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▲2003年8月
▲8月2日(土)「東京にょっき」7月の展開・停滞、活動報告01
ついに復活!帰ってきた「東京にょっき」!などというと、さも多くの人々が待ち望んでいたかのように聞こえるけれど、まぁそんな事はないというのは承知の上で。
この一ヶ月間、パソコンが死んでいて更新やメールがままならない状態だった。日本語入力がどうにもこうにもうまく行かなくて、テキストを書くことができないのです。
初期の頃はそれでも、何度も再起動をかけながら尽力したけれど、あまりの非効率さにさじを投げたというわけだ。原因は不明。
単に寿命だろう。それに、もうこのパソコンではメモリ・CPU共に限界だったので、先日買い換えた。まだ十分に環境が整ったわけではないけれど、この1ヶ月間での「にょっき会」や様々なレポートを更新してゆこうと思います。
1「パソコンは道具ではなく素材である」
パソコンは道具に過ぎないと言う事はよく言われている。道具があって、それを使う人間がいる。ところが、最近、これに異議を唱える人の話を聞いた。「パソコンを道具として考えるんじゃなくて、ひとつの素材(マテリアル)として考える」というもの。木材を道具だと言う人はいない。多くの人が木材は素材だと考える。そうした時に、じゃぁ木材という素材の特性を生かして何が作れるか、という段階に進む。木のぬくもりと加工のしやすさを生かして椅子を作るとか、細かく砕いてチップにして紙を作るとか。
素材を知る事によって様々な可能性やアプローチの仕方が見えてくるというわけだ。パソコンも、木材や金属や石などと同様にひとつの素材として考えた時に、どのような表現がパソコンを通して可能になるのかという事を原点から考える、という提案だ。なるほどなぁと思った。
始めからパソコンは人間の道具である、と思って使っていると発想も行き詰まる。人間の身体、あるいは感情VS機械の戦いに躍起になったり、コミュニケーションの道具としてのパソコンに依存しないよう何処かで歯止めをかけることに必死になったりする。すでに、パソコンにはこうこうこういう機能があって、メリットはAで、デメリットはB、とかなりはっきりとした答が自分の中にある。同時にそこから生み出されるものに対しても、限られた可能性の中で、ある程度の形が見えていたりする。逆に目の前にあるのがひとつの岩で、一人に一岩与えられているとしたら、それこそいる人の数だけのアプローチがあるだろう。その使い方から加工法までさまざまだろう。ちょっと意味不明な例えだが、パソコンの変わりに全国の家庭や仕事場のデスクの上に岩がデデンと置かれているのを考えたら笑いがこみ上げてきた。(「岩になった男」/奥津正人・原作をふと思い出す)
というわけで、パソコンもOSが9.11になったところで漸く、時代に追いついてきたこともあるし、パソコンはこういうものだとか、サイトは紙媒体のウェブ版というような観念から離れたところで、パソコンへ再アプローチをしてゆきたいと思った。
2「次世代エネルギーについて」
そんなこんなで、書かねばならぬと思っていたことから。
以前、にょっきの掲示板で「次世代エネルギーを考えました!」と投稿して、それに対してBORISが、「それって怒りエネルギーとか?」というような返事をもらった。そのあと彼女とは電話で伝えたのだが、結論から言って「怒り・憤り・むかつき・ブチ切れる・ストレス」などの人間の感情を熱エネルギーに還元して、電車の動力源にするというもの。よくある話だと思うかもしれないけれど、まぁ聞いて。
