.■胡桃の中の航海日誌
2000年11月■|最新日誌|過去日誌|掲示板|メイル|修論日記|
リンクはご自由にどうぞ。ご一報いただけると幸いです。
2000/11/29 肉まん/広末に当てはめ放題
■肉まん/広末に当てはめ放題
リンクはhttp://www.geocities.co.jp/CollegeLife/1453/2000-11.htm#29a
んなわけで、かわいい子に話しかけられて嬉しかったり、他では、かわいい子にニヤニヤしてたと糾弾されたり、かわいい子に振りまわされる一日。やばいですか?
そんなことばかりしているわけでもなくて、ちゃんとプリンも作っている。プリン好きなんだもん。でも、材料がそろってないので、タマゴと牛乳と砂糖だけ。バニラエッセンスやブランデーとかラム酒が欲しいところ。あと、カラメルを作れたらなあ。
某所で僕の凹み具合が話題になっている。凹んでます。でも、きっと産みの苦しみなのだと思います。
2000/11/29 肉まん/広末に当てはめ放題
■肉まん/広末に当てはめ放題
リンクはhttp://www.geocities.co.jp/CollegeLife/1453/2000-11.htm#29a
やる気無し祭り続行中。
で、今日は朝から精神分析のお勉強。やはり、数年前に勉強した精神分析と、今勉強する精神分析では、理解の仕方が違う。やはり、ここ数年で自分が成長したと云うことか。そうだったら嬉しい。
と、その勉強会に出るのも躊躇してしまったくらい体調も低調。しかも、やる気なし。なので、今日はそれから院生室で寝て、だべって、飯食って帰ってしまった。今日は、ルームのコンパだったのにキャンセル。で、同僚の顰蹙を買う。
昨日、食べた豚まんのことを思い出す。コンビニとかでよく売っている肉まん。でも、肉まん屋で買う肉まんは本当に美味しいのでお験しを。買ったのは、小倉名物らしい「揚子江の豚まん」。コンビニ豚まんとの違いは、匂いと皮と中身。
匂いは、やはり蒸したてが一番。皮の材料の違いもあるし、やはりコンビニは蒸しすぎなのかも。肉まんの下にひいてあるものが肉まん屋では木の皮である一方、コンビニでは紙だし、それもあってか、肉まん屋の肉まんの匂いの芳醇なこと。この匂いだけでもちゃんとした肉まんを買う理由にもなります。
おまけに、その皮のモチモチ感。コンビニの肉まんの皮は、パンか蒸パンみたいなものだけど、肉まん屋のものは、モチモチ度が高く、そらだけでも満足のいくもの。食べ甲斐たっぷりです。
で、中身。キャベツとタマネギとしいたけとひき肉という単純なもの。しかし、しっかりと、しかし、禁欲的な味付け。コンビニの非常に明確だが深みのない味付けとは対照的だ。
以上の3点からできたら、肉まん屋の肉まんを食べていただきたい。ただ、コンビニでは100円だが、僕が買った肉まん屋では170円であったが、大きさは圧倒的に後者のほうが大きいので、満足度もかなり大。
◇
好きな芸能人は?とか聞かれても、外国の映画俳優の男性しか思い浮かばない。他にはあまり興味が無いのだ。
しかし、雰囲気だけなら、広末とか好きなんだけど、他の人が女優やアイドルを好きになるのとは少し違うので、「好き」と公言するのにいつも躊躇する。
だって、映画やドラマを見るわけでも無いし、グラビアや写真集に興味があるわけでもない。別に、広末がどうしようが僕は知ったこっちゃあ無いが、CMに出ている広末の雰囲気が好きなのだ。
それは、広末があまりに遠い存在であるので、僕の興味をそそらないだろう。もし、クラスの同級生なら話は別なのだろうが。そこら辺の意識が人と違うのか。興味というのが偏っているのか。
ちなみに、多分、ぼやっとした目の雰囲気が好きなのだと思います。ぼんやりと憂いを含んだ目。そこに、多義的な感情を予測させる。それだけ、明確ではない目からの表現。
きっと、そこに投影可能性を感じるからです。だから、感情を当てはめ放題。昨日の日記と同じ地点に着地してしまいました。
2000/11/28 自由
■自由
リンクはhttp://www.geocities.co.jp/CollegeLife/1453/2000-11.htm#28a
この前、綾戸智絵のコンサートに行ったのだけど、一瞬考えたことがある。
スーパー歌舞伎やジャニーズのコンサートみたいに、宙乗りをしてくれないだろうか。宙乗りする綾戸智絵。見てみたい。多分、相当愉快だと思う。
綾戸智絵であらずとも、僕だって宙乗りしたい。いつ何時でも、宙乗りする自由が欲しい。
最近、自由に敏感なのです。今日、仕事の帰りに消防署のシャッターが全部開けられていて、どの消防車を見るかも選び放題。
貧乏学生である自由も満喫しているし、彼女がいなくて物悲しい自由も満喫している。凹み放題。
バスも電車も、どの時間に乗るかは選び放題だし、今日は帰りに肉まんを食べるか食べないかの自由だって得ることが出来た。
仕事が終わってから学校へ行く自由。そして、勉強したくなくて速攻で帰る自由。家に帰ってから、ワインを飲む自由。
ああ、自由を満喫する自由。人間というものは、自由な存在として産まれたのだと思う自由。「自由だ!」と勝手に思う自由を持つ自由。
2000/11/27 ウイスキー飲み
■ウイスキー飲み
リンクはhttp://www.geocities.co.jp/CollegeLife/1453/2000-11.htm#27a
寝ると眠るはどう違うのか。前者は行為を意味するが、後者は状態を意味する。行為して試みたが、その状態にはなれず。と、拡散した意識。だから寝たいが眠れない。
で、酒瓶とグラスをテーブルに。氷を掴んでグラスに入れ、酒瓶を傾ける。グラスを持ち上げ、2・3度まわして口につける。どうも、氷が溶けやすくて困る。すぐに薄くなってしまうのだ。だから、また酒瓶を傾け、ついついたくさん飲んでしまう。以前、TVで丸い氷を作っているのを見たことがある。グラスにすっぽり入るサイズの丸い氷。球体は、その体積にくらべて表面積は小さい。だから、丸い氷を使えば、溶けるスピードも遅くて、お酒が薄くならないということだ。
その丸い氷。どうやって作るかと言うと、氷の塊をナイフで削るのだそうだ。一朝一夕にはできないバーテンの技。僕はそんなことが出来るはずもなく、家で薄くてまずいウイスキーを飲まなければならないというわけだ。
ウイスキーの種類とか歴史とか興味はあるけど、まとめるのが面倒くさいのでサントリーさんにお任せするとしよう。
しかし、やはりウイスキーは穀物を原料にしたお酒。やはり俗っぽさは否めません。だから、やはり果実を原料としたブランデーに移りたいところ。
