Short Story from Ragnarok Online




登場人物紹介

名前: リグリ―タ
性別: 女
職業: ハンター
年齢: 18
説明:
  このSSの主人公。
猫のような性格…とでも言えばよいのだろうか?基本的に何も考えずその時の気分とその場の流れだけで行動する。
天然なのか作為的によるものなのかは知らないが、よく意味不明なことを言っては呆れられている。
ペット――ではなく相棒として、鷹のクロを連れている。
通称リータ


名前: レニス
性別: 女
職業: アコライト
年齢: 19
説明:
 天然気味な少女。
からかわれやすい気質なのかしょっちゅうからかわれている。
基本的に幸せを垂れ流しているかのような笑顔をしている。
通称レ二・レ二ちゃん


名前: ラミナ
性別: 女
職業: プリースト
年齢: 21
説明:
 三人のまとめ役。
不正を嫌う正義漢(?)だが、しょっちゅう暴走してはリータにからかわれる。
一度こうと決めたら突っ走り、いつの間にやら脱線していると言う器用な人。
通称ラミさん


 リグリータ視点のSSになります。


























コイン

―――チリン♪
小気味の良い音を立てて、コインが舞う。
くるくるくるくる回って上がっていって、またくるくるくるくる回って落ちてくる。
そして、コインは、手をクロスさせるようにして取った、ラミさんの手の中に。
「さぁ、どっち?」
「…右」
「くっ…」
悔しそうな顔で、ラミさんが右手を開く。
右手の手のひらの上には、小さなコイン。
「これで13勝4敗」
これでも、動体視力には自信が有る。
「ま、まだまだ」
また、小気味の良い音を立てて舞うコイン。
くるくるくるくる回って上がっていって、またくるくるくるくる回って落ちてくる。
そして、コインは構えていたラミさんの手を逃れて地面の下に。
コインは一人でダンスを踊って、ゆっくりと動きを止めた。
「…………」
「…………」
二人でそれをじっと見つめる。
1秒、2秒。
「……ぷっ」
堪えようとした笑いが、思わずこぼれる。
「あはははははははは」
こぼれたら、もう止まらない。
私は空を仰いで大きな声で笑った。
「笑うなぁっ!」
ラミさんが怒鳴るけど、笑いは止まりそうに無い。
痛いお腹を抑えながら、涙のにじんだ目で空を見る。
青い青い空を、クロがゆったりと飛んでいた。






カフェ・オレ

「あの〜 リータさん」
「ん?」
いままで、ずっとボケっと湖を眺めていたレ二ちゃんの声に、少し驚きの混じった声で聞き返す。
私とレニちゃんがいるのは、アルデバランの、城門近くのカフェテラス。
暇つぶしと、羽伸ばしのためにやってきた。
本当は、カフェテラスじゃなくて、なぜかある、数組のテーブルとイスなんだけど。
そのうちの一つ、私とレニちゃんが使っているテーブルの上には、白磁のカップが二人分、置いてある。
カップの中身は自作のカフェ・オレ。道具ももちろん、自前物。
ボケっとしていた名残なのか、反応というか動作自体が鈍いレ二ちゃんの、
息継ぎの合間に一口飲もうと、カップを持ち上げ、口につけ傾けた瞬間、
「リータさんて、恰好良いですよね」
――ぶほっ
カップの中のカフェ・オレが、一気に半分以下に減った。
飛んでいった半分の、そのうち半分は私の顔に。もう半分は、テーブルに。
……熱い。
「わぁっ 大丈夫ですか?」
「………微妙」
良いながら、とりあえずウェストポーチをあさる。
……ティッシュはどこだろう?
ティッシュは、コーヒー豆の下に埋まっていた。
……ウェストポーチ自体にコーヒー臭が染み付いている。後で洗おう。
「んで、いきなり何を言うんだか…」
「え? あ〜いや〜なんとなく言いたくなってぇ」
「…………」
とりあえず、顔を拭く。前髪にもかかったみたいだけど、頭巾は無事だった。
…ぬれた前髪が張りついて気持ち悪い。
「はぁ……」
「ど〜しましたかぁ?」
「いや、レニちゃんはレニちゃんなんだよねぇって思ってさ…」
「はい?」
苦笑を浮かべながら、首を軽く振りつつ、テーブルの上を拭く。
何となく視線を向けた湖は、きらきらと光を反射させていた。






屋上

「……ん?」
目を開けると、真っ青な空の中に、ぷかぷかと白い雲が浮いていた。
日当たり良好、適度に湿った涼しい風、そして潮の香り。
それだけを頭の中に並べると、また目を閉じる。
……眠い
眠りを妨げる日光を遮るために頭巾を下げようと、左手を上げようとして、ふと気づく。
……両肩が、重い
半分だけ目を開いて、首から上だけを動かして、まず左を見る。
ラミさんが、寄りかかって寝ている。
次に、右を見る。
レニちゃんが、際どいバランスを保ちながら寄りかかって寝ている。
……重いわけだ。
しかも、レニちゃんのバランスを崩しそうで、溜息をつくことすら出来ない。
……も一回寝よ
ぼ〜っとしながら空を仰いで、何となく、昔ラミさんに聞かせた、私の町の子守り歌が、ついて出る。

“眠れ子よ 夜の帳はもう落ちた 夢の中へ降りてゆけ”
自分でギリギリ聞き取れるくらいの声で、ささやくように歌う。

“眠れ子よ 夢の中へ降りてゆけ 夜の闇を忘れるように”
重くなってきた瞼をそのまま閉じる

“眠れ子よ 夜の闇を忘れるように 夜の帳はもう落ちた”
歌い終わる頃には、もう意識は殆ど夢の中。
最後に、クロがピィと鳴いた気がした。






果実

「流しそうめんがしたい」
「は?」
なぜか、ラミさんは私の意図を察してくれなかったようだった。
私とラミさんがいるのは、モロクの泉の周りの日陰の一角。
日陰にいるのに、なぜか熱い。
まぁ、それはともかくとして、
「流しそうめんがしたい」
もう一度言ってみる。
なんとなく、もう一度言ったほうがいい気がした。
「なんで?」
こんどは、多少はまともな返事が返ってきた。
「熱いから」
「いやだからなんで?」
至極単純な答えを言ったつもりなのに、ラミさんは納得してくれない。
しかも、今度は即答だった。
「熱いから、納涼に流しソーメンを」
それに、砂漠の真っ只中で流しソーメンはなんとなく豪華そうだ。
「水は良いとして、めんつゆに素麺は?」
「作る」
「だれが作るの?」
「がんばって」
「私が!?」
ラミさんは身を乗り出しながら聞き返してくれた。
なんとなく、見開かれた目と光る犬歯が威嚇してるような気がしてならない。
威嚇されたら、攻撃されるのが鉄則だと何かで書いてあった気がする。
とりあえず、従う。
――ぺちっ
「なにするのかな?」
ラミさんは、かなり奇襲っぽい私の右ストレートを楽々防いでくれた。
あまつさえ、尋常でない握力で私の手を握りつぶそうとしてくれる。
「……痛い」
「…………」
半眼のラミさんは思い切り呆れ顔で私の手を握る手に力をこめてくれた。
助けを求めて見回した先で、クロは我関せずと露天の果実をつっついていた。
しかも、何故か私の財布を首にかけている。
…裏切り者……






洞窟

「…寒い」
海底洞窟に潜ること1時間。
私は既に凍死寸前だった。
「そんな恰好で入ってくれば、そうですよ〜」
「だね」
「うぅ…」
私だって、好きでこの恰好をしてるわけじゃない。
ハンターギルドの制服みたいなものだ。
「それに、鷹抱いてるだけマシでしょ?」
「鷹じゃなくて、クロ」
訂正しながら、少し抱きしめる力を強くする。
確かに、クロは暖かい。
クロがいなかったら、本当に凍死しているだろう。
だけど…
「…背中と足とわき腹が寒いんだよ」
抱きしめ、押し付けているお腹と両手は暖かいけど、それ以外の露出部分は、よく冷える。
それに、敵が来たら放さないとだから、あんまり意味がない。
クロが飛び立った瞬間、ひたすらに良く冷える。
「大体、私だってスリットから冷たい風が入ってきて、寒いんだし」
「……ストッキング履いてるだけ、マシ」
薄い布だが、それでもずいぶん違う。
「はいはい」
「あの〜 引き返せば良いんじゃ……」
レニちゃんが、もっともなことを言う。だけど、
「やだ」
せっかく4Fまで来たんだから、いっそ5Fまで連れてく。
「はぁぁ… リータって、変なところで強情だよねぇ」
ラミさんが、溜息混じりにつぶやく。
本人は、聞こえないようにしてるつもりだろうけど、私は聴力も結構良いほう。
「あ、敵が来ましたよ〜」
「うぅぅぅ……」
恨みがましいと、自分でも思える目つきでレニちゃんの指差すほうを見る。
「あらら…団体さん」
ラミさんが、気軽にいう。
…確かに、その拳であらゆる修羅場をかいくぐり、『超兄貴も裸足で逃げる』と噂される ――まぁ私が流したんだけど――ラミさんにしてみれば、丁度いい運動だろう。
「…リータ、なんか非常に失礼なこと考えてない?」
「考えた」
そう答えて、私はクロを放した。
絶対殺すと誓いながら、弓に矢を番える
うぅ…寒い……






