| 2002.11.28 失望 |
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11月26日に突然死した留学生仲間への追悼文を転載しました。 転載しなかった部分の告知では、追悼会を留学生用宿舎と校舎の前にある広場でやる予定でした。 しかし、28日付けの学校側発表によると、公安の規定により広場での追悼会はできないそうです。 かわりに校舎の教室を開放するからそこでやりなさいとのことでした。 事務室に聞きにいった人の話では、「人がたくさん集まっていると、他の学生に対して不安を与えるから」 追悼会を広場でやるのは駄目だということでした。 なんだそれ!?と思わず叫んでしまいそうでした。 仲間の死を悼む学生たちの感情を待ったく無視した、一方的な学校側の決定にみなが失望しました。 教室で担任の先生がこのことを告げたとき、学生の何人かが「自由に祈ることすら許されないのか」と 先生に問いました。 先生はとても残念そうに「中国でのFreedomはあなたたちの国のFreedomとは違うのよ。 私には決定権もないし、ただあなたたちに告げることしかできません。」と答えていました。 先生も学生たちが失望しているのをよくわかっているようでした。 管理された追悼会などやりたいはずもなく、留学生たちは来中した彼の両親とともに告別式に参加するだけにしています。 留学生達はこの学校側の決定をきっと一生忘れないでしょう。 |
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2002年11月29日0時42分
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| 2002.11.27 中国での死 |
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この日は「中国での死」ということについて考えさせられました。 留学生仲間が突然死したため、親しい友人たちが彼(彼の死体)に面会しに行きました。 彼の体がある病院はかなり大きく近代的な病院だったのですが、彼の体への扱い、それに面会に来た人への配慮など全くなっていなかったのです。 これを聞いたとき、かなり腹が立ちました。 中国と他国では「死」への観念に違いがあるとはいえ、ひどすぎる。 もっと他国の文化に対しても配慮すべきだ。 特に「死」を扱う仕事なら当然ではないだろうか? 多くの留学生がこの話を聞いて怒りを覚えたことは言うまでもありません。 面会に行った人に対しての暴言、扱い方について列挙したいと思います。 【暴言】 「バラバラで面会にこられるのは面倒だから、まとめて来てくれればいいのに。」 (この後、まとまった人数が集まるまで数十分待たされる。) 「彼の体はとても重かったよ。自分が一人で運んだんだぜ。とても疲れたよ。」 (しかも何度も面会者に告げる) 【扱い方】 彼の体は冷蔵ケースに入れられていて、面会時はそのケース引き出すそうです。 その面会終了時、ケースをしまう時、あろうことか担当者はそのケースを足で蹴り飛ばしたそうです。 |
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2002年11月29日0時10分15秒
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| 2002.11.26 追悼 |
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留学生仲間が突然死した当日、彼の友人たちによってお別れパーティーが開かれました。 彼の人生はまさに「パーティーの連続」だったからだそうです。 でもただ宴会をするだけでは、彼の死を悼むことにならないと考えた人が追悼会を企画しました。 その告知文がとてもよくできていたので、書き写してきました。 宗教、国籍の違いなどを考慮し、なおかつ悲しみも伝わってくる良い文だと思います。 以下、その転載です。 A Prayer for **** For at least three months, We have lived here together as a family. One of our family members has recently left us. He is on a new journey. will not be coming back. We do not know Where his destination is, Or The road to get there. We have not seen this place yet. It is difficult to leave home, Even more difficult without blessings from family. **** has left. We need to pray That he travels safely on his journey. A farewell prayer* |
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2002年11月29日0時10分15秒
