第2節 問題の所在

1、職務発明制度の歴史と現状

テキスト ボックス: 日本
・	終身雇用制、年功序列
・	企業別組合
使用者⇒有能な人にだけ厚遇できない。
従業者⇒自分の利権を訴えられない。
テキスト ボックス: 対価の額
権利意識
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テキスト ボックス: 欧米
・	雇用の流動性が高い
・	横断的組織により保護
⇒いかに自己の発明能力を高く売るか。
 現行法の職務発明制度は、先にも記述したように、大正10年法をほぼ踏襲している。職務発明につき、使用者は相











当の対価を支払い通常実施権を取得する。この仕組みは、大正10年当時の労使関係を考えれば、使用者が強い権限を握っていた時代であり、事実上は使用者優位の下に処理されていたであろうと想像される。現在では、社会的な労働者の地位の向上もあり、従業者の権利の意識や、対価の額の面において確実に意識は変化しているように見える。しかし、その意識は欧米にはとうてい及ぶところではない。ただ、この問題は各国の国内事情に深く根ざしており、欧米と日本を単純に比較することは出来ない。

 

しかし、近年では日本においても若年労働者を中心に労働力の流動化が進行しつつあり、年功序列の給与形態から能力別の給与形態への変化も進みつつある。具体的な例を挙げるなら、大学生の就職活動において、企業によっては「年俸制」という一種の能力別給与形態をとっているところも珍しくなくなった。このように雇用形態が欧米化し、従業者の権利意識が高まってきたのに対し、旧世代の日本の構造に合わせた職務発明についての規定は不具合を生じてきている。

本来ならば、労働の成果は使用者である企業に帰属するのが雇用契約上の原則であるが、特許法は、この原則を曲げて発明者主義をとるとともに、発明者に対価請求権を与えている。このため、かなりの企業では発明考案取り扱い規定またはこれに類する規定を設け、発明者に補償金を支払う制度を採用している。ただ、前節でも述べたように公的な算定基準が無いために、補償金の決定にあたって苦慮しているのが実情である。

 相当の対価とは、一般的取引における社会通念上妥当な対価と解するのが多数説である。しかし、これだけではあまりにも抽象的で、具体的金額の算出が不可能に近い。さらに特許法35条4項により、対価の算定にあたっては使用者が受けるべき利益の額がプラス要因として、発明がされるについて従業者が貢献した程度がマイナス要因として考慮されるとしているが、明確とは言いがたい。

 

2、職務発明の問題点

 近年では上記のような日本の雇用関係の欧米化により、従業者の権利意識が高まっており、「いかに自己の発明能力を高く売るか」という点への注目度も高まってきた。そこで、私が職務発明制度の問題点として着目したのは、使用者から従業者に支払われる「相当の対価」についてである。この「相当の対価」に関しては、2つの面からその問題点を挙げてみたい。

 

(1)職務発明に係る権利の継承があった場合の対価の決定について

勤務規則等にしたがって使用者等が従業者等に支払った対価の額が「相当の対価」に満たないときは、従業者等は事後的にその不足額の支払いを求めることが出来ると、最高裁で判示された[1]

この最高裁判決により、使用者等が勤務規則等に基づいて対価を支払った場合であっても、従業者等は権利承継から長期経過後に「相当の対価」との差額を事後的に請求できるとされた。その結果、使用者等は、従業者等から事後的に「相当の対価」との差額を請求される可能性が残るため、債務が長期間確定しないこととなる。しかも、その「相当の対価」の具体的算定基準は、当事者から見て必ずしも明確ではなく、対価についての予測可能性が低いものとなっている。これでは、利益をもたらしてくれるはずの従業者による発明も、使用者にとっては訴訟の種になりうるもので常に疑心暗鬼にさいなまれることとなってしまう。

他方、従業者等は、現行法35条第3項の下、勤務規則等に基づき算出された対価の額が特許法の定める「相当の対価」の額に満たないときは、不足額を請求することができるが、権利意識が高まってきたといえども現実に不足額を請求すべく訴訟を提起する従業者等は極めて少ない。すなわち、従業者等は、多くの場合において使用者等が一方的に定める勤務規則等の定めに従って対価の支払いを受けているのが現状である。

近年の例でいえば、ノーベル化学賞を受賞した田中耕一氏(島津製作所)にはその発明に対する対価として、同社の「特許補償制度」で、出願時に6千円、登録時に5千円の計1万1千円のみが支払われた。田中氏は、ノーベル賞を獲得するほどの発明で同社の株価を急騰させ、その企業名を世界的にメジャーに押し上げた功績がありながら、「特許料などには無頓着で、特許は自分の発明を公的に記録したというぐらいにとらえている」と話し、会社に対し発明の対価として特別の報酬を求めることは無かった[2]このように従業者が不足金額を求める訴えを起こさなかった場合は、訴訟を起こした場合と比べてその発明に対する「相当の対価」の額が不均衡であるという問題点がある。

 

(2)「相当の対価」について

 「相当の対価」を算定する際に訴訟となった場合、裁判所は発明完成後の事情である実施料収入額(又は自社実施の場合は実施料収入相当額)を基準として、使用者の貢献度を割合的に考慮している。そして、職務発明をめぐる対価請求事件に関する各地裁、高裁判決においては、「相当の対価」の算定根拠として「実施契約に対する各発明の寄与度」、「推定実施料率」、「使用者が貢献した程度」、「各発明者が貢献した程度」等の項目は示されているものの、各項目がどのように考慮されたのか具体的数値との対応が示されていない場合も多く、結局のところ算定の根拠が不明確な面を否定できない。

 また、発明完成後の事情である発明品の売上や実施料収入額を基準として「相当の対価」が算定されているのにもかかわらず、特許法第35条第4項の「その発明がされるについて使用者が貢献した程度」の規定においては、発明がされるまでの事情のみしか考慮されていない可能性がある。すなわち、発明完成後の貢献である発明の実施にあたっての改良活動、営業経費、広告宣伝費用等が考慮されていない可能性がある。また、貢献の一形態である費用負担については、使用者等が受けるべき利益から控除すべき場合もあると考えられるが、同項に「貢献した程度」と規定されているため、費用負担についても画一的、割合的に考慮せざるをえない。

 

 

 

 



[1] 最三小判平成15422日判時182239

[2] NIKKEI NET:特集』http://www.nikkei.co.jp/sp1/nt62/20021010d3ki02s010.html