雑文No.1〜5

No.1 天城カレー?

 だいぶ前のことであるが学生時代にクラブ(バドミントン)の合宿で伊豆の天城に行ったときのこと。昼食は泊まっている宿舎で用意してくれ、体育館まで持ってきてくれることになっていた。その日の朝、宿舎のおばちゃんは「きょうのおひるはカレーですよ」と、にこやかに練習に出かける私たちを送り出してくれた。

 さて、午前の練習が終わりお昼。先に食べ始めていた後輩たちの態度が変だ。皆大量に残している。何故だ、練習が激しすぎて食欲が湧かないためか?カレーを一口食べてみた。ん?味噌味だ。中の具は挽肉だけ。そのほかにはジャガイモやニンジンや玉ねぎなどの野菜類が全く入っていない!その上、味が濃くてご飯が10に対してカレーが2くらいあれば十分なのである。皆が残していたわけが分かった。

 これは何かの間違いではないかと思いマネージャーに宿に電話を入れてもらった。そのときの会話

マネージャー:「お昼のカレーですけれど……」

おばちゃん:「美味しかったでしょう。今日のカレーはとっても美味しくできたから」

マネージャー:「……」

おばちゃん:「鍋と食器は後で取りに行くから」

おばちゃんのあまりの自信にマネージャーはそれ以上の追求はできなかったそうだ。

 私たちは再び勇気を振り絞ってカレーに挑んた。が、結局完食できたものは数名、お代わりするものは皆無だった。そのときの皆での話し合いの結果、これは天城の郷土料理で、こっちの人はこれを便宜的にカレーと呼んでいるのだろう(確かに見た目はカレーだった)とういうことで一応落ち着いた。しかし、ではここ天城では普通のカレーのことは何という名称で呼ばれているのか、なぜ宿のおばちゃんはあの味のカレーにあんなに自信を持っていたのか、謎は深まるばかりであった。

 午後になりおばちゃんが鍋を取りに来た。「あらま、これ食べたのかい?早く言ってくれればいいのに」

 やはりカレーではなかったらしい。私たちの頭の中で急速に霧が晴れていくのを感じた。

 その日の夜、なすの天ぷらの上に乗っかった”天城カレー”に再会した。皆、「やっぱり揚げ茄子には天城カレーだね」等とふざけていた。さて、私たちの口に入らなかったおばちゃんご自慢の本当のカレーはどこに行ったのか?おばちゃんの話ではあの後宿舎の別のお客さんの昼飯になってしまったとのこと。残念。

 おばちゃんは「はやく言ってくれればよかったのに」としばらくの間機嫌が悪かったそうな。(マネージャー談)電話して聞いたんだけど……。

 

 

No.2 コンビニで思うこと(1) 

コンビニ(特にセブンイレブン)で買い物するとき、レジで年齢のボタンを押される。これが最近非常に気になる。

年齢分布でいくつかに分けられているが、自分(31歳)が押されるのは「29」と「49」というボタンのうちのどちらかだ。「29」とは19歳から29歳まで、「49」とは30歳から49歳までの見た目の年齢のことだと思う。一度だけ「12」(12歳以下)というボタンを押されたときは「どこに目を付けてるんだ」と言いそうになった。

どちらを押されるかで毎日、一喜一憂しているわけだが、最近「29」を押してもらうコツが解ってきた。例えば、買い物の合計が1206円の時に1506円を渡して釣りをなるべく簡素に出来たときには、ご褒美に「29」をもらえる確率が高くなる。逆にそうしようと思って、財布の中をごそごそ探した挙げ句に5000円を渡す羽目になったときには罰として「49」を押されてしまう(こちらはほぼ100%)

ニューハーフの方は、自分が「赤色」のボタン、それとも「青色」のボタンを押されるのかが気になっているんじゃないかなぁ。

あなたはいつもどこを押されているか知ってる?

 

No.3 コンビニで思うこと(2) 

コンビニのレジで時々悲しい思いをすることがある。お客にお釣りを渡すときにお金を手のひらに乗せるのではなく、空中から落下させるように、手のひらに触らないように渡されるときである。特に女子高生と思われる若い女性のバイトにそれが多い。

これをされると一方的に弱者になってしまう。なんだか自分が汚い物になったような気分になって悲しくなると同時に腹立たしくなる。。中年に差し掛かった男だからこんなひどい扱いを受けるのかと思ったら、以前一緒に働いていた女性の先生も同じような思いをしたことがあると話していた。

だから稀に、若いバイトの女性がお釣りを渡すときに、手のひらを覆い被せるように、手と手を触れるように渡してくれるとそれだけで逆にいい人に思えて、嬉しくなってしまう。商売ってこういうところから始まるんじゃないかなって思う。ちなみに「スマイル0円」のファーストフード店ではこのようないやな思いをしたことがない。マニュアルに書いてあるのか?