ブランデーはあまり良いものを飲んだことが無いのでわからないが、お菓子なんかに使われることを考えると、やはり香りが高いのだろう。ウイスキーは香ばしい臭いはするのだが、やはり香り高いというところまでにはいかない。
しかし、ブランデー。ウイスキーを好んで飲んでいるだけでも、かなり高慢ちきな香り漂うのに、ブランデーを飲むなんてなかなか人に言えない話ではある。やはり、焼酎を社交用に飲めるようになるべきなのだろうか。
とは言え、やはりお酒は品質と美味しさは関連してて、僕の苦手な焼酎と言えども、お値段の張るものは飲みやすく香りも上等で、飲めてしまう。だから、安酒さえ飲まなければ結構なんでも飲めるのかも知れない。でも、これだとますます高慢ちきだ。
ブランデーと言うと、やはり紫色のガウンに安楽椅子。毛足の長い猫を膝に、頭を左手で撫でながら、右手にグラスを温めるという姿を想像する。なんて陳腐な。
◇
「あなたを愛している」こと、を知ることは幸せなことだなあと、ビートルズがインディーズ時代に歌っていても、綾戸智絵が歌ってても思うのです。ただただ、素晴らしいの一言。そんな感覚に浸りたいものです。マジで。
2000/11/26 勉強カウンセリングで書き方の練習
■勉強カウンセリングで書き方の練習
リンクはhttp://www.geocities.co.jp/CollegeLife/1453/2000-11.htm#26a
今日も、午後から院生室。何をしたかなあ〜。月曜にコピーすべき論文のリストを作って…本文を数行書いて…論文ちょっと読んで…。なんか、具体的に「これをやった!」と言えるほど作業をしてないので、ちょっと凹みます。
そんな具合で、今日の夕方以降は友人と院生室のソファーでまったりムード。丁度、大学の学園祭で昼から飲んでいる同僚が疲れて帰ってくるが、殆どグロッキーで、ソファーで寝出す始末。僕らはと言えば、紅茶を飲みのみトーク。
それから、書き方の練習。このまえ、なにかの申請書類を書いているのを同僚に見られて、「どげんあると〜。字へたくそ〜。そんなんで大丈夫と?」と久留米弁でつっこまれる。で、その友人が「字、教えちゃっか?」と言ってくれるので、それに甘えて教えてもらうことに。
その人は、勉強カウンセリングという算数を小学生に教えるプログラムに参加している人で、そこでの教授のし方を演じて教えてくれた。基本は誉める。誉めてから問題点を指摘する。
誉めるのってなかなか難しいらしいけど、オーバーリアクションでやっていくうちに、本当に心から誉めることが出来るようになるという。で、めいっぱい誉められる。ちょっと嬉しい。
僕が字を書くときに使った方略なんかを見ぬいて、その方略が妥当だった場合は誉めたり。妥当でない場合は、なぜ妥当でないのか説明したり。
でも、良く考えてみると、僕はどうしてまともな字を学習してこなかったのだろうか。小学校なんかの成績はそつなくこなしていたし、授業にもちゃんと参加してたのに…。
でも、僕、なんで字が下手なんだろうか。単なる、習得のきっかけを失っただけなのか。ペンの持ち方が悪いのか、形態を把握する能力や、書く能力に問題があるのか…。理由は全くわからないけれど。
そんなわけで、今日はカタカナの練習をしました。カタカナ。意外と難しいです。
で、僕の字の練習の効果を見るためにはどうしたら良いのかという話になった。評価用のサンプルを毎回1点書いて、終了後にそのサンプル数点をシャッフルして、練習のことをあまり知らない人数名に字のうまさを評定してもらって、そのサンプルに対する評定平均を比較し、「うまさ」が向上したかどうかチェックする。また、フォローアップも終了後の毎週くらい行って、練習の効果が持続するかどうかも検討する。ここらへんを考えるのが教育心理をやっている人間の会話。
◇
昨日、カルロ・ロッシの白ワインを飲んだんだけど、これがめちゃくちゃ安いわりには、あっさりとくせが無くおいしい。今まで飲んでいた安ワインは一体なんだったの?
でも、あまりのあっさり味に、水でも入ってるのではないかとちょっと疑いの目。
2000/11/25 ヘコンデマス
■ヘコンデマス
リンクはhttp://www.geocities.co.jp/CollegeLife/1453/2000-11.htm#25a
ここ数日、いろいろとあって、ヘコんでます。
というか、ここ数日いろいろあって、そのときの僕の態度にヘコんでます。
今日も学園祭で買ったお好み焼きがカピカピでヘコんだんです。
いつも行っている情報系サイトが消されてしまってヘコんでます。
授業でカワイイ娘が話しかけてくれずにヘコんでます。
そもそも、カワイイ娘が話しかけてくれずにヘコんでます。
修論が進んでなくてヘコんでます。
嫌いなミュージシャンが意外と売れててヘコんでます。
ビジュアル系にヘコんでます。
清貴にもヘコんでます。
クリスマスに抵抗を意外と感じなくなった自分にヘコんでます。
とか、言って、ヘコんでいる自分にヘコんでます。
だから、そんなこと気にせず明日から頑張ろう!レッツポジティブシンキング!
と、景気が良くなったとたんに、お酒をがぶがぶ飲んでいる自分にヘコんでます。頑張る方向が違うってば!
◇
nackさんの駄文コーナーに面白いJ-POP評あり。
2000/11/24 綾戸智絵コンサート/ラプサンスーチョン
■綾戸智絵コンサート/ラプサンスーチョン
リンクはhttp://www.geocities.co.jp/CollegeLife/1453/2000-11.htm#24a
綾戸智絵さんのコンサートに行ってまいりました。
なんか、ワルノリの関西のオバハンってな感じでした。でも、そんなようすが「ジャズ」というやや敷居の高い音楽を身近に感じさせてくれました。彼女、ゴスペルを歌っていた時期があったらしくて、単純にジャズと言っても、ちょっとR&Bやブルースっぽい感じもして、かなり気分良く聴くことができました。
今度は、できたら小さなホールでナマ声で聴いてみたいです。でも、そんな機会はあるのだろうか。
で、今日友人と一緒にライブの行われる福岡サンパレスへ行こうとバスに乗りこんだら、知った人の顔が。実は、僕に綾戸智絵の名前を教えてくれた人。その人のおかげで僕は綾戸さんに出会えたわけです。なんとなく、頭の隅に引っかかってた。それで、NHKの『ようこそ先輩』や『青春のポップス』を観て、「いいなあ」と思ったのでした。
で、一緒に行った友人は、とある飲み会の後2次会でなだれ込んだ部屋の主人で、その部屋のCDを物色していたら、『FOR ALL WE KNOW』がでてきて、聴いてみようと思ってCDを借りたのです。これが、今日のコンサートまでの成り行きです。
いつもながら、音楽でも本でもあらゆる芸術との出会いには、たいてい人が絡んできます。僕に出会わせてくれた人々に感謝!
