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にょっき会「うどん革命」2003年4月20日(日)
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「しいたけ祭り」慰労会を、高田馬場のベックスイサオの新居にて開催。いつも通りの雨降りの中、12時〜15時まで行われた。昨年の「ネブカワライブ慰労会」のボリス邸での感動的なもてなしのレポートを見ていたベックスイサオは、一体なにをしてメンバーを迎えればいいかかなりのプレッシャーを感じていたらしい。それも納得。

最終的に前日に出した彼の結論は、「カケタマ」だった。香川出身の彼ならではの讃岐うどんの食べ方で、うどんに生卵をかけて食べるというヤツらしい。さて....。

高知県馬路村 高知県安芸郡馬路村(うまじむら)の公認飲料「ごっくん馬路村」を飲ませてもらった。はちみつ入りゆず飲料だ。サヌキッズとベックスイサオから、高知県の山深い里に馬路村というのがあり...という話は以前から聞いていた。そのパッケージの文章がまた面白い。
「ふるさとを想うとき、自然が足りない時、よーく振って一気にごっくんと飲んで下さい。馬路村が体じゅうに広がります。」(日本の101村展優秀賞受賞)なんとも温かい事か。この馬路村、本当に分け入っても分け入っても深い山の中にあるらしく、彼らにとっては思い出の場所らしい。

http://www.yuzu.or.jp/


弾いてみたり かまあげうどん 天ぷら天下屋の天ぷら
讃岐うどんの歴史(playback)
讃岐うどんの歴史は古く、奈良時代まで遡る。らしい...。
当時、弘法大師が遣唐使として中国へ渡った時にその技法を持ち帰ったとされる。現代のような製法で作られるようになったのは室町時代からで、讃岐うどんは現代も当時の製法をそのまま引き継いでいる。

原料の小麦(讃岐小麦)や塩、乾燥に適した気候と海上交通に恵まれ農家の副業としても発達。そして「有事吉兆」と事あるごとにうどんを用いる讃岐の人々のうどん好きが、このうまさと名声を育てたと言われる。

当時は、瀬戸内海を行き来する連絡船で、うどんがデッキで食べられたという。出来は悪かったけれど美味しかったのだと。讃岐の人々の共通体験としてあるうどんの原体験が、このような思い入れとなっているのかもしれない。

「辺境・近境」うどん紀行より
村上春樹のエッセイ「辺境・近境」の中のうどん紀行(新潮文庫)では、「香川県の人々がうどんについて話をするときには、まるで家族の一員について話しているときのような温もりがあった。だれもがうどんについての思い出を持っていて、それを懐かしそうに話してくれた」と書いてあった。



うどんを食べよう うどん すするズルズル
サヌキッズの精神性を作り上げた讃岐うどんへの思い
以前、サヌキッズに「君の精神性を作り上げた讃岐うどんへの思いってあると思うけど、一体そこに何があるの?」と聞いた事がある。「精神性」とまで言うのは大袈裟だが。
「自分が小さい頃から行っている、自分だけのうどん屋というのがあって、それは誰しも「自分の味」として持っている」というような事を聞いた。
彼の場合はそれは何処かの製麺所のうどんなのだそうだ。

なるほど。村上春樹の言うように、「讃岐うどん」と言った時、それは既に幼い頃からの思い出と共に胸に刻まれた味なのだ。そこまでうどんを愛するのは、それである程度納得が行く。


うどんが讃岐の人々に欠かせないものになった理由(推測含む)
話は前後するけれど、その先。
じゃぁなんで、うどんというのがそれほど讃岐の人々の生活に欠かせない食べ物になったのかという部分。サヌキッズ、ベックスイサオ、ウェステイルや、彼らの両親、あるいはそのまた両親が生まれた時には、既にうどんが生活の中に根ざし、うどんを茹でて彼らの誕生を祝うという?習慣があったのか。そうなる前段階に一体何があったのかが気になっていた。