釣り

――ヒュンッ
ゲフェンの西を流れる河の岸で、私の降った細長い竹の棒が風きり音を立てた。
竹の棒の先端には糸が、糸の端には重りと浮きと釣り針が結んである。
暇つぶしに作ってみた試作一号、通称『テトロドトキシン君』。
解体も出来る優れもの。作成所要時間は5時間。
…自分でもあほだなぁと思ったり。
「ピィ」
クロの泣き声に反応して浮きのほうを見ると、ちびちびと上下している。
ほんの少しだけ引っ張ると、かすかに手ごたえがある。
「せいやっ!」
力任せに振りかぶるようにして吊り上げる。
一秒ほどしてから、空高く舞った魚が落ちてきた。
クロは、それを器用に咥えて見せた。
「…稚魚だね、戻してあげよ」
クロから魚を受け取って、口に刺さっている釣り針を抜く。
そして、ぽいっと池に投げ込む。
「さって……」
釣り竿は脇において、餌を付け直す。
餌は、本来はミミズがいいんだろうけど、調達できなかったので小麦粉に少量の水を混ぜたもの。
「〜〜♪」
鼻歌を歌いながら、また振りかぶって振り下ろす。
…今回は結構遠くに行った。
それを見届けてから、釣竿を石で固定して、仰向けにごろんと寝転んだ。
真っ青な空と真っ白い雲が一枚の絵画のように止まっていた。
「ん〜…平和だねぇ」
「ピィ」
私のつぶやきに、クロが鳴いて答えてくれた。








――ペラッ
本をめくる音が、部屋に少しの間響いた。
それが終われば、あとは外を通り過ぎる風の音が時々聞こえるだけになる。
場所はゲフェンの塔の最上階。
そこで私は、のんびり本を読んでいる。
ハンターの私が読んでもまったく意味は無いんだけど、趣味のようなものだ。
少し斜めに傾いだ太陽と、満足感に浸っているお腹が程よく眠気を誘う、そんな時間。
そんな時間なだけに、私以外に人影はない。
(まぁ、もともと入ってくる人は少ないんだろうけど……)
そんなことを思いながら、またページをペラリとめくる。
よくわからない図形と、その横にまったく読めない文字列。そして隣のページにそれの解説。
……完璧に意味不明だった。特に図形
でも、なんとなく読み進める。
こういうところから、語彙を増やすのも悪くない。
そして、増えた語彙を織り交ぜてラミさんやレニちゃんをからかおう。
ささやかな野望を胸に抱きながら、本を読み進める。
クロは暇そうに、私の太もも――私が乗せた――の上で、器用な体勢で寝ていた。






森の中

――トスッ
軽い音を立てて、炎をまとった矢が、オークの右胸に突き刺さった。
オークは、怒りか、それとも痛みかはわからないけど、とにかく雄たけびをあげながら、手斧を振りかぶり、振り下ろした。
それを、軽くバックステップを踏んで避けながら、こしの後ろに手を伸ばす。
矢筒から矢を一本取り出して、弓につがえて、観察する。
オークは、既に満身創痍といえる状態だった。
右ひじ、鳩尾付近、左肩、左ひざ、そして、右胸。関節ないしは重要部分を確実に射抜いているはずだ。だけど、オークはまだ元気そうに動いている。
「ちっちっちっちっ……」
小さく舌打ちしながら、リズムを取る。
そのリズムに乗って、ステップを踏む。
特に意味の無い、癖。
再び振り上げられた斧を、今度は後ろに飛ぶと見せかけて右に飛ぶ。
簡単に引っかかったオークは、見当違いの方向に突進していく。
それを、振り返りざまに矢を放つ。
矢は、オークの首の真ん中を貫いた。


「……ん〜特に何も持ってないか」
私は、オークの服やらなんやらをあさり終えてから、思い切り残念そうな声で行った。
と、背中のほうから殺気。
反射的に前に飛び込み前転する。だけど、ちょっと遅かった。
左足首から下の感覚が、一気に無くなる。
それに一瞬だけ送れて、激痛が脳に届く。
「ぐぅっ…!」
声を何とか抑えて、地面に倒れながら矢を弓につがえて、オークに狙いを定める。つがえた矢は、二本。
私の使えるスキルの中では最高威力のダブル・ストレイピング。
至近距離で撃った矢は、二匹目のオークの頭を、ヘルムごと射抜いた。
即死…だろう。
「あぶないっての…」
毒づきながら、左足を見る。
「うぁ…」
本気で、見なきゃ良かった…
潰れてボコボコになった斧で抉られたのだから、かなり酷いだろうとは思ったけど、想像以上に酷い。
もともと無い肉がなくなり、骨もちょっと削れている。
筋は、運良く平気だったから、まぁマシか。
消毒液……なし
赤ポ……なし
包帯……代用で使えそうなのが替えの服だけ。
「……………」
替えの服の袖を切り裂いて、傷口…まぁどこが傷口だかわからないけど、とにかく傷口を隠すようにまきつける。
もう片袖も切り裂いて、左足の付け根を強く縛っておく。
とりあえず、弓を杖代わりに立ち上がる。途中、いい感じの木の枝があったら、そっちに替えよう。
「くぅ……」
なんかもう、嫌になるくらいの痛みを何とか堪えて、歩き始める。
さて、街まで数キロだ。
……ちょっと本気で泣けた。






クッキー

「ん〜…少し甘い、か」
 今日は、三人で修道院の西の、崖の前にピクニックにきていた。
 ふと思い立って作ってきたクッキーを、一つ食べるなりそう言ったのはラミさんだ。
「私はこれくらいが好きですけど〜」
 幸せ一杯と言った感じのレニちゃんの言葉に満足しながら、ラミさんに向き直って、
「…ラミさん、文句言うくらいなら食べなくていいよ?」
 薄く笑いかけながらそう言った。
 ラミさんはビクリと身をすくませてから、白々しい声で
「い、いや、ホント美味しいよね、この甘さ加減とかが特に」
「リ、リータさん?殺気…殺気が……」
「ん?どうかした?レニちゃん」
 ラミさんに向けた笑顔と同じ表情でレニちゃんに向き直る。
「え〜とぉ…あの…なんでもなです」
「ん、レニちゃんは良い子だねぇ。
 ご褒美に頭を撫でてあげよう」
「いや…あの…私の方が年上なのにぃ…」
 レニちゃんの言葉は無視して艶やかな金髪を撫でる。
 さらさらした手触りが心地よい。
「リータ、私には?」
「最年長者が何を言いますか?」
「うぅ…」
 凹んだラミさんの頭をポフポフと軽く叩くように撫でてから、クッキーを一つ摘む。
 やわらかい日差しと薄く潮の香りを含んだ風が心地よい。
「…今度は、甘いのと苦めなの、両方作ろうか」
 口の中で呟きながら、海と空の間を飛んでいるクロを目で追いかけた。






パレット

真っ白な紙に、鉛筆で線が引かれていく。
線は曲線を作り先に引かれていた線と交わり形を作る。
「…レニちゃん、ラミさん。動かないで」
「むぅ…」
「はい〜」
そんな感じで、私とラミさん、レニちゃんは修道院に来ていた。
新ギルド、『パレット』の結成祝い。
といっても、ベンチに座った二人を私がスケッチしているだけだけど。
正直、私はそんなに絵の才能は無い。
というか、皆無に近いと思う。
何で書いているのか、自分でもわかっていない。
ただ、なんとなく書きたいと思っただけ。
「動かないで」
また動いたラミさんを、殺気すら込めた半眼で睨む。
「リータが怖い…」
「あははは」
失礼なことを言ってるのは、とりあえず無視。
「…順調に行って後40分。それまでは我慢して」
それだけ言って、私は作業に没頭した。
クロが、ベンチの背もたれに留まって首を傾げて動かなくなった二人を見ていた。