◇
たたりさん(ツメタククライモンダイ)からの情報。
ラプサンスーチョンという中国茶葉が正露丸臭の元凶だとか。
紅茶好きのレベルはたたりさんとは比べ物にならないだろうけど、フレーバーが苦手という意味では一致。ちょっと嬉しかったり。
2000/11/23 映画『シャフト』/アールグレイ再び
■映画『シャフト』/アールグレイ再び
リンクはhttp://www.geocities.co.jp/CollegeLife/1453/2000-11.htm#23a
映画『シャフト』観て参りました。
かっこいいぜ!ジョン・シャフト!という、全編そのノリ。確かに、かっこいいかもしれない。必要以上にかっこいいというか。
そして、そのかっこよさを表わすために、次々と殺されていく人々。僕は、物語の発端ですでに状況をつかみきれなかったので、なんとなく、「この人たち何をしてるのだろう」というイメージを払拭できないまま観てしまった。
でも、サミュエル・L・ジャクソンかっこよかったし、テーマ曲も良かったです。70年代ノリも良かった。オープニングが、曲を流しながらキャストのが文字で紹介され、バックに主人公のシルエットと雰囲気のあるアニメーションが合成されるという典型的なもの。ここらへんも、かなり良し。
ごく個人的な話だけど、テーマ曲がホーン中心の多分ファンクっぽい曲。こういう曲、小さな頃聞いたことがあったなあと思ったら、小学校の頃日曜に良く行ったデパートの食肉売り場で流れていた、威勢のいい音楽に似ている、というか殆ど同じ感じ。肉のテーマ曲。って、肉を話題にするなんて、法師丸さん(テーマパーク4096)みたいだ。
◇
アールグレイ再び。あかねさん(Akane's diary)によれば、正露丸っぽいのはFortnum & Masonの「アールグレイ」かも、とのこと。Fortnum & Masonでは「アールグレイ・クラシック」という名前のが一般的なアールグレイだそうです。こんど挑戦してみたいと思います。
2000/11/22 夫と紅茶と正露丸/サルの性
■夫と紅茶と正露丸/サルの性
リンクはhttp://www.geocities.co.jp/CollegeLife/1453/2000-11.htm#22a
昨日の日記、紅茶飲み日記にいっぱい具入りメイルを頂きました。
アールグレイは正露丸じゃあないぞとか、まさに正露丸だとか、苦手だとか、好きだとか、むしろ正露丸だから好きだとか、もっと正露丸っぽい茶葉があるとか、正露丸が好きだとか。大幸薬品だとか、正露丸はキケンだとか。
正露丸は苦いから嫌いだ。あれ飲んだら余計に気持ち悪くなる。
でも、あれだけ有名だから多くの人が愛用してるのだろう。
で、結婚したら紅茶を入れるという話。良い夫になりそうだと、いい感じのメイルが来たんですけど、ただし条件が。僕がお茶を煎れるので、奥さんはお菓子を作ってね。スコーンとか希望。スコーン妻を所望します。
◇
今日は、またSCSのバイト。日本文化研究所だかなんだか知らないけど、河合隼雄が所長の研究所の記念講演会。
サルから人間の性を考えると言うはなし。
日本猿やチンパンジーなんかではマウンンティングという同性愛行為が知られていて、それは優劣を確認する儀式だといわれていたけど、実は単に性的快感を得るための行為らしい。社会的機能としてはコンフリクトの緩和の機能もあるらしいが。また、権力の強い同性と性的関係にあることで自分の権力も向上するという機能もある。いずれにしても、サルの同性愛行為は社会的なシステムのなかで行われていたのだ。
で、他にはサルは子どもの時期にも交尾をするらしいが、それは繁殖機能がないらしいのだ。親子間でも行われる。それは、単にあやすというか、遊んでいるというか、快感を共有するコミュニケーションの機能らしいのだ。
サルは、性的快感を通貨のようにやりとりしていたのではないか。明確なコミュニケーションを持たないサルは、快感を記号に、あるいは通貨にしてコミュニケーションを行っていたのではなかろうか。
対して、人間は言葉を発達させた結果、言葉以前のコミュニケーションである性的接触を秘め事として、裏のコミュニケーションパスとして隠蔽してしまったのではないか。
発表の中で、アメリカの男性の1/3は同性との性交渉を経験していると引用されていた。そんなんうそでしょ?
2000/11/21 紅茶飲み日記/ダメ人間序説/文章中毒
■紅茶飲み日記
リンクはhttp://www.geocities.co.jp/CollegeLife/1453/2000-11.htm#21b
最近、紅茶に目覚めてます「紅茶は蒸らすのが重要」とか言いながら、家でならまだしも、院生室でも紅茶を作っています。
ポットを温めて蒸らすとお茶の風味が出るのです。以前から何度も本とかで読んでいたけど、なかなかうまく出来なかったけど、ようやく茶葉とお湯の分量なんかがわかってきて、僕なりに僕にとって美味しいお茶をたてることができるようになりました。
で、問題なのは、やはり上からぎゅっと押して茶葉をつぶすようなガラス製のティーサーバーでなくて、陶器製のティーポットのほうが茶葉がジャンプするだとか、キルとで作ったポットにかぶせるやつが欲しいだとか考えるようになってきました。
6月4日の日記であんなことを語ってながら、すっかり紅茶にうるさい人になってしまいました。
院生室でお茶を入れていたら、後輩から「結婚して奥さんにもお茶、たててあげるんですか?」と聞かれました。「たぶん入れるやろうね」と答えました。
そんな夫はOKと云う事ですか?それとも、そんな夫ダメだということですか?
ダメついでに、さらにダメな一言。「アールグレイは正露丸の臭いがする」。しかもMS-IMEは正露丸一発変換!
スタートレックの敬愛するジャン・リュック。ピカード艦長のお気に入りが「アールグレイ、ホットで」なのに、正露丸。飲めないなあ。
■ダメ人間序説/文章中毒
リンクはhttp://www.geocities.co.jp/CollegeLife/1453/2000-11.htm#21a
ダメさについて人と話をしていると、「全然ダメじゃあないですか」と云われる。人の目から僕を見ると、もしかしたらダメじゃないと思う人もいるかも知れない。
でも、僕の言っているダメさというのは、本人が主観的に感じる自分のダメさだ。それは、自分が自分で気付いたものでもいいし、他人に言われて気付いたものでもどちらでもいい。
だから、「全然ダメじゃあないですよ」と云われても、自分がダメだと思っているから仕方がない。長年ダメさを抱えている人間が、そう簡単に感覚を変えることはできないのだ。
他人から見た人のダメさ、そしてその人がそのダメさに気付かない場合は、イタイ人であってダメな人ではない。イタイ人は、自分のダメさに気付いていない部分、ある意味幸福かも知れない。
最近、少し考えるのだが、自分のダメさを思うことに人生のなかのかなりの時間を費やせる暇があるだけで、まだ幸せかなあと。もっと追い詰められている人は、自分のダメさなんか思っている暇はないはずだ。自分のダメさに甘えられる幸福。こう考えるとダメ人間もそれほど悪くない。
そろそろダメ連の本を読むべきかも知れない。
◇
いしなお@さんとこの文章中毒 -TEXT MANIA- 、けっこういいかもしんない。日記猿人/ReadMe! JAPAN/テキスト庵/雑文速報の新着リストから更新情報を取得して、表示するサイト。僕は、猿人とテ庵を両方利用してるので、リストを2度見る必要があって、結構面倒くさい。
この文章中毒だと、全部のサイトのリストを総合して読める利点がある。ただ、リストが大きすぎて読むのが面倒なのがたまに傷。
では、マイ新着リストを使えばいいのでは?という話だが、マイ日記猿人と同様に、読むサイトを決めたくないという気持ちもある。だって、一日に一度くらいは一期一会の日記もあるし、そういう出会いから愛読日記が生まれるからだ。
2000/11/20 得失/LD:学習障害
■得失/LD:学習障害