それは、夜の新宿駅ホームにて。電車が駅に入ってきて、降りる客と乗ろうとする客が階段付近で入り乱れる。乗るほうは階段を駆け上がってくるわけだ。で、悠然と降りてくるサラリーマンの肩にぶつかる。ぶつかられたサラリーマンは、その場に立ち止まり今にもつかみかからんとする顔で、ぶつかってきたヤツを振り返る。ぶつかったヤツは電車に飛び乗り、電車はホームを出る。それでも、サラリーマンは振り返ったまま立ち止まり、どこにもぶつけようのない苛立ちに肩を震わせている。僕はその様子をじっと見ていて、もうそこに本人はいないのに何故まだ見るか、と突っ込まずにはいられなかった。でも、それはよく分かる。自分も最近、ひとりだとブツブツつぶやいたり、舌打ちをわざと相手に聞こえるようにすることがある。
tokyo wondersite
例えば、電車の改札だ。通ろうとしたその瞬間に向かいから出てくる客が先に切符を入れて来た時などは、怒り心頭。すれ違い様に、チッと舌打ちをする。ファーストフードのレジで、飲み物から先に頼んだ時のこと。まだ食べ物を注文しようと思っているにも関わらず、飲み物だけでレジを打たれてしまった時には、「っていうかそれだけなわけないじゃん。あと〜」とブツブツ言ったり、誰かに道を聞いて、すごく適当な態度をとられた時には、「冷た〜い。なんでそんな冷たいの...ブツブツ」とか。最近の傾向として、口に出そうとしなくても、知らず知らずのうちに心にとどまらず言葉があふれてしまう。思えば勝手な話なのだが。
▲にょっきキャラがフィギュアになりました!着彩前と後のようす(樹脂粘土)
こうした怒りが、ものすごい密度で集中しているのが実は電車のホームや車内なのではないか。こうした人間の怒りを全て熱エネルギーとして蓄電する事ができれば、電車の一本や二本動かせるのではないか。それが無理なら、年に一度のクリスマスのイルミネーションの点灯のためだけに一年間かけて蓄電されるのでもいい。白い恋人達のために自分の怒りが使われるなんて、考えただけでもしゃくだけど。
怒りという感情は、「頭に血が上る」とか「逆上する」という言葉がある通り、血流を心臓ポンプが高圧で全身(脳?)に送るという目に見える運動があるわけだから、そこにエネルギーが生じるのは考え方としては正しい..と思う。それをどう集め、使用したい時に自由に利用することができるかが問題だ。
まずひとつは空気を通して、駅の壁面や階段に埋め込まれた帯電装置が、怒り人(イカリビト)の周囲の上昇した外気温を感知して蓄電するという方法。
あるいは、切符や定期、パスネットなどにそういうセンサーを埋め込んでおいてイカリビトの熱を吸収・蓄電する。で、改札を通す際に、そのエネルギーが放電されて、駅の集中管理イカリセンターへと送電される。
100ド(怒/怒り熱エネルギーの単位)を越えるエネルギーの供給者は、一回の乗車運賃がフリーになる....とすると、キレて刺す若者が後を絶たなくなるので、そういう見返りは一切ナシとする。
▲にょっきんとボリス(中央)。サングラスにはセロファン紙を使用。
日本に400万人近くいると言われるパニック障害の人たちが、電車の中でパニック発作を起こした時の内方向エネルギー(?)に対しては、逆に外方向エネルギーとして怒りエネルギーが無料提供される。相殺されることで発作が一時的に軽減するなんてこともあるかもしれない。どうでしょう、高木美保さん。ないか。
先端技術がどこまで行っているかというのがよく分からないので、こういう夢物語のような話がどこまで実現可能なのかさっぱり分からない。
とりあえず、愛知万博で使われる日立制作のIDカードには、0.4mm角の薄いチップが埋め込まれ、なっなんと10の37乗の記憶容量があるという。「なっなんと」と言っても10の37乗なんてよく分からない数字だが、そこにはありとあらゆる情報が書き込めるし、書き換える事ができるものすごく画期的な事らしい。愛知万博の場合には、それでパビリオンの入場予約が出来たり、その人が今どこにいるかなどがすぐに分かるなどの機能を持たせているという。