縁側

「ふぅ〜…」
「まったりですね〜」
私は、午後ののんびりした日差しに目を細めながら、大きく息をついた。
フェイヨンの、とある家の縁側で、私とレニちゃんはお茶を飲んでいた。
ラミさんは、さっきまで起きていたけど今は私の太ももの上に頭を乗せて寝ている。
久しぶりに歩いたといっていたし、まぁいいかと思ったり。
もう一口、お茶をすする。
「ラミさん、可愛いですね〜♪」
「ん……?」
お茶を飲むために少しだけ上げていた顔を下に向ける。
無邪気な、言い方を変えるなら無防備な、さらに変えるなら何も考えていないように見えるラミさんの寝顔。
時折口を動かして何か言っているが、よくわからない。
……まぁ、可愛いと思える。
「思わずなでたくなるね」
「そうですよね〜」
「あと、思わずお茶かけたくなるね」
「それはちょっと〜」
レニちゃんが、困った顔ような笑顔でやんわりと否定してくれた。
「ふぁ…ふ……」
あくびをかみ殺しながら、湯飲みを持ち上げる。
また、こういう日があっても良いなと、素直に思った。






紫煙

――シュッ
マッチを擦って火をつけて、その小さな火が消える前に、私はタバコに移し火した。
本当は、タバコを吸う趣味は無い。
でも、今は吸っていたかった。
アルベルタの屋根の上にごろりと寝転がりながら、私は目を閉じて深呼吸した。
慣れない、煙が肺を満たす感触。それを感じながら、今度は吐き出す。
「…なに、してるんだろね」
薄目をあけて、薄い水色の空を見つめる。
空は何も語らない、何も答えない、何もしない。
ただ、そこに横たわりあるだけ。
「…………ふぅ…」
ため息と一緒に、煙を吐き出しながら目を閉じる。
いろいろなことが、頭の中を回り始める。
親友のこと、友人のこと、自分のこと、それらがすべてグルグルと回り続ける。
それは、決して心地よくは無かった。でも、不快でもなかった。
自分を包む環境を見つめて、それを認識して、受け止めていく。
そういう作業。
あの二人は、かけがえの無い親友だと思う。
その親友が欠けることを、本当に恐ろしいと思う。
ありえない…そう信じたいが、どこかで信じきれない。
もし、あの二人を拒絶したらどうなるのだろう…
判らない、判らない…






日常

空を歩く雲は、地上を歩こうと思ったりするのだろうか?
私が空を歩きたいと思うように。
広大な大地、広大な空。
限りある大地、限りある空。
全てを育む場所の大地、全てを育む元を注ぐ空。
この二つの世界を行き交うのは、空を駆ける力を持つもの達だけ。
そして、この二つは片方だけでは存在しえない。
両極にあるからこそ存在しえるもの。
例えるならば、光と闇。善と悪。聖と魔。幸福と不幸。
それらは、比べるものが無ければ判らない。
同じように、大地と空も比べなければわからないのだろう。
片方だけが存在しても、どうしようもない。
空が無ければ、どこまでも上に落ちていくだろう。
地が無ければ、どこまでも下に落ちていくだろう。
ただ、それだけの違いでしかない。

「……ふぅ」
プロンテラの図書館から借りた本から目を離して、一息つく。
「あ〜…目が痛い」
痛む目をこすりながら空を見上げると、空は紅色に染まりかけていた。
どうも、私は一つのことに集中すると、完全に周りが見えなくなる性質らしい。
本にしおりをはさんで閉じながら、自問する。
「ん〜…今日は何を作ろうかねぇ?」
適当に色々と夕食の献立を考えながら、立ち上がる。
「…生サラダにパンプキンスープにから揚げにパンで良いか」
どうせ、ラミさんにレニちゃんもやってくるだろうから、多めに作って。
余ったら、明日にでも回そう。
「…これも、幸せっていうのかねぇ?」
クロの喉元を、指の背で撫でながら、聞いてみる。
クロは、心地よさ気に目を閉じてるだけで、答えはしなかった。






日記

かすむ視界、遠い音。
アルコールの臭い、鉄の味。
遠い遠い、外の世界。
切り離された、私の部屋。
床には、瓶が大量に転がっている。
そんなにお酒に強くない私には、致死とも取れる量のお酒の瓶。
致死でも、なんでもよかった。
自分を壊したいんだから。
レニちゃんとラミさんは、遠くに出かけている
クロも、今日は自由行動中だ。
だから、一人残った私は、このままずぶずぶと、沈んで行こう。
深く深く、永久の闇の世界へ。
高く高く、永久の光の世界へ。
もう何も見ないで済む、虚無の世界へ。
もう何も考えないで済む、虚無の世界へ。
そして、壊れた私という瓦礫の中から、新しい私が生まれてくる。
それを見ることなく、前の私という城塞は、瓦礫の廃墟に変わっていった。
それじゃあ、それを見ている私は誰?
今の私は…だれ?

記入日 1月1日


そっと、漆黒の表紙の日記帳を閉じる。
何とかギリギリ読める、汚い字でつづられた文。
『見なきゃ良かった』正直にそう思う。
些細な好奇心の代償は、途方も無い罪悪感。
暗い暗い、混沌としたことが、時折混ざるこの日記帳。
それを読んで、リータの中に無遠慮に踏み込んでしまった気がして。
私は、ゾッとした。






夜の・・・

 「はぅ…く……むぅ……」
 私の居る、宿屋の一室で、うめくような声が上がっていた。
 小さい棒を、小さい穴の中にいれて、擦るようにして動かす。
 とても敏感なその穴を、傷つけないようにそっと…
 それは、とても集中力の要る作業だった。
「あぅ…はう…っ」
 小さくうめくような声をあげるのは、レニちゃん。
 私が穴の中を擦りあげるたびにうめいている。
「はぅっ…あぁぁぁ……リータさぁん…」
 レ二ちゃんのどこか艶っぽさを含んだ声は無視して、私は穴の中を擦る作業に専念する。
「レニちゃん、気持ちよくないの?」
 ラミさんの質問に、レニちゃんは震える声で、
「気持ち良いです…けどぉ……」
「レニちゃん、動いちゃダメだよ」
「は、いぃ……」
 素直に、頭は動かさずに声で肯定したから、また没頭する。


 …沈黙すること数分。
「ん、終わり」
「はぅぅ〜〜……」
 レニちゃんが、疲れた様子で私の膝の上から頭をどけた。
「あぅ〜…耳がスース―します」
「チリと見間違うようなのまでこそぎ取ったからね」
 たぶん、ひたすらに爽やかなんだろう笑顔で、額に浮かんでもいない汗をぬぐう。
「さて、次はラミさんか」
「…鼓膜破らないでね?」
「さぁ?」
「しないって言ってよ!」
「ささ、早く寝なさい」
「むぅ…」
 ぽんぽんと、膝を叩いてみせると、ラミさんはどこか嬉しそうに私の膝に頭を乗せて、ぐりぐりと頭を動かす。
「動いたら鼓膜刺すんで、よろしゅう」
 ボソッと言った一言でぴたっと動きを止めるラミさん。
「ん、賢明賢明」
「うぅ…最近リータに勝てない…」
「はいはい」
 ラミさんの、涙の混じった言葉を適当に流しながら、私はまた長い長い戦いに突入した。






風邪の日

 日の短くなり始めた頃、私はベッドの上で死にかけていた。
「喉が頭が鼻がお腹がとても痛い食欲はないし体温は高いし咳きは出る
本格的に風邪だこれも全てこの制服が悪いんだ何でわざわざあんな薄着にするんだ
せめてマントくらい羽織らせろっての…
ていうか何で私ハンターになったんだろ誰でもいいから教えてよぉねぇねぇねぇ…
って、そう言えば姉さんもハンターやってたけど風邪ひいたりするのかなあぁ
でも姉さんのことだしひかないんだろうなってそうではなくて…」
 朦朧とした意識の中でも、愚痴ってるらしい私に乾杯。
 余計な体力使って重体になってくんだろうなぁ楽しみだ。って楽しみっていっても自分なんだよね。
あぁ、楽しみにしちゃだめなんだから不楽しみだ。
 思考回路がバーサクだったかバーストしかけてる時に、レニちゃん&ラミさん登場。
「リータさ〜ん、生きてますか〜?」
「…うわっ、目に光が入ってないし!てか瞳孔動いてないし!」
「わぁ〜〜!リータさん!死んじゃダメです!」
 なんか騒いでる気がする。そう言えば風邪って喉の粘膜に張り付いたウィルスが原因なんだってねぇ。
あ、なんか風邪ってうつせば治るとか言う迷信聞いたことあったなぁ…
 よし、うつそう。
 とりあえず、目の前にあるラミさんからだぁ
「んむぐぅっ!?」
 案外力が入った腕でラミさんの頭を抱きかかえるようにして引き寄せて、その口に自分の口を重ねる。
なんか、変な悲鳴が聞こえた気がしたけど、無視。きっかり5秒後に口を離す。
息と一緒に行ったらしいなんか唾液?が垂れるけどまぁいいや。で、首を回す。効果音をつけるなら、『ギギィ…』?
 レニちゃんは、ドアのところで顔を真っ赤にして立っていた。視線が合った瞬間、ビクッと震えた。
 固まってるラミさんをほっといて、ベッドから起き上がる。
体のそこら辺が痛いけど、何故か妙に軽やかに感じる。あぁ、何も着てないからか。
寝てたら熱くて仕方が無くて汗も大量に出て拭くたびに服着るのがめんどくさくなって着るの止めたんだっけ…
「いやあのそのえっとなんていうかそのあぅ〜…」
 ゴニョゴニョと何かを言ってるレニちゃんに、秒速一歩くらいの速度で近づいて、少し屈むようにして、顔の高さをあわせて微笑む。
「あ、あはははは〜」
 吊られたのか、引きつった笑い声を上げるレ二ちゃんの口に、自分の口を重ねようとした瞬間。
「ちょっと待った〜〜〜!」
 ラミさん?の雄叫び?と殆んど同時。
正確には1/5瞬ほど遅れてどこに当たったのかもわからない衝撃をくらって、私は深い深い夢の中に落ちた。






