雑文No.31〜35
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No.31 クラクラ
先日、どこかのスポーツ新聞を読んでいたらストーカーの話が出ていた。犯人は中年男性、被害者は看護婦さんだそうだ。男はとある病気で病院に入院していたそうな。入院中に優しくしてもらった担当の看護婦さんに完全に参ってしまい、退院後も病院の外でつけ回していたという。そして声をかけても無視されたことに腹を立てて、刃傷沙汰に及んでしまったらしい。
刃傷沙汰を起こすかどうかは別として、この男の気持ちは分からないわけでもない。
3年前くらいのこと、風邪をひいて家に帰ってダウンしていたときのこと、深夜にポケベルが鳴った。病棟からだった。入院中の患者さんの容態がおかしくなったとのこと。急いで駆けつけ、採血などを行う。結果が出るまでには1時間弱かかる。それまで処置室のベッドで横になることにした。熱でボーとする頭、ふるえる体、倦怠感に、関節痛。風邪症状が出そろっていた。クッションの固いベッドの上で背中を丸めてうずくまっていたとき病棟の看護婦さんが掛け布団を持って来てくれた。「それじゃあ、寒いでしょう」「あ、ありがとう」うっ、う……、嬉しかった。その看護婦さんにクラクラしてしまった。熱のせいもあったのかもしれないが。
病気や怪我などで身体や精神が弱っているときに出会った優しさに、人間はクラクラしてしまいやすい傾向にあるようである。お仕事で優しくされているということが、身も心も衰弱しているせいで判らなくなり、好意で優しくされているのだと勘違いしてしまうのであろう。カノジョハジブンノコトガスキナノデハナイカ?病院で担当の看護婦さんに恋をするなんていうのはその典型だけど、自分が体験するとは思わなかった。
その後しばらくクラクラは続いたけれども、風邪が治ったのと同じ頃にクラクラも治まった。その看護婦さんは他の男性をクラクラさせ続けたようで、その後、すぐに結婚退職してしまった。
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No.32 公然マッサージ
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ある晴れた秋の午後、私たちは繁華街に向かう道すがらのオフィスビルの前に座り込んでいた。少し歩き続けて疲れたためだった。ビルの前の石垣に腰掛けて、その隣のコンビニで購入したフルーツゼリーを食していた。
前のオフィスビルはガラス張りで中がよく見える。ビルの中のロビーのソファーで怪しい行為をしていた二人を見つけた。
男女二人で、男は背広姿、女性は普通のOLの通勤服という風情。女性はソファーに腰掛け、男は女性の前や後ろにとちょこまかと位置を変えている。何をしているのか。ビルの中まで入ってみることにした。自動ドアをくぐってオフィスビルの中に入る。今日は休日。オフィスビルだけあって、ロビーは閑散としている。左側に彼らの姿を見つけた。何気なく近寄り、ソファーに腰掛けて感づかれないように二人の姿を観察した。男は女性にマッサージを施していたのであった。男女共に30代前半といったところか。しかし、二人の仲は親密といった感じではなく、男の動きもビジネスライクで恋人の二人という感じではなかった。男の手つきは確かで、プロを感じさせた。ここまで声は届いてはこないが、男は何かツボの解説を加えているようであった。
近づいての観察を終え、先程の場所に戻り、再度二人を見守っていた。30分ほど経ってもまだマッサージは続いている。もし、デートの途中で彼女が疲れて「ねー、疲れちゃった。マッサージして〜」というパターンなのであれば、男性が5分も肩をもんでいればすむであろう。しかし彼は肩から腰まで入念にマッサージし続けている。彼の仕事は明らかにプロの仕事のそれであった。
それにしても、なぜ休日のオフィスビルのロビーなのだろう。
休日出勤のOL。平日にこなしきれかった仕事を、休日に誰もいないオフィスで片づける。さあ、そろそろ仕事も終わりだ。ディスプレイを見つめ続けて肩が張っているけれどマッサージしてくれる人は誰もいない。そうだ、この間情報誌に載っていた出張マッサージに電話してみよう。だけどどこでしてもらおうか。オフィス、自宅、どちらにしても自分の他に人がいないところは危険だ。そうだ、このビルのロビーであれば人目もあるし……という経緯で彼女は出張マッサージャーを雇ったのではないか。あの男の笑っていない顔、真剣な目つき、手慣れた手つきと粘り強さ、彼は職業としてマッサージをしていたに違いない。
それにしても、最近マッサージが公然化しつつある。例えば健康ランドや日帰りの温泉の休憩室。若い男女が憑かれたかのようにお互いにマッサージし合っている。何も人前でそんなことしないでもという気もするが、これについてはわたしの中では許容範囲内である。まあ、場所が場所なのでそうしたくなる気持ちも分かるかなあという感じである。しかし、オフィスビルのロビーはないだろう。場所としてあまりにそぐわないような気がする。誰かに見られていないと気持ちよくないと言う人目フェチの一種なのだろうか?