讃岐小麦が取れる気候風土があった。
塩・醤油造り(うどんのツユ作りには欠かせない)が盛んだった。
江戸時代初期に松平候が兵糧食としてそうめんを高松の仏生山地方で生産していて、同時にうどんを生産し始めた。
太平洋戦争による食糧危機で大量に生産・出荷し、讃岐うどんが全国に普及した。などなどがあるようだ。

「生きる」事に直結した様々な理由。
さて、この続きは、サヌキッズとウェステイルとベックスイサオから。あるいは、実際に香川に行ってみて確かめる。あの日あの時流れていた音楽のみならず、あの日あの時食べた食べ物を持っているというのは羨ましい。



ベックスイサオ うどん近影 アイドルじゃあるまいに
ベックスイサオ邸
ウマイうどん
アイドルじゃあるまいに
ベックスイサオのうどん
うどんのツユは(上写真中央)見るからに色が薄い。味とかも薄いんじゃないか。鰹節でダシを取ったというから、あのダシの味しかしないのではないかと思っていた、実は。ところが、食べてみると...美味い。メリハリのある塩加減かつダシが効いていてウマイのだ。どうやって作ったのかを聞くと、なんとしょうゆと鰹節だけだというから、さらに驚く。たったこれだけの材料で出来てしまうなんて恐れ入谷の鬼子母神。たぶん、醤油と水を何対何で調合するとかがはっきり決まっているわけではないと思う。地元、香川で食べてきた味に限りなく近くなるように量を調整していっただけだろう。

結局、「カケタマ」は出来なくて、うどんと天ぷら(出来合いの惣菜)というシンプル極まりない「天ぷらうどん」だったけれど、ツユまで飲み干すこのウマサ!ごっくん、馬路村。

これだけじゃ足りないね、とソウメンを追加で茹でてくれた。
が、具がなくて全くの素ソウメンなわけで、さすがにね、これは飽きてしまったけれど、最後は気合いで平らげる。お腹がいっぱいで残すなんざぁ、なんともふざけた事はできんけんのう。



フランスの山河 古本 兄弟マドロミング
フランスの古本はフローラルな香りザマス
さて、うどん革命体験後。
サヌキッズのフランス土産の配給があった。写真左はフランスの紙袋。あまり意味はない。中央は、古本市で買った本らしい。みんながそのへんに座って買った古本を読んでいたりしたという。フランスの何処か?今、思えば何にも詳しい話を聞いていなかった。

何の本かよく分からないのだが、おじいさんの伝記のようなものなのではないかという話。何年に詩集の何とかを発行...何年にはエッセイなんたらを発行みたいな年譜が付いていたから。なんかイイニオイがするわけよ。フローラルな香りが。あぁフランスのニオイだねぇなどと嗅ぎ回していると、何てことはない、一緒の袋に入っていたお香のニオイが移っていただけだった。

毎回、試行錯誤の末に見付けたと思われるお土産?(強引にお土産だと言い切るお土産)をありがたくもらう。あとは、蚤の市で売っていたという中古キーホルダー屋さんでのベンツのキーホルダーやら弾丸キーホルダー(ペンライト付き/しかし電池が錆びて出てこない)ブラシ型キーホルダー(これはボリス用らしい?!)やら。


弾丸サヌキッズ トランス工作中 弾丸サヌキッズ
ワークショップ「トランス工作の神髄に迫る!」が開催されました
何の変哲もない一本の白いチョークを削るというワークショップを開催。以前、ボリスとOTOYORIが深夜にまで及ぶ制作作業において、その行為を「トランス工作」と名付けた事がある。結構、狭い世界で話題になった言葉である。そもそもトランス工作というのは、無意識下あるいは自己を越境した状態で、今まで見えてこなかった自分のカタチを目の前に再現してゆく事である。今回は昼間であるにも関わらず、トランスの神髄に迫るという事をみなで体験した。


