雑文No.36〜40

No.36 イタリア食べたもの日記2(1)

夏休みは北海道で涼しくリゾート気分で過ごす筈だったのだ、あの広告を目にするまでは。ある雑誌の紙面に載った小さな広告。「BUON'ITALIA 食とワインの旅9日間」大手旅行代理店の企画したツアーだ。これが我々のこの夏の大イベントとなった。

内容を見るとイタリア各地(ローマ、フィレンツェ、パルマ、ミラノ他)を巡りながら各地のうまい食べ物、おいしいワインを食いまくって飲みまくろうというとっても享楽的な旅行のようであった。この企画に諸手を挙げて賛同した我々は早速申し込みをした。しかし旅行自体は食の季節、秋になってからの出発しか設定されておらず、それまでは長く暑い夏を過ごした。

遂に遅い夏休みが訪れ、出発の日となった。ツアー自体は金曜日の出発であったが、仕事の都合で私たちふたりだけ土曜日の出発としてもらい、現地で二日目から合流ということにしてあった。ホテルまでは自力の旅ということである。飛行機の乗り継ぎもうまく行き、ローマの空港からのタクシーも奇跡的にぼられることなく宿泊するべきホテルにたどり着いた。到着して部屋に入り落ち着くと午後11時。「遅いけど、一応、着きましたって、添乗員さんに電話しておこうか」とホテルのフロントのおじさんから渡されたメモを見ながら添乗員さんのへやにtel。しかし添乗員さんは出ない。「寝てるのかなあ、まあいいか」

翌日聞いた話でこのツアーの恐ろしさを知った。昨日はローマの郊外のリストランテ(レストラン)で夕食をとるということになっていたのであるが、このリストランテの食事のサーブが非常にのんびりしていたために食事が終わってホテルに着いたのが午前1時を過ぎていたとのこと。つまり昨日我々が電話をしたときはまだリストランテで食事の真っ最中であったということである。うーむ、濃い旅行になりそうだ。

No.37 イタリア食べたもの日記2(2)

空腹で目が覚める。朝だ、朝飯だ。

ローマでの朝食は寂しかった。コーヒーとパン数種類。バターとジャム少々といったところ。ツアーのパンフレットの注意書きに「このツアーでは昼食、夕食をおいしく食べていただくために、朝食はコンチネンタル・ブレックファーストをご用意してあります」とあったので仕方がない。

さて出発。バスに乗り込んで、初めてこのツアーの参加者の顔ぶれを見る。思っていたよりも若い人が多い。

今日はルンガロッティーのワイン博物館に行って、そのままフィレンツェ郊外のイタリアン・ヴィラに宿泊する予定だ。途中、ドライブインでトイレ休憩。ここはお土産品などを売っているごく普通のドライブインだったのであるが、周りの皆さん、買う買う。パスタやら唐辛子やら甘いお菓子やら……。置物や、装飾品等を購入している人は皆無。ただひたすらに食料品に向かう真摯な姿勢。同士が集ったツアーであることを再認識し、感激した。

ワイン博物館に到着。中はワインについての歴史について詳しい。ワインについてというよりもワインを作る道具などについての歴史といった方がいい。だから、ワインのソフト(銘柄とか葡萄の種類など)についてお勉強出来ると思っていた我々は少しハズされた感じ。

昼時になり博物館の隣のワインショップにてワインの試飲。つまみにはブルスケッタ風(カナッペのようなもの)のものが出された。何種類かあったがこの中ではタマネギを炒めたものをトッピングしたものが一番気に入った。

気に入ったワインをめいめい購入したりしたあと、店を出た。予定ではこのままバスに乗り込みフィレンツェに向かうことになっていた。が、「何となく、お腹、足りなくないですか」との添乗員さんの提言に一部の人を除いた皆が頷き、結局予定が急遽変更となり、近くにあったトラットリア(気軽なレストラン)で飲み直しならぬ食い直しをして行くことになった。我々は違うけれど、他の人は本日の午前1時近くまで昨日の夕食を食べていた人たち。このツアーの参加者の食に対する飽くなき探求心についてはただただ驚嘆するばかりである。

さて、予約も無しに10人ほどの日本人が彷徨い込んだ田舎の小さなトラットリア。今日出来るのはこれだけだよっていわれたのは、アンティパスト(前菜)として色んなもののオリーブオイル漬け。プリモ(第一の皿)としてパッパルテッレのトマトソースと黒トリュフのパッパルテッレの盛り合わせ。セコンド以降はさすがに頼まなかった。さっき、あれほどワインを試飲したのに、まだワインをオーダーしている人もいる。

