雑文No.16〜20
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No.16 花粉症
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現在3月。スギ花粉の飛ぶ時期である。この時期は憂鬱になる。仕事が忙しくなるからではない。
床屋に行く。行きつけの床屋でのわたしは金曜日の会社帰りの、あるいは土曜出勤明けのサラリーマンである。別に耳鼻科医であることを隠しているわけではないが、言ってないので多分わたしが耳鼻科医であるとは思っていないだろう。この時期の床屋の話題は断然花粉症である。今年の花粉の飛ぶ量から始まり、ミントの効用、レーザー手術の奏功率まで。床屋さんは勉強熱心である。感心してしまう。わたしの知らないこともたくさん教えてくれる。けれども、やはりうんざりしてしまう。仕事場以外のところで仕事の話って聞きたくない。
おネエチャンのいる飲み屋に行ったりするときも、春先にはよく花粉症の話題を振られる。そのような飲み屋でのわたしは高校の体育の先生である。初めて行ったときにそう見えると言われてから体育の先生である。ちなみにいつもそこへわたしを引っ張っていく眼科の友人は、富山の薬売りみたいといわれて以来、そこでは薬屋さんとして活動している。高校の体育の先生に花粉症の話題を振られても対応に困ってしまう。どう接すればいいのだろうか。そういえば一度、最近、酒を飲んだ後背中が痛いのと、カラオケの歌い過ぎで声が嗄れて困っていると体育の先生であるわたしに相談したおネエチャンがいた。背部痛は、胃潰瘍もしくは慢性膵炎の疑いが強いと思ったけれども体育の先生は内科の受診を強く勧めるだけにとどめた。カラオケの歌いすぎによる声帯ポリープ、もしくは酒、煙草の飲み過ぎで起こるポリープ様声帯によって起こる声の嗄れについては、声を聞いた瞬間に気付いたのだけれども体育の先生は「声、ハスキーだね」としか言わなかった。
話が逸れた。とにかく花粉症の話題は困ったものなのである。耳鼻科医のわたしのときは蘊蓄らしきものを語らなくてはならないようなプレッシャーを感じるし、そうでないときは聞き役に徹する以外に技を持たない。
昨年から自分も花粉症になった。鼻がむずむずする不快感、鼻づまりの息苦しさ、ティッシュの離せない煩わしさ、いままで何と軽く考えてきたことか!これは天罰なのか。けれども、一つだけいいこともあった。花粉症の話題になったとき、自分の症状の辛さを語っていれば良いようになったことである。
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No.17 プリクラ騒動
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「先生のプリクラのせいで大変なことになっちゃったんですよ」
休憩室にいたら病棟の看護婦さんが入ってきてわたしの前に座った。わたしのプリクラと言われてもその看護婦さん(Aさんとする)と写したことはない。プリクラなるもの今まで一度しか撮ったことはない。Aさんと同じ病棟のBさん、Cさんと歓送迎会の2次会でカラオケを待っているときに初プリクラを体験した。わたしも一枚もらい言われるがままに手帳に貼り付けた。どうやら、そのときのプリクラのことのようだ。
翌日、Bさんがそのプリクラを病棟中に配ったらしい。そういえばその日、病棟を回っていたときに「Bさんからプリクラもらいましたよ」とAさんから言われた記憶がある。そうかプリクラって他人に配るものなんだ、とそのときは思った。Aさんも捨てるのも何だからと、それをメモ帳の片隅に何気なく貼っておいたのだそうだ。
そして、事件が起きた。Aさんの彼氏が手帳に張り付いていたプリクラを見つけてしまったのである。彼氏の突っ込みは激しく「なぜ、自分が写っていない、男の写っているプリクラを隠すように貼っているのか」完全に悪い方へ誤解している。「プリクラが嫌いだと言って自分では撮ったこともないくせに、なんで他人が写っているプリクラを大事にそうに持っているんだ」実際にAさんはプリクラ嫌いで今まで撮ったことも、もらったことも無かったとのこと。いろいろ説明をしても、「何気なく貼った」という部分が理解してもらえず困ってしまったということであった。それで、結局そのプリクラはどうしたのかと聞いたら「そのままです」とのこと。剥がすと彼氏が余計に怪しく思うから、そのままにせざるを得ないのだそうだ。
今回の教訓。誤解を招くようなプリクラは撮らない、あげない、もらわない。非プリクラ三原則として此処に掲げておきたい。特に飲み会の場でこの教訓は役に立つものと思われる。また、人目に付かないようにしまって置くほど、見つかったときの誤解も大きいというのも教訓その二としてよいだろう。手帳の表紙に貼っていればそのような問題も起こらなかったであろう。他人しか写っていないプリクラを手帳の表紙に貼るのも勇気がいることであるが、もめ事を避けるためには良い方法である。でも、誤解する人はなにをしても誤解するんだろうな。