カネコップの灯火 ベックス馬脚 寄田ウサギ
本講座の目的など
本講座の目的は、やれデザインだやれアートだ、やれ表現だ、という世の中一般の認識レベルから解放されより日常生活に近い部分で捉え直すことにあります。それは日常というレベルに下げて再認識するという事ではなく、デザインであるとか音楽であるとか、表現であるとかの根幹と呼べるものこそ、毎日の生活の中にあるということです。
そこから離れて生み出されるものではない。すべてのものが持つ形態というものに、真正面から向き合うことに夢中になると、今まで意識していなかったものが逆に見えてきます。つまりは、ものの本質を見ることにも繋がります。本講座での経験が、どんな世界においても通じるものだということを是非、自分の体で感じて欲しいと思います。とかなんとか言ってみちゃったりして。

制作時間20分(時間がなくてとりあえずやるだけやったって感じ)

下記はチョーク彫り職人による作品です(御協力ありがとうございます)↓
参考作品1 参考作品2 参考作品3
わずか20分間はあっという間に過ぎた。それぞれが思い思いのカタチをひたすらに彫る。途中、勢い余ってポキッと折れてしまう事もあった。

ウサギちゃんを彫ったOTOYORIですが、ウサギというのは淋しいと死んでしまう動物だと知られています。また、深夜番組で見たのですが、ウサギは人間と同じように一年中発情期なんだそうです。同じ檻にオスとメスを入れておくと、オスはメスのケツをひたすら追い回してチャチャっと済ませたかと思うと次へ。映像でそれを見たんですが、10回くらいやったところで飼育係のお姉さんが「これ以上やらせておくと死んじゃうから」と強引に引き離していた。雑誌「PLAYBOY」のロゴがウサギのマークなのもそこに由来するとか。というわけで、そんなウサギちゃんを夢中に彫るOTOYORIはどうかと思った...。もうひとりのアタシ、って事ではないとは思うけど。っていうか、ウサギには見えない(笑)。サヌキッズの薬莢は、先の方が太くなっていてその先端の曲線がすごく彼らしい。ん?ベックスイサオの馬脚は、荒いゴツゴツした質感が、汗血馬を思わせる感じであぁ18歳って感じ。は?



自由はココに ブラザー ファサード
そのあと、トーキョーワンダーサイトへ現代美術の巨匠ゲルハルト・リヒター展を見に行き、お茶の水でカレーを食べにサヌキッズに連れていってもらう。やっぱり現代美術というのは意味が分からない。そもそも、例えば真っ赤に塗られたキャンバスを絵画だと認めてしまったところに、現代美術の息詰まりというか問題があるという。そうだ、そんなものを絵画だの芸術だのと認めてしまうなんて、よくよく考えたらあり得ない事だ。そこを乗り越えてゆくために、人はみな自分の肉体を超越しようとして、数々の自虐的とも取れるパフォーマンスを繰り返す。自分自身の肉体を乗り越えたところにこそ、この飽和した状態を超越する何かがあるのではないかと。

よく分からないのだけれど、感覚的にいいなぁとかずっと見ていても飽きない作品というのはいくつかあった。リヒターの絵は「見かけのぼやけたイメージを通して見えてくる世界の内在的次元」が特徴的だと書かれてあった。これは見ればなんとなく分かります。とはいえ、これもひとつの見方だけでしかなく、自分なりの見方や感じ方を大切にするのが一番だと思う。巨匠の絵だからといってしゃっちょこばって見る必要もないわけだし。

写真はリバティタワーからの眺望と兄弟ショットと天蓋。


うどんの食後
というわけで「うどん革命〜ありがとう弘法大師〜」編おわり。反省会のメイン、当日のビデオを見た事を書き忘れた。今回は参加者が極端に少なかったので、再度、上映会をやることにした。しかもダビングが出来なかったので10センチ四方のビデオカメラのモニターで見るしかなく...。詳細はまた報告します。GW開けには今後の大まかな動きについて決まるはず。東京にょっきもココに来て息詰まり?!己の肉体を超越するしかないのだろうか。


「進むべき道はない。でも進まなければならない。」

(タルコフスキーの辞世の言葉より)

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