色んなものをオリーブオイルに漬けたものは見た目単純だけれどお味の方はなかなか複雑。トマト、キノコ類、ナス、など、一度乾燥させたものをオリーブオイルで戻すという手法を用いたこれらの食物はがぶっと囓るとグジュッと中に染み込んだオイルと、乾燥する事によって凝縮された旨みのエキスが同時に放出されて、うまいうまい、ということになる。うまいんだけれどただ一つ困ったことは量が半端ではないってこと。普段我々がカレーを食べるくらいの大きさの皿に山盛り入って、これが一人前なのである。満腹だったので少し残したら店のおばちゃんに「全部食え」って叱られてしまった。はい、食べましたよ、勿論。もったいないですから。

パスタも絶品であった。パッパルテッレは自家製。きしめんの二倍くらいの太さの麺。茹で具合も上々。トマトソースは基本通りの優しい味。トリュフ入りものは香しい。食べるとトリュフがふわっと匂って少しこってりしたソースと太い麺がよく合う。ふらっと立ち寄った、こんな田舎のトラットリアでさえこんなにうまいものを出すこの国、イタリア。試飲したワインも効いてきて昼間っからかなり幸せモードに突入しつつある。

さて、腹も脹れたし出発だ。フィレンツェ郊外の今夜の宿に向かう。食いしん坊たちを乗せたバスは黄色く色づいた初秋のトスカーナの小径を走る。

夕刻にホテル到着。夕食はこのホテルのリストランテで、シェフによる料理教室が行われる予定。作った料理を自ら夕食として味見をするという企画。

夕食の時刻になり集合してリストランテに入る。すると我々が作る予定であった筈の料理が、もう既に調理され並べてある。シェフが言うには、急にアメリカ人団体の食事の世話をする羽目になり、忙しくなり時間的余裕がないので料理教室は行えなくなったとのこと。参加者、皆がっかりしたようであったが、食欲をそそる料理を目の前にしてそんなことはすっかり忘れてしまい、中止のお詫びにと振る舞われたワインですっかりいい気分になっていた。

まず、クロスティーニから食べる。トーストしたパンの上にレバーペースト、トマトとバジルとオリーブオイル、塩とオリーブオイルだけ、の3種類のトッピングが用意してある。(写真左)これは焼いたパンが冷めていて少し興ざめ。かりっと焼きたてのパンにかじり付くときのあの食感と香ばしい香りが失われている。トッピングの方はまずまず、可もなく不可も無くといった感じ。

次いでパンツァラネッラに挑戦。言ってみれば「パンのサラダ」である。野菜、パンを細かく千切ってバットに入れ、塩、胡椒、オリーブオイル、酢で味付けをして、半日ほど寝かせて置いたものらしい。ここトスカーナの有名な家庭料理であるとのこと。家庭で出た固くなったパンや野菜の端切れが材料になるらしい。食べる。ふうむ、何と言ったらいいか。少しボリューム感の強いサラダといった感じである。家庭で作るちらし寿司に通じる主食感も漂わせている。酢とパンが同居する光景は日本ではなかなか見ることが出来ないが、こんな食べ方もありなのかという驚きを受けた。現地ガイドの人が「わたしもよく作るんですけれどこんなに上手には出来ない」と言うほどのプロの作る家庭料理であった。

つぎは地元プロシュート(生ハム)とフロマージ(チーズ)の盛り合わせ。さすがにこちらの生ハムは味が濃い。ついでに塩辛い。甘い完熟のマスカットと一緒に食べたら塩気が丁度良くなって、ワインのお供には最高になった。地元チーズとしてはペコリーノチーズが用意されていた。こちらもただ食べるには少し塩気がきついのだが、添えてあった洋梨と一緒に口に含むと何とも不思議なことに塩気は気にならなくなり、洋梨の甘さとそれを脇から支えるこってり感と塩気をペコリーノチーズが与えるという旨みの構造に、思わずにんまりしてしまう。

そしてリボリータ。トスカーナ風野菜と豆の煮込みである。見たごく普通の野菜スープ。食してみると優しい味だけれど、どこかでこってりしたコクも出ている。野菜それぞれがそれ自体の味を十分に出している。そしてその上での全体の調和。イタリアを食べた、という気にさせてくれた一品であった。パンが入っているのだけれど、これがうまく煮崩れていててんぷらそばの衣が麩のようにとろけてきた状態にそっくりで絶品であった。

メインはフローレンス風豚肉(写真右)。焼いた豚肉にほうれん草のソースがかかっている。やはり味付けには凝っておらず、素材一本勝負。ここにたどり着くまでにかなり満腹となっていたせいか、あまり印象に残らない料理だった。

最後、ドルチェはズコット(フローレンス風帽子形のケーキ)。でかい。甘い。でも皆、殆ど平らげていた。実に健啖な集団である。自分を含めてなのであるが。

部屋に戻って、寝る前に太田胃散を飲んだ。

 

No.38 ねえ、ちゃんとお風呂はいってる?