そんなことをしばらくボーっと考えていた。
人通りの激しい歩道の石垣に腰掛けてコンビニ・ゼリーを食していた我々は後から考えるとかなり人目を引いていたに違いない。
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No.33 新幹線の鼻はなぜ伸びる?
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700系のぞみ。先日新聞に大きく発表された。まるでカモノハシのような長く伸びた鼻(くちばし?)が特徴的である。従来の新幹線たちと並んで一緒に写っている図。新幹線の進化の系譜とも言える。これを見て誰もが気付いたであろう。「新幹線は進化と共に鼻が伸びている」ということを。
わたしはこの新しいのぞみが気に入らない。理由は700系のぞみがカモノハシに似ているからではない。カモノハシに似ていること事態は可愛らしくて結構なことである。いやなのはあのオドロオドロしく長い、あの鼻の存在である。
なぜ、新幹線の鼻が伸び続けているのだろうか。まず一点、考えられるのは空気抵抗の問題であろう。平均走行速度の上昇に伴って、空気抵抗もそれに比例して大きくなる。これを小さくするためにあのように空気力学的に有利なより尖った長い鼻を持つに至ったということは想像に難くない。しかし本当に理由はそれだけなのだろうか?
子供の頃に買ってもらった科学の本の中に、必ずと言っていいほど「未来の私たちの生活」というような項目があった。空飛ぶ円盤のような形の自動車に乗ってボタン一つで目的地に向かい、世界は超高速の列車によって結ばれる。そのときに描かれていた、超高速弾丸列車が例のカモノハシにそっくりなのである。
要するにJRの描く「未来」や「スピード」というイメージの具現の仕方が陳腐であることが気に入らないのである。幼児の思い描く未来のようで。ドラえもんは未来を描いているがいかにも未来風といった「先の尖った」道具は出てこない。また。仮面ライダーシリーズで彼らは進化していったが、途中ライダーマンという、落ちこぼれキャラが出てきたりで単純な進化一辺倒ではなかった。鼻を伸ばすだけが進化ではないと思うのである。
ここでJRに一つ提案したい。名付けて「羊の皮を被った狼」号。初代の新幹線の外装を用いて中身は最新。のぞみの切符を買って「なんだよ、せっかくのぞみのチケット買ったのにこれが来ちゃったよ。」と憤っている人が実際に乗ってみて「あれ、中が広いや。レッグルームも十分だ。シートの座り心地もいいし、スピードも、あっ、330km/hもでてる!」と感激するような新幹線。そうすればあのようなオドロオドロしく長い鼻なんて必要ないと思うのである。JRの方、この案いかがでしょうか。
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No.34 伊勢エビ、ギシオ
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子供の頃、父親がどこからか伊勢エビをもらってきたことがあった。木の箱を開け、中に入ったおがくずを取り出すと、「ギシギシ」と奇妙な音を発しながら関節を軋ませている生きた伊勢エビが顔を出した。犬、猫、鳩、ウサギ、文鳥、金魚等々、昔から様々な生き物を飼ってきた我が家。妹が気に入ってしまい、その伊勢エビに「ギシオ」と命名した。箱から取り出された後はギシオはもう妹の玩具と化した。ハサミでそこらにあった紐を切るように強制させられたり、棒状のものでつつかれて驚きギシギシと音を立てて逃げまどったり、もうそこには伊勢エビハラスメントというべき光景が繰り広げられた。口からブクブクと吐きだされている泡は涙の粒のようにも見え、己の運命を呪っているかのようであった。
さて、ではどうやってこの伊勢エビを調理しようかと父親が切り出したとき、今度は妹が大粒の涙を流して抵抗する番であった。「ギシオを食べるなんて……」