風邪の後

「るる〜♪ る〜るるる〜♪」
―シャリシャリシャリシャリ
 鼻歌交じりにリンゴの皮を剥く。
 なんか知らないけど妙に慣れてしまった気がする。
 昔は良くこうやって剥こうとして指を切ったものだっけ…
 懐かしいなぁ…
 なんかもう別のことを考えてても腕が勝手に皮剥いてるんだもんなぁ…
 慣れって恐ろしいなぁ…
「…と」
 綺麗に剥きあがったリンゴを8等分して、種の部分を大雑把に切り取って、ベッドで寝込んでいるラミさんの顔を覗き込んで、聞く。
「擦りリンゴの方がいい?」
「お願い…」
 風邪を引いたとき特有の、熱を多く含んだ掠れた声。
「ん」
 それに短く答えながら切ったリンゴを平皿の上に放置して、おろし金を取りに行く。
 おろし金は、すぐ近くにかかっていた。
 ついでに、ちょっと深めのお皿とスプーンも手にとる。
「るるるる〜♪ るる〜♪」
 鼻歌交じりにベッドの方に向直ってみると、いつの間に入ってきていたのかレニちゃんが、
剥いてあったリンゴを一切れ摘んだところだった。
「あ、あははは〜」
 誤魔化すような笑い声を上げるレニちゃんに、思わず苦笑が浮かぶ。
「ラミさんが食べる分は残しといてね」
「はい〜」
 頷いてリンゴをほおばって、頬を緩ませるレニちゃんに再び苦笑が浮かぶ。
「さて…」
 深皿を足の上において、おろし金の下端を深皿の底につけて、斜めにしてリンゴを滑らせる。
 シャリシャリと小気味の良い音を立てて、切られたリンゴがどんどん小さくなっていく。
 爪くらいの大きさになったところで止めて、欠片を自分の口に、
いつのまにか5切れになってるリンゴに首をひねりつつ、同じ作業を4回ほど繰り返す。
「ん、できたよ」
「ん」
 掠れた声で返事をして、起き上がろうとするラミさんを手伝う。
 一緒に持ってきたスプーンで摩り下ろしたリンゴを掬って、こぼれないように下に手を添えながらラミさんの口元に持って行く。
「はい、口あけて〜」
「いや、それくらいは自分で…」
「あ〜ん」
 ラミさんの言葉は無視。
「だから…」
「あ〜ん」
「あの……」
「あ〜ん」
「……あ〜ん」
 結局折れたラミさんの口に、そっとスプーンを入れる。
「ん、美味しい?」
「…うん」
 なんか、ラミさんが妙にしおらしい。
「お水替えてきますね〜」
「ん、お願い。はい、あ〜ん」
「あ〜ん」
 今日は一日、ラミさんの看病で終わりそうだった。







雪の中

「ラミさ〜〜〜ん!レニちゃ〜〜〜ん!」
 白い白い平原の中で、私は力の限りそう叫び、仰向けに倒れた。
 今も降り積もる純白の結晶は、何事も無いかのように積もっていく。
 私の今居る場所は、ルティエの南、雪の降り積もる銀世界の真っ只中だ。
 サンタに話し掛けたとたんに飛ばされて、ふと気付けば回りには私一人のこの状況。
 クロに二人を捜すよう頼んで、私も適当な方向に歩き続けては見たものの、どこへ行けども雪雪雪で見つかる気配は微塵も無い。
「うぅ…死ぬかも……」
 叫んだせいで酸欠になりかけたのか、意識がかなり遠のいたが、何とか気絶しないですんだけど。 
ふと思う、それはむしろ不幸なのかもしれない。
 気絶すれば、何にも感じることなく終わったのに…
 そう思ったら、もうどうでも良くなった。
「あぁ…さようなら…」
 今は、この眠気に身を任せて寝ます…
 もし私を発見した不幸な第一人者さん…拾ってあげてください…
「おやすみ…」
 むちゃくちゃ簡単に訪れた睡魔に身を任せて、私は考えるのを諦めた。
「んん…?」
 少しだけひんやりとして、適度に湿度の在る空気に、違和感を覚えた。
 目をあければ、レンガを積み重ねて造られた天井。
 こんな天井を持つ街を、私はまだ一つしか知らない。
「…モロク?」
「あ、起きた?」
 首から上をぐるりと回すと、ラミさんが椅子に座って、私秘蔵の医学書を熱心に読んでいた。
 それを入れておいたはずのポーチは、口をあけて机の上に鎮座していた。
 …人の荷物をあさるのは酷いと思う。
「…ラミさん?」
「良かった〜…リータってば雪の中で半分以上埋もれて倒れてるんだから、もう死んだかと思ったよ。
急いでポタでこっちに飛んでみたけど、意識戻らないし凄く焦ったよ」
「…私、どれくらい寝てたの?」
「ん〜と…ざっと2日。レニちゃんもさっきまでいたんだけど、今は隣の部屋で仮眠取ってるよ」
「そっか…あとでお礼いっとかないと…」
「クロにも、ちゃんとお礼言ってね。クロが居なきゃ、見つからなかったんだから」
 そういって、窓枠のほうを指差すラミさん。
 その指差す先にはクロが留まっていた。
「ぴぃっ」
 一声泣いて、私のお腹の上で丸まるクロ。
 それは、鷹と言うよりも猫みたいだった。
「ありがと、クロ」
 呟きながらクロの頭をそっと撫でる。
 やっぱり猫のように、ピィと鳴く。
「…飼い主に良く似るとは言うけど……」
 呆れたようなラミさんの声は無視しておく。
「それじゃ、また寝るね」
 そういって、目を閉じる。
 体力が全然戻っていないからか、すぐに眠気はやってきた。
「ん、おやすみ」
 ラミさんの、優しさのこもった声を殆んど意識の外で聞きながら、私は心地よい眠りについた。