リンクはhttp://www.geocities.co.jp/CollegeLife/1453/2000-11.htm#20a
考えたい放題。言いたい放題。表現なんてそんなもので、羞恥心なんてあったもんじゃあない。もし、羞恥心があれば、web日記なんて書かないし…とも思う。
でも、意外と羞恥心にまみれて恥ずかしがりながら、それでも表現せざるを得ないところが、表現する動機となっているのではないか。自分をさらけ出す恥ずかしさ、その対価として某かのものを得るのではなかろうか。
結局、失うものが無くては得るものは無い。僕がこの日記で表現しているということは、常に何かを失っているということだろう。僕は、その失い続けている「何か」にはまだ気付いていないが。
日記に限らず、なにか行動するということは、あらゆる可能性のなかから、多くの可能性を捨てて、ひとつの行動をとっているのだ。少しづつ僕は死に、そして生まれているのだ。
とか、がらにも無くセンチメンタルなことを考えたりする。
◇
今日は学校に行ってたのに、勉強会に参加したらなんか勉強した気になったりして、あとはなにもできず。
勉強会は、大学院の障害児課程の人をゲストにLDの勉強。
わかったこと。
LDとは、
1.学習・あるいは社会性に問題がることを前提とし、
2.知能が平均レベルあるいはそれ以上で、
3.読み・書き・話す・憶えるなどに関する知能(認知?)の能力のプロフィールが著しくばらばらで、
4.脳に器質的な問題がない(MRIやPETなどで異常が認められない)
場合をさすようだ。面白いのが、各種の能力のそれぞれが平均以上でも、そのプロフィールがガタガタだったら、やはりLDである場合があるらしい。いわゆるGifted Childの不適応問題が当てはまるか。
人間の能力だって高ければ良いと言うわけではなくて、やはりバランスが良くないとちぐはぐになってしまうということか。
また、LDの問題は学力の問題だけでなく、社会性の問題としても大きく表れたりするらしい。これは、LDというのはそもそも各種の重要な認知能力の欠損で、その具体的な認知能力は学力にダイレクトに影響するし、また、各種の能力の欠損が複合的に社会性に影響するととらえたらいいのか。
きっと、単純な学校の勉強って、比較的に単一の認知能力しか使わなくて、また対人関係なんかは比較的にたくさんの認知能力を使うと考えれば、僕なりにLDの説明がすっきりする。
とは言え、やはりLDの概念が先走りして、まだ学校現場では十分な対処が出来ていないというのが実状らしい。しかし、出現率がクラスに一人というところに、具体的にどうやって対処したら良いのだろうか。現実的な問題は難しい。
2000/11/19 ダメでもともと
■ダメでもともと
リンクはhttp://www.geocities.co.jp/CollegeLife/1453/2000-11.htm#19a
綾土智絵週間。
East Works Entertainmentで、アルバム収録曲のサンプルをいくつか聴く。結構、聴いたことのある曲ばかりでうれしい。こういったわかりやすい音楽って大好きだ。思わず曲をダウンロードしようと思ったけど、一曲350円。高いっすよ。ちなみに、NHK教育の火曜深夜(あるいは水曜早朝)の午前1:36〜2:10の「ようこそ先輩」の再々放送に綾土さんが出演されてます。
この前、テレビで見た映画「から騒ぎ」意外と良かった。シェイクスピアの作品だったっけか。そういうのって、結構映画化したら退屈な作品になると思っていたのに、わりといい感じ。俳優さんたちの演技もけっこう良い。
今日は、1週間たまったビデオを鑑賞。『ビバリーヒルズ青春白書』、『スタートレック・ヴォイジャー』、『スターゲート』、『アリーmyラブ』、『ダーマ・アンド・グレッグ』、『ザ・プラクティス』海外ドラマばっかり偏ってますなあ。ってーか一日では観きれないよ。
異色なのが『爆笑オンエアバトル』。中川家最高!伝統的な漫才の形式を保ちながら、観客のイマジネーションを刺激する。コントも面白いけど、ちゃんと面白い漫才も見たいのだ。でも、最近は漫才を観ることの出来る番組って少なくなったし、そんなとき対象はおっさんおばさんだからなあ、ベタなネタしかやってくれない。残念…。
『ビバリーヒルズ』はいよいよ面白くない。なんか、惰性というか付き合いで観てるって感じ。別に、誰との付き合いで観てると言う訳ではなく、長いビバヒルとの付き合いの中でってこと。
◇
カレンダーになりたい。というか、僕のカレンダーを作りたい。季節に合わせた僕の写真が12枚。
かなりのセクシーショット。夏は水着だったり、冬は和服だったりする。
ああ、ダメだ。ダメでもともと。
2000/11/18 そんな、星降る夜
■そんな、星降る夜
リンクはhttp://www.geocities.co.jp/CollegeLife/1453/2000-11.htm#18a
一昨日の日記に引き続き、ボージョレ・ヌーボー。ボージョレ・ヌーボー強化週間。あるいは、ボージョレ・ヌーボー地獄。
ボージョレ・ヌーボーに浮かされて、ふらふらと街へ。
昨日は、小倉の街に出たので、帰りにボージョレ・ヌーボーでも買おうかと思い、めずらしくふらふらと街を歩く。あんなに話題になってるので、きっと見つかるだろう。
と、街をさまよう。久々の街は誘惑が多く、ついつい手当たり次第に店に入ってしまう。ナイキのショップでジャージを買おうか考えたり、AIGLEのショップに行ってマフラーが欲しいと思ったり。揚子江の肉まんを買おうと思ったら売りきれていたり、モノコムサのチープな色合いに酔ってみたり…いやいや、目的を忘れていた。
飲食店街に差し掛かると、一軒の店に「ボージョレ・ヌーボー入りました」のポスター。うん。店で食べながら飲むのもよいが、ひとりはあんまりだなあ、と思いながら、結局はデパートのチ地下で購入。
買うとき、なんかこっぱずかしくって、思わず顔を赤らめてしまいました。いかにも、ワイン好きですと言わんばかりに、試飲をさそう人をふりきってレジへ。ワイン一本持ってレジに行くなんて、必要以上に「オレは帰ってワインを飲むんだぜ」と主張しているようで恥かしい。世界広しと言えども、顔を赤らめてボージョレ・ヌーボーを買ったのは僕ひとりだろう。
で、帰って飲むことに。結婚式の引き出物にもらったワイングラスに入れて飲む。けっこう若い味だけど、くせが無く、赤ワインの割りには飲みやすいといったところ。
これで、僕も密かにボージョレ・ヌーボーを語ることができるというわけだ。昨日までの僕は、すこし大人気無く、ボージョレ・ヌーボーの世界に嫉妬していたかも知れない。
ちなみに、結婚式の引き出物にもらったワイングラスには「masakazu」とプリントしてあった。いまさらながら気付いた。一生の宝にしよう。あまり、人には見せないと思うけど。
◇
ネタ日記にしようと思ったのに全然日常雑記になってしまったのは、きっと星のせいなのね。今日はやけに星がきれいなよるでした。
デスティニーズ・チャイルドのシングル・リミックスを聴く。うん。「Jamp'n Jamp'n」のリミックス以外はオリジナルの方がよかったかな。でも、面白かった。
◇
NTTドコモのCMで、結婚式の花嫁と、おそらくその友人の女性が話している絵。次の瞬間、花嫁は画面から消える。実は携帯で話していたと言う、心的な映像を表現したもの。そうなのだ。僕らは、携帯やメイルや、遠くに離れていてもイメージは「対話」しているのだ。どんなメディアであれ、相手がいる、そのことが大事で、「文字だけだから」とか、そんなものは問題でなくなると思うのだ。メイルならメイル、チャットならチャット。それぞれでのストーリー。一対一の対人関係だって十分関係は破綻する。もちろん、その面倒くささはネットや携帯では逃げることが出来るかもしれない。ただ、真摯にその関係を見つめることができれば、対面だって携帯だってネットだって、それは美しい関係になるだろう。
ちょっと、山崎まさよしの『One more time,One more chance』のやさしい歌声にのぼせてしまったのかも知れない。