後に父親が述懐するに「あそこであれを食べていたら、一生恨まれていた」といわせるばかりの凄まじい妹の抵抗。緊急家族会議が開かれ、ここでこれを食べるのは危険と判断。結局、ある晴れた、昼下がり、ギシオは近所の親戚の家にドナドナされていった。茹で上げられ真っ赤に色が変わったギシオはそれはもう、すばらしい味であったそうである。
名前の付いた生き物を人間は食べられない。例えば桜肉。居酒屋などでときどき見かけるが、もし、その桜肉のコピーで「今年の夏までに1勝も出来なかったマッタリシリウス号の肩肉。競争では三流だったけれど、お味は一流!」なんて書いてあっても、食欲は湧かない。
家に帰って「今日の晩御飯は今朝まで庭で元気に飛び回っていたヒヨちゃんの唐揚げよ」なんて言われても、「やっぱり日頃活発だっただけあって、ヒヨちゃんの肉は締まっていておいしいね」とはなかなか返せないものであろう。存命中の写真を飾り、線香をあげ、お経を唱え、在りし日の思いで話をしながらヒヨちゃんの肉を食すというのも、かなり趣味が悪いと思う。
逆に言うと、生き物に名前を付けると言うことは「あなたを食べません」と宣言することなのだと思う。というわけで、もらってきたと同時に名前を付けてかわいがってしまった家の伊勢エビは食べるという目的からは大きく外れてしまったことになる。
名前の付いた生き物を人間は食べられない。最近これを応用して、食べたいけれど夕飯後に満腹で食べられなかったケーキやプリンなどのパッケージにマジックで名前を書き込んでいる。「ジョン」「メアリー」等々、名前の書かれた食物が詰まった冷蔵庫……。ちなみに効果はない。
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No.35 ライチはどこでつくられる?
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大学生の頃、運動部の練習が終わった後、皆でよくファミリーレストランに夕飯を食べに行った。そのころは丁度バブル全盛の時代でファミリーレストランのメニューの中にさえ「コース」なるものが存在していた頃でもあった。どういう風の吹き回しか、その日、某友人がオーダーしたものは和風ハンバーグステーキ・コース。これは和風ハンバーグステーキ・セットとは明らかに一線を画すものであった。「セット」にはパンもしくはライスとコーヒーが付いてくるのに比べ、コースにはそれに加えサラダとデザートが付いてくるのであった。
普段は「セット」以上のものを頼まない質素な彼が「コース」を選択したことにその場の皆の注目が行った。なぜだ、なぜなんだ。聞いてみると、「このデザートのライチっていうものを食べてみたかったから」という答えであった。
「ライチってどんな味」彼が聞く。彼はライチを食べたことがなかったらしい。
わたしの中の何者かが目覚めた。
「ポカリスエットを固めたような味だよ。ライチって中国で作られている工業製品でポカリスエットと似た味がする液体を特殊な技術で丸く固めているんだ。中に種が入っているけれどあれは中国政府が植物の種に見えるようにってビワの種をわざわざ中に詰めているんだって」
「へー、良く知ってるね」
「この間、テレビでやってたよ。それから、外側の皮はコルクを球状に削って作るんだって。これが職人技で10年以上の修行が必要なんだって」
「それにしても、何で中国はこんなもの工業製品として作ってるの?」
「普通の工業製品を作っても技術力を他国に見せつけることはできないから、本物の果物に見える工業製品を作ることで技術力を誇ろうってことらしいよ」
「ふうん」
そんなことを話しているうちにライチがやってきた。
「うわあ、本物の果物みたいだあ。コルクの皮をむいたら、中から白い果物みたいなものが出てきたあ。あ、本当にポカリスエットな味だ。これが、ビワの種かあ」
本当に愛すべき友人である。そして、彼は大学の卒業旅行で中国に旅立ったのである。卒業以来会っていないので中国で彼がライチ工場に行き着けたのかどうかは聞いていない。