これだけの事が可能なら、切符とかにそういうセンサーを埋め込む事くらいお茶の子さいさいなのではないか。(お茶の子さいさい、という言葉。久しぶりに使ったけれど、よく考えてみたらよく意味がわからない。お茶の子、って何。竹の子族みたいなムーブメント?さいさい、ってなんだ?/辞書がすぐに見つからないため、あとで調べてみることにします。)
怒りエネルギーではなく、人々の笑顔エネルギーがこの地球を動かしてゆく日がいつか来ることを願い、今のところ非現実的な話は終わりにする。
嘘発見器とかで、心臓の動悸の早さを針の振れ幅として数値化できて、針を動かす事ができるっていうことは、何らかの形で外部出力が可能という事なのでは。これは、もしかしたら携帯電話などが案外、鍵だったりするのかもしれない。
もうちょっと考えてみます。ってかれこれ2ヶ月近く考えていたわけだけど。
▲富士祭りのようす
3「第一回きのこ会談」
そういうわけで7月のにょっき会は2回あった。
練習はゼロ。あぁ驚いた。
ちょっとしたイベントと言えば、7月20・21日に馬場の水稲荷神社で開催された富士祭りという夏祭りで、「きのこ苑お山のたいしょう」のしいたけ販売を行うことになった。すでに終了。もちろん炭火で焼いてその場で食べられるということも行われた。にょっきでも参加した。
あれは6月だったろうか。四ッ谷にて、僕の知り合いの富士祭りの主催者、鰺ヶ沢さん(仮名)ときのこ苑の孝子さんとで「第一回きのこ会談」を行った。鰺ヶ沢さんに、きのこ苑の話をしたところ、夏祭りでしいたけを売りたいという事になり、今回のきのこ会談(気に入った言い回しなので多用します)開催の運びとなった。きのこ苑の方々も多忙な中、快く引き受けて下さり感謝しています。この鰺ヶ沢さん、実家が青森で小さい頃、家の裏でしいたけが採れたらしいのだ。あの大きく開いたしいたけを焼いて食べたことがある。だからこそ、しいたけでこんなに反応したというわけ。あの味をたくさんの人に食べて欲しいという思いは、やっぱり食べた事がある人じゃないと。
このきのこ会談、四ッ谷のアトレのレストラン街の、「和レストラン〜縁寺〜」みたいな(正確には違う)雰囲気の店で行われた。俺の出る幕じゃない、と思っていたので、いやこの店はちょっと敷居が高いんじゃないか、とも言わず、鰺ヶ沢さん払いを前提にそそくさと着いてゆく。食べました名古屋名物「ひつまぶし」(名古屋と言うとなんか下世話な食べ物のような気がするみゃあ)。あれは美味い。それだけで満足だった。
肝心のきのこ会談では、しいたけパック詰めしたもの・焼く用の大きいしいたけ・かぶとむし・濃縮オレンジジュースを当日郵送で送ってもらい、焼く作業は任せるという事などが決まる。まぁ実際は、しいたけだけになってしまったのだけれど。かぶとむしは、丁度、時期的に幼虫からさなぎになった時期だったのだ。さなぎの時に移動したりすると、変形して奇形が生まれてしまう可能性があるという事から(それが事実だという確証はないのだけれど、大将はじめ長年の経験から得たこと)、それはできないので今回は見送る事になった。(今年は大量らしいので、欲しい人はぜひぜひきのこ苑へ)そして、濃縮オレンジジュースは、他の商店街の人から「なんで濃縮なのに800円もするの?」という保守派(酒屋)の声があり、やむなくこちらも涙をのまざるを得ない結果となってしまった。まぁ一口飲んでから言えよ、という気分なのだ。バカじゃないの、という感じ。
一つ100円のトマトと、ひとつ350円のトマトだったらお前、どっちを買うんだという話だ。安くてもそれなりに食べられるから100円のでいいや、という選択をする女と結婚したくはない。そりゃ、安いに越した事はないのだけれど、できることならひとつ350円のトマトの味を知っている女と結婚したい。その250円という価格差の大いなる価値が分かる人。本当は350円のトマトを買いたかったんだけど、今月はこの100円のトマトで我慢してね、という女ならなおさらいじらしく思う。というか、350円のトマトを迷う事なく買わせてあげられるような夫になりたい。人間が堕落してゆくとしたら、それは食生活からだと言える。そういう意味では、今後、人間の進化というのはあり得ないのではないか。退化はあっても。