今回の騒動にわたしは全く関係ないが、何となく責任を感じたので解決策を授けた。ほかのプリクラをたくさん手に入れ、メモ帳中にいっぱい貼り付ける。それによって最初のプリクラの印象を薄くする作戦はどうだろう。Aさんは納得したようだった。「じゃあ今度、また先生がプリクラ撮ったら、ください。手帳に貼りますから」それは逆効果だと思う。
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No.18 大食い選手権
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大食い番組が好きである。学生時代には新聞のテレビ欄を毎日チェックして、大食い番組がないかどうか、あったときには必ずビデオに収録していた。テレビに出てくるような人は本当にすごい。人間の限界を完全に越えている。オリンピックの100メートル走やマラソンを見ているような感動さえ覚える。新聞の投書欄で「食べ物を粗末にして」とか「くだらない」などと攻撃の対象にされやすいが、あの人たちは食べたいから食べているのである。粗末になどしていない。また、大食いをくだらないとしたら100メートル走はなぜくだらなくないのか説明できるだろうか。何事にしても人間が自分の限界を打ち破ろうとする姿は美しい。
医者になってからテレビ東京の「テレビチャンピオン」の「大食い選手権」に同行する医師として参加したくはないかという話があったが、残念ながらそのとき一応、公務員だったのでその話は断ってしまった。後でいろいろ面倒になるのがいやだったからであるが、状況さえ許せば今でもやりたいと思っている。一度でいいから生であの食べっぷりを見てみたい。
昔、某個人情報雑誌に大食い女性募集の広告を出したこともあった。男性でも良かったが変な勘違いをされるのが怖かったので女性に限らせてもらった。一件だけ反応があった。早速、食事光景を見せてもらいに行ったのだが、食べない食べない、わたしよりも食べない。女性が普通どれくらい食べるのか知らないがごく平均に近い量だったと思う。帰り際に、目に見えて落胆しているわたしを見て「ごめんなさい」なんて言われたけれど、期待が大きかっただけにショックも大きかったのである。オリンピック級は無理でも国体クラスならばなんて考えていたわたしが馬鹿だった。
以前テレビで大食い界の有名人の引退後の特集をやっていたが、引退後はかなり食事の量も減るようだ。やはりスポーツと一緒で旬の時期というものがあるように思う。それにしても一度でいいから、一流の大食い選手の食べているところをこの目で見たいものである。
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No.19 強・中・弱
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一昨年の秋、妙な床屋が病院の近くにあるという話を聞いた。怪しい男たちが何人かでやっているという。オカマがやっているらしいなどと言う噂も聞いた。そんな面白そうな、危険に満ちた床屋があるのか。いても立ってもいられなくなり仕事の帰りに立ち寄ってみた。
入ると普通の美容院風である。中で働いている人はといえば、みな普通の美容師さんといった風情であった。化粧を塗りたくり、派手なワンピースを着た怪獣、を想像していたわたしは少し失望した。呼ばれて鏡の前に座る。
「いらっしゃいませ。今日はどの様な髪型になさいますか」
あくまでも普通なのである。髪を洗い、カットされ、髭を剃ってもらい、何か頭に付けてもらう。やはり普通の床屋であった。ただひとつ気になったのは、何か動作を行う前に必ず「失礼します」と言うことであった。眼鏡を受け取っては「失礼します」、水が掛かった鏡をタオルで拭き取るときも「失礼します」確かにうるさいと思う人はうるさいであろう。この煩わしさが転じてオカマがやっているという事になったのだと思う。しかし、それ以外別段おかしな床屋ではなく、また、腕も確かなのであった。今までなんとかならないのかと密かに思っていたサイドの髪の毛の処理が「やればこう出来るんだ」という思いにかわった。それ以来の行きつけになった。
その床屋は三人の従業員で構成されている。一人は一番年輩、といっても20台後半くらい。彼は同じ話題を何人もの人に話すという芸当を持っている。1月に、わたしが髪を切ってもらっていたときにしてくれた話は、大雪のこと、正月は社長命令で3日から勤務をしたけれど客は全然だったこと、忘年会のこと、などであった。わたしが別の従業員に頭を洗ってもらっているとき、後から入って来た客が彼にカットしてもらっていた。そのときの話がわたしにしていた話と全く同じ内容であった。ほぼ、一字一句変わらない。現代の琵琶法師。こちらでその話のオチを言ってしまおうかと思ってしまうくらい同じなのだ。しかもさっきと同じところで自ら笑ったりして、それはそれで凄いことだ、と思った。
