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▲2003年5月

▲吉日 キネマ旬報をいまさらながら手に入れました。
ピンク映画時評-1 にょっきロケハン候補地01 ピンク映画時評-1
高校時代からの不思議なくされ縁の関係にある友人、奥津君の脚本家としての一歩を踏み出したピンク映画が、先月号のキネマ旬報の「ピンク映画時評」で取り上げられているという話を聞いた。
あれから随分経ってしまったけれど、最近、それを手に入れてコピーして読んだ。

映画館での観覧レポートはコチラから(4月のレポート):初めてのピンク映画館という空間についてという感じ。

何でこの作品が取り上げられたかと言えば、ひとつには、主演のゆきさんが第15回ピンク映画大賞で主演女優賞を受賞しているという事があると思う。と勝手な推測ですが、それがひとつあるのではないかと思う。中高年世代が彼女を見てどう思うかは別として、日常生活を普通に営んでいそうな雰囲気が、僕は親しみやすかった。スラッとしていてきれいだったし。妖艶さとか妖しい感じではないし。

で、これは友人だからとかではなくて、今回の「SEX配達人・おんな届けます」(堀禎一/監督)は、従来のピンク映画にはない(とはいえ無責任にも他のピンク映画は見た事がない。日活ロマンポルノくらい。彼に言わせると、日活のヤツはまた別物らしいので、やっぱり見たうちには入らないのだろう。)、繰り返すけど、従来のピンク映画にはない、人間の描写というかドラマがあったからってのが大きいと思う。

ピンク映画館で見た時は、三本立ての三番目に上映されていて、ちょろっとだけ、前に上映されていた作品を見た。疑いもなく、頭に描いていたようなピンク映画だった。脈絡もほとんどないままに交接が始まるような。笑。
そうじゃなくて、この「SEX配達人」にはそうした交接シーンも数多くあったけれど、そこに行き着くまでの人間の心理が、登場人物それぞれの立場で描かれていた。ただやみくもにヤルんじゃなくて、その時に誰かの顔が思い浮かんで心が痛んでいたりとか、逆に空しさの埋め合わせ行為としてでしかなかったり。そういう生々しさまでひっくるめて、あぁセックスね、と。

切通理策さんの言葉の一部を引用すると「この作品がデビュー作である堀禎一監督は、冒頭で描かれる同棲中のふたりのセックスシーンで全裸を見せず布団を効果的に使った日常のエロティシズムを演出したり、二人が住むアパートの部屋の配置を効果的に使ってある場面では1カット長長回しでそこを出入りする人間を息づかせる。〜」と。
なるほど。こう書けるのが、やっぱり評論家なのでしょうか。

しかも、「〜そのことで、この映画の登場人物配置は過去と現在を循環していることを示す。」ええ!そんなからくりだったの?!と驚かされたり。
あともうひとつ驚いたのが、この映画中、弁当屋で働いていたゆきの同僚の佳子(星野瑠海)という女優、実は淫乱AV女優で知られているということ。僕は「ピンク映画界のもたいまさこ」と勝手に思っていたおばさん?なんだけど、この人が脇役でものすごい地味にもけだるさを演出していて、かなりはまった。
淫乱な「もたいまさこ」は想像したくもないけど。
佳子は不能の旦那をなんとか勃たせようとゆきにアドバイスをもらう。どんなアドバイスをしたかは忘れたけど。何かの食べ物だったような
、まったく別の体操だったような....。

あとあと聞いた話によると、実はこの脚本はコメディだったと。
それこそビックリで、つまりは出来上がった作品は彼の描いていた脚本のイメージとは正反対のものになったらしく、初号試写(というらしい)で見た時には激怒して帰ってきたとか。
それには、監督の側にも事情があって、お互いに後日、納得したらしいけれど。裏話を聞くとやっぱり面白い。

彼の手を離れた脚本が、監督や役者、多くのスタッフの手によってあぁでもないこうでもないで作り上げられていったのだろうと思うけれど、登場人物配置だとか、イカフライ弁当の男とか、爪を切るとか、根本にストーリーがあるからこそ、あぁも料理できるって事だと思う。
コメディ(彼がどんなコメディをイメージしていたかは分からないけれど)も、裏を返せばそこには真剣に生きる人間がいて、だからこそ、笑えてしまったりするわけだ。本人が決して笑っていないところに、その滑稽さがあったりするし。
だからちょっとしたアングルや切り取り方によって、それはウェットな作品になっても何ら不思議はないのかもしれない。