残念だオレンジジュース。
試飲会とかすればよかったのかもしれない。
それと、まぁあまりにょっき力は発揮できなかったのだけれど、こういう形で販売する際に、今度はこうしたらいいんじゃないかという点は、実際にやってみて見えた部分がある。これは収穫だった。忘れずにメモメモ。
そういうわけで、20・21日共にしいたけは完売だった。
僕らが行った時はまだ残っていたのだけれど、その後で全部売り切れたと。
BORISとベックスイサオが20日と先月誕生日だったので、合同祝う会のはずが、ベックスイサオは香川に帰省中だっったのでBORISの、をやった。まぁ普通にコージーコーナーのケーキをマクドナルドに持ち込みという....。
▲写真中央(生しいたけを炭火で焼く巨体なおじさん/バター醤油にて)
4「STRANGE TRAIN」の途中下車報告
5月に掲載した「STRANGE TRAIN」のつづき。
東海道で偶然声をかけられ知り合いになったストレンジさんとは、その後、2回ほど連絡を取ろうとしたのだけれど、こちらがかければ出ないし、逆にかかってくればこちらが出られなかったりとすれ違い、結局、7月を迎えた。で、ちょうど「しいたけ販売富士祭り」がいい機会だと思い、久しぶりに電話をしてみた。
しばらく呼び出し音が鳴ったあとで、ストレンジさんが出ました。一度しか会ってないので無理もないのだが、イメージとして焼き付いていた声と若干ギャップがあったので、戸惑ったのだが、「ストレンジさんですか?」というと「あぁ〜はいはい!!ストレンジです」という。間違いない。ストレンジさんだ。
「ちょっとごめんね、今、電話中だから、またあとですぐ折り返し電話します」と。何はともあれ漸く繋がった。
そして折り返し電話があり、久しぶりですねぇという話をして、20日の日ににょっきメンバー集まるのでよければ来ませんかとお誘いをしたのだが、よく考えてみれば、きのこ苑の話とかにょっきの話とかって電車の中で数十分ほど断片的に話をしただけなので、たぶんよく分からなかったとは思う。
それは別にまぁおいおい、として、「20日かぁ...」という声。「実は明日から3週間くらいNYに行くんだよね。今もその準備とかしてて....」。マジですかと。えぇなぁ。えぇなぁ。なんとタイミングがいいというか悪いというか。まぁ、今回、電話が通じなかったら、断固拒否されてると勘違いして、今後、連絡することはなかったかもしれない。それを思えば、グッドタイミングだったわけだ。明日からNYって事は、明日からは今日までの延長でない明日がやって来るわけだ。それ考えると関係ないのに動悸が激しくなる。旅行の前の準備ほど苦にならない「明日の支度」ってないなぁ。
しかもNYはストレンジさんが10年間暮らしていた町ということで、泊まるところもあるらしく、今回はギターを持っての二人旅だとのこと。二人と言えば、あの二人ですけれども。そろそろストレンジさん達も、日本帰国を前に半ばメランコリーになっている頃かもしれません。帰れる場所がNYにあるってのは羨ましい。いや、自分の中でNYは、気を張らずに歩く事ができる場所ではなかった記憶しかないので、ちょっとそういう感覚にはなれない。10年間暮らしていれば全く違うだろうけど。
昨年の根府川ライブの翌日から単身NYに飛んだサヌキッズも、着いたその夜に恐くて泣いたと言っていた事も思い出す。(以下、懐かしいので一部引用)
「〜みながみな警戒して歩いているような感じがして、自分も気が休まる時がなかった。それだけで、5キロ痩せたし、髪の毛も抜けた....。なにしろ、向こうについたのが夜の9時で、空港からホテルまでバスで向かったんですが、違うところで降りちゃったんです。周りは何もなくて、ただデッカイ駐車場があるだけで。降りるところ間違ったって事に気付いた時には、もう泣きながら走ってましたね。あぁもう帰れないんじゃないかと思った。(その時に流れてきたのが「空席の数」でぇ...とか言ってたけど、なんかうさんくさいので省略。)
