カナカナのすぐ近くに「素人珈琲と雑貨」と書かれたよつばカフェの看板をみつけました。看板さえなければ、どこから見ても人が生活を営む木造家屋という趣です。昼食直後だったので、さすがに「九つの胃を持つ女」の異名をとる私もとりあえず場所を記憶するだけにとどめて、奈良町の散歩を続けることにしました。
しばらく歩くうちに、すっかりこの落ち着いた界隈のとりこになりました。相変わらず人の往来は少なく、奈良格子の町家がひしめく通りに時おり細かな小雨がぱらつきます。軒下に赤い布製の猿のぬいぐるみを吊している家も何軒か見かけましたが、これは厄よけのお守り「身代わり猿」。
この町は景観に対して美意識を持つ人々が守っているのかもしれません。東京に戻ってから調べてみたら、町並は市の条例で保存されているほか、NPOが町屋再生をコーディネートし、空き物件を開業希望者や居住希望者に積極的に紹介しているようです。
おなかがこなれたところで、再びよつばカフェへ向かいます。年季が入った板塀の屋根つき門をくぐると、愛らしい中庭ごしに縁側が見えました。中庭入り口のくぐり戸には苔玉や盆栽、そして大型の四つ葉のクローバーに似た鉢植えが並んでいます。しばらくその眺めを楽しんでから、古布の暖簾をくぐって玄関へ。
ややあって、奥から女性オーナーがにっこりして現れました。物慣れたプロではなくて、いかにも普通に楽しく生活している女性らしい雰囲気にほっとしながら、ミュールを脱いで室内へ。(どうしても「店内」とは書きにくくて…)
中庭に面した小さなお座敷に、ちゃぶ台といい色合いの座布団。奥には木のカウンター席と茶箪笥が見えています。古めかしいステレオのそばの座布団に腰を落ち着け、手作り感溢れる可愛いメニューから、コーヒーとそば茶のプリンを注文しました。メニューはドリンクとスイーツが基本。くろまめときなこのパフェ、はちみつコーヒー、お菓子つきのチャイなど、おいしそうな文字が並んでいます。
ちゃぶ台の上の小さなかごには、桃のラベルのマッチとろうそくと線香花火。「水とバケツをご用意します。お気軽にお申しつけください」と書かれていて、ああ、夜に来るんだった、と一瞬後悔しました。
普通の喫茶店を開きたかったというオーナーの気持ちは、時間が経ってから運ばれてきたコーヒーのカップに表れていました。昭和時代の田舎の喫茶店の遺品のような、懐かしい深緑色と茶色のカップなのです。自家焙煎店から豆を仕入れているというコーヒーもそば茶のプリンも、素直で丁寧なおいしさでした。
お客は私一人でしたけれども、よつばカフェ全体に漂うおっとりした雰囲気が微塵も緊張を感じさせません。冬など、毛糸と編み棒を持ち込んだら、縁側の日だまりでチャイなど飲みながら一心不乱にマフラーを編み上げてしまうかもしれません。
戸棚に飾られた手作り雑貨やバッグ、ビーズのアクセサリーを眺めていると、「よかったら二階のギャラリーも見ていってくださいね」と優しい声がかかりました。急な階段をのぼった二階の六畳間がギャラリーで、何人かの合同展が行われていました。窓ガラスに書かれた文字。その横に貼り付けられたポストカード。窓枠から下がる薄いガラスのオブジェは、うちわを思わせるかたち(写真右)。床のかごの中にはスライドがざっくり放り込まれていて、その1枚を窓ガラスごしに曇り空にかざしてみると、夜空にぱっと開いた大花火の写真でした(写真下)
中庭のくぐり戸に下がっていた印象的な銅のオブジェについて尋ねたところ、この中庭を気に入った作家が贈ってくれたのだそう。
「真ん中にビー玉が入っているんですよ」
無理をしない。のんびりペースを保つ。作り手のそんな心持ちが伝わってくる、ほんわかした縁側カフェでした。 |

↑そば茶のプリン \380
コーヒー \400



↑オーナーの日浦さん

↑二階ギャラリーの窓辺 |