「スターバックス・コーヒー」は、アメリカ・シアトル系のエスプレッソカフェの代表格で、全米第1位、かつ世界最大のカフェチェーンです。


| シアトルで創業 バークレイのコーヒー販売店「ピーツ・コーヒー」で深煎りのアラビカ種のコーヒーに魅せられた英語教師のジェリー・ボルドウィンと作家のゴードン・ボーガーが、1970年にシアトルでコーヒー店を開くことを決意。 ジェリー・ボルドウィンが、「ピーツ・コーヒー」のアルフレッド・ピートから豆の選別・焙煎・抽出などのコーヒービジネスを学び、ゴードン・ボーガーと歴史教師のゼブ・シガールの3人で、1971年4月にアメリカ・ワシントン州のシアトルでコーヒー豆の焙煎・販売会社としてスターバックスを創業しました。 1号店は、シアトルのパイク・プレイス・マーケットにあり、創業当時の面影のままで現在も営業しています。 |
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| カフェの展開で急成長 1982年に店舗運営とマーケティング部門の役員として入社したハワード・シュルツ(現会長兼チーフ・グローバル・ストラテジスト=最高国際戦略責任者)が、イタリアのバールで飲んだエスプレッソの味に感動し、会社にエスプレッソ・カフェの展開を提案。 しかし、コーヒー豆の販売店にこだわった創業者陣に受け入れられず、1984年にシュルツはスターバックスを退社して、エスプレッソカフェの店「イル・ジョルナーレ」を開始しました。 この店で成功したシュルツは、1987年に3800万ドル(当時のレートで約42億円)でスターバックスを買収し、現在のようなスターバックス・コーヒーの店舗展開をはじめたのです。 現在、シアトル市内だけで200店舗以上、北米に3400店舗以上、世界では4000店舗以上あります。 →スターバックスの歴史の詳しい一覧表 |
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| 日本進出はサザビーと サザビーの鈴木陸三社長の兄である角田雄二(現スターバックスコーヒージャパンCEO)が、自らの経営するカリフォルニアのレストランのそばにオープンしたスターバックスに行き、その感想をスターバックスに送ったのをきっかけに交流が始まりました。 日本進出の際には、商社などの複数の企業と交渉しましたが、やはりもっとも経営理念の共通するサザビーと合弁契約を締結。スターバックスコーヒージャパンを1995年(平成7年)10月に設立しました。 1996年(平成8年)8月に海外進出1号店でもある日本1号店・銀座松屋通り店をオープン。 そして、1998年秋には大阪・梅田に出店して西日本にも進出。 現在、2004年までに500店舗オープンすることを目標に、地方都市を含めた日本全国での積極的な店舗展開を進めています。ご存知のとおりの爆発的な人気で、日本にエスプレッソ・カフェを定着させたといってよいでしょう。 店舗はすべて直営(レギュラーチェーン)で、2002年(平成14年)9月28日の横浜シァル店のオープンで国内400店舗を超えました。 →これからのスターバックスの出店について |
![]() 日本1号店・銀座松屋通り店 |
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| スペシャリティーコーヒーとサードプレイス スターバックスは、厳選されたアラビカ種のコーヒー豆のみを使ったスペシャリティーコーヒーを提供し、お客さんに感動をあたえることを目指しています。 また、ただコーヒーを飲むスペースとしてではなく、お客さんに自宅と勤務先の間にある第三の場所「サードプレイス」となる落ち着いて時間を過ごせる場所となることを目指しています。 →スターバックスの経営理念「ミッション宣言」 |
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社名の由来とロゴ |
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イスラム圏にあるスターバックスでは、イスラム教が偶像崇拝と女性の肌の露出が禁止されているため、スターバックスのセイレンのロゴも反イスラム的なおそれがあるというで、当初はセイレンの姿はなく、波状の水面からセイレンの頭の星だけが出ているロゴを使っていました。 |
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| 店内全席禁煙 スターバックスの店内は、全席禁煙です(テラス席を除く)。 それは、「香り」もコーヒーの大切な要素として楽しんでもらうためなのです。 また、コーヒー豆はにおいを吸着しやすく、品質が劣化しやすいので、それを防ぐためでもあります。 もっとも、日本では喫茶店で一服という喫茶店文化があるので、銀座の1号店のオープン前に禁煙についての議論が社内であり、開店 1ヶ月程度は一部喫煙可能だったのだそうです。 |