◇
なんか、ちょっとしたきっかけで、視野がだんだん狭くなって、周りの色が暗くなってしまう。そして鬱々と暮らすことに。いつも、しばらくしたらそこから抜け出すことが出来るのに。今は、どうしたらそこから抜け出せるのかわからない。
子どもの頃、悲しくて泣いても、すぐにけろっと泣き止んでしまう。そのときの感覚と同じだ。
◇
しし座流星群はあまり見られなかったらしいが、毎夜毎夜、ほしがきれいに輝いているのを見て家路につく。一瞬、目をつむると、流星雨につつまれる自分を想像する。そんな、星降る夜。
2000/11/16 ボージョレ・ヌーボー解禁
■ボージョレ・ヌーボー解禁
リンクはhttp://www.geocities.co.jp/CollegeLife/1453/2000-11.htm#16a
ボジョレヌーボーが解禁らしい。どこで言葉を切ったら良いのかわからないし、飛行機から搬出される映像とか、デパートで売られている様をテレビのニュースで見るくらいしかないという、僕には縁遠い世界だ。きっと、むちゃくちゃ高価なものに違いない。で、ブームに浮かされがちなにわかワイン好きがこぞって買っているに違いないのだ。
貧乏学生の僕は、にわかワイン好きになりたくてもなれなくて悔しい。ボジョレヌーボーを日記の話題にしたいし、僕の血はワインで出来ているとか言ってみたい。実際は、僕の血には一滴もワインは混入されていません。
さっき調べたら「ボージョレ・ヌーボー」だった。僕も、これで胸をはってボージョレ・ヌーボーを語ることが出来る。でも、ちょっと疑問がある。そのワインは一体いつ取れた葡萄をつかうのだろうか。今年?若いワインなのかなあ。
そもそもワインっていうのは、古いからいいの?いい年のやつは高いのか?よくわからない。
ワインはわからないことだらけだ。
とは言え、女性と食べに行った時、やたらとワインの知識をひけらかしてみたい。もう、いやらしいほど流暢にひけらかしてみたい。そして、ボージョレ・ヌーボー解禁パーティーに出向いて、その味を堪能し、その後一週間くらいいろんな人にその味をもったいぶった言葉で伝えたい。
そういう陽のあたる場所に出てみたい。その明るさに目をくらませることなく見つめたい。
悔しいから、サブジェクトを「ボージョレ・ヌーボー解禁」とかにしてみる。ささやかな抵抗。
◇
へろへろ草子in長野(へのへのもへじさん)で、鳥追い祭り関係のサイトが紹介されてました。広がれみかん合戦の輪!というか、鳥追い祭りという五感もかなりE-感じです。ハッピとねじり鉢巻で、公園のはとを追い回す。
スペインではトマトを投げつける祭りがあるらしいです。イタリアントマトだったら、とがった部分が刺さりそうで怖い。
2000/11/15 うれしはずかし合戦/音楽文化史
■うれしはずかし合戦/音楽文化史
リンクはhttp://www.geocities.co.jp/CollegeLife/1453/2000-11.htm#15a
このまえの日記のみかん合戦に、へのへのもへじさん(へろへろ草子in長野)から情報。群馬県では、小正月に「鳥追い祭り」というのがあって、家の2階や玄関先から、道にいる子ども達にみかんやお菓子を投げ与えるそうです。最近は、何故かみかんを投げるひとが多いとか。
「うれしはずかし」な感覚って、ドキドキするようなくすぐったいような、やめてほしいようなやめないでほしいような、ちょっと微妙な感覚だ。思わず、赤らんでしまし、目を閉じて顔を手で覆ってしまいたい気分。
これを、ゲームに出来ないだろうか。「うれしはずかし合戦」。先攻・後攻にわかれて、相手が「うれしはずかし状態」になるメッセージや身振り手振りをする。あるいは耳元で囁いて攻撃する。「もうだめ」とへたり込んだり、ギブアップしたら終了。
耳元で囁くのは、2回戦とか5回戦とか区切りのいいときにだけ出来るとか。判定の審判員は、白いジャージ生地のパンツと、ポロシャツ。そんな人がかぶってそうな帽子。攻撃されたほうにめっちゃ顔を近づけて反応を観察してポイントを決めたりする。
「はずかし2段」とか段位をつけたり、竜王戦とかして「はずかし竜王」とか作る。NHK教育で日曜の朝、「はずかしの時間」なんかで、5段くらいの人と女性アシスタントが、試合の解説をしたりする。
戦っても、あまりさわやかじゃあなくて、いろんないみで疲労の激しいくずぐったい、ちょっと青臭いスポーツ。
でも、僕が考案したスポーツなのに、僕はめっちゃ弱いと思う。だって恥かしがりなんだもん。
◇
今日は、後輩君に手伝ってもらい、指導教官から頼まれた仕事をちまちま夜中までやってました。
その後輩君がジャズのマニアで、ジャズについての歴史を語ってもらいました。ビックバンドからスイングジャズへ。経済的背景から西海岸でジャズが花開いたり、今日のジャズのイメージは結構古くはないこととかいろいろ勉強になった。音楽と人の関わりというのは、僕は一番大好きな分野だけど、ほとんど勉強してない。
交響曲の初演のときなんて、わくわくしながらきっと聞きに行っただろうなあ。でもそれに参加できるのは上流の人だろう。庶民はどんな音楽をどんなときに聞いたのかなあ。妄想は膨らむ。
2000/11/14 地球を回す僕のちから
■地球を回す僕のちから
リンクはhttp://www.geocities.co.jp/CollegeLife/1453/2000-11.htm#14a
昨日、中学校からの帰り、お金を下ろして、電車の時間が間近な同僚と別れ、チケット屋へ行って図書券とオレンジカードを購入。ちょっと得した気分だけど、電車を一本遅らせたら喫茶店なんかに入って、結局プラマイゼロになると思い、ちょっと駅へダッシュ。と、走ってみたら、すごく気持ちがいい。
トレッキングシューズは必ずしも軽くはないが、くるぶしから地面へ僕の身体を固定するフィット感。地面を蹴るときに足に伝わる感覚。持ちあがる上体と、視線。確かに、僕の身体は地面を駆け、進んでいる。
僕のふとももが、足の裏を地面にたたきつけ、靴底の凹凸によって地面を手繰り寄せ、そして地面を後方へ押しやって景色を動かし、地球を回転させる。そんな感覚をおぼえる。確かに、僕が世界の中心なのだ。
自分が身体を操り、体が確かに世界を操っている。これが現実感というものだと思う。
確かに、僕は今世界の中心にいる。
2000/11/13 Fatboyslim/The Beatles/14億円/みかん合戦
■Fatboyslim/The Beatles/14億円/みかん合戦
リンクはhttp://www.geocities.co.jp/CollegeLife/1453/2000-11.htm#13a
ちわっ!今夜は不明な情熱に浮かれて更新ですぅ☆
我らが期待の日記サイト「テキスト庵」のオーナーnackさんの音盤メモでfatboyslim評をなさってます。みるべし。うれしいことに、音楽に造詣の深いnackさんと同じ印象を持った。やはり地味目でBGMに最適ですか。
THE BEATLES 1ですか。有名な曲がコンパクトにまとまっているということで、入門者にはうってつけかも知れません。ビートルズ。いつ聞いても新鮮な気がします。僕は24 曲目の「something」がお気に入り。あとは、8曲目の「エイト・デイズ・ア・ウィーク」だなあ。僕は、いわゆるビートルズ第2世代。60年代後半に青春自体を過ごした両親に育てられたという意味。親の音楽傾向には影響を受けたもんなあ。サイモンアンドガーファンクルは子どもの頃よく聞かされたもんなぁ。
テレビを観ると、オレンジからジュースを絞っているだけなのにえらい周りの人が拍手をして歓声を上げている。きつねにつままれた気分になったが、果汁絞り器の通販だった。一瞬、僕がオレンジジュースを絞っている人になっている様を想像した。やっぱり、賞賛されたいと思いますよ。それが通販でも。
イチロー14億円かぁ。僕にも誰か入札してくれないかなあ。一年契約で。3キロくらい離れたところから見れば僕もイチローも大して変わらないし、遺伝子情報だって99%くらい同じなんじゃないの?