今後を楽しみにしてます。次は、信濃川の源流が舞台の梅沢富夫のミステリー?
頑張って下さい。

映画館での観覧レポートはコチラから(4月のレポート):初めてのピンク映画館という空間についてという感じ。


▲吉日 新宿駅で3年ぶりの再会
窓の外は雨 OTOIYORIの誕生日の前夜。
いろいろお願いしたい事があって、高円寺にてじゃこ林さんの部屋で三人で会った。まぁもしかしたら期待してるかもしれん、と思って、ケーキ屋のケーキじゃなくて、パン屋のケーキを買っていった。
さらには、実は部屋に行ったらにょっきメンバーがみんな集まっていて「おめでとう〜」とかあったりすんじゃないの?くらいに大きな勘違いをしていて、で何にもなくて心底がっかりされてもなぁ...ということもあり。パン屋のケーキってのが微妙。しかも午後10時まで開いてるパン屋....。普通に売ってる菓子パンを袋から出して3つセットにしてパッケージして280円で売っているようなパン屋...。「月餅」を一個100円でバラ売りしているパン屋。
生クリームのシュークリーム(カスタード入りはナシ)、マロン、ブルーベリーチーズ、レアチーズの4つを購入。

で、数年前に使った「スパーク花火」の残りが三本ほどあったのでそれも持参。日を付けると線香花火のようにパチパチ火の粉を挙げて誕生日気分を盛り上げてくれるという演技派のロウソク。
で、作業終了後(作業内容は後日掲載)に小さな小さな誕生日会。
気を利かせて紅茶などを入れてくれたじゃこ林さん。カップは2つしかなくて、本人はみそ汁茶碗で飲んでたけど。一人暮らしにありがちな淋しさ。「涙」のじゃこ「林」と書いて「淋しい」だなんて...。

というわけでまた後日。


▲吉日 犯人は出てきて謝れ。消せ。理由を言え。
SANUKIDSが最近ほとほと困り果てている事があるという。それは、家に落書きをされるということ。たぶん夜中なんだろうけど、いつの間にかものすごい落書きがされている。別に「SANUKIDS NOODLE FUCK !」みたいな個人を特定する落書きではないので、個人的な怨恨によるものではないと思うけど。そんなだから、まだ引っ越して一年も経っていないのに引っ越したい..と。6月半ばには引き払わなければならないらしいのだが、まだ次の住処は未定らしい。
あっしそうだ、知り合いの不動産屋にどこかいいところがないか聞いとくよ、って言いつつまだ聞いてなかった。
後で電話しておきます。

どれだけの落書きっぷりかを先日見に行って来た。
それが上記の写真だが、こっこれは確かに恐い。ここまで豪快にやられると逆に気持ちがいい、とかは決してならない。引っ越したくなる気持ちも分からなくもないが、何もSANUKIDSがそこを引き払う道理はない。
とかく不条理。

「〜人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。
やはり向こう三軒両隣にちらちらする唯の人である。
唯の人が作った世の中が住みにくいからとて、越す国はあるまい。
あれば人でなしの国へ行くばかりだ。
人でなしの国は人の世よりも猶住みにくかろう。

起こすことのならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、
寛容(くつろげ)で束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。
ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。
あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人のこころを豊かにするが故に尊い。