訓練中

「えいえいっ!」
「ヒール!」
 洞窟特有の、湿った空気をレ二ちゃんの精一杯なんだろう気迫のこもった声と、ラミさんの呪文を唱える声が震わせる。
 私たちがいる場所は、フェイヨンダンジョンの三階だ。
 修行してきたらしいレニちゃんの、腕試しとしてやってきた。
 多少辛そうではあるけど、それなりにやっていけるみたいだ。
 …まぁ、睨む目を装備してスパルタ教師的格好になっているラミさんのせいというのも有るだろうけど。なんか攻撃を受けるたびに、裏でこっそり減点とかしてそうだ。
「ねむ…」
 だけど、私は適当にそこら辺に座って、二人をぼんやり見ているだけ。
 私の攻撃だと援護にならないから、こうするしかない。
「えいえいえいえいっ!」
「ブレッシング!」
 あぁ…欠伸が…
「えいえいえいえ…わ〜〜っ!」
「しゃぁっ!」
 レ二ちゃんの悲鳴が聞こえた瞬間に、傍から見たらまるでトカゲかなんかなんだろうなと思える唐突さで、弓を番えて普段絶対に見開かない目を全開まで開いて、獲物の位置を認識する。
「砕けろ!ダブルストレイフィング!」
 どことなく、いつもより速い速度に感じられる2本の矢。
「…んな必殺技っぽく叫ばなくても良いじゃん……」
「それもそだね、ほい、ダブルストレイフィング〜っと」
 その1秒後に再び放たれた2本の、合計四本の矢は、レ二ちゃんの数センチ脇を通過して、その先にいた二人のムナックの、頭と胸をそれぞれ貫いた。
「よしっ!」
「よしじゃない!」
 ラミさんの声が聞こえた瞬間に、視界がずれる。
「あぅ…」
 後頭部から、なんか生暖かいものが流れていく感触…
 あ、なんかもの凄く意識が軽い。
「あぁ!リータさん!?」
 レニちゃんの悲鳴で何とか意識を引きずり戻す。
「らぁっ!」
 無意味に気合を吐き出して、地面に倒れ込む前に手をついて、腕立て伏せの要領で横に跳ねるように転がる。
 丁度、視界が真横に行ったところで、
 フライパンが地面に叩きつけられるのが見えた。
「ちっ!」
 そのまま2回転がって、立ち上がって、フライパンを持つ生物を見て、眉根を寄せる。
「目玉焼きってアッチから攻撃してこないはずなのに…?」
 フライパンを持ち上げた主…どうみても目玉焼きにしか見えない生物、白蓮玉。通称は目玉焼き。
 よく見ると、目玉焼きの一部が突かれたかのように抉れていた。
 そこから導き出される答えは…
「クロ〜〜〜〜!!」
 思わず…戦闘中に余所見をするのは命取りだと判っていつつも、前にクロがいたはずの場所に視線を飛ばす。
 クロは、そこで白い物を踏んで固定して、くちばしで引きちぎっているところだった。
 それを見て、頭を抱えようとした瞬間に、また襲い掛かってきた目玉焼きのフライパン攻撃を避けて回る。
「ん、丁度いいね、レニちゃん」
「そうですね、ラミさん」
「何がさ!?」
 なんか二人だけで納得してるレニちゃんとラミさんに問い掛ける。
「えっと、私が倒すまで攻撃しちゃダメですからね〜」
 ちょっとはにかんだ笑顔がとっても可愛いけど、言ってることは結構酷なんですけどレニちゃ〜〜ん!
「私避けるの苦手なんですけど!?」
「気合で避けて」
「なぁ〜〜〜っ!」
 ラミさんの酷い一言に、私は悲鳴をあげた。


 結局――
 私が5回ほどフライパンで叩かれた頃に、ようやくレニちゃんが倒してくれた。
 今度はもっと安全なところに行きたいと本気で思います。
 安全でそれなりに強いモンスターが出るところって、どこだろう……








 夢を見た。
 とても、のどかな夢を。
 毎日、ただ畑を耕して、いつどれを収穫するかを考えて、思うままに詩を詠う。その詩を聞くのは、遠い空と、踏みしめる土。そして見えぬ大気と育てる作物。
 そんな夢を見た。
 それも、とても良いように思えた。毎日狩りに出かけて、せわしく動くのよりも、私の性には合ってるのかもしれない。
 でも、それが夢だと、私は知ってる。
 かなわない夢だということを、私は知っていた。
 遠い見果てぬ空を飛ぶことを夢見るように、私は畑を耕し静かに暮らすことを夢見たのか。
 思わず頬が緩む。
 騒がしいよりも、静かなほうが。忙しいよりも、平和なほうが。激動よりも、穏やかなほうが、私は好きだ。きっと、本質はそうなのだろう。
 今度、二人に言ってみよう。
 ひっそりとした場所へ、平和な場所へ。そんなところを求めて、私は旅に出る、と。
 この世界に、そんな場所が有るのか、誰も知らない。まだまだ見知らぬ土地が切り開かれる、最中なのだから。ただ、そんな場所を目指して旅するのも、悪くない。そう思えるから。
 だから、私は旅に出よう。
 いつか見果てぬ、穏やかで平和で、静かな場所を目指して。






風凪(かざなぎ)

 そっと、風が凪いだ。
 草葉が、かすかに動く程度の風すらも。
 それを、木の枝の上に寝転びながら、気付いた。
 適度に涼しく、どこか温かい風。
 こんな風が、好きだった。
 スッと胸が軽くなって、それなのに眼は自然に閉じる。
 そんな気持ちにさせる、風。
 その風が途切れたことを残念に思う、子供のような自分を見つけて、笑みが滲み出す。ゆっくりと、布に水が染み行くように、ゆっくりと。
 それは、微笑むところで止まった。
 遠くから私を捜す人の声が、二つ聞こえた。
 だけど、もうしばらく、こうしていよう。
 三人でいるのが、嫌いなわけは無い。
 でも、今はこうしていたい。
 だから、後で二人に謝りながら帰路について、そして家に着いたら罰として夕飯を作らされて…。そう言った、とてもありふれたことを、とても平凡なことを、繰り返そう。
 いつか別れるこの出会い。 それが遠い日なのか、近い日なのか…それは判らない。
 でも、今は一緒にいよう。
 いつか別れる、その日まで。





即興歌

 冬の日の真夜中の 月の光が差し込む部屋で
 私は目を覚まして 隣で寝てる貴方を見た


 修道院の外れで、そっと声を響かせる。
 誰も驚かせないように小さな声で。
 伴奏も何もない、アカペラで…


 月の光に照らされた 貴方のとても白い顔が見えました
 あまりにも白くて とてもとても白すぎて


 いろいろなことを思い出す。
 昔のこと、今のこと…自分でも覚えてるのが不思議なくらいの思い出を。
 思い出しながら、歌う。


 私は怖くなった 貴方がいなくなることが
 ずっと一緒にいられると思ってた 何の根拠もないけれど


 あの二人と、この歌のようにずっと一緒にいられるのだろうか…


 自信を持って思ってた 二人別れることはないと
 だけど今 貴方がいなくなることを考えてゾッとした
 そしてそう思うことに安心したの 貴方を大事に思うから


 少し、目を閉じる。
 思い出…思い出せばいつでも褪せることなく蘇る。
 辛いことや悲しいこと…楽しいこと。全てが褪せることなく、思い出の中にある。


 夏の日の真昼間の 日の光に溢れる部屋で
 貴方はふっと目を細めて 隣に座ってる私に微笑みをくれた


 思い出は、時によっては心を穿つ。
 それでも、何でずっと覚えてるんだろう…
 何で、ずっと色褪せないんだろう…


 日の光に照らされた 貴方の笑顔がとても安らかで
 あまりにも優しくて 私は思わず涙をこぼしたよ


 頬を、何かが伝う感触がした。
 慣れた感触だった。
 泣くのには、慣れていたから。


 貴方はこう言ったよね ずっと笑って過ごそうね
 だけど今はそれを守れない 溢れる涙を抑えられないから


 幸せすぎる今。
 辛すぎた過去。
 未来は、どんな色に染まるのだろう。


 にじむ目とこぼれる涙を 震える指で拭い去って
 私は笑顔で返してみたよ 精一杯の笑顔で
 照れくさそうにしてる貴方に そっと抱きついた


 未来は、辛すぎるものかもしれない。
 逆に、幸せすぎるものかもしれない。
 そして、未来に二人と別れることになったら、ただ一言だけを伝えたい。


 微笑む貴方にキスをして囁く 感謝の言葉
 ありがとう ありがとう


 ありがとうと、一言だけを。


「んで、そこで二人は何をしてるのかな?」
 歌が終わってしばらくしてから、私はベンチに座ったまま、肩越しに振り向いて言った。
「あ、ばれてた?」
「ばれてましたか〜」
 柱の影から、ラミさんとレニちゃんがひょこっと顔を覗かせた。
「ばれないと思ってたようには思わないけど?」
 呆れ顔で言うと、二人は感情がどことなくくから回りしているように思える笑い声を上げて、聞いてきた。
「ところで、さっきの歌ってどこで知ったの?
 知らない歌だったけど」
「私も知りませんでした〜」
「……私の即興だから、知らなくて当然だと思うけど」
「えぇっ!?」
「嘘だっ!」
「……はぁ」
 ため息をつきながら空を見上げる。
 柱の上にとまっていたクロが、同情したような色を目に浮かべていた。





過ぎ去るは夢

「リータ、寝てないで、紅茶いれなさい」
 遠くから聞こえた声で、目を覚ました。
 寝ぼけ眼で、首をめぐらすと、黒い髪を短く切った、同じくらいの年頃の女の子が、ソファーに座っていた。
「お姉ちゃん」
「ん?」
「夢、見たの」
 ぼ〜っと、夢の中に半分くらいまだいる状態で、話を続ける。
「私、鷹を連れてたの。それで、仲の良い人と暮らしてるの。でも、なんだか寂しくって、でも、泣けなくて…寂しいはずなんて、ないのに……」
 最後は、少し涙声になっていた。
 自分でも、気付かないうちに…
「大丈夫」
 お姉ちゃんが、珍しく優しい表情で言った。普段は、とても不機嫌そうな顔をしているのに。
「離れても、絶対に会える」
「うん…」
「もし寂しくなっても、そう思えば平気。絶対に会える。そう思ってれば」
 なんでだろう、声が、遠く聞こえた。
「また、会えるから」
 遠く、遠くに…聞こえた……


