第3節 職務発明に関する主要判決

1、日本金属加工事件

東京地裁昭和581223日判決(ワ)11717

原告:A,B

被告:日本金属加工株式会社

(1)事件の概要

 原告A、Bは、いずれも、昭和39年4月1日頃、被告会社(日本金属加工株式会社)の取締役に就任し、被告の主たる業務である金属加工の技術の開発、従業員の指導、時計バンド材料、眼鏡材料、その他の工業材料の開発に携わってきた。その在任中、「金属」「綿素材」「クラッド板」「連続クラッド」についての発明をし、原告らは、綿素材発明及びクラッド板発明について、特許を受ける権利を被告会社に譲渡し、被告はそれらにつき特許権を取得した。

 原告らは、被告は、綿素材発明及び、クラッド板発明について特許を受ける権利を譲り受けた上、これらにつき特許を受けたので、原告らに対しその実施によって受けた利益に比例した相当の対価を支払う義務があり、この相当の対価は、製品売上に対する割合を示す実施料率によるのが相当であるとして、実施料率2%として算出し、原告Aに対して金1620万円、原告Bに対して金910万円の支払いを求めた。

 

(2)判決要旨

 判決は、職務発明は、特許発明に限定されず、ノウ・ハウについても、その内容が発明の実質を備えるものについては職務発明になるとし、職務発明によって使用者等が受けるべき利益額とは、使用者が発明の実施を排他的に独占しうる地位を取得することにより受ける利益を言うとし、実施料相当額がその額であり、本件では実施料率は売上高の2%(売上高30億2920万7000円×0.02=6058万4140円)が相当であるとした。その上で、発明者が受ける対価は実施料相当額の約10%弱の600万円とするのが相当であるとされ、各被告の特許を受ける権利の共有持分に応じて、原告Aに170万円(請求額1620万円)、原告Bに160万円(請求額910万円)の支払いが命じられた。その他、以下のように判示された。

@特許法35条の職務発明は、特許発明に限定されていないから(同条第1項)、発明でありさえすれば、特許されたものであろうとなかろうと、同条の適用があるものと解される。したがって、いわゆるノウ・ハウについても、その内容が発明の実質を備えるものであれば、同条の職務発明となりうる。

A職務発明について、特許を受ける権利を使用者に承継させたときは、発明者である従業者は相当の対価の請求権を取得するが、特許法35条第3項の解釈上、右請求権の発生するのは、特許を受ける権利の承継のときであると解するのが相当である。

B本件において、被告が発明を自らは実施せず第3者に実施許諾し、この第3者が同発明を実施して製造、販売したと仮定すると、右第3者は少なくとも被告と同額の売上を得ることができたと推認でき、また、前期認定の諸事実に照らし、その実施料収入は売上高の2%を相当とすると認められるから、前記の30億2920万7000円に100分の2を乗じて得られる6058万4140円をもって、本件発明について被告がその実施を排他的に独占しうる地位を得たことにより受けることになると見込まれる利益と推認することができる。

C発明者らが被告に対し本件発明に対し本件発明について特許を受ける権利を譲渡したことに対する対価は、全体で右6058万4140円の約10%弱に当る600万円とするのが相当であり、原告両名は右の対価のうち各25%の支払いを受ける権利を有するから、各150万円の対価請求権を有するものと認められる。[1]

 

発明実施品の売上高(30億20920万7000円)

 

 

 

 

実施料率(2%)相当額:6058万4140円

 

 

 

10%弱の600万円が発明者が受ける対価

A:170万円、B:160万円(共有持分に応じて)

 

 

(3)解説

 本判決において、職務発明は、特許発明に限定されず、ノウ・ハウについても、その内容が発明の実質を備えているものについては職務発明になりうるとした点、職務発明によって使用者等が受けるべき利益の額とは、使用者が発明の実施を排他的に独占しうる地位を取得することによりうけることとなる利益をいう、とした点が注目される。[2]

 

 

2、象印マホービン事件

大阪地裁平成6428日判決(平成6年(ワ)5984号)