住みにくき世から、住みにくき煩いを引き抜いて、
有り難い世界を目の当たりに写すのが詩である、画である。
あるいは音楽と彫刻である。」<草枕/夏目漱石>

まぁ「東京にょっき」が芸術レベルの音楽だって言ってるわけじゃなくて。と敢えて断りを入れる必要もないけれど。笑。
豊かに生きるために。

町を追われる?SANUKIDS。
行く場所なかったらいつでも家に来ていいんだぜ。
もちろん一宿一飯の恩義ってのはある....けどね。


▲17(土)新宿駅で3年ぶりの再会
窓の外は雨 ネオン 雨傘
三年ぶりに新宿駅の地下鉄階段にてモンティパイソン研究所の副所長に会った。階段を登るか登らないかの瞬間に、「お〜チンツウ!!」とでかい声で。
チンツウ?!長いこと、そのように自分の事を呼ぶ人と接触がなかったせいで、一瞬誰のことか分からなかった。ちなみにモンティ・パイソンというのはイギリスのコメディアングループ。メンバーには「12モンキーズ」のテリー・ギリアムなんかがいる。日本で言えばNHKにあたるテレビ放送で、彼らのコメディ番組が流れた事はものすごい衝撃的な事だったとか。
コメディというとイメージしにくいかもしれないけれど、あのセンスは素晴らしく奥深い。(ピンクの帝王、じゃこ林さんがビデオを持っているらしいので、メンバーで見たい人は借りてみて下さい)

そんなこんなで、その夜の研究所の集まりにも合流した。
何処で誰に会うか分からないし、プラプラしててよかった日曜日。


▲14(水)「ラジオ深夜便」
そんなこんなで、ラジオ深夜便に逃避行をしたところ、ベラルーシ共和国で国際ボランティアに参加しているという54歳の医師のインタビューが流れていた。
12時台だろうか。毎回、この時間はあまり知られていないような分野で世界を舞台に活躍する日本人を取り上げての電話インタビュー特集が組まれている。これがなかなかどうして面白い。

ベラルーシの病院で、アルベルトという少年が白血病で死んだ。
後日、この医師が母親のもとへお悔やみを言いに行くと、ありがとうと御礼を言った。その医師と同行していた若い看護婦に感謝していると。

その若い看護婦は、アルベルトに「何食べたい?何なら食べられる?」という事を何度も何度も聞いていたのだという。でも、それには応える事もなく、ほとんど食事も出来ないような状態だったのだという。
その日も、同じように若い看護婦はアルベルトに聞く。「何か食べたいものはある?」「パイナップルが食べたい...」と。

ここは真冬のベラルーシ。気温はマイナス20度にもなる。北海道よりも緯度が高い場所で、たった一度だけアルベルトはパイナップルを食べた事があるのだという。それがもう一度食べたいと。
この気候はもちろん、経済状況などから見てもパイナップルなど手に入る確立はほとんどないに等しい。

それでも若い看護婦は毎日、毎日、町の商店を回ってはパイナップルはありませんかと訪ね歩いたという。そのうちに「パイナップルを探している日本人がいる」という噂がベラルーシ中に広がった。
それを聞いたとある人が、たまたまパイナップルの缶詰を持っていて、それを病院まで届けてくれた。

こうしてアルベルトはパイナップルを食べることができた。
そして一時期は体調も快復していったかに見えたが、ついに白血病で短い生涯を閉じた。

こどもを亡くしたばかりで深い悲しみに暮れているであろうその時に、その看護婦に対してありがとうと感謝する母親を前にして、人間のすごさを見たような気がすると医師は言っていた。

そのあと、話は「スローライフ・スローフード」の話へと。
彼自身、仕事人間で、卵も割れないしみかんの皮も剥けなかったという。さすがに、これはまずいという事で、考え直したそうだ。
そして、食事をする時にもきちんと自分で料理したものを多少手間であっても用意するように心がけたという。
ご飯と味噌汁だけでも、「エサ」のように消費するのではなく、味わって食べる。それで気が付いたのだという。「これだ!」と。

失恋したとき、仕事がうまくいかない時、人生に息詰まりを感じた時、とりあえず何にも考えずにお米を研いだりすればいい。そうしているうちに、自然と生きる力は涌いてくる。電子レンジでチンして出来るようなものを食べて、生きる力が涌いてくるという事はないですよ。なんともその通りだと思うし、身につまされる話だ。
頭で考えるだけでなく、手足を使ったひとつひとつの行為もまた思考に繋がってゆくのだと思う。

ピピーガガガガ・・・・
深夜のラジオは電波がたまにおかしくなる。
この番組を聞いた事がない人は、是非一度、試聴してみる事をオススメします。テーマ曲が流れてくるだけで、深い眠りに誘なってくれます。
っていうか、「さそってくれる」じゃなくて「いざなってくれる」と読ませたいがために強引に「な」とか送り仮名を入れてみたけど。キーボードを叩く事で気軽に変換されて無意識にも書けてしまう文章への抵抗のつもりなんだけど、平仮名で書けばいいだけの事か....笑。