って、人生や文脈が違うか…。そんな僕の人生を幾らで入札してくれますか?開始価格は1500円からって、Yahoo!オークションか。「状態は多少古びてますが、使用上は問題無いでしょう」、「ノークレームでお願いします」、「送料込みで(クール宅急便)」。
2000/11/12 こういう日曜の過ごし方
■こういう日曜の過ごし方
リンクはhttp://www.geocities.co.jp/CollegeLife/1453/2000-11.htm#12a
今日は午後から博多の方へ。
ユニクロ。最近ユニクロ人気だと聞いてからまだ行ったことがなかったが、行ってみるといつものユニクロ。ただ、多くのブースがフリースで占められている。僕がユニクロに求めるのは、シンプルかつ低価格なインナーの類なので、アウターは関係ない。で、トランクス、靴下、モスグリーンで胸元に切れ目の入ったカットソーなど何点か購入。
Bookoffでコクトーの『ポトマック』を購入。他には澁澤作品や森毅の著作はなし。藤本ひとみの「サド公爵夫人」とか買おうかと思ったが、やっぱりやめとく。中古CD売り場で、ジプシーキングスとエキセントリック・オペラを探すが無い。ビースティー・ボーイズのベストがあったが、迷った挙句、やめとく。
CDショップへ。小さな店だったので、洋楽のブースが少なく、聞くことの出来る曲も少ない。デスティニーチャイルドのCDは無し。Fatboyslimは人気なのか品切れ。
疲れてミスド。紅茶とパンプキンマフィンのホット。あと、フレンチなんとかのチョコレート版の砂糖がかかったやつ。美味。が、カウンター正面のカップルが眩しく、居づらい。厚手で荒い綿の生地のジャケットをタイトに着ている女性。黒いナイロンのブルゾンに、短髪、太く黒いフレームのメガネの男性。決して美男美女ではないが、それなりに雰囲気のあるところが、僕の嫉妬心をかきたてる。
やっぱり、服装って大事だ。ユニクロで服を買っている場合ではない。必要なものだけ慎重にいいものを買い、必要の無いものには目をやらないようにしなければ。
本屋。パソコン関係の本をいくつか読む。NECのノートパソコンでコンパクトかつシンプルなデザインのものが出ている。ほ、欲しい…。NECとドコモのダブルネームのシグマリオンを触ってみたいなあ。
養老さんが翻訳した本。感情を脳のレベルから説明したもの。快と幸せは似ている部分と異なる部分があるという。
「自分をいつもかやの外に感じている人」とかいう本。啓発本だが、得るところが多かった。目の前の出来事に反応しているつもりでも、実は幼少期の固定的な因果関係の記憶に対して反応しているに過ぎないこと。
帰りは、研究会に出席していた後輩くんや同僚と合流して、イタリアンを食べる。ツナとタマネギのピザ。僕、パスタよりピザの方が好きなんだなあ。
帰りがけに、スーパーへ。ダージリンと緑茶を購入。同僚に勧められてちりめんじゃこを購入。おにぎりに入れると美味しいらしい。
と、云っても沖縄出身の同僚。食生活が僕とは大きく違って、「ポーク」という豚肉の加工食品
TV『ミュージック・フェア』で鬼束ちはる『月光』。聖なる私と俗なる世界。自分と世界の温度差に名前をつけてやると言う作業。イーグルスの『デスぺラード』に目頭があつくなる。いまさらだけど、アルバム買おうかしら。
スーパーのパン屋で買ったアップルパイとよく蒸らしたダージリン。ほっとするひととき。久々に日曜らしい日曜の過ごし方。
でも、映画はまたの機会に。
2000/11/11 ダブルネーム日記
■ダブルネーム日記
リンクはhttp://www.geocities.co.jp/CollegeLife/1453/2000-11.htm#11a
しょーへーのおとなげない日記for Otonagenai peopleのしょーへーさんとうちでオフ会です。で、誰も望んでないかもしれないけど。待望の特別企画として。しょーへー氏と胡桃日誌のいずしとのダブルネーム日記で今日はお送りします。
しょーへー@おとなげない日記
おとなげない日記でも報告しますが、木曜日師匠に草稿をみていただこうと手を入れた。保存。さープリントアウトと思ったら保存されてなかった。慰められてさらに凹む。
金曜日全く手につかず。しょうがないので玉子丼を食べる。夜になって全然進捗しないのでさっさと帰り爆睡。
土曜日。ぶらりんこ。いずし家に集うみなさんにつっこまれる。「じつは凹んではないのでは?」「実は彼女いる説」など。おとなげない日記でいずれ報告します。
キリンジ最近はまっています。最近気になることば・「憤懣やるかたなし」う〜んいいことば。
で、いずし@胡桃日誌
めでたくテレホタイマーになったので、3時ごろまでページャーで遊ぶ。それから、すっかり眠れなくなって、いろいろダウンロードなど。アイコンをマック系にしたり、壁紙を映画「シャフト」のやつにしてみたり。
んで、寝て、起きたら昼の3時。ああ、凹むなあ。
それから、必死で部屋を片付けて、5時。同僚から電話で、6時に買い物出発。その間、しょーへい氏は女性とぶらりんこ。いいなあ、ぶらりんこしたいなあ。
で、鴨鍋。焼酎とウイスキー。ピスタチオとカシューナッツ。なんせナッツ好き。あと割きイカがおっさんチック。
音楽は、キリンジやジャズなど。結構佳。
で、ヒゲ@日記制作予定
どーも、ヒゲ@だめをこじらせたきびしめの人、です。今日は僕のために皆さん集まっていただきありがとうと言う感じ。もしくは、そういう感謝の念があるなら、がんばってY子(指導教官)とうまくやれよ、という感じでしょうか。
今日は、買った車が納車されました。中古のレビンなんですが、乗るたびにキズやエンジンの異音が気になるようになって、今一つ浮かれることができない。しかし、この車とあと4年は付き合うことになるのだから、いい所をみつけて付き合っていった方がよいだろう。
たぶん、やるべきことができずに凹んでいる自分や、予想していた以上にできない自分とも、いいとこを見つけて折り合いをつけながらやっていくしかないのかな、というのは、数年前から落ちこむたびに自分に言い聞かせていること。なんだ成長してないということか。
ではでは。
で、ふくすけ@web持とうよ
燃え尽きた(バーンアウト)らしいです。序盤にとばしすぎた。
2000/11/09 映画と音楽
■映画と音楽
リンクはhttp://www.geocities.co.jp/CollegeLife/1453/2000-11.htm#09a
院生室に行くと、壁にポスターが貼ってある。何々?
