
第2章 職務発明制度の現状と問題の所在
第1節 職務発明とは
1、従業者発明の区分
企業、国及び地方公共団体などに勤務する従業者等(法人の役員を含む)の行った発明すなわち従業者発明(employee invention)には次の3種類がある[1]。職務発明について説明する前に、まずこの3つの分類について説明したい。
(1)職務発明
例を挙げれば、ある繊維会社の研究所に勤めている研究者が、新しい繊維の製造法を発見したとすれば、この発明行為は彼の職務であり、かつ。この発明は繊維会社の業務の範囲内であるので、発明は、繊維会社に帰属すると考えられている。
(2)自由発明
職務発明に対して、ある繊維会社の自動車の運転手が、自動車の部品についてある発明をしたとすれば、この発明行為は彼の職務ではなく、自動車部品の製造、販売はこの繊維会社の業務の範囲外のことなので、発明は発明者個人のものとなる。
(3)業務発明
最も問題が多いのは、職務発明と自由発明の中間に位置する業務発明(付随発明)とよばれる類型である。従業者の発明行為は職務ではないが、その発明が企業の業務範囲に入るような場合に、その発明を企業に帰属させるべきか、発明者個人に与えるべきか、さらには権利を共有にすべきか、意見が分かれており、各国の扱いもさまざまである。
わが国では、特許法35条が職務発明についてだけ触れ、他の業務発明および自由発明についてはなんら規定が無く、当事者間の契約にゆだねられている。
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職務の範囲 |
使用者の業務範囲 |
権利の帰属 |
分類 |
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入る |
入る |
使用者 (employer) |
職務発明 (service invention) |
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入らない |
入る |
説が分かれる |
業務発明 (dependent or connected invention) |
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入らない |
入らない |
従業者 (employee) |
自由発明 (free invention) |
2、職務発明の趣旨
特許法は、発明の奨励及びそれに伴う産業の発達を目的としている。その中で三十五条(職務発明規定)の理念は、発明は発明者の財産であるという原則(29条1項)のもと、発明者を保護し発明意欲を刺激するとともに、その給与その他の資金的援助をなした使用者との間の利益を調整するための規定と考えられている。特許法三十五条は、従業者等がした発明を職務発明とそれ以外の発明とに分けた上で、職務発明に係る特許権等を従業者等から使用者等へ承継させる旨の、あらかじめの契約、勤務規則等を認める一方、権利の承継にあたっては、「相当の対価」を従業者等に支払うことを義務付けている。
なお、諸外国の状況を見ると、ドイツでは日本と同様に、職務発明に係る権利を従業者に原則的に帰属させる制度を採用し、英国、フランス、ロシア、イタリアでは職務発明(又は職務発明に係る権利)を使用者に原始帰属させる制度を採用しているが、いずれの場合でも、従業者に対価の請求権を認める等により労使間の均衡を図っている国が大半である。
他方、米国には、職務発明に関する明文規定は存在せず、職務発明か否かに関わらず、特許を受ける権利は常に発明者に原始的に帰属させる制度となっている。その上で、従業者から使用者への特許を受ける権利の承継は、連邦公務員を除いて契約及び各州の判例法に委ねられており、給与の中に権利の承継に対する対価が含まれるとする雇用契約が結ばれることが一般的である。
職務発明が従業者に帰属する制度を採用している米国、ドイツでは、日本と同様に従業者の意志に関わらず使用者が当該職務発明を実施できるとされている。ただし、使用者が実施する場合、無償とする考え方(日本、米国)と有償とする考え方(ドイツ)がある。
また、職務発明に係る権利の承継等について、使用者と従業者の立場にかんがみ、契約の自由に一定の制約をくわえようとする考え方を持つ国もある。例えば、ドイツでは、従業者に対する補償金の算出基準について詳細なガイドラインを置き、特許商標庁には使用者と従業者間の紛争処理機関を設置する等、行政が広範かつ入念な介入を行っている。[2]
3、職務発明の要件
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●日本特許法35条【職務発明】 使用者、法人、国又は地方公共団体(以下「使用者等」という。)は、従業者、法人の役員、国家公務員又は地方公務員(以下「従業者等」という。)がその性質上当該使用者等の業務範囲に属し、かつ、その発明をするに至った行為がその使用者等における従業者等の現在又は過去の職務に属する発明(以下「職務発明」という。)について特許を受けたとき、又は職務発明について特許を受ける権利を承継した者がその発明について特許を受けたときは、その特許権について通常実施権を有する。 2 従業者等がした発明については、その発明が職務発明である場合を除き、あらかじめ使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ又は使用者等のため専用実施権を設定することを定めた契約、勤務規則その他の定の条項は、無効とする。 3 従業者等は、契約、勤務規則その他の定により、職務発明について使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ、又は使用者等のため専用実施権を設定したときは、相当の対価の支払を受ける権利を有する。 4 前項の対価の額は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない。 |