二人目は20台半ばあたりのニイチャン。カットをしている間、ずっと、馬鹿話を続けている。わたしも負けずに突っ込みを入れまくる。彼に当たったときは「馬鹿話選手権」みたいな様相になり、その間は非常に楽しいのだが、終わったあと、笑い疲れるのが難点である。
もう一人は20歳前後の見習い君である。通い付けて1年半くらいになるが未だに髪を洗う、髭を剃る、以外の仕事をしているところを見ていない。カットやブローはまだ早いという事なのだろう。同じ徒弟制度の底辺を担うものとして親近感を覚える。彼は全く私語を発しない。寡黙である。見習い故に慎んでいるのであろう。「失礼します」以外に彼の言葉を聞くことはほとんどない。
床屋さんのサービスにマッサージがある。頭や肩ををぱんぱん、ぐりぐりしてくれて非常に気持ちがいい。これは見習い君が一番上手である。力が強いのだ。ここでは彼の一番長いセリフを聞くことができる。
「マッサージの力の強さには、強、中、弱の3種類がありますがどれになさいますか」
ちょっと強め、とか少し弱くなんて彼の辞書にはない。強、中、弱の3種類しかないのだ。彼の「中」が丁度わたしのツボである。一度だけであるが「強」を注文して文字どうり痛い目にあって以来「中」と決めている。それでもかなりの力である。しかし彼は息一つ上げることなくこの任務を遂行するのである。途中で力が緩んだりすることも全くないのだ。
すべてが終わり支払いの際に、いつも見習い君の背中をそっと見るのだが、今のところスイッチは見つかっていない。
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No.20 ニンニク礼賛
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ものを食べている自分を振り返ってみると、そのときどきでいろいろなわたしが食べていることが分かる。病院の食堂で午後の2時過ぎにひとりカレーを食べているわたしは、外来が終わってほっとしている耳鼻科医のわたしであることが多い。カレーを食べながら考えていることは午後の仕事の段取りだったりする。ときどき、味噌汁について考察したがる「食べたもの日記」のわたしが登場することもあるが。
行きつけの中華料理屋でレバニラ炒めを頼むわたしは仕事帰りの独身男性である。新聞を眺めながら出てきたレバニラを平らげ、素早く支払いを済ませて足早に店を去る。一人で4人掛けテーブルを独占している負い目がわたしをそうさせる。なぜかこの店ではみんな相席を好まないのだ。
自宅でテレビを見ながらコンビニ弁当をぼそぼそと口に運んでいるのは仕事から解放されたわたしである。難しいことや面倒くさいことを考えなくていい時間をひたすら楽しんでいる。テレビに気が行っていて後で何を食べたのか思い出せないことも多い。こうなるとおいしいも、まずいも関係なくなってしまう。というわけで、コンビニ弁当についてはあまり思い入れがない。コンビニ弁当はぼーっとした時間を過ごすためのおまけにしか過ぎないのだから。
いすれの自分も食べることに集中していない。観察しているわたしのときでさえ、食べたものには大きな関心を寄せているが、今、食べているものをそのまま感じる自分というモードにはなっていない。
しかし、一つだけわたしを食べていることに集中させてくれるものがある。ニンニクである。どんなものであれ、ニンニクのきいたものを食べるとき、それを食べていることに完全に意識が行ってしまう。時間、空間について全く意識しない、目の前のその食べ物の味を楽しむだけの存在になる。そんなとき周りから見ると「行っちゃった人」になっているのかもしれない。無我の境地とはこの様なことを言うのではないか。幼い子が遊びに夢中になって、呼んでも気付かない、ご飯もいらない、そんな感じに似ている。とにかくニンニク料理を食べているときは至福の時間なのだ。
研修医のときに夏休みを2週間もらった。1週間は旅行などをしたのだが残りの1週間は予定がなかったのでニンニク週間として過ごした。普段は社会生活をしている都合、金曜の夜、もしくは土曜日にしか食べないニンニクを1週間毎食食べ続けようという企画であった。家にこもり、パスタ、焼き肉、チャーハン等々、思いつくニンニク料理を作っては、食べまくった。そのときは精神的には快調であったが、消化管が悲鳴を上げてしまったので4日ほどで終了してしまったのであるが。
精神的に快楽の得られるといわれる非合法的薬物類は街角で高い値段で取り引きされているという。薬局で手に入る「ブロン」(コデインを含有)も以前は何本もまとめて買い求めていく若者を見かけたが、最近は陳列棚に置かなくなってきているようでそのような若者も見なくなった。それに比べるとニンニクはどこのスーパーでも合法的に入手可能で、高いものでもせいぜい一個数百円である。食べ過ぎによる副作用も軽微で、せいぜいお腹をこわしたり、他人にいやな顔をされる程度である。こんなに手軽にこんなに大きな幸福を手に入れて良いのだろうか。