原告:X

被告:象印マホービン株式会社

(1)事件の概要

 1)原告Xは、昭和46年1月被告会社に入社し、昭和47年5月に生産本部付次長に、昭和48年5月に商品試験所長に就任し、昭和58年2月に調査役に転じ、同年9月に退職した。原告Xは、被告会社に在職中に、被告会社の従業員と共同で、下記の発明をし、それらにつき特許を受ける権利を被告会社に承継させ、被告会社の出願に基づきそれぞれの特許権の設定登録がなされた。

@    特許第1430927号(ステンレス鋼製真空二重容器)

A    特許第1430934号(ステンレス鋼製真空二重容器の製造方法)

  原告Xは、これらの発明について、被告会社に在職中に、被告会社の「発明考案取扱規定」に基づき、出願件譲渡補償金として合計1万円(各発明につき5千円)、登録補償金として合計4万円(各発明につき2万円)を受け取った。

  原告Xは、被告会社を退職の後、

 @上記の発明は特許法第35条所定の職務発明に該当しない発明であり、原被告間に譲渡対価の合意は成立していないが、それらの譲渡対価は、1億5千万円が相当であるとして(主位的請求)、

 A仮に、それらの発明が特許法第35条所定の職務発明に該当するとすれば、原告が被告に対し、請求しうる相当の対価は1億5千万円であるとして(予備的請求)、

その支払いを求めた。

 

 2)これに対して被告は、それら発明について原告Xは職責上深く関与していたので特許法第35条所定の職務発明であることは明らかであり、実施済みの第1発明についての実施補償金もすでに弁済済みであると反論した(被告は実施補償金として85万5千円を供託した)。

 

(2)判決要旨

 判決は、以下のように判示し、被告会社が原告Xに対して、職務発明による相当の対価として640万円を支払うように命じた。

@原告が本件発明を完成するに至った行為は、まさに原告の職務そのものに属し、本件発明は原告がその職務の遂行として完成した職務発明であると認めざるをえない。なお、被告から原告に対し本件発明を完成すべき旨の具体的な命令ないし指示があったとは認められないことは前示のとおりであるが、発明を完成するに至った行為が従業者の職務に属する場合とは、特に使用者から特定の発明の完成を命ぜられ、あるいは具体的な課題を与えられて研究に従事している場合が含まれるということは言うまでもないが、そのほかに従業者が当該発明をすることをその本来の職務と明示されておらず、自発的に研究のテーマを見つけて発明を完成した場合であっても、その従業者の本来の職務内容から客観的に見て、その従業者がそのような発明を試みそれを完成するよう努力することが使用者との関係で一般的に予定され期待されており、かつ、その発明の完成を容易にするため、使用者が従業者に対し便宜を供与しその研究開発を援助するなど、使用者が発明完成に寄与している場合をも含むと解するのが相当である。

A特許法35条3項、4項には、従業者が職務発明について使用者に特許を受ける権利を承継させたときは、相当の対価の支払いを受ける権利を有すること、その対価の額は、その発明により使用者が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者が貢献した程度を考慮して定めなければならない旨規定されている。そして、契約・勤務規則等に別段の定めがない限り、右相当な対価の支払い請求権は、特許を受ける権利の承継のときに発生し、対価の額はその時点における客観的に相当な額を定めるべきものと解するのが相当であるが、承継のときより後に生じた事情、例えば、特許権の設定登録がされたか否か、当該発明の独占的実施又は実施許諾によって使用者が利益を得たか否か、得た場合はその利益の額等も、右時点における客観的に相当な額を認定するための資料とすることができるものと解するのが相当である。

B本件に現れた一切の事情に鑑み、本件発明の実施品の売上総額のうちに同発明につき特許を受ける権利を譲り受けたこと、すなわち同業他社に対し同発明の実施を禁止することができたことに起因する部分はその3分の1と推認するのが適当であるから、その部分は32億円(売上総額96億円×1/3)となる。そして、本件発明を第3者に実施許諾したと仮定した場合の実施料率は2%と認めるのが相当であり、同発明につき特許を受けることができる権利を譲り受けたことにより被告が受けるべき利益に相当する、同発明を第3者に実施許諾した場合の実施料相当額は6400万円となり、同発明の発明者は2名であるから、その2分の1に相当する3200万円が原告持分に相当する部分ということになる。