 目を開くと、見慣れすぎた天井があった。
 そして、部屋に漂う色々な匂い。微妙に人をリラックスさせるようでその実神経を逆なでする匂い。
 夢見たのは、昔の事だった。
 もう、10年以上も前の事。
 何もやる気がおきず、そのまま寝転んだままで、天井を見上げ続ける。
 胸に浮かんだ言葉は、全て胸の穴に消えていった。
 そのせいなのか、喉を動かすことすら出来なかった。
「あ、気付きましたか〜?」
「…………」
 視線を、横にずらす。
 ベッドの脇に、レニちゃんが座っているのは、最初から知っていた。今は、覗き込むようにして私の顔を見ている。
「なんか、色々呟いてましたけど〜」
 出る言葉は、何もないと思っていたけど、間違いだったようだ。
 あっさりと、喉は動いて、言葉をつむいだ。
「レニちゃんだったらさ」
「はい?」
「過去をやり直せるとしたら、どうする?」
「そうですね〜…」
 すこし視線を彷徨わせてから、あっさりと答えてくれた。
「この前買ったお菓子なんですけど、それを買いなおしたいです〜」
「…お菓子?」
「苦くて辛くて酸っぱいんですよ〜」
「…とても独創的だね」
 思わず、苦笑が浮かぶ。
 この回答は、予想になかった。
「リータさんだったら、どうしますか〜?」
「そうだね…」
 心の中に、色々と思い浮かぶ、景色と人々の顔。
 それらを、心の中で見渡してから、呟くように答える。
「私は、色々とやってきたからさ。どこからであろうとやり直したら、そこから先の出来事は、全部無くしちゃうんだよね。だから、消さないかな」
「そうですか〜」
 レニちゃんは、にっこりと微笑んで、立ち上がった。
「それじゃ、ゆっくりしてくださいね〜」
「ん……」
 頷こうとして、気付く。私は何でベッドの上に寝ているのだろう?たしか私はモップをもって……
「そういえば掃除!」
 ガバッと布団を跳ね飛ばして上半身を勢いよく起こして、頭から血が落ちていく感覚とともに、前のめりに倒れる。
「動いちゃダメですよ〜。貧血で半日くらい寝てたんですから〜」
 言いながら、レニちゃんが体を仰向けに直してくれた。
「え、マジですか?」
「はい、マジですよ〜 だから、ゆっくり寝ててくださいね〜」 
 レニちゃんは、にっこり笑顔で、
「誰も、どこにも行きませんから〜」
 そう言った。







騒がしい朝

「さて、人生とは何だろうねぇ?
 人の足跡、たどる道。曲がりくねった真直ぐな道。時には自ら道をそれて、前人未到の道を歩く。それが人生?いやいや、それは違うんだろうね。どこをどういっても、それは前人未到なんだから。そもそも道なんてのは無くて、指標も無くて、案内人すらいない広野。そこの中を彷徨うのが人生なんじゃないかな?」
「朝からなに言ってるの?」
 ラミさんの反応は、淡白だった。
「絶望的なことを徒然と」
「……」
 半眼で睨まれる。が、寝癖でそこら中が爆発しているので怖さはあまり無い…わけでなく、なんとなく山姥と形容するのが一番なんじゃないかと思ったりもする。
「まぁ、そんな些細なことは気にしないほうが身のためだよ」
「…そーだね、リータの言うことをいちいち気にしてたら疲れるしね」
 ひたすらにひどいことを言ってくれた気がする。まぁ、そんなのはいつものことだから、別段気にしないけど。
「んじゃ、ピクニック行こうか」
「脈絡が全くないし」
「だから気にしちゃダメだって」
「気にするよ」
「気にするで思い出したけど、そろそろジャムが尽きそうなんだけど、どうしよう」
「いや知らないし。って言うかジャムあったんだ」
「ラミさんお気に入りのポポリンジャムが…」
「食べないし。っていうかあれジャムになるんだ」
「好き嫌いはドロボウの始まりだよ」
「絶対に違う」
「絶対ということは過去においてしか使用することが出来ないものである。何が起こるのかわからないのがこの世界であるから完全、または完璧という言葉は使ってはいけないんだよ」
「何でいきなり哲学になるんさ?」
「そういうわけでおやすみ」
「訳わかんないししかも何で私のベッドで寝るの?」
「冗談だったり冗談じゃなかったりするから世の中はめんどうだよね」
「リータが一番面倒だよ」
「それは…遠まわしな告白?」
「遠まわしすぎるって。ていうかどこをどう解釈したら告白になるの?」
「まぁ、そういうわけで、おはよう」
「……はぁ」
 頭を抱えて、ため息を吐かれた。
「疲れてるんだったら、ゆっくり寝たほうがいいよ?」
「…邪魔したのは誰だと思う?」
「気にしない」
 再び、ため息を吐かれる。本当に疲れているようだ。
「暖かいココアでも作ってこようか?」
「あ〜…お願い。着替えたらそっち行くから、テーブルの上にでも置いておいて」
「ん」
 本気で疲れた様子のレテさんを残して、とりあえずキッチンへ。途中で、私服姿のレニちゃんと遭遇した。
「や、久しぶり」
 片手を上げて、久しぶりに旧友に会った雰囲気を作っていってみる。
「昨日会いましたよ〜」
「5分以上会わなきゃ久しぶりだよ」
「わ〜 そうだったんですか〜」
「ごめん、冗談だから信じないで…」
「あははは」
「まぁ、それは別にいいとして、ピクニックにでもいかない?」
「あ、良いですね〜」
「よし、これで2対1。ラミさんに情状酌量の余地は無いね」
「単語が何か違いませんか〜?」
「ボケを全殺しにする突っ込みありがとう」
「誉められちゃいました♪」
「うぅ…猛者だ……」
「それで、どこに行くんですか〜?」
「ん〜、ポリンアイランドに行ってジャムの材料を捕まえようかな〜って」
「あ〜、美味しいですよね〜 ポリンジャム」
「本当にあるんだ!?」
「無いですよ〜」
「うわっなんか騙された気分だし!」
「ごめんなさい〜」
「いや、そこで謝られてもこっちの方が罪悪感感じるし…あぁほら泣きまねは止めなさい」
「あははは ばれちゃいました」
「んじゃ、とりあえず朝ご飯といこうか」
 とりあえず、どこまでも続きそうな会話を切り上げる。
「レニちゃんはパン?ご飯?っていうかパンで決定。」
「あははは」
「んで、飲み物はどうする?」
「ホットミルクをお願いします〜」
「御意のままに、お姫様」
「あははは」
 和気藹々と、取り留めのない会話をしながら、それぞれ朝食の準備をする。私が作って、それをレニちゃんが並べるという役割分担が、自然と出来ている。
「いい匂いだね」
「あ、ラミさん、おはようございます〜」
「ふぃふぃひふぉひふぁはふぁっへふふぁひふふぃふぁふぁふぇふぁふぉ?」
「…なに言ってるかはなんとなく判るけど、自分が食べてるし」
「わっ! 判るんですか〜?」
「多分、『いい匂いだからってつまみ食いはダメだよ?』だと思うけど」
「ん、大当たり」
 一字一句狂い無しに。
「凄いですね〜」
「ん、これ運んで〜」
「は〜い」
 手を洗ってからテーブルの上に目を走らせる。まぁ、栄養的には偏ってないから良し。
「それでは、司会のラミさん音頭をお願いします」
「音頭って…」
「いただきます〜」
「うわなんかさらりと流すし!」
「流石だね」
 騒がしい朝の風景。
 これが、いつまでも続くんだと、今は思う事にした。