「仮説的なモデルをつくり、データによって検証できるかそうでないかを統計によって記述し、モデルに合わない部分を説明する…」とか「図に書いても内容をちゃんと文章にすること」と学部生に教える論文の基礎がつらつらと書いてある。
同僚は僕が貼ったのだと疑っているが、僕が貼るわけがない。自分の修論も書けてないのに、論文の書き方を人目につくところに貼りつけて、無為にやる気を削ぐような非道なことはさすがにしないよ。
ああ、そんなこともあり、午後から院生室のソファーで4人のM2がまったりとワイドショーを。横でM1があたふた作業をしているのを横目に。
そんな、和やかな午後。
映画「シャフト」観たいなあ。音楽とヒーローといい女。それがあれば、あとは何もいらない。「チャーリーズ・エンジェル」も観たいなあ。「マルコビッチの穴」まだやってるかなあ。って、こんな映画ばっかり挙げてると、知識も教養もないと思われそうだ。というか、むしろ、無いと云っておこう。
音楽ネタ。矢井田さんの曲を聴く。思ったほど椎名林檎には似ていない。でもやや似か?最後の曲は、矢井田の名前を知る前に聞いたことがある。結構好みだ。
花*花。どうやろうか。癒し系?「よかったね〜」と歌ってる曲以外は全く知らず。僕にとってはハズレ。
チャラのベスト。友人が、結婚してから歌詞が幸せそうで面白くないとのこと。僕は、大して感慨も無く聴く。
fatboyslimの2年ぶりのアルバム。う〜ん。前回ほどのインパクトは無いけど、こういうのって聴きこまないとなじむかどうかわからないんだよね。
倉木麻衣の連ドラ主題歌。ま、それなりに。リミックスはいまいち。面白みがない。
MISIAのEverything。ま、それなりに良い。が、もうクリスマスか〜やめてくれ〜。時間よ止まれ〜。
テレビの音源とかで聴くのと、ちゃんとしたCD音源で聴くのとは印象が全く違う。最近の曲は、さびばかり良く作ろうとしてていやらしいなあ。いやらしい。
と、日記を書きながらテレビをつけているけど、映画「シャフト」のCMばかりやってる。ああ、観たい。
2000/11/08 指輪と小箱/マニアとフェティッシュ
■指輪と小箱
リンクはhttp://www.geocities.co.jp/CollegeLife/1453/2000-11.htm#08b
熱に浮かれて更新第三段
散々な日。夕方、先生の手伝いのバイトが入り学校へ。ぼんやりした頭で院生室に行くと、同僚の女性がいて何やらいろいろ話しかけてくれるが、ふらふらした僕には何を言っているのかはっきり聞き取れない。というか、僕に話しかけていることすらわからなかったのに、「心配してるのに感じ悪い!」とキレられてしまう。キレたいのはこっちだ!
家へ帰り、夕食作り。途中、不注意でやけどしてしまう。注意散漫。おまけに、寝ていたら枕からストローの切れ端状の物体がどんどん出てくる。どうやら内部が破れてしまったようだ。
と、裁縫道具を探そうとガラクタ入れをあさっていると、金色の小さな箱が出てきた。この箱は、「GODIVA」というチョコレートの箱で、その中には指輪が入っていた。箱のなかは白い和紙に青色を染めてグラデーションにした切れ端が敷き詰められていて、その中に小指の爪くらいの大きなガラス球のついた銀メッキの指輪が入っていた。
高校3年の誕生日にもらったプレゼントだ。この指輪のほかにもジョンレノンのバッジが2つ。当時ファンだった僕はしばらくそのバッジをカバンにつけ、宝物にしていた。すっかりさびてしまったバッジは捨ててしまったけれども。
指輪をはめてみると、ガラス部分の色がみるみる変わっていく。体温に反応して色が変化する素材が入っているという子どもだましな指輪。普段より熱を帯びた僕の身体のせいで、指輪は以前はめたときには見られなかったようなきれいなエメラルド色を見せた。
プレゼントとしてもらったこの指輪は、さすがに当時2・3使った他はずっとこの小箱に収められていた。プレゼンとをくれた女性とは友達だったが、僕がそれ以上を望んでしまった故に、関係はぷっつりと。ま、若気の至り。
そして、この指輪と小さな小箱だけが残ったわけだ。彼女に対して今、特別な感情は無いが、この指輪と小箱には、当時の自分の気持ちが詰まっているような気がしてどうして捨てられない。だれかにプレゼントするにしても、こんないわれのあるものを受け取ってくれる人なんていないだろう。
■マニアとフェティッシュ
リンクはhttp://www.geocities.co.jp/CollegeLife/1453/2000-11.htm#08a
熱に浮かれて更新第2段。さすがに、今日は学校へ行く気力もなく、静養中です。
昨日、とある方とお話していて「マニアですね」と云われた。「マニア?」よく人には云われるけど、なんとなくすっきりこないものがある。それは何故か考えてみた。
マニアとフェティッシュ。似ているようで異なる2つの単語があるが、まず、この意味から探ってみる。
マニア:趣味などで、一つの事に熱中している人。狂(きよう)
フェティッシュ:(1)呪物(じゆぶつ)。(2)〔心〕 フェティシズムにおける対象物。異性の衣類・装身具・毛髪など。
まあ、単に辞書で調べただけで、あまりとりたい方法ではなかったのだけど、漠然とした意味はつかめていただけたのではないかと思う。
僕のお決まりの論法になるのだが、主体と客体の話。主体としての人間は、世界に意味を付与する存在である。そこから話ははじまる。
そこをマニアは、意味、大きくは価値を客体に求め、その意味・価値をそのまま自己のなかにとり入れることで成立する。価値は主体によって作られるのだが、この場合、付与された価値によって形成された行為や対象物の価値そのものをとりこむ自己は、主体と客体の逆転が起こってしまう。それは、主体的な自己にとっては死を意味するのではないか。
一方、フェティッシュは感覚的実在に自己の中で意味や価値を形成する。対象はあくまで人によって意味付与をされるのを待っている客体だ。ここでは主体と客体の関係は逆転することは無い。圧倒的に人間の生のプロセスだ。
エロスとタナトス。人間には2つの欲求がある。また、欲求には快楽がつきものある。快楽とは覚醒の格差から生じる。エロスの場合は覚醒の向上としての落差、タナトスの場合は覚醒の下降としての落差である。エロスは外界に対する主体性の拡張、タナトスは外界からの主体性の剥奪によって起こると考えることができる。
その文脈で考えると、マニアはタナトスの領域、偶像化された物や人に対して無私に熱狂する。一方、フェティッシュはエロスの領域、物に対する意味付けの自由が保証されるほどに、自己の存在が拡張される。
なんて書くと、フェティッシュのほうが人間性の高さを保証してくれるような気がするが、それはまた別の話。フェティッシュとマニアは入れ替え可能な概念だと思う。あるのは、たまたまの表現型としてのマニア−フェティッシュだけで、重要なのはその強さ。
なんか、前に語ったサド−マゾと同じ地点に着地したような気がするが、このような語り方もフェティッシュな人間の特徴だとも思う。雑多な自称を、幼児的に自分の枠組みにとりこもうとする態度。お気に入りのやり方。僕は、マニアというよりむしろフェティッシュなのかもしれない。
フェティッシュとナルシシズムもなんとなくつながっているような気がするが、それはまた別の機会で。
あ、でもweb日記に関してはマニアか。読むのも書くのも、生活の一部の時間が、それ中心に回っているから。
追記:あるてみすさん(月光浴)から「では「フリーク」は?」という質問を頂きました。フリークはマニアと同義だと思います。
2000/11/07 消火器と夢 ■消火器と夢
リンクはhttp://www.geocities.co.jp/CollegeLife/1453/2000-11.htm#07a
