第1章 はじめに

 

 現代社会において企業は利益を得るために、国内外の同業者や異業種の企業とも熾烈な利益競争を繰り広げている。利益を生み出すためには、コストを管理したり積極的な投資を行うなどの方法があるが、中でも効果的なのは他社には無い技術や製品を「発明」することである。そしてその発明に関する特許を取得し、専用の実施件を得られれば他社との差別化、ひいてはその企業のブランディング能力を高めることもできるだろう。このように、企業の国際的な競争力を高める革新的な発明を奨励することは、産業を盛り立てることにつながるため、国家の重大な任務なのである。

では、発明を奨励するためにはどうしたら良いか。現代の発明は、圧倒的に組織内(企業、官庁等)でなされるものが多い[1]ため、奨励するためには従業者とその使用者との双方に、発明への、あるいは発明に対する投資へのインセンティブ[2]を与える必要がある。

例えば、ある繊維メーカー(使用者)の社員(従業者)が「一生洗濯しなくても良い肌着」を発明したとしよう。前例の無い革新的なこの新商品は世界中のマーケットで爆発的に売れたとする。すると、この発明に対して研究施設を設置したり、研究費を投資してきた企業には莫大な利益がもたらされる。そして、その利益を生み出す発明をした社員には企業から報奨金が出るだろう。このように利益を得た企業はさらなる発展を目指して、この発明によって得た金銭を次なる発明のために社員に投資できる。一方、報奨金を得た社員は次なるヒット商品開発のためのモチベーションがあがっていくであろう。このような企業発展のサイクルを構築するために、組織内の発明に関して従業者保護と、同時に使用者に対する最低限の保障を定めたのが、今回の論文で取り上げる「職務発明」(特許法35条)なのである。

この特許法35条は、大正10年制定の旧特許法に概ね現在の形で規定され、昭和34年法に受け継がれている。しかし、90年代の世界的な技術革新は史上類を見ないものであると思われ、情報通信の分野でのインターネットの開発を始め、そのハードとなる情報処理機能の発達、バイオテクノロジーの分野等、知的財産権を取り巻く環境も激変しているといえる。その中で昭和34年法の規定は半世紀近くも一切手直しされることなく現在にいたっている。このような現状を踏まえ、産業構造審議会知的財産政策部会等の機関が35条の見直しを検討している。さらに昨今では、研究者とその使用者間での紛争も頻発していることから、改めて職務発明制度について諸学説や海外の同制度との比較を通じて、日本の経済産業の活性化という観点から見直してみたい。



[1]  特許出願に占める法人及び官庁による特許出願の割合は97%(2002年)

[2]  incentive:@企業活動を活発にするための刺激。誘因。A販売促進のための報奨金