ちなみに、BORISUには悪いけれど自分はAM派です。
FMの「ジェットストリ〜ム」という柄でもないものな。


▲13(火)カモメ画壇2「ネオ寿司ネタ」
ネオ寿司ネタ 2001年12月の東京タワーゲリラライブの時に、OTOYORIがさりげなく胸に「はまち」のメニュー板を貼り付けていた。まぁ例のごとく拾ったものなんだけど、現在、我が家に残っているのは「とろ」と「とろ鉄火巻」と何も書かれていない板が1枚。いつの間にかこんなコトに。いつのまにか、って事はないんだけども。
ネオ寿司ネタ っていうかレタリングうますぎるし、「英夫巻」ってものすごく想像力かきたてられるし。完全に負けたという感じ。しかも、彼が制作したという2001年の社内報(Chap会通信<チャプ会>)を見せてもらったのだが、これがまたもの凄い。
チャプ会通信っていうネーミングセンスがまずあり得ないと思うし、構成や文章もウィットに富んでいて面白かった。(内容は、最初で最後の慰安旅行?in 箱根、みたいなヤツなんですが、やばい)しかも、第一号で終わってるっていう....笑。A3を二つ折りにした両面印刷のやつで、あふれんばかりのブラックユーモア。カモメコラムをお願いした事は、決して間違いではなかったと。

いかんいかん、あやうく、カモメ画壇ということで騙されるところだったが(しかも、結構、満足してたし)、今宵、改めてカモメコラム連載スタートを地の果てまで催促する決意が固まった。連載がどうしても厳しいのであれば、もはやこの「Chap会通信第一号」を掲載するしか方法がないような...。

ちなみに「英夫巻」というのは、文字通り「食えないヤツ」でしょうね。絶対に食いたくないし、見たくもない。と言いながらも、夜、寝る前に布団でグルグル転がって実際にどんな「巻物」になるか試してみたりして。で、山形県の児玉君の事件を不謹慎にも思い出した自分を恥じて、いかんともしがたくなって.......仕方ないので「ラジオ深夜便」にチューニングを合わせるオレ。

ベラルーシ共和国(どこ?ポーランドの隣り)で国際ボランティアをしているという54歳の医師のインタビューが流れていた。で、最後の方は「スローライフ・スローフード」の話になった。よって、次回はこの話につづく。


▲12(月)割れてもたまごは勇猛果敢。
たまご通過 たまご珈琲 たまご落書き
たまご鉄条網 たまご歩道橋 たまごライト
たまご公園 たまご歩道 たまごマンション
たまご横断歩道 たまごガード たまご階段
たまご電車 たまご坂 たまご錦鯉
毎晩、帰りは最寄り駅よりもずっと遠い駅で降りて45分ほどかけて(早足で30分)家まで帰る。初めの頃は、ショートカットを見付けたりと色々ルートを帰るなどの策を講じていたけれど、遂にマンネリズム。すっかり飽き飽きしてしまったので、今夜は、中身をストローで吸い出した空の卵を持って出かけた。帰りにいろんな所にたまごを置いて、その写真を撮りながら帰ろうと。そうすれば少しはこのマンネリを打開できるのではないかと思ったから。

駅を降りて、おもむろにたまごを取りだしたところで、ツルッと手がすべってたまごはあえなく歩道橋の階段を転げ落ちて負傷。写真を撮る前から、てっぺんが欠けてしまった。しかし、幸いまだ「これはたまごです」と説明しなくてもそれだと判別できる程度の原型は留めているので、構わず続行。

この真っ白な存在感が、なんとも町の夜景によく映える。こうして見ていると、たまごの表情が見えて来るような気さえしてくるから不思議だ。隣を電車が走り抜け、客を乗せたタクシーが夜の町に消え、歩行者が足早に通りすぎ、そして錦鯉が泳ぎ抜けてゆくような中で、ひとところにバランスを保ちながらじっと留まっているたまご。ひっそりとではあるけれど、脳天かち割れても転げずに立ち続けるたまごを見ていたら、なんか淋しくなってきた。いいなぁ。

