りだったようで薄く笑って(我輩達には表情筋なるものが無いので笑えないが)答えた。
「それはとても不思議なことだ。食べる物は同じなのに一人よりは二人、二人よりは三人、と人(匹)数が多ければ多いほどおいしく感じられるのだから。いや、一応人(匹)数にも限度はあるだろうけどね。取り分が少なくなってしまうよ」
その後しばらく、心理的な部分でどうのこうの、味覚に作用してどうのこうの、脳内の分泌物がどうのこうの。と、たまはいかにも逆さ神らしい博学さを披露してくれおった。我輩はそんなたまを尻目に残りのメロンパンを頬張っておった。
うむ、少し味気なく感じるのは一人で食べておるせいかの?



寒空の下、野良をしていて困ることが二つほどある。それは食う物と寝る場所だ。特にこの寒い時節になると寝る場所を誤ると死に直結することもあると聞く。野良も野良なりに大変なのだ。
「ねえ、ぽち」
「なんだ、たまよ」
「そろそろ僕は眠くなってきた」
「ろくに動きもせずに寝れるとは」
「動くのと同じくらいに頭を使ってるのさ」
我輩達の身体で一番燃料を喰うのは頭なのだそうだ。たまがそう言っておった。こんな小さなくせに一番の燃料喰らいとは皮肉なものだ。ただ単に燃費が悪いだけかもしれぬが。
「今日はとくに冷えそうだ」
たまは空を見上げて言った。雲ひとつ無い夜は放射冷却とやらで冷え込むらしい。
「たま、我輩に必要以上に近付くな、だが必要なときはとことん我輩に寄り添って良いぞ」
「君はツンデレだね」
「我輩はツンデレだ」
ふん、とぽちは鼻を鳴らして風が吹き込まない茂みへ入っていった。それに続いてたまも後を追い、二匹揃ってくっつきあうように寝そべった。
 背中越しに伝わるたまの温かさ。
 静かに降り注ぐ月の光。
 今日はとても良い夜だ。寒いけど、心はなぜか温かだった。