ホテルも何か危ないヤツがうろちょろしてるしで気が休まる時がなくって、日本が恋しくなりましたね。で、日本から持っていった日本語の本を読んでなんとかしのいでました。(その本というのは「団塊の世代」らしい。またどうして!?美しい日本語にあふれた本にしとけばよいものを....。)〜」
そうかぁ去年の根府川ライブからまだ一年経っていないのか。あの頃が、にょっきの全盛期だった...という回想をしているわけでは決してないけれど.....。全盛期というか、そもそもの原点になるはずなのだから。
抜けた髪の毛は、以前に比べたらそう言えば心なしか増えたような気もするが。
まぁもともと薄いからね。と、サヌキッズをおとしめる事で自分を慰めてみたりするのでした。
*単刀直入に言って(あまり直接的な表現は自分的にも、字面から受ける衝撃が強いので使いたくないのだけれど、ここは敢えて言おう、という意味)、にょっきでハゲの話と肥満の話はここ一年で禁忌となりました。禁忌キッズ。どうでもいいけど。
というわけで、ストレンジさんが帰国してから、一度お会いする事になった。
これまた実現するかどうかってのは微妙なんだけど。
ちょっと楽しみ。お土産とか、お土産とか、あと、お土産とか。
▲「生まれる計画」部屋に反射してよく分からない
5「生まれる計画」の結果と今後の展開
公募展に出品した「生まれる計画」なのだが、既に、搬入を済ませ、しかも合否の結果も出て、本日が落選者の作品搬出の日だった。行って来ました東京都現代美術館裏のクロネコヤマト搬出センター。これは何を意味しているのか自分でもよく分からないんだけど...。
つうかさぁ、もう80万円を獲得する気満々だったから、結果が出る前にこの新しいパソコン一式のローンを組んだりとか、徳島行きの往復飛行機チケットの予約とか、ハンス・ウェルナーの椅子とか、新しいデジタルカメラとか買ってしまったんだが、どうやって支払をすればいいのやら。台所は火の車じゃないか!
ってそこまで身の程知らずじゃないか、僕も。残念なことに、この80万を獲得したのは、知り合いの知り合いで日本画をやっている人だったという事を、落選通知を受け取った翌日に聞いた。
というのはカムフラージュで、本当はたかられたくないから黙っているという、宝くじが当たったのに黙っている人と同じ心境だったりしたらどうする?はぁあ。こういうことを言えば言うほど、傷が広がり汗が染みるのでやめておこう。「生まれる計画」はその名の通り、まだ生まれたばかりで、更なる発展型を考えたので、しばらくは続けてゆく。最終的にどんやヤツにして提出したかも近々掲載するので、感想などあればぜひぜひ送ってもらえると嬉しいです。
「生まれる計画」の今後
そもそも「生まれる」というのは何が生まれるのか。
子どもとか、卵とか、そういうものではなくて、本来、人間が生まれながらにして持っている感覚のような不可視かつ実体の無いものを指す。あるいは日常生活の中で無意識に抱いている常識だとか固定観念のようなものの対局にあるものが生まれる装置のようなものを作ろうという計画だ。
人間の感覚や知覚、からだに働きかけて、それを見た人が、自分の中に停止していた回路がある事に気付くこと、あるいはその回路を再び動かすようなきっかけになるような仕組みをいろいろ考えている。
今回選んだのは、きのこ苑の裏山に広がる「真っ暗闇」だった。日が暮れると街の灯もいっさい届かない暗闇の中に立った時に、五感を越えたところにある回路で方向を見定めようとする働きを感じたのだ。その時に生まれてきた感覚を、風船と卵と紙で森の中の暗闇の中に再現した。それが、今回の生まれる計画の写真だったのだが、なんか自分でもよく分からないが、その写真の上に貼ったアクリルに、ニードルでかぶとむしとかトンボとかの絵を彫ってしまったのだ。それ違うだろ、と今ははっきりと思う。あと、これって写真に撮って見るものではなかったのではないかということもある。その場に行って、その場で体感するのが最善だったと思う。