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| 2002.11.25 留学生仲間の死 |
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今日、留学生仲間の1人が亡くなりました。 ニューヨーク大学からの留学生で、韓国系アメリカ人の男の子です。 見た目はジャイアンみたいで、太っちょで背は低め、どすの利いた中国語と英語を操る人でした。 刺青をしていて、腕もぶっとく、ストリートギャングのような風采でしたが、一度見たら忘れられないくらいの印象を持ったひとでした。 買い物をしていて突然昏倒して、意識不明のまま二日間生死の境を彷徨って、今朝亡くなったそうです。 でもまだ直接の死因はわからないそうです。 いつもにぎやかな留学生寮ですが、今日は多くの友人が彼の死を悼んでしんと静まり返っています。 たった三ヶ月間知り合っただけなのに、こうも寂しく感じるのは、寮の仲間だったからでしょうか。 あんなにパワフルだった彼が死ぬのを見て、自分もいつ死ぬかはわからない、そう思いました。 今日、留学生仲間の1人が亡くなりました。留学生寮の雰囲気が少しさみしくなりました。 |
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2002年11月26日23時57分48秒
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| 2002.11.24 留学報告書(続き) |
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昨日に引き続き報告書をのせます。ちょっと長いから削ろうかな? 問:今後このプログラムで留学する学生に伝えたいこと。(出発前の準備、授業、勉強の進め方、留学先の受け入れ態勢、生活の知恵、文化の違いにより困った経験、外国生活から学んだことなど自由に。) 【お断り】 まず、自分は漢語進修生で、高級進修生や本科生とは違い中国語を専門に学習しているということをご了承ください。高級進修生、普通進修生(本科生)を希望する方には参考にならない部分もあるかと思います。 【出発前の準備】 出発前には中国語の勉強と、英語の勉強、それに自分の専門の勉強を進めておくことをお勧めします。 華東師範大学には博士課程や本科生、漢語進修生あわせて今年988人もの留学生が来ていて、国籍も多彩です。 韓国人と日本人が圧倒的に多く、他にアメリカ人、ドイツ人、フランス人の順で学生の数が多いです。 香港人や、華僑の子弟、東南アジアや、アフリカ、南米、ほかのヨーロッパの国々から来ている学生もいます。 中国にいる以上、必然的に公用語は中国語になりますが、やはり英語が話せるとかなり国際交流には役立ちます。 また、自分の専門が何なのかはいろいろな人によく聞かれるので、分野違いの人にも簡単に紹介できるようになることが重要だなと思います。 それと留学中もある程度日本語で専門の勉強を進められるよう、いくらか本を持ってくることをお勧めします。 自分は60冊ほど持ってきましたが、さすがにこんなにはいらないとは思います。 でも中国語による勉強だけでは絶対に生活に張りがなくなってくるので、日本語の書籍があるだけでもかなり違うと思います。 【授業と学生について】 授業は前の文にも書きましたが、全て中国語で行われています。 今年は留学生の人数が例年より多いこともあって、一クラスの人数がかなり多めです。 ですが、実際に出席する学生数は10人から20人程度なので語学クラスとしては割りと適当な人数に落ち着いていると思います。 また、学生も普通の大学生はもちろん、10代後半で中国の本科生を目指して高校卒業後直接来た若者や、企業の駐在員やその奥さん、普通語が苦手な華僑の子弟などがいます。 学生の年齢は10代後半〜20代〜30代が多いですが、50代、60代の方もいて、幅広い年齢層の人たちと一緒に勉強をしています。 【勉強の進め方】 勉強の進め方はいたって普通で、予習してわからない単語や語法をピックアップして、授業中質問し、復習で授業中やったことを確認する、といった作業をしているだけです。 ただ、自分のクラスの場合、宿題の量も結構あるので、なかなか遊ぶ時間がありません。 あとは授業と関係なく自習したり、中国人の友人とおしゃべりなどをしたりするくらいでしょうか。 また、留学してきている日本人の博士課程の人に、専門が同じ場合、勉強についてのアドバイスをもらったりもしています。 【受け入れ態勢と留学生寮】 留学先の受け入れ態勢は、特に何も問題はないと思います。 華東師範大学は毎年多くの留学生を受け入れてきた経験があるので、大抵の相談事にはすぐ乗ってくれます。 また、日本語を話せる事務員の方が2人いるので中国語が下手な私はとても助かっています。 留学生寮に対する評価は賛否両論あり、汚い、寒い、値段が高い、など一部の留学生の間ではいわれていますが、全ての部屋に冷暖房空調機はあるし、テレビや電話もあるし、お金さえ出せば、バス・トイレつきのホテル並みの部屋に1人で住むことも可能です。 自分は共同トイレ、共同シャワーの一番安い部屋に住んでいますが、特に不満も感じず生活しています。 