『卵と粉』から再びメニュー登場。前回のパリブレストに続き私がよく頼んでいたのがこの『ショコラ』。ガラスの器に入ったこの大人向けのデザートはほんのりとリキュールが入っていて濃厚なあじわい。チョコレートプディングとでもいうのだろうか、表面はかためなのでスプーンで軽く『割るように』ひとくちをすくう。すると不思議な食感が口の中にひろがるのだ。
残念ながらこの『ショコラ』も前回の『パリブレスト』ももう味わうことができない。小さな街角の珈琲屋でケーキを焼いていたマスターは昨年の4月この世を去った。突然のことで予約のケーキも作りかけだった。葬式もすんでからそのことを知った私と妹は、慣れ親しんだカウンターで奥さんのいれるセンテッドとマスターが焼いた最後のパンをいただいた。奥さんと話すのはほとんどそれが初めてだったが思い出話はつきることがなかった。
マスターはかつて都内のホテルのベーカリーで修行をしていたのだそうだ。マスターと話をしているとパンやケーキに対するこだわりが伝わってくる。地元でひっそりとコーヒーを入れながらもパン職人として妥協しないところもマスターのよさだが、ときどき客を店においたまま煙草やビールを買いにでかけてしまうのもまたいいところなのである。そんなマスターに会いに常連が集まる店である。今は奥さんが常連客のためにたまに店を開けてくれている。ショーケースにはもうマスターがこだわり続けたケーキは並んでいないが、いまだに思い出を語りにかつての客が集まる店はそうそうないんじゃないかと思っている。