風邪をひいてしまったので、日記は更新する予定ではなかったのですが、つい、頃合の時間に熱に浮かされて目が覚めてしまったので。
今日は中学校で文化祭。僕の中学校の頃は、休日に文化祭があって、PTAがバザーやうどんなどの食べ物を販売して、一日中自由な雰囲気でふるまえた。でも、ここの中学校では、食べ物なんて一切無いし、みんなステージの催し物を必ず観なければならないというきまり。僕なんかも、朝からずっとステージを観ていたが、さすがに昼過ぎになると披露のピーク。
それは僕だけでなく、同僚もそうだったらしくて、うとうとと頭を上下していた。しばらくすると、ビクンと起きて、「夢を見てた」と云う。彼女は夢の中でケーキを食べていたそうだ。
夢と云えば、さっき自分も見た。内容は、女の子につきまとうストーカーを僕が柔道チョップでやっつけるというヒロイック。
夢って云うのは、人間の欲求がいちばん出るものだという。ケーキと女性。
ただ、消防器を振りまわすストーカーの攻撃を、見事なフットワークでかわす、というところまでは分析できないが。
って、分析できました。今日、学校の行きがけに、何故か路上で消防器を売っていたし、中学生のドタバ劇でずっと生徒がプロレスしてたし、テレビにストーカーが出てた。
ああ、自分が憎い。
2000/11/05 時間の遠近法 ■時間の遠近法
リンクはhttp://www.geocities.co.jp/CollegeLife/1453/2000-11.htm#05a
夜、学校がえりに空を見上げると、月がやけに明るかった。
物理学の知識はないのでよくはわからないが、光は粒子と波動でできているらしい。そうすると、僕の網膜に突き刺さるその光は、太陽から発せられて空間を縫い、月の地表に当たって、まっすぐに地球に到達した粒子のほんの一部だ。
月から目をちょっと離してやると、秋の空にはたくさんの星が輝いている。その星々の光は、月の光とは少し事情を異にしている。月は太陽の光を反射しているがが、星々は自身が光を発している。
また、月の光と星々の光の違いは、光が発せられてから自分の目に届くまでの時間だ。詳しいことはわからないが、太陽から月、そして僕の目までの時間と、別の星系の恒星から発せられる光が僕の目に届くまでには圧倒的な時間差がある。それは数年単位なのか、数百年単位なのかは知らないが。
そういった星々を見ていると、今その星から発せられている光が僕に届く頃、僕は何をし、なにを思っているのだろうと想像する。
例えば、5年後。僕は何をしているのだろうか。こうして、日記を書いているだろうか。できれば、書いていたい。大事な人々とは、まだ関係が続いているだろうか。できれば今と変わらず、あるいはもっとよい関係であれば、と思う。
時間の流れを完全に把握するのはラプラスの魔でも無い限りは不可能で、その事実はどうしても変えられない。しかし、今の自分は子どものころとは違い、時間は把握不可能で未来は僕らの予測の範囲内だけではないということを知っている。時間の流れに翻弄されて、自分の意思に反した状況に置かれることもあるだろう。
しかし、考えてみれば、今だってその時間の流れに翻弄された結果に違いない。5年前の自分が今の自分を見てどう思うかなんて、今の自分には関係無い。僕という存在は、今ここにしか存在していないのだから。ただ、星は5年前の光を僕に照らすだろう。
同じく、そうして、5年後の僕はその状況のなかで、今発せられた星の光を受けることだろう。それが、今望んでいるような状況でないかもしれない。しかし、今と同じように、5年前の星の光に僕が照らされるならば、きっと僕は幸せなのではないかと根拠無くそう思うのだ。
追記
yusukeさん(Au Petit Matain)によれば、太陽の光は8分20秒で地球に到着するそう。
たたりさん(ツメタククライモンダイ)によれば、恒星との距離は数百光年でも短いそうです。遠いなあ。
2000/11/04 やわらかな日差し ■やわらかな日差し
リンクはhttp://www.geocities.co.jp/CollegeLife/1453/2000-11.htm#04a
やわらかな日差しに包まれて、自転車で学校へ。大学へ昇る坂への入り口で、初速が遅かったせいか、坂の入り口で既に立ちこぎ。昇りきったときには既に肩で息。
ここしばらく、お金が無いので極貧生活。院生室でさつま芋を食べる。終戦直後の生活か?
またまた、ちまちまと学習、学習。でも、今日は新しいステップへ進む。
が、どうも、院生室のコンピュータが全体的に不安定らしい。根本的にOSをいれかえる必要があるのかもしれない。Winの98を長期にわたって、しかも複数の人間が使用する状況は、やはり負担が大きいのか。
でも、僕が先頭切ってwin2000を3台ものパソコンに導入して、管理すことを続ける気力も無いし、いわれもない。しかしながら、このまま応急処置を続けるのも骨が折れるし、爆弾をいつも抱えているようなものだ。
あーあ。このまま黙ってほっぽらかしてしまおうか。そしたら、だれかがやってくれるかもしれない…。
って、だれもやらないよね。ああ、パソコンの導入なんてするんじゃあなかった…。とか愚痴ってみる。もう少し、具体的かつ実現可能なプランを考えよう。
院生室で、超人的な嗅覚を開発中の某女史が、「カレーの匂いがするってば!」とのたまうが、周りの人間は首をふる。それで、「するってば!」とご立腹の某女史に一言。あんたが、嗅覚を発達させてるのがそもそもおかしい。とはいえ、僕のお脳のカレーニューロンが期せずして発火。そして、カレーを作ることに。
美味しいよね。カレー。
2000/11/03 たおれるらしい ■たおれるらしい
リンクはhttp://www.geocities.co.jp/CollegeLife/1453/2000-11.htm#03a

可愛そうだけど。可笑しい。
◇
と、こんなことばっかりやってるわけではなく、ちゃんと修論日記も更新しました。今回は先日行われた修論の中間発表での議論を掲載しました。
2000/11/01 テキストの意味、絶望 ■テキストの意味、絶望
リンクはhttp://www.geocities.co.jp/CollegeLife/1453/2000-11.htm#01aweb日記って何だろう。日々、テキストを書きつづけるということは何だろう。このテキストは一体何なのだろうか。僕は何を書きたいんだろう。そして、僕は何を書いているのだろう。その結果、この日記を書きつづけることで、僕はどう変わっていくのだろう。そうして、僕が変わっていく様をこの日記は綴っていくことになるだろう。
そういった僕の人生のプロセスを、僕という視点で綴られたテキストは、ある意味、残酷なことなのだと思う。稀に、気になる日記作者の過去ログをまとめて見ることがある。そんなとき、その日記作者が「何か」に翻弄されている様を目の当たりにすることがある。そこに、僕はどうしようもない絶望感を感じたりする。同情とか、そういうことではなく、その人自身にとっては普段の生活の出来事や思いをただ語っているだけで、1つ1つのテキストを見ると別段特別なことではない。しかし、一つ一つのテキストを時系列に俯瞰してみると、そこに見えてくるものがある。
僕もこうして、某かの意識をしているつもりになりながら日々テキストを綴っているわけだ。しかし、書き綴っていくなかで、僕が意識しない「何か」が、テキスト群を俯瞰することで見えてくるかもしれない。僕は、毎日毎日そのように逃れられない力に操られ、それに気付くこともなく過ごし、テキストを書いていく。
一つ一つのテキストから見えない意味。それは、静止画のようなもので、それを連ねていくと見えてくる軌跡。それは、テキストの内容を超越した次元のものだ。
ある日、ふと自分の書いたテキストを眺めていて、そのある「何か」に気付いたとき、僕はやはり絶望するのだろうか。
できることなら、そのとき、優しいまなざしで見つめてやりたい。