インターネットも部屋に電話線が来ているので、IPカードを使えば、到着してすぐ使えます。 また、自炊も道具さえそろえればできます。ただガスの利用はできません。私はもっぱら外食ですませています。 【生活の知恵?】 生活の知恵というほどのものではないですが、私の場合、インターネットや国際電話、携帯電話などの通信費がかなりかさんでいます。 なのでなるべく安く買える大学の裏門付近のショップで額面の半額程度で電話カードを購入しています。 おかげでかなり安く通信費をおさえられるようになりました。 また御飯を食べるときも、なるべく中国人が多く入るお店で食べるようにしています。 というのも、回転率のいいお店は割と新鮮な食材を常に使うのに対し、回転率の悪いお店だと、見た目はきれいなお店でも、それほど新鮮でない食材を平気で使うことがあるからです。 繊細な人の場合、ちょっと悪いものを食べただけで下痢をしたり、ひどい場合入院したりしてしまうし、不衛生なお店も日本に比べ多いことから、中国留学では衛生面に気を使った方がいいと思います。 それから専門書などを手に入れるときには、裏門近くの「博士書店」という書店に作者名、題名、出版社などを告げておくと、一週間もかからずにとりよせてくれるのが便利です。 【文化の違いにより困った経験】 文化の違いにより困った経験といえば、上海の交通事情の悪さには辟易しています。 日本と違う右側通行にはすぐに慣れるのですが、赤信号でも右折は許されているようで、これに慣れないうちは何度か危険な目にあったりしています。 また、自転車でもオートバイでも車でもそうなのですが、人が歩いていても平気で突っ込んできて、目の前ぎりぎりを通り過ぎようとするのには今でもぞっとすることがあります。 それから歩いている人や自転車はもちろん、オートバイ、さらには車さえも赤信号で突っ込んでくることがあります。さらには車が目の前の人を低速でゴンッとちょっと押したりするのも見たことがあります。 なので交通マナーの悪さはかなりのものです。年々交通マナーも良くなってきているそうですが、上海に来る場合、まだまだ交通には気をつけた方がいいと思います。 【外国の生活から学んだこと】 それから外国の生活から学んだことと言えるのかわかりませんが、国際交流の際に重要なのは、積極的に自分の考えを相手に伝えていくことだと思うようになりました。 至極当たり前のことでしょうけれども。 どういうことかというと、留学生の中にははからずも人間関係でトラブルを起こしてしまったりする人もいます。 一例として、日本人学生と、他の国の学生との共同生活でのトラブルをあげます。 このケースの場合、共同生活の中で様々なことに不満を感じていた日本人学生が我慢を重ねて、耐え切れなくなったとき、突然感情を爆発させてルームメイトとの仲を壊してしまいました。 また別のケースとして、中国人とのトラブルでは、友人関係の距離のとり方の相違により、仲が壊れてしまっています。 中国人学生が濃密な友人関係を作りたがるのに対し、日本人学生はわりと淡白な関係を保とうとして、軋轢が生まれ、日本人学生が中国人学生を疎んじてしまい、仲が悪くなってお互いに悪感情を残してしまっています。 もちろん円滑な人間関係を築いている留学生のほうが圧倒的多数ですが、上記のようなトラブルを起こしている学生も多少います。 こうしたケースで共通していることは、日本人学生が不満を感じたりしても自分の気持ちを告げることなく、相手が自分の気持ちを察してくれるのを待っていて、結局耐え切れずに関係を壊してしまっているということです。 その際、日本人学生は前提として「本来人間関係とはこうこうあるべきだ」と考えていいても、相手側は必ずしも同じ前提に立っていなかったりしています。 こうした場合、日本人が不満を感じたときに、自分の考えを相手に告げて理解してくれるよう要求していれば、関係を壊したりせずに済んだのではないかと思います。 自分はカナダ人のルームメイトと共同生活を送っていますが、彼は不満を感じれば、必ず不満とともに、なぜ不満を感じるのかという理由も伝えてくれます。 それに彼が不満を感じていても、私の行為に相応の道理があると認めてくれれば、受け入れてもくれます。 彼の態度から学び私も努めてそうするようにしています。 こうした経験から、相手が気づくまで待っていたり、「本来こうあるべきだ」と考えていて、自分の不満とそう感じる理由を全く告げずに「なんで私の気持ちがわからない、気づかないんだ」と憤っているよりも、積極的に自分の考えを相手に伝えていく働きかけが重要だと思いました。 きれいごとばかりなような気もするけどまいっか。 |
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2002年11月27日1時26分56秒
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| 2002.11.23 留学前の不安・近況報告 |