以上の特許法35条の規定から見て、職務発明の成立要件を簡単に要約すれば以下の3つになる。(1項)
(1)従業者のなした発明であること。
ここで言う従業者とは、通常の意味における会社等の従業者のほかに、取締役、個人企業の従業者、公務員等を含んだ概念であり、常勤か非常勤か、嘱託か、日雇いか、ということは問わない。多数説。[3]
出向社員については、賃金を支払っている企業の従業者と解するのが多数説であるが、単なる雇用関係からだけではなく、職務の内容と指揮命令系統から、特許法上の従業者等か否かが判断されるべきであろう。したがって、法律上の出向(民625条)に当たる場合は出向先の従業者と解されよう。[4]
(2)発明をするに至った行為が現在または過去の職務に属すること。
「職務」とは、ある程度発明活動に関連をもった職務に限られるが、使用者から具体的に指示されたものだけに限らない。「従業者が当該発明をすることを本来の職務と明示されておらず、自発的に研究テーマを見つけて発明を完成した場合であっても、その従業者の本来の職務内容から客観的に見て、その従業者がそのような発明を試みそれを完成するように努力することが使用者との関係で一般的に予定され期待されており、かつ、その発明の完成を容易にするため、使用者が従業者に対し便宜を供与しその研究開発を援助するなど、使用者が発明完成に寄与している」場合も含むとされる[5]。
さらに、旧法とは異なり、現行法では過去の職務に属する発明も職務発明となる。ここでいう過去の職務とは、同一企業内での過去の職務と解するべきであり、退職後の発明は職務発明とはならない。もしそうでないと、退職後に他の企業に就職してからなした発明については、元の企業と新しい企業との関係で二重に職務発明となってしまい具合が悪いだけでなく、そのような拘束を退職後の従業者に課すこと自体が、従業者の生計の道を奪い、実質的に職業選択の自由を奪うことにもなり妥当でない。
(3)その発明が使用者の業務範囲に属すること。
使用者の業務範囲決定に関する従来の学説では、会社の定款記載の会社の目的と関連付けて解釈したり、それを有力な資料とみなしていた。しかし、これは現在の学説では否定されている。なぜなら、定款記載の会社の目的は、株主を保護するために、会社とその取引相手との間において会社の権利能力を画したものであり、会社と従業者との間の権利関係の調整ということは予定されていない。会社の方針として、新分野に進出するに際し、まず秘密裏に研究を開始し、ある程度の目途が立ってから定款記載の会社の目的の変更や追加をすることはありうるし、自らは実施しなくとも子会社等に実施許諾することもありうる。このような場合に、定款の変更をする前になされた発明につき、職務発明の成立を否定する理由はない。その上、定款を持たない個人企業、国、地方公共団体の従業者の場合とのバランスも考える必要があるだろう。
現在の多数派を占める学説では、定款記載の会社の目的とは関係なく、使用者が現に行っている、あるいは将来行うことが具体的に予定されている全業務を指すと解すべきであるとしている。よって、定款の会社目的に記載されていても、現在行っていないし、また将来行う具体的予定がなければ、使用者の業務範囲外ということになる。[6]
4、「相当の対価」について
上記のような要件を満たした発明は、職務発明といえる。この場合、使用者は、それまでの従業者への投資などを取り戻すために、当該発明における特許権について通常実施件を取得できる。一方、従業者等は契約、勤務規則その他の定めにより、職務発明について使用者等に特許を受ける権利もしくは特許権を承継させ、または使用者のために専用実施件を設定したときは、相当の対価の支払いを受ける権利を有する。(特許法35条3項)そして、その「相当の対価」の額は、同法4項の規定からその発明から使用者が受けるべき利益の学と、使用者が貢献した程度を考慮して定めなければならない。しかし、対価の額を決める際には公的な算定基準は存在せず、判決や実務の積み重ねを待つ以外にない。[7]
ここでいう使用者の受けるべき利益とは、使用者が発明を実施することにより受けることになると見込まれる利益を指すのではなく、使用者が発明の実施を排他的に独占しうる地位を取得することにより受けることとなると見込まれる利益を指す。
[1] 竹田和彦『特許の知識 その理論と実際』333頁
[2] 産業構造審議会知的財産政策部会 特許制度小委員会報告書『職務発明制度のあり方について』4頁〜5頁
[3] 中山信弘『工業所有権法上』71頁
[4] 竹田和彦『特許の知識』335頁
[5] 大阪地判平6年4月28日「マホービン事件」
[6] 中山信弘『工業所有権法上』70頁
[7] 中山信弘『工業所有権法上』84、85頁。ドイツでは、連邦労働大臣により、対価についての詳細な基準が作成されている。