 

No.4 おにぎりについて思うこと

おにぎりについては多分、人一倍思い入れが強い。

大学工学部の三年生の春、突然切れた。全部の授業がつまらない。このままやりたいことも見つからない。もっと、人間相手のことがしたい、と。で、医学部への受験勉強を始めた。予備校に行く手持ちの金が無い、家にもなるべく迷惑を掛けたくないということで近所の図書館で毎日机に向かっていた。

さて、そんな毎日でも昼飯は食べなくてはいけない。少し大きめのおにぎりを二個、自分で握って持っていった。中身無し、塩も抜き。暖かい日も、暑い日も、風がふいて寒い日も直ぐ近くの公園のベンチで食べていた。誰に意地を張っていたのか、家に鮭やたらこがあった日も素のおにぎりしか持っていかなかった。臥薪嘗胆。今思うとあれは自分へのエールみたいな物だったような気がする。

あのときのおにぎりはお世辞にもうまくはなかった。でも、かぶりついたときの歯ごたえ、少しモチモチっとした食感を思い出すと、あの公園での惨めだったけれど上を向いていた毎日が蘇ってくる。

コンビニのおにぎりは人が握っていない。だから、心がこもってないなんて言うつもりはないけれど、ある程度米に密度のない、食感のない物はおにぎりとは呼びたくない。思い出も残せない。日記の最初にも書いたけれどぼろぼろするのはおにぎりじゃない。

今後、コンビニのおにぎりは、個人的に「飯塊」と呼ぶことにする。

No.5 お気に入りの場所:養老天命反転地

 

 私のお気に入り場所は岐阜県の養老天命反転地です。名前だけ聞くとなんだかいかがわしい宗教施設のようですが実は立派な県営の施設です。荒川修作さんという芸術家が作った建築物、庭園、うーん、ちょっと違うな、うまく言えないけど、入場券には「心のテーマパーク」と書いてあります。

 だいたい野球場くらいの広さの楕円形の窪地の中に垂直、平行という言葉を知らないかのような建物、時々垂直に切り立ったりしている無数の道々、その合間を埋めるかわいい花を咲かせている薬草、そのようなもので構成されている場です。(やはりうまく説明できない……)

 案内書に「心のテーマパーク 養老天命反転地はすべて斜面によって構築されています。ゴム底靴などの動きやすい靴で入園ください。園内を歩くには身軽な服装が適しています」と書いてあるとおりに、どこにも真っ直ぐに立っていられる場所はありませんでした。子供の時に公園の一角にある小山のてっぺんで嗅いだ風のにおいや積んである土管の一番上に片足で立ったときの感覚を想い出しました。

 私のもっとも気に入ったのは「切り閉じの間」という名の付いた閉鎖空間です。ここには空いているときに訪れてぜひ自分(たち)だけしか入っていないときに入ってみてください。私は感動しました。 ここから何かを感じ取ってやるぞなんて、気負って行くのではなくそこを歩いたり、佇んだり、バランスを崩して楽しんでいるうちに自然と何か普段とは違った感覚や感情が湧いてきて、それを楽しむ場なんだと思います。

 案内書に養老天命反転地、使用法というものがありますが真面目な人はこれを読まない方がいいかもしれません。(あまりにこれに忠実にそれを実行していた人がいて、端から見ても恥ずかしかった)

 場所はJR大垣駅から近鉄養老線・養老駅下車徒歩約10分。または名神高速道大垣ICより車で約20分(標識をみていけばすぐ分かる)養老公園内にあります。近くには養老の滝もあります。

 養老天命反転地のすぐ横にある芝生の公園も気に入りました。大きな木の木陰でゴロッと横になり芝の匂いを大いに楽しみました。名神高速を走行中、数時間、自由になる時間があるならば是非寄ってみる価値のある場であると言えると思います。

(以上は、以前Nifty Serve内のFTABIにアップロードした文章です)

 まずは一度行ってみることをお勧めします。