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大学へ提出する近況報告書を書いてみました。ついでにネットにものせます。 よく書きすぎたかもしれないなあ。もうちょっと悪くも書けたんだけど、ま、いいか。 問:留学前の心配や不安は、今どのように変化していますか?現在の近況について自由に書いてください。 留学前の不安について 留学前は手続きのことが不安でした。 華東師範大学に着いてから、どう手続きを進めればいいのか全くわからなかったからです。 ただ、必要な書類だけはそろえていたので、着けば何とかなるだろうと思って出発しました。 あと、自分は留学生寮に入ることになっていたので、希望通りの部屋が取れるのか、ルームメイトがどんな人になるのかといった不安がありました。 しかし、着いてみればどうということもなく、順調に手続きを済ませることができましたし、部屋は希望していた1人部屋こそ取れなかったものの、最も安い2人部屋に入ることができました。 また、ルームメイトもカナダのヴィクトリア大学からの交換留学生で、懸念していたコミュニケーションも英語と中国語でとることができました。 さらに彼は模範的な好青年だったので、ルームメイトとの関係も全く問題ありませんでした。 留学前は人間関係に悩んだりするより1人部屋のほうが楽だろうと思っていましたが、現在は2人部屋での生活もお互いにいい影響を与えあうことができていいものだと思うようになりました。 11月現在での状況 現在はルームメイトの影響もあって、規則正しい生活を送っています。 【朝の生活】 毎日6:30に起床して一時間ほど、ランニングや武術の練習をしてから、食事を取り、簡単に中国語の勉強をして授業に出ています。 【授業について】 同級生は35人という大人数ですが、ほぼ決まった15人ほどしか来ず、出席してくる学生と時々来る学生、ちっとも来ない学生に分かれています。 学生の乱れた生活と、先生の教え方に合わないという二つが原因のようです。 とはいえ、私は先生の教授法はそれほど悪くないと思います。 授業はもちろん全て中国語で行われていて、来た当初はかなりとまどいましたが、現在はほぼ聞き取れるようになり、積極的に発言して授業に参加しています。 【放課後の過ごし方】 授業が終わった後は、友人たちと留学生食堂などで昼食をとり、その後は図書館で勉強をするか、選択授業に出ています。 図書館の中の外国語書籍の部屋は朝9時から12時まで、13時から17時まで、18時から21時までという間隔で開いています。 自分は朝日新聞の国際版を読んでから(実は日本語の新聞は朝日しかないのです)図書室で勉強をしています。 蔵書も最新の書籍こそないものの、百科事典、歴史書、小説、教育関連書籍など、なかなか充実しています。 なので、時々息抜きで日本の小説などを読んだりもしています。 【晩御飯について】 図書館が一時的に閉まった後は晩御飯を大学近辺の屋台やお店でとります。 華東師範大学の周りには日本の大学周辺と同じように食事をするところが多く、中華料理はもちろん、イスラム料理、韓国料理などが安い価格で食べられます。 市街地や外国人居住区まで足を伸ばせば、世界各国の料理が日本よりもはるかに安い価格で食べられるので、食事に関しては全く不自由していません。 【夜のすごし方】 食事後は、勉強を続けたり、中国人学生と相互学習をしたり、遊びに行ったりしています。 相互学習相手の華東師範大学の日本語学科の学生は真面目な人が多く、相互学習相手には事欠きません。 ただ、相手の学生が高学年の場合、日本語でばかり話してしまったりもします。 一日は大体こんな感じで過ごして、夜は12時には就寝しています。 【週末の過ごし方】 週末はサッカーや野球、バスケットボール、バドミントン、フリスビーなど運動のサークルに参加したり、勉強したり、ひたすら寝まくったり、市街地に買い物に行ったり、近所の探検をしたりしています。 【学校行事】 さらに学校行事も充実していて、留学生歓迎会や運動会、修学旅行やカラオケ大会などがあります。 ただ、こういった学校行事の場合、受身の姿勢でいるよりも自分から積極的に動く事が重要で、楽しくするもしないも結局自分次第だと思います。 【中国留学の感想】 中国に来てからかなり規則正しい生活をするようになり、勉強する時間もかなりとれ、自分が望んでいた以上の留学生活を送ることができ、とても満足しています。 |
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2002年11月17時52分33秒
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| 2002.11.17 中国新政権誕生 |
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胡錦涛さんが新しく総書記に選ばれました。来春には全人代で国家主席にも選ばれるでしょう。 ここで大胆にも胡錦涛新政権の評価をしてみます。 経歴を見る限りでは1985年〜88年 中国共産党貴州省委書記、1988年〜92年 中国共産党西蔵(チベット)自治区委員会書記などと貧困省のトップを歴任してき たから貧困対策、少数民族対策には力をいれそう。 江沢民、朱鎔基らが上海市長をつとめてきて上海閥を作って中央政府を牛耳って、 上海の発展に力を入れたように、彼も貴州、チベット時代の側近を北京に呼び寄せ てるらしいので、西部地区の開発もがんばって進めるんじゃないかなあ、とか考え てます。 