ある日の会話

「春眠、暁を覚えずっていう言葉があるよね?」
「そーだね」
「そうですねぇ」
「あれは別に夏だろうと秋だろうと冬だろうとどうでもいいんだと思わない?」
「なんで?」
「なんでですか?」
「春なら日の当たるリビングのソファーの上でうたた寝すれば気持ち良いし、夏は木の上にでも登れば風が心地良いから気持ちよく寝れる。秋なら木陰でのんびり寝れるし、冬はベッドのぬくもりをいつまでも感じてたくて熟睡するし」
「…それ、只単にだらけてるだけじゃないの?特に冬は」
「あはは〜」
「四季にはそれぞれの楽しみ方、気持ちよさが有るんだと思うんだよ」
「聞いてる?」
「聞いて完全に流してるよ」
「あははは」
「んで、ならばそれは午前の楽しみ方と午後の楽しみ方と夜の楽しみ方。午前の気持ちよさに午後の気持ちよさに夜の気持ちよさ。そういうのが有るんじゃないかなと思うんさ」
「夜の気持ちよさってのはなんとなくエチィ雰囲気だね」
「そこらへんはまぁひとの解釈に任せるとして、ともかくそういうのを求めてみたいと思うんだよ」
「ふ〜ん」
「そうなんですかぁ」
「そうなんですよぉ」
「似てない。ていうか気色悪い」
「うわっ酷い」
「あははは」
「ま、そーいうわけで、お座り!」
「何で口調変わるの?」
「さぁ?そんな抽象的なことを言われても…」
「抽象的では無いと思いますけどぉ」
「おぉっ 突っ込みができるようになったんだ、エライエライ」
「わ〜い」
「……どっちかって言うと貶しじゃないの?いまのは」
「こら、人がせっかく綺麗にまとめようとしてるのに……」
「まとめてないし」
「まとめる気なんてまったくないし」
「矛盾してるよ」
「矛盾こそ人の人生だと思わない?」
「全然」
「うぅ…そうやって私をぼろくずのように捨てるわけだね…」
「捨てないし」
「まぁ、三文芝居はさておいて」
「あははは」
「そーいうわけで、私は寝ます。うぎゅぅ」
「わ〜 のしかからないでください〜」
「気にしない気にしない、気にすると髪が伸びるよ。一日に5mくらい」
「伸びないし」
「んじゃ、1mmくらい」
「普通だし!」
「はっはっは」
「はぁ… 馬鹿やってないでさっさと歩くよ……」
「うぃうぃ なんか最近苦浪人っぽさ倍増中だねぇ」
「誰のせいだと思ってるの?」
「私に決まってるとでもいいたいわけ?当たってるけど」
「自覚してるんなら止めて…」
「無理だねぃ」
「はぁ……」






独白

「嘘と真実、光と影。はてさて、どっちがこの世で多い比率を勝ち取ってるのかな?」

 私以外には誰もいないリビングの、ソファーの背もたれにしな垂れかかりながら、誰かに向けて話し掛ける。

「それは、世界を見る人によって変わっていくんだろうね。私から見れば、誰もが自分を含めて全ての人を騙している、嘘つき達の世界。でも、とことんお人好しで能天気で楽天的な人から見れば、世界は全て真実なのかもしれないね。でも、それも突き詰めていけば、最終的には五分五分になるんだろうね。いや、偏るのかな?どっちでもいいけど。
 まぁ、とにかく人は2極化していけば最終的にどちらかに偏る。中立なんてのは絶対にありえない。どっちでも良いなんていうのは中立じゃなくて、選択の破棄に他ならないんだから。それでも中立を選ぶのは凡愚のすることでしかない。動かなければそこで腐敗し風化し消え去るだけなんだから。常に流動し続けなければ、人も国家も全てが朽ちる。
 話がずれたから元に戻すけど、嘘も真実も結局は二極化されたものでしかないんだよね。わざわざ対極に位置させられたもの。それでいて、真隣に位置するもの。いや、むしろ重なってすらいるかもね。だって、嘘も真実も、少しだけ変えれば嘘となり、また逆に真実となるんだから。『嘘から出た真』なんてのは、まさにそうなんじゃないかな?それだけ近い位置にいる。でも、人はそれを対極にあるという。私はその一般見解をまず嘘だと信じてるわけなんだよね。」

 テーブルの上に鎮座させておいたミルクティーを一口飲む。入れたてのせいか、ひたすら熱かった。思わず顔をしかめる。舌を少しだけ出して、ヒリヒリする舌を手で扇いで冷やしてから、続ける。

「では、なんで私にとって世界は全て嘘かというと…全てがばかばかしい冗談で成り立ってるからだね。生きる事に意味なんてない。でも、人も生物も『自己の種を残す』という嘘を振りまいて、今を生き続け、更なる時を生き続けようとしている訳だね。どこが嘘かって?だって、全てに意味がないんだから。意味を求めれば、人の生も人の知識も人の文明も、いや、別に猫だって犬だってモグラだってなんだっていいけど、とにかく風化して朽ちるしかないんだから。終わりがあるからこそ輝かしいとは思うけど、でもなんでその結論に達するのに人は文明を発展させ生き続けようとするのかな?先のことを言ったってしょうがないって?それこそ意味がないって認めてるようなものなんじゃないのかな?先を考えないでいいのなら、法律なんていらないし好き勝手してればいいんだから。でも、人は法律を作り平等という名の支配を作ろうと頑張ってきたわけ。先を考えても、先だけを考えても、先を全く考えなくても、結局は無意味に行き着くんだよね」

 再び、ミルクティーを一口飲む。私にとってはちょうど良い熱さになっていた。まぁ、他の人からするとぬるいんだろうけど。口に含んだ分を飲み下してから、一息入れて続ける。

「そして、人の感情も全部嘘なんじゃないかなと思う。喜怒哀楽も恋慕も何もかもが全部ね。ただ自分にそうやって嘘をついて周りを納得させてるだけなんじゃないかな?いや、周りだけじゃなくて自分もだね。『今時分は怒っているからこの人をこう扱っても良い』とかね。人は結局理由を求めて理由をこじつけて、ようやく行動する事が出来る。理由なんていらないとか言う人の場合は、『自分は理由なんていらないと思っているからこういうことが出来る』とかそー言う風な理由があるわけなんだよね。はてさて、これを詭弁という人も大勢いるだろうけど、これも一つの真理と言えるんじゃないのかな?」

 三度、ミルクティーを口に含む。今度は冷めすぎていた。それを少しだけ残念に思いながら、残っていた分も一気に飲み干した。

「はてさて……」

 そう呟くと同時、玄関のドアが開く音が聞こえた。そして、二人の話し声も。

「私の世界、貴方たちの世界。それは姿は違えど一つの世界、一つの真理。どれが正しいというわけでは無いけれど、それぞれの世界を真理を叩きつけあっていくのが多分私たちの世界の絶対条件。そうして複数の世界が全て砕け散って融合したらどうなるのかねぃ」
 
 今まで呟いた言葉を全て心のうちに閉じ込めるように、目を閉じる。後数歩でドアに手が届く程度に足音が近づいた時に、ようやく目を開けた。

 そして、理由や意味がなくとも、とりあえず出会えた事に感謝しながら、微笑を浮かべて、膨れ上がった袋を抱えている二人を出迎えた。







変わり行く日々 前編

「……あれ?」
 地面が、目の前にあった。
 何でこんな事になっているのか、考えてみる。
「…あぁ、またか」
 最近よくある、ただの気絶と言う奴だろう。太陽の動き具合からすると、だいたい2時間程度だろう。よくもまぁ、その間に人が通らなかったものだ。
 そんなことを考えながら、立ち上がろうとして、脳貧血を起こして再び倒れた。そして、喉の奥から、何かがこみ上げてきた。それを拒むことなく、吐き出す。
 赤い液体だった。特有の、鉄サビと生々しい臭いを漂わす液体。見慣れたものだったけど、今回は少し違った。
 何の混じりも無い、赤。そして、水のように、さらさらと流れていく。
 血は、普通はもっと混ざった色をしているはずだった。それに、粘着性が少しある。それなのに、この血にはその両方が無い。
 もう一度、吐いた。今回は、見知った血だった。それに、どこかほっとする自分がいるのを見つけて、苦笑する。
 どう考えても、血を大量に失うのは、まずい。専門職の人でなくとも、それくらいは知っている。
 いや、今はそんなことを悠長に考えてる場合じゃなかった。血の臭いは、遠くまで届く。早急にここから離れなければならない。出来れば、川辺の近くだ。そこなら万が一臭いを追われても、水に潜って消せる。その時に意識を保てるかどうかは、賭けだ。
「ぐぅ…」
 頭を上げると、さっきよりも酷い貧血に襲われた。当たり前か、血を失ったのだから。意識を失いかけるけど、何とか保つ。この調子だと、どれだけ離れる事が出来るかも判らない。
 とりあえず、地図を頭の中に思い浮かべる。川はないけど、泉は近くにあった。迷わず、そっちへと足を向ける。本来なら、歩いて30分程度の距離なのに、2時間近くかかった。太陽は、既に沈みかけている。
「運が…尽きたかね」
 ここまでくると、かえって笑いたい衝動に駆られる。それを何とか押しとどめてから、ふと気付いた。「別に、抑える必要ないじゃん…」
 身体に残っていた気力が、一気に消えた。けど、それでもせめて血の匂いは消しておかなければならない。そう思って、泉の中にうつ伏せに倒れこんだ。20秒ほど、そうやっていた。立ち上がって、今度は仰向けに倒れる。さまざまな色に染まった空を見上げる。そうしたまま、目を閉じた。次に目覚める事が出来るかは、考えない事にした。睡魔は、音を立てずに私を包み込む。途切れる寸前の意識で、思った。
 クロは、どこに行ったのだろう。