▲覚えているだろうか。正二さんのその後。娘と記念撮影。1ヶ月ほど前。
という合点がいっていない点をもういちど解決した後で、次回は、さらに日常の中で「生まれる」瞬間というのを見つけて、それを再現してゆく。3つほど考えたので近々、写真とともに掲載してゆきます。
例えば、それが「生まれるキット」というものにまとめられて、それがあれば自分の部屋の中で、「生まれる計画」が体感できるというふうにできればさらにいいのだが。
それを部屋で組み立ててるだけで、今までの日常とは180度違う毎日を送る事ができるのだ。朝起きたところから新しい発見が待っていて、今までとは違う自分を見つける事ができる。
という合点がいっていない点をもういちど解決した後で、次回は、さらに日常の中で「生まれる」瞬間というのを見つけて、それを再現してゆく。3つほど考えたので近々、写真とともに掲載してゆきます。
例えば、それが「生まれるキット」というものにまとめられて、それがあれば自分の部屋の中で、「生まれる計画」が体感できるというふうにできればさらにいいのだが。
それを部屋で組み立ててるだけで、今までの日常とは180度違う毎日を送る事ができるのだ。朝起きたところから新しい発見が待っていて、今までとは違う自分を見つける事ができる。
6携帯の時計と100年カレンダー
知り合いの人の携帯電話の時計が面白い。
ダウンロードしたものらしいのだが、すべて■で出来ている。テトリスみたいな四角いブロックが時間が進むにつれて上から下に落ちて消えてゆく。一番上には大きい■が24個。これは時間を表す。真ん中の中位の■は60個並んでいて、分を表している。一番したの細かい■は60個あってこれは秒数なのだ。時間が進むにつれて、秒数の■が、パラパラと落ちてゆき、それが60個落ちきると、真ん中の■がひとつ落ちて1分経ったという事になる。つまり、画面上に残っている■が、今日一日の残りとなる。
見ているとどこか悲しくなってくる時計だ。あぁ、あともう残りわずかだというのが、リアルに伝わって来る。それを見て思い出したのが、100年カレンダーだ。B版の大きな一枚の紙に、100年分のカレンダーがびっしりと記載されているのだ。もちろん、100年後の自分の誕生日が何曜日かというのも瞬時に調べることができる。全然、便利じゃない。ぜったい、その100年後の誕生日を自分が迎える事ってないし。そう、つまりその100年カレンダーの中の、どこかの年のどこかの月のどこかの1日で、自分は死ぬのだ。ましてや、自分がこれから生きていこうとする数十年が、こんな紙一枚で表せてしまうということの衝撃といったらない。カレンダーの最後の方の8月には、もう自分が生きていないという事実(かなり確率の高い事実)が、ここにあるっていうのは、精神衛生上あまりよろしくはないだろう。このカレンダーを実際に購入した人が、そのカレンダーが貼ってある部屋で自殺した。2人も。そしてこのカレンダーの販売は中止された。分かる気がする。ふと、そんな気になってしまうような気がするもの。
この携帯の■の時計はこれに近いものがある。
でも、この時計には実際に使っている人しか気付かない、救いがあった。
深夜12時。まもなく時刻が明日に変わるその瞬間、最後の一個の■が消えた途端に、ボンッ!と明日の■が144個表示される。その瞬間がたまらなく快感なのだという。そこには「生まれる」感覚がある。
ちょっと長かったけれど、次回も7月報告の続編です。
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