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【墓場のうどん屋】
※これは2002年八十八箇所達成者パーティの後、2次会に「讃岐家」に行き、さらに3次会で丸亀の何たらという土佐料理の店で、私とH谷川くんとK亀嬢で作ったネタ、つまり完全にフィクションです。
もう1年以上経って、すでに2003年のパーティまで終ってしまい、その話もまとめんとイカンので慌てて書きました。従って、話の前後、または全体的につじつまの合わないこともありますが、ハリウッド映画を彷彿とさせるオチまで用意してますので、まあ読んでやって下さい。
とある平凡な農村の、とある小高い山のふもとに、老夫婦の営む1軒のうどん屋があった。
※「とある〜」と場所を指す時、そこは田舎が多い。なぜなら「とある」の反対語は「都内」だから。
ああーっ!すんません!つまらんギャグで文字数かせぎしました。すんません!
その店に特に名前は無い。看板も無ければのれんも無い。定休日や営業時間さえもが決まっていない。
昔ながらに薪で釜を焚いていて、農作業に精を出すお年寄り達は昼頃になるとその煙を確認し、農作業の手を休め三々五々集まってくるのだ。
徒歩の人、自転車の人、軽トラの夫婦、耕運機やトラクターまでもがやってくる。
「おーっ、新車のトラクターじゃがー」
「ほうよ、♪燃える男のぉ〜、赤〜いトラクタァ〜!ぐわっ…」
「うわー、平吉っつぁんが可笑しげな踊りしよって『ギックリ』やりよった!」
「イタタ…早よー、歯医者に連れてってくれぇ」
「歯医者ってなんや?あ、看護婦さん目当てかいな!」
集まるお年寄り達は皆朗らかで、いつも笑いが絶えない店。全店制覇に載ることもなく、掲示板で話題になることもなく、ましてやマスコミに取り上げられることもない。地元の人達のためにうどんを作り、地元の人達に愛された店であった。
そんなある日、鈴木のじいさんが亡くなった。
死因は……(しばし沈黙)…。
どや、シインとしたやろ。
※すんません、すんません!
エコパ「鈴木のじいさん、知っとるか?」
H谷川「知りませんって!」
エコパ「ちなみにこの付近、100軒中、101軒の名字が『鈴木』言うんよ」
H谷川「ほほー、そうきましたか。気持ち的に『簡単にしよー、簡単にしよー』思てません?」
エコパ「えーっと、佐藤さんもおることにします」
ともあれ、無事に葬式を済ませた2〜3日後、じいさんの息子夫婦がうどん屋にやって来た。
これが事の始まりだった。
息子「ウチのじいさんの遺言が見つかりまして…」
ばあ「ほぉっ、何が書いてありましたんや?」
息子「それが、墓をうどん屋のそばに建ててくれ、と…」
じい「えーっ、ウチのそばにですか?」
息子「しかも、毎日うどんを1筋でエエきん供えてくれと。あ、これは私らがやりますきん、隅っこの方の1坪だけ、土地を分けて貰えませんか」
ばあ「あちゃー、どなんするなー、アンタ」
じい「遺言やったら、しゃあないやんか。解りました!それがご供養になるんでしたら、どうぞ使うて下さい」
こうして墓が建てられ、息子夫婦は約束通り、毎日1筋のうどんを供えた。彼岸や命日には、天ぷらも添えた。
元々、地元のお年寄り達に愛されていたうどん屋である。そのそばに墓があるなんて、しかも毎日うどん1筋のお供え、これは羨ましいことこの上ない、とばかりに我も我もとそれを遺言に書いたから大変だ。
誰かが亡くなる度に墓が建つ。そもそもお年寄りが多かったから、何年もせんうちにうどん屋の回りは墓だらけ。
しかも、北の方の鈴木のじいさんに至っては、
「柱みたいな墓石はいやじゃ。丼の形にしてくれ」
なんて言い残したもんやから、もう大変。墓石が丼ですよ、丼!
「ワシはネギが好きやきん、ネギてんこ盛りうどんの墓石」だの、
「ワシは天ぷらうどんじゃ」まで。
ネギですよ。天ぷらですよ。細かい作業です。石材屋さんは大忙しですわ。
しかし、それが石屋さんの魂に火を着けました。
よくレストランなんかのショーウインドウに、フォークが浮かぶスパゲッティのサンプルがありますが、そんな感じ。今まさにダシに付けよる釜上げうどんとか、スイッチ入れたら湯気の出るやつとか。
まさに「箱根芸術の森」ならぬ、「墓石芸術のうどん屋」。
しかし、凝って凝りまくるため納品まで1年掛かるようになっては、元気なうちから墓石をオーダーしてないと、おいそれと死んでもおられん。
さて、こんな美味しいネタをマスコミが見逃す筈はない。
「墓場のうどん屋」と言うて紹介されたから、もう大ブレイク!
法事でもあろうもんなら、母親の従兄の嫁さんのハトコの弟まで親族一同連れてやって来る。
それが皆、取り敢えず名物となったうどんを食べるもんやから、ディズニーシー並の大行列。
「昨日、佐藤のじいさんが並んどったで。久しぶりに顔見たぞー」
「アンタ、何言いよんな。佐藤のじいさん、去年死んだがな!」とか、
「夜中にばあさんがダシ作りよる鍋に、シャレコウベが入っとった」
「三途の川から出前の注文があった」
「閻魔大王はいつもぶっかけ特大」
みたいな話まで出てきて、幽霊が出るの出んのと夜中に若者が肝試しに集まったり、墓石八十八箇所巡りという企画まで出来る始末。
もう、昼も夜もない。うどん屋はてんてこまい。
次第に機械化せざるを得なくなり、ある理由から「足踏みロボット」まで導入した。
世界中のマスコミが取材にやって来て、世界中から客が来て、とうとうUDONはノーキョー、カラオケと並ぶ世界共通語になった。
そして今年、きっかけとなった『あの鈴木のじいさんの墓』が出来て30年目にして、墓場のうどん屋は、国民栄誉賞を貰いましたとさ。
めでたし、めでたし。
え、30年も経って、うどん屋の老夫婦は今いったい何才やって?
それが、じいさんもばあさんも、10年前に亡くなったんですよ。
今、うどん打ちよる二人ですか?
あれはアンタ、幽霊ですがな。
足が無いから、足踏みロボットが必要なんですわ。
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