朝の通勤電車。少し混み始めてきた雨の日の各駅停車。少し早く家を出たため、いつもとは違う電車に乗りこんだ。割と空いた電車でわたしは席に着くことが出来た。途中の駅から小学生の一団が乗り込んできた。お揃いの制服、学校指定と思われる黒いランドセルに黄色い雨傘、そして麦わら帽子。いいところの坊ちゃん、嬢ちゃんの通う私立小学校の生徒であることは一目で分かった。いつもとは時間帯が違うせいかその集団と出くわすのは初めてであった。

小学校1、2年の低学年の悪ガキから6年生くらいの落ち着きのある子までバラエティーに富んでいる。車内で低学年の子がふざけて騒ぎ始める。ふざけが徐々にエスカレートしていく。これは限度を超えているなと判断されると、最上級と思われるお姉ちゃん役の子ががきっとにらむ。すると彼らは一瞬にして静かになる。これが何度もなんども繰り返される。面白いくらいに隊の統制はとれていた。日頃、遠足などの子供の集団に出会う度に憂鬱な思いをしているだけに、本日出会ったこの集団には好感が持てた。

各駅停車で次々と隊の構成人員が増えていく。

途中から隊に加わった小学校3年生くらいの少年が、別の同学年くらいの男の子に放った言葉はわたしの関心を誘った。

「ねえ、ちゃんとお風呂はいってる?」

「?」

言われた方の子供は困惑していた。わたしも何の意図があって彼がこんなことを言うのか、真意をはかりかねた。もしかして、言われた方の子供がすごく汗臭くて「風呂くらい毎日きちんと入れよ」という意味なのだろうか?しかし、彼の身なりは、いいとこの坊ちゃんらしくきちっとしているし、わたしのところにはそういったたぐいの香りは漂ってこなかった。最近の小学生にも清潔ブームは到来しているのだろうか。朝シャンくらいしていかないと「クサイ奴」呼ばわりされてしまうのだろうか。

彼はもう一度大きな声で繰り返した。

「ねえ、ちゃんとお風呂はいってる?」

「入ってるよ」

言われた子供は煩そうに答えた。

「わーい、まだ姉ちゃんとお風呂入ってるんだ。恥ずかし〜い」

わたしは眩暈を覚えた。そうだ、どこかで聴いたことのあるフレーズだと思ったらこれだったのか。わたしが子供だった時代から考えると少なくとも4半世紀はこのフレーズは生き残ってきたのであった。それにしてもこれはいつ何処で誰が考えたんだろうなどと考えていた矢先、先程姉ちゃんと風呂に入っていると囃された子が語った。

「姉ちゃんは、去年病気で死んじゃったんだ」

 

車内が凍った。

何という展開。わたしはあまりのショックのために彼の顔を仰ぎ見ることは出来なかった。彼がいまどんな顔をしてこれを語っているのだろうか、日頃きっとそんなことおくびにも出さなようにして元気に毎日を送っているんだろうなとか、子供が死んでしまう病気って何だったのだろうか、など様々なことがわたしの頭の中を駆けめぐった。それにしても許せないのは「ねえ、ちゃんと……」と聞いた彼である。私立小学校での長年の通学の友だろうに、姉弟の事情を知らないわけもないだろうに、馬鹿なことを言ったものだ。

車内は未だに凍っていた。

誰も何も言い出せないこの雰囲気。この静謐な時間は永遠に続くのではないかと思った。

すると姉を亡くしたと言った彼が語った。

「なんちゃって」

わたしは驚いてひっくり返りそうになった。作り話なの?病気のねえちゃんは嘘なのか。

騙された、見事に。この小学生に……。

そしてまだ混乱の渦を巻いている頭を抱えながら、彼らを電車に残してわたしは途中の乗換駅で下車した。

後でわたしは考えた。あそこで「なんちゃって」と彼は否定したが、姉の話は事実だったのではなかろうか。あの場の深遠な沈黙の空気を和らげるために、あえて「なんちゃって」と言ってのけたのではなかろうか。何という友達思い、気遣いなのだろう。

そんなに小さい頃から周りに気を使って生きていると将来大物にはなれないよ、と声を掛けてあげたいのであるが、あれ以来彼らには遭遇していない。

 

No.39 メロン道

果物界のランキングを考えてみよう。底辺にはまずわたしの好物、ミカンが挙げられる。単価が安くそして甘くて酸っぱくてコタツによく合う。いわば庶民の友。その対局、果物界の頂点にメロンは鎮座している。特にマスクメロン系の大きくて、表面に網目のあるメロン。甘さ、香りの高さ、そして値段、いずれの点からも果物の王様として揺るぎ無い地位を得ている。