C発明当事原告は商品試験所所長の地位にあり、同発明は原告の職務の遂行そのものの過程で得られたものであること、同発明は、被告従業員の協力を得た上、創業以来被告の社内に蓄積されてきたガラス製マホービンの製造に関しての幾多の発明考案や経験及びノウ・ハウ等を利用して成立したいわゆる工場発明の色彩が濃厚であり、原告としては、被告の設備及びスタッフを最大限活用して発明を完成したものであること、その他本件に現れた一切の諸事情を考慮し、実施料相当額の20%をもって同発明につき特許を受ける権利の譲渡に対する相当な対価と認めるのが相当である。

 ただし、本件発明は、原告を含む2名の共同発明であるので、原告が請求権を有する相当な対価は、実施料相当額6400万円×1/2×0.2=640万円である。[3]

 

発明実施品の売上高(96億円)

 

 

 

1/3:同業者に対し発明の実施を禁止することができたことに起因する部分(32億円)

 

 

 

実施料率(2%)相当額:6400万円

 

 

20%が相当の対価:640万円

(工場的考案かつ2名の共同発明)

 

(3)解説

 本事件の背景には、原告Xが本件発明を完成したにもかかわらず、会社から格別便宜供与や人事の面での厚遇を受けることもなく、商品試験所所長の地位からこれといった仕事もない調査役の閑職に追いやられ、定年(60歳)を待たずして55歳で会社を退職するにやむなきに至った(原告の主張)という事情がある。

 判決は、本件発明が工場発明の色彩が濃厚であると認めつつも、発明実施品の被告会社売上総額(96億円)の3分の1(32億円)がその特許権によって同業他社に対してその発明の実施を禁止することができたことに起因するとし、その特許権を第3者に実施許諾した場合の実施料率を2%(6400万円)とするのが相当であるとし、その発明について会社が受けるべき利益(6400万円)の20%(2名の共同発明であるためX分は640万円)を相当の対価として認めた。

 被告会社が実績補償金分として供託した85万5千円は、過小に過ぎるとして、弁済供託は効力がないとされた。

 発明者の利益を擁護する立場に立った判決であるといえる。[4]

 

第4節 主要判決における相当の対価算定の図

1、オリンパス事件(控訴審判決)

 東京地裁平成11416日判決(平成7年(ワ)3841号)(控訴)

 東京高裁平成13522日判決(平成11年(ネ)3208号)(上告中)

 原告:X

 被告:オリンパス光学工業株式会社

実施料収入(他の発明分も含む)(約66億円)

 

 

 

 

本件発明によって会社が受けるべき利益:5千万円

95%が会社の貢献度)

 

5%:発明者の貢献度

相当の対価:250万円

 

 

2、ゴーセン事件(控訴審判決)

 大阪地裁平成534日判決 (平成3年(ワ)292号)(控訴)

 大阪高裁平成6527日判決(平成5年(ネ)723号)

 原告:X

 被告:株式会社ゴーセン

発明実施品の売上高合計(12億674万1077円)

 

 

1/2:同業者に対し発明の実施を禁止することができたことに起因する部分(6億337万538円)

 

 

 

 

 

 

実施料率(2.5%)相当額:約1509万円

 

 

 

40%が相当の対価:150万8426円

(工場的考案かつ4名の発明者、1/4)

 

 

 

3、カネシン事件

東京地裁平成4930日判決 (平成元年(ワ)6758号)

 原告:X

 被告:株式会社カネシン

意匠・考案の実施品の推定売上額(約10億円)

 

 

 

 

実施料(2%)相当額:2000万円

 

 

 

65%が相当の対価(発明者が受けるべき利益)

1292万円(従業者個人の努力・貢献が大きく、使用者の貢献はさほど大きくない)

 

4、東扇コンクリート事件

東京地裁昭和58928日判決 (昭和56年(ワ)7986号)

 原告:X

 被告:東扇コンクリート工業株式会社

技術協力費(2億4054万5000円)

 

 

 

 

5%が実績補償金:1202万2500円

 

 

原告の寄与率7割

841万9075円)

 

 

 

 

 

 



[1] 無体財産権関係民事・行政裁判例集153844頁、最高裁HP

[2] 同旨 中山信弘『工業所有権法上』76

[3] 判例時報1542115

[4] 日本感性工学会IP研究会『職務発明と知的財産国家戦略』