汗と涙とでぐしゃぐしゃになった顔で家に帰ると、同居人がカメラを2台くれた。思えばデジカメを手に入れてからというもの、現像して紙プリントで写真を見る機会というのがめっきり減った。2000年を最後に、アルバムは終わっている。

あぁそうか。この白いたまご、ピロリンを連想させるのかもしれない。


▲11(日)思いのほか早い時期に...
スパイダーマン1 昨夜、ちょろっと行ってきた。何処かは敢えて分からないように他の写真は涙を飲んで掲載しないことにした。この蜘蛛のインパクトを薄めたくはないし。

もう70歳くらいのおばあさんなんだけど、彼女が作った「くも」のオブジェが置いてあるよ、という
スパイダーマン2 話は聞いていた。しかし、それが「蜘蛛」だとは全く思いもしなかった。空に浮かぶ「雲」のオブジェだとばっかり思いこんでいたから、あれぇないなぁ?と。こんなところに...しかもデカイ。
手塚治虫のSFマンガに登場しそうな設定だ。
スパイダーマン3 影が妙にはっきり出ているなぁと思ったら、その影を出すために上から照明が当てられている。よって、これを見に行くときは夜がオススメ。見に行く、って何処か分からないし....。まぁ、いずれ何処かで目にすると思いますが。
スパイダーマン4 ところで、他力本願で「写メール連載」と「カモメ画壇」を始めてもらいましたが、いかがでしょうか。


「ちいさなちいさなしゃししんじつ」連載開始 コチラから


▲10日(土)進化系と拾ったもの
進化する メガネかけた 鼻毛出た...
予想に反してなにひとつリアクションがなかったカモメさんの「カモメ画壇」。あれからまた少し進化した。なんと、この風船、普通の風船とは違って全く空気が漏れてしぼむ気配がないのだ。張りもツヤもあの時のまま。風船専門店で買っただけのことはある。絶えず生活を監視されているようでちょっと嫌。ほら、今も棚の上からこっちを見てる....。

---帰り道、本を拾った。華原朋美「未来を信じて」、マンガ「Y氏の隣人」2冊、マンガ「ハイスクール奇面組20巻」(最終巻)、マンガ「おまたかおる」、そして、黒沼克史「援助交際〜女子中高生の危険な放課後〜」などなどが、紙袋に入って捨ててあったので、思わず持ってきてしまった。以前にも、「漂流教室(全巻)」や「ゴルゴ13」、「包丁人味平」(包丁いっぽ〜ん、さらしに巻いて〜のヤツ)、「ゴーマニズム宣言」、松本零士作品多数、萩尾萌都作品などなどマンガ、小説全120冊ほどを拾った事がある。どれも名作揃いで、マンガの歴史を辿ると、そのどれもが漫画界での革命とされたような作品ばかりだった。それを知ったのが98年に、木場の東京都現代美術館で開催されていたマンガ展の展示で。しかし...その時には半分以上を売り払い7000円ほどの現金に換わっていたという苦い思い出.....。
未来を信じて.. ともちゃん ルーズなソックス

とまぁ、自分はよくモノを拾ってくる事が多い。懐中電灯やエレクター(棚)、ギター、ジッポ、マフラー、朝日20世紀年表、帽子(探検家の帽子は拾ったものではありません)、折り畳み自転車、重箱(懐石料理風のお弁当箱)などなど、どれも拾ったのではなく盗ってきたんじゃないかと疑われるくらい、まだまだ使えたりする。

まぁそれはいいとして、「援助交際」の本、よく見ると何処かの図書館のラベルが貼ってあった。裏表紙を見ると貸し出しカードの欄が未記入なので、つまりはカウンターを通さずに持ってきてしまって捨てられたという事だろう。信じられん。同様に、以前「失楽園」の下巻を拾った事があるが、それもまた何処かの図書館の本だった。なんとなく、こういう運命を辿ってしまう本の傾向というのが分からなくもない。

で、まぁメインの華原朋美の「未来を信じて」。カラー写真が満載で本というよりは写真集に近くてなかなかカワイイ。これは、今夜、たまたま家に来たE.Drumのヨッシーが「どうしても欲しい」というので後ろ髪引かれる思いで、自分が読む前にあげてしまったけれど。