ときどき、恐れ多くもこの王者たるメロンが私たちの口に降りて来て下さることがある。けれども、食べ慣れないことによる緊張感、身分不相応感から萎縮してしまい、メロン本来の味を楽しむこともなく、ただただ、ありがたい気分に浸るだけということがしばしばである。特に丸ごと一つのメロンに関してこの現象が生じる。料理店などで供される4分の1もしくは8分の1にカットされたメロンであれば何とか対等につき合ってもらえる感じがするのであるが、丸ごと一つで表面に網目があるものであったりすると恭しく頭上に掲げなくてはならないような気がしてしまうのである。ははー、って感じで。

この主客逆転現象に歯止めをかけるべく、メロンに対してなんとか優位に立つ食べ方を発見した。本日はこれを皆に開陳したい。

1.メロンの種類に関して

大きくて丸いものがよろしい。表面にはあのありがたい網目がなければいけない。有り難いメロンほどこの食べ方ではそのメロンが持つ本来の味を味わうことが出来る。つまり安いメロンではあまり意味がないということである。それからスーパーなどで売っている切り身はダメである。4分の1になった切り身を4個そろえても、1個のまあるいメロンの持つあの高貴な、近寄りがたい雰囲気が出ないからである。

2.いかにしてメロンを素にするか

何度も述べているがメロンをあのようなメロンとしている一番のものは網目であると考えている。メロン自体が有り難いのではなく網目という記号がありがたいのである。つまりメロンを我々のレベルまで降りてきて貰うためには網目を取り去ればいいのである。

普通メロンは皮のついたまま4分の1または8分の1に切って、種を取り去り、その実をスプーン等で掬ったり、ナイフとフォークで切り出してきて食す。この常識が今まで我々をメロンに対して縮こまらせる原因だった。メロンの皮の表面の網目が残っているからである。それを克服するには方法は一つしかない。剥くことである。リンゴや梨のように皮を剥くのである。

皮を剥くことによってメロンと網目が分離され、メロンの本質が見えてくる。気取っているやな奴って思ってたけどホントはメロンって良い奴じゃん、こんな感想が聞こえてくる。そう、メロン道の本質はメロンを素にする事によって、高貴なメロンに慣れない我々もメロンの持つ本来の味わいを楽しもうということなのである。皮の剥かれたメロンは素っ裸な黄緑色の球体である。戸惑いを隠せないまん丸なキュウリといった風情でもある。衣を纏っていたときには「わたしって凄いんです」という光線をビンビン発していたのに、それを一枚剥いだだけでしょぼんと立ちすくんでいる。ここで初めてメロンに共感できる。同じ地に立つことが出来るのである。

3.メロンの食べ方

後はどうやって食べてもよろしい。もう十分にメロンとしっくりした関係を築いているからである。しかし、それでもまだ更にメロンに対して優位に立ちたいという人には次の方法をお奨めする。

剥いた裸のメロンを両手でつかむ。そして頭からかぶりつくのである。そう、ガブッとね。これはサルに芸を仕込む前に人間が優位を示すために行う儀式を参考にした。メロンの頭に噛みつくことでメロンに対してこちらが上であることを示すのである。これによりメロンに対して完全に優位な立場を得ることが出来る。

以上がメロン道の極意である。

さあ、これで諸君らもメロンの本当の旨さを味わってくれたまへ。 

No.40 イタリア食べたもの日記2(3)

さて、本日はイタリア旅行3日目。

朝食はホテルのレストラン。バイキング方式でチーズ、生ハム、ヨーグルトなどを食す。飾りのように置いてある果物が食べたてみたくなった。バナナ、黄桃、プラムを手に取る。席に戻ってナイフとフォークで皮を剥いて食べる。バナナは日本で食べるのと同じ味(バナナはイタリアでも台湾やフィリピンからの輸入物)。黄桃は酸っぱい。日本の白桃とは違うもの。でも、甘いヨーグルトをかけてみたらこれがいける。缶詰の黄桃がもっとフレッシュになった感じ。プラムは甘くて美味。

朝御飯が終わると出発。

本日はフィレンツェの郊外、ワインの名産地モンタルチーノのワイナリーで昼食、ワインのテイスティングの予定。バスでフィレンツェの郊外をひた走ること2時間ほど、モンタルチーノで新興のワイナリー「BANFI」に到着。ここで日本人のソムリエ氏に案内を受けることになった。まず工場の見学から。アメリカ資本の新しいワイナリーで施設が非常に近代的なことに驚いた。ぴかぴかのステンレスタンクや訳の分からないボタンやランプのたくさんついた大層な機械と一緒にオーク樽が置かれているのが何となく不思議な感じ。わたしは全くワインに関しては