それにチベット時代には少数民族を省の幹部に抜擢するなどの革新的人事をしてた らしいです。 文化大革命真っ盛りの頃大学卒業して、いきなり甘粛省のダム現場に行きたいって 自分から希望したらしいし、西部好きなのかも。 あと中央党校の学校長をしてたから、若い共産党幹部に渡りをつけるの楽かも。 参考文献は最近(8月)出版された朱建栄『中国 第三の革命 ポスト江沢民時代の読み方』 という中公新書の本。簡単な胡錦涛さんの紹介と評価ものっとります。 ただ、いいことしか書いてないので、もうちょっと批判的な本も見てみたいです。 そんなとこかなあ。 あと見た目はかなりダンディですな。 参考文献 朱建栄『中国 第三の革命 ポスト江沢民時代の読み方』中公新書2002.8 「人民網」アクセス日2002.11.17 http://j.people.com.cn/info/data-p/leader/home.htm |
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2002年11月17日17時24分36秒
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| 2002.11.02 「遊び」のある規則 |
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また日記をさぼってしまった・・・。でもサボってた分、今日は比較的長い文になってます。 唐突な話ですが、華東師範大学には多くの施設があります。 留学生寮や一般学生の寮だけでなく、学生が生活できる基本的な環境が整っていて、さながら一個の町のようです。 寮の他には食堂はもちろん、大学経営のホテル、カフェ、パン屋、雑貨屋、点心の店、カメラ屋、床屋、映画館、本屋、市場、肉屋、果物屋、魚屋、などなど。 400Mトラックのグラウンド、何面もあるバスケットコート、バレーコート、プール、公式試合も行われる体育館、ボーリング場など運動施設も充実しています。 これらは「単位」時代―社会主義体制下では個人は必ず、学校、企業、役所など、どこかに所属して、所属場所から生活保護を受けていた―の名残で、(現在も単位制度はありますが)充実した施設の恩恵を受けられるのだと思います。 そんな大学にも門限があります。12時になると、大学の正門、裏門、留学生寮の門が閉められてしまうのです。 だけど、完全に締め切られるのは裏門だけで、実は正門、留学生寮の門は自由に出入りできます。 自由にとはいえ、正門には警備員がいて、留学生寮の門も、人一人通れる小さな通用門の鍵があいているだけです。 だから夜中に帰ってきても心配はいらないのですが、裏門だけは通用門も閉められてしまうので、留学生の間ではかなり不人気です。 というのも、裏門方面の大学外に住んでいる留学生は大きく迂回するか、門をのりこえなければいけないので面倒なのです。 門の高さも結構あるし、門の上部についている「鉄の槍」も人一人通れるくらいしか取り除かれていないから、乗り越えるのはとてもしんどいです。 そんなわけで、不満を持っている人は、どうせ乗り越える人や、正門は通れるのだから裏門も通用門くらい空けてくれ、とか、結局出入りできるのだから、門限の意味がない、門限など撤廃してほしい、などの意見を言っています。 そんなわけで、なにかと文句の多い「門限」ですが、自分はそれほど文句もなくむしろ感心しています。 というのも、規則に「遊び」をもたせることで、「大学警備」という建前と、「学生の出入りの自由」をある程度両立しているからです。 門限で門を閉めるのは当たり前ですが、正門も学生なら自由に通れるし、裏門も乗り越えやすい部分がそのままにしてある。 規則はあっても、ある程度学生の出入りを許容しているわけです。 これが自分の出身大学の場合、門限が来ればよっぽどの理由がない限り、学生は締め出されるし、入ることもできなくなります。 きっと火事を起こされたり備品を壊されたりする恐れがある、などの理由から大学内に泊り込まれるのがいやなのでしょう。 一方で華東師範は、門限を設定してはいても、大学内で暮らしている、もしくは大学に通っている学生の出入りもある程度大目にみています。 しかも門はきっちり閉めているし、警備員もいるから、大学外からの侵入者や、大学から電化製品など貴重品を持ち出されるという危険をある程度守っています。 大学生になりすました金品狙いの泥棒もいるかもしれませんが、各寮にも警備員や管理人がついているので見慣れない人は寮なんかには入れません。 こういった、ある意味おおらか、ある意味いいかげんな規則の守り方を、おかしいと言っている日本人留学生もいますが、規則は規則とする日本の大学より、こっちの大学の「遊び」をもたせた規則の方がいいなあと思ったりしています。 なぜなら規則は規則という風にされたら、夜遊びもできなくなってしまうし、逆に門限がなかったりしたら、怪しい人物も大手をふって夜中に入ってきてしまいますから。 |
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2002年11月02日12時39分43秒
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