拾う事の美学?そういうのはありませんが。


▲9日(金)damp type <ダムタイプ> S/N→ボヤージュ
以前に、「ダムタイプ」(京都芸術大学の学生が、学生時代に始めた団体。映像・音響・パフォーマンス・グラフィック・写真とあらゆる境を越えて世界的に活躍している団体。様々な表現を通して、たとえばセクシャリティや生と死都市と人であるとか人間ついての価値観を根底から崩してゆくような事がテーマにある。)の設立メンバー故・古橋悌二(AIDS(sexuality:gay/性感染)による敗血症で死亡)の「S/N」という作品を見た。その時に、音楽に合わせてモノクロのスライドを流すという事が行われた。それは、たぶん、彼の活動なり生活を垣間見る事ができるような内容だったように思う。実は、そのどのシーンもなにひとつ覚えていないのだが。スライドだからただの静止画なのに、ものすごく雄弁に語っていた。とはいえ、何を語ろうとしていたかは何一つ覚えていないのだが。

それが直接のキッカケではないけれど、スライド映写機をどうしても手に入れたいと最近思っている。使えるだろう、あれば。が、かなりのサイズに投影できるものとなるとやはり値が張る。でも欲しい。
久々に物欲が鎌首をもたげた。

このダムタイプの本部は京都にあって、ちょっとしたコミュニティみたいになっていて、一泊数千円で泊めてもらう事もできるらしい。勇気がある人は訪ねてみてはいかがでしょうか。


▲9日(木)STARWARS的な風景「写メールの部屋」開設
STARWARS的な。 今や携帯電話で写真が撮れる時代。ジュースが買える時代。様々な情報を手に入れる事ができるし、音楽だって聴ける。テレビ電話のような使い方ができるようになるのも時間の問題で、クレジットカード(ICカードみたいなヤツ/電子マネーとか)と一体化される日も来るかもしれない。
しかし、携帯メールができないような携帯で、通話以外に機能がなくても別に不自由を感じない自分。まぁ他人は不都合だったりするのかもしれないけれど。見渡してみれば、にょっきメンバーもいつの間にか「写メール」ユーザー。誰かから電話がなると、その登録していた相手の顔が待ち受け画面になるらしい。僕もこの前、ついに撮られた。

「写メール」の画面サイズの制約、画質の粗さ、粗さ故の生々しさが独特の世界を生む。光の感じもまた独特。

毎週一枚、OTOYORIとベックスイサオから、「今週の一枚」という事で写メールで撮った写真をパソコンメールに送ってもらう事になった。そして、それをにょっきサイトに掲載してゆく。いわば、二人の視点から見た独自の世界が展開される事になる....かもしれない。テーマは彼ら次第。いつから開始するかも彼ら次第。写真というのは、やっぱり、取る人の心理状態や感情をもろに反映するものだから、なおさら楽しみだ。

「ちいさなちいさなしゃししんじつ」連載開始 コチラから
<今日の写真>
小雨が降る中、代官山駅から駅ビルに続く歩道橋を下から撮ったもの。前から撮りたいと思っていた場所なのだが、いっつも歩行者が多くてその目を気にしてなかなか撮れずにいた。たまたま今夜は人がいなかった。STARWARSの世界だ。


▲吉日の発見 「ごっくん馬路村」
高知県馬路村 高知県安芸郡馬路村(うまじむら)の公認飲料「ごっくん馬路村」を近所のスーパーで発見した。おっこんなところに馬路村。あと、ペットボトル(1リットル)のゆずジュースも置いてあった。


▲5日(日)カモメ コラム 画壇 第1回<初掲載>baloon cartoon
カモメ作 もみあげばっちり 後ろ髪
待望のカモメコラムから早一年。誰もが忘れかけていたに違いない。カモメさんのコラムを所望する声もチラホラとあったのは事実。
しかし、実現される事は一度もなかった。
カモメ (詳細は、元祖にょっきサイトの「にょっきガレージ」→「ガレージ3」を御覧下さい。)
事ある毎に催促はしていたのだが、悉く交わされていた。が、先日、協力なネタを入手。カモメさんによるコラムではないが、彼、直筆の風船マンガ<baloon cartoon>(しかも新ジャンルときたぜ)を手に入れたのだ。その写真がこれら6枚の画像。
その夜、僕は部屋で風船(ダイヤモンドクリアという色/無色透明)を膨らませ、口をあんぐりと開けたままポンポンと天まで届くようにと風船で遊んでいた。(最近、この行為が無心になれてかつ癒しであることを発見したから)

