北欧の教育

陶芸家 吉野義隆

二十年も前のことになるが、家族とともに約一年間ノルウェーで暮した経験がある。その時、長男は七歳でその年の八月から、ノルウエーの小学校へ入学した。長男が通った小学校の時間割は同じ学級の中の1人ずつが異なっていた。

例えば、一時限目は日本人の息子とベトナム人の女の子がノルウエー語を学び、二時限目には数人の子どもたちが登校して参加し、三時限目でようやくクラス全員がそろう。五時限目には息子は帰宅し、後から登校した子は残って勉強する。先生は五、六時間の授業をする訳だが、各授業は少人数で行われる。先生はそれぞれの生徒が興味を持っていることを大切にして、それを伸ばそうとして時間を取ってくれる。

大変驚いたことは、一から百までの数を学ぶのに約半年かけて勉強したことだった。そんなに時間をかけてどうするんだろうと思った。しかし、ものの原理にじっくり時間をかけて学ぶことは、一見後れをとったかのように思える息子が、帰国後、日本の小学校の算数の授業についていけたことからも良かったといえる。

日本の学校で行われる授業は、個人が授業に合わせていかなければならない。北欧では個人の事情を考慮した授業が進められているのを見て、日本の子どもたちの未来にふと不安を感じたものだ。

社会があって個人があるのではなく、個人があってこそ、社会が出来あがっていることを忘れないことが大切だと思う。

 

2004年2月16日付  中国新聞夕刊「でるた」より

 

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