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| 渋谷が世界一! 渋谷駅ハチ公口前のスクランブル交差点にあるQ-FRONTビルの1〜2階に入っているSHIBUYA TSUTAYA店は、売上が世界一だそうです。 混雑に対応するためか、このお店ではトールサイズの商品しかありませんし、ほかの店舗には導入していなかった全自動エスプレッソマシーンをはじめて導入しています。 SHIBUYA TSUTAYA店は、その売上の多さと違って、店舗が非常に狭いです(ビルの交差点に面した部分以外はTSUTAYAのため)。 世界で一番大きなスターバックスの店舗は、ソウルのミョンドン(明洞)のお店で、4階建てのビルすべてがスターバックスだそうです。 |
![]() Q-FRONTビル |
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| 外資系なのに日本的雇用? スターバックスでは、シュルツ会長の生い立ちでの経験から、社員が誇りを持てる会社であるように、従業員を重視した雇用をしています。 正社員かアルバイト社員かや、学歴などは関係なく平等に社員を扱っているのだそうです。 そればかりではなく、アルバイトを含めた社員にストックオプションを与えており、株主として会社に参加できるようになっています。 このことから、スターバックスではアルバイトを含めたすべての社員を「パートナー」(partner=共同経営者の意味)と呼んでいます。 また、スターバックスの店員を「バリスタ」(Barista)と呼ぶこともあります。これはもともとイタリア語で「バーテンダー」の意味ですが、「コーヒー抽出技師」の意味で使われています。 スターバックスの店員は、必ずレジなどのすべてのポジションを担当するので、店員はすべてバリスタなのです。 |
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| 幻の日本1号店 実はスターバックスは、スターバックスコーヒージャパンの出来る前の1994年に一度、成田空港に直営店舗を出店したのですが、成功せずに撤退しているのだそうです。 ですから、正確には今はない当時の成田空港店が日本1号店なのかもしれませんが、公式にはスターバックスコーヒージャパン設立後の銀座松屋通り店が1号店ということになっています。 |
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| 新しいタイプのスターバックス 2001年5月30日、東京・新宿の小田急ハルク地下食料品街に、世界初のコーヒー豆専門の店舗「ホールビーンストア」を出店しました。しかし、このホールビーンストアは計画に反して、1店舗のみにとどまっています。 2001年11月30日には、テイクアウト専門店「To Go Style」の店舗を、東京・日本橋の地下鉄コンコース内にオープン。「To Go Style」の店舗は、現在都内に4店舗あります。 さらに、2002年5月10日、コラボレートショップとして、東京の新宿ルミネ1の青山ブックセンター内に出店。書店内のスターバックスは、アメリカでは「バーンズ&ノーブル」の店舗内にあることで有名ですが、日本では初めてです。 また、2002年9月28日には、ベーカリーチェーンのアンデルセンとのコラボレートショップとして、横浜シァル店をオープン。アンデルセンとの共同開発のフード・ペストリー類の販売を開始しました。 2003年4月には、ロードサイドのドライブスルー形式の店舗の1号店、西友楽市守谷ドライブスルー店がオープン予定です。 |
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| 実験的なレストラン アメリカでは、スターバックスがあまりにもたくさんあるため、ダサいイメージがもたれるようになりつつあるようです。 そこで、シアトルで「カフェ・スターバックス」(Cafe Starbucks)、サンフランシスコで「サーカディア」(Circudia)という、フルサービスと調理した食事を出すレストラン形式の店舗を、実験的にはじめています。 |
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| シアトルで受難 1999年11月にシアトルで行われたの世界貿易機関(WTO)閣僚会議の際には、経済のグローバル化に反対する5万人のデモ隊の一部が暴徒化し、グローバル資本主義の象徴としてマクドナルドとともにスターバックスの店舗が襲撃に会い、めちゃくちゃに破壊されました。 また、2001年2月28日に起きたシアトルの大地震では、スターバックスの本社ビルも被災し、屋上のセイレンマークが落下したりした模様です。 |
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