そうしたらその風船をササッと奪うように僕から取り上げ、黒ペンを取りだし、出来上がったのがこの「風船マンガ」。頭はバーコード、ケツあご、もみあげ。以前から、彼の画力には嫉妬に近いものを感じていたが、今回のこのマンガで明らかになった。「絵は心」だと。画家の心のありようがそのままに現れるものなのだと。いやぁとにかく僕は大好きだ。

▽カモメさんによる「風船マンガ」を部屋にぜひ飾りたいという人は、遠慮なく御連絡頂ければ、原価でお譲り致します。
・ダイヤモンドクリア(3)
・コバルトブルー(1)
・シトラスオレンジ(1)
の三種類から色を選び<( )内は在庫>、こんなマンガを書いて欲しいという要望があれば一言添えて(書いていない場合はヒドイものに...なるかも)メールnakanzuku@hotmail.comにてお送り下さい。なお、郵送は風船にヘリウムを入れて住所を書いた紙をぶら下げ、いっせいに空に放ちますので、確実にお手元に届くという保障は今のところお約束できません。御了承下さい。
ケツあご バーコード 鼻の穴


▲4日 ガウディの建築に部屋の入り口を占拠された夜
ガウディ作 きのこ苑での「生まれる計画」のあと、帰宅すると部屋の入り口が、こんなポスターによってふさがれていた。なんだよこれ、と思いながらも、これが一枚の新聞広告だと気付くと、怒りは驚きに変わった。ガウディのサグラダ・ファミリア聖堂。テレ朝の「ガウディのミステリー」という番宣だ。建築家、荒川修作の名前は知らなくても、ガウディの名前を知らない日本人はいないだろうというくらいに、有名だと思う。CM にも出てくるし。何より、この建築物が未完成だという事とか。
というか、あまりに不可解。未完であり、今もなお引き続き作られ続けているサグラダ・ファミリア聖堂が何を意味しているのか、なんでこんなに生々しい形で、何を意図しているのか。彼自身、恥ずかしがり屋で、自分の思想をあまり喧伝する事もなく、ただ建築にのみ邁進していたというだけあって、謎は深まるばかりだ。それでも、この建築は何かを語っているような気がするのだ。だからこそこんなテレビ番組まで出来る。

「宗教心のない人は精神障害者であり、不具者である。」と神の建築家ガウディは言っている。精神的に上位の建物、つまり神に献じられた建物を作る点で、建築家は建築技術者とは区別されるという事らしい。しかし、聖堂だけでなく、一般の住宅も完全であるためには、神の座が設けられなければならず、同様に精神的に上位に位置付けられる建築にあたるのだと。こうした異常な?特異な姿勢が根本にある。はまるとかなりヤバイね。
ガウディ作/新聞広告 彼は建築にも、最先端の技術や科学をどんどん採用していったというが、機械はあくまで人のためのものであり、人が機械のために屈する必要は本末転倒も甚だしいと。道路も人のためにある。車のためではない。だから、人が道路を渡る時には車の方が停止しなければならないと主張していた。

で、彼は、路面電車にはねられて死んだっていう....。笑っていいやら悪いやら。(続くかも)
とまぁ、こんな魅力あふれる建築家ガウディの新聞広告で、部屋のドアがふさがれていたわけで....。誰のいたずらかは未だ謎のまま。不可解だ。


▲吉日 風船の癒し効果
たまごの癒し ボリスの最近のお勧め.......は、「おかあさんといっしょ」に出てくる「じゃじゃまる」みたいなかぶりもの、「ズズ」。喋り方が‥。

という話。懐かしすぎるなぁ、「おかあさんといっしょ」。(写真と本文は無関係です)



トップ2003年練習/活動日誌1〜2月3月4月 > 5月
東京にょォフッター