 焚き火のはぜる音で、眼がさめた。
 反射的に、自分の体を包んでいた毛布を跳ね除けて、弓を取ろうとする。けど、手は空を切った。無いのだということに気付く前に、ナイフを取ろうとこしの後ろに手を回す。が、ナイフは無かった。いや、それよりなにより、自分の手が腰に直接触れたほうが驚いた。驚きが大きすぎるせいで、その状態から動くことすら出来なかった。
「ピィッ」
 バサッっという音と共に、クロが森の奥から、飛んできた。クロに鳥目と言うものはないのだろうか。そんなことを考えてしまう。
「急に動くとまた倒れる。寝なさい」
 クロが飛んできた方向から、無愛想な口調のくせに、鈴を転がしたような、綺麗に澄んだ声が聞こえた。声だけで、姿は見えない。
「それと、そんな格好で立ってると、どこからどう見ても恥女ね」
 かなり辛辣な言葉だ。まぁ、全裸で仁王立ちしているのだから、しょうがないだろうけど。
 全身から力が抜けていく。この人を相手にすると、いつもそうだ。もう何も考えない事にして、座って毛布を身体に巻きつけて、声の方向を見つめる。
 すぐに、肩に鷹を乗せて、白銀の髪身を短く揃えた、見慣れたハンターが、森の中から出てきた。
「久しぶりね」
「…久しぶりだからと言って身包み剥ぐのはどうかな〜と思うけど」
「ちょっとした、スキンシップに過ぎないわ」
「……」
 それでは、どこかの喫茶店では、毎日身包みはがれる人が出るんだなぁと思ったけど、口には出さない。言ったところで、無意味以外の何でもない。
 無言で座っていると、彼女は焚き火を挟んで、丁度反対側に座った。
「そういえば、何年ぶり?顔を突き合せるのは」
「…突き合わせてはいないけど、大体4年ぶりくらいだと思うけど、姉さん」
 彼女――姉さんは、相変わらず可愛い顔立ちで無表情だった。
「4年ね。背は伸びてもそれ以外は成長してないようで、安心したわ」
「……」
 何で安心するんだろうか。
「それは別にどうでもいいのだけど、姉として一つ強制するわ」
 忠告でもなんでもなく、強制なのが姉さんらしい。
「即刻、旅人生活を止めなさい」
「……」
 そういわれるのは、想像はしていた。
「安静にしてれば、天寿をまっとうできるでしょうね。…逆に、今の生活を続けるとしたら、半年もせずに死ぬわね」
 そういう知識は妙に多い人だから、大体当たりだろう。それに、自分でもそう診断している。
「私は、リータに死なれたら困るの。だから、無理矢理にでも安静にさせる」
 そこまで言って、こちらに目を向けた。純度の高い水で、ゆっくり作った氷のように、どこまでも透き通った瞳。昔は、この瞳の中に感情を篭めさせることに、数多くの男性が挑戦し手破れていたが、今は珍しく感情を篭めている。その感情を、真正面から見つめる。
「リータは、薬学に関しては、優秀な知恵をもってる。その知識を得るための動機が何であれね。それを生かして暮らしなさい。あなたなら自分に合わせて薬も作れるでしょう?」
 最後の台詞は、ちょっと聞いた感じでは疑問系だったけど、その実確信をもっていったものだった。事実、それくらいならやってやれないことではない。
「拒絶する権利は与えるけど、最終的には安静にさせるわ」
 それは、拒絶する権利を与えたとはいわないと思う。
「今言うのは、それだけね。明日、あなたの家に連れて行きなさい。あなたの同居人に、あなたの扱い方を教えるから。では、寝なさい」
「いや…あの……」
 ほんの少し、抵抗してみる。
「寝なさい」
 瞳の中に篭る感情が、変わった。怒りへと。
「ハイ」
 恐怖に促されて、毛布を頭まで被る。数分そうしていると、歌が聞こえた。
 遠い昔に聞いた、懐かしい子守唄が、ゆっくりと睡魔を運んでくる。


    夜は静かに身を横たえ その身に星を住まわせて
    全てを優しく包み込み 全てをその身に住まわせる
    月は静かに夜を駆け 青い光を投げ込んで
    全てを優しく照らし出す 全てを青く染めあげる
    私はここで歌いましょう あなたが眠るそのときまで
    私は全ては包めない だからあなただけを包みましょう
    あなたがそっと目を閉じて 夢の中に下りるまで






変わり行く日々 後編


「ふぅ…」
 一息に、胸に溜めた紫煙を吐き出した。
 肩の前に、左腕を上げたところで気付く。
「そっか…もう、いないんだっけ」
 上げた腕で、なんとなく撫でた自分の服装も、もう違う。
 露出度過多とも取れるあのハンターの制服ではなく、Tシャツの上に皮製のジャケットを羽織り、そしてジーンズを履くと言う、普通の格好。
「辞めてから、もう半年…か」
 19歳になったのをきっかけに、私はハンターを辞めていた。
 異例の若さだった。大抵は、50から60くらいで、引退する。別に、ハンターと言う職が嫌になったわけではない。ただ、体がもうボロボロになったから、辞めた。
 生来、私の体は強くなかった。身体能力は優れていたと、自負できる力はもっていた。短距離走では、誰にも負けた事がなかった。喧嘩でも、男にも負けなかった。五感も、優れていた。だけど、耐久力が、全然なかった。
 力をもちながら、脆い器の中にいる。それが、たまらなく嫌だった。自分のその弱みが、全ての力を殺す。やるせなかった、辛かった、そして…憎かった。自分自身が、最憎の対象だった。
 だから、私はハンターと言う道を選んだ。ハンターの持つ、薬師の知識で、これを何とかする方法を探し出そうとした。薬学の本も読んだ、ハンターの知り得る、全ての薬を学んだ。時には、自分で新薬を開発したりもした。才女とか何とか言われたこともあったが、そんなのは要らなかった。ただ、自分の力を全開で出せる、器が欲しかった。
 でも、ダメだった。そして、諦めた。
 今思えば、その頃から、私の心は壊れ始めていたのだろう。無限に続く自分の崩壊、その道程を辿って行った。それを知りながら、何もする気にはならなかった。望むものは、手に入らないと知っていたから。ただ過ぎ去る時間を眺める、無意味な毎日を送っていた。
 無意味な日々に色を入れたのは、二人だった。
 今も、そしてこれからも大事な、二人。
 それは、いつまでも変わらないだろう。
 大事ではあっても、心の奥底までは、決して近寄らせることはなかった。でも、それは信じないからでは無くて、信じたいからだ。それが、私の本音だ。
 そして、引退すると同時に、私は家の隣に、小さな店を構えた。擦り傷の薬から、難病と言われているものの薬まで。私が自分で調合したものを売る、小さな薬屋。
 ハンターをしていた頃とは比べるべくもないほどの収入だが、それで十分だった。特に使うことのなかったお金は、たまりにたまって、唸るほどある。
 薬を売りながら、二人の帰りを待つ。そんな生活を、今は送っている。
 たぶん、これが私なりの、幸せなのだろう。
 そう思うのだけど、何かが足りない。ピースの足りない、ジグソーパズル。そんな感じがどうしても抜けきらない。その理由を考えると、少しだけ胸が痛んだ。痛む胸に顔をしかめて、その痛みを握りつぶそうと、自分の胸に爪を立てる。
 体では無い、どこかが痛い。
「……?」
 ふと、甲高い鳥の鳴き声が聞こえた。耳に馴染んだ、鷹の鳴き声が。
 それと同時に、胸の痛みがふっと消えた。
 頭の半分では、『そんな馬鹿な』と、もう半分では、『もしかして…』と思いながら、窓を開け放つ。窓の前に垂れている、お気に入りの枝の上に、クロはいた。
「ピィ」
「クロ…?」
 クロは、ぴょんとジャンプをして、窓の縁に着地して見せた。
「クロ、森に帰ったはずじゃ…」
 私の呟きを無視して、クロは再びジャンプして、私の左肩に乗った。その重さは、違和感どころか、むしろ、失われた半身が戻ってきたような感じを与えてくれた。
「あぁ、そっか」
 なんとなく、悟ったような気分になった。そして、胸の痛みの理由も分かった。
 何かを始める時に、その前にした、全てのことを捨てる必要は全くないのだと。本当に残したい物は、残すべきなのだと。
「おかえり、クロ」
 昔、よくやったように、人差し指の背で喉のあたりを撫でてやると、クロは
「ピィッ」
 と、元気よく鳴いた。
 これが、私の本当の夢だったんだと、ようやく気付けた。
 空は、青く澄んだ快晴で、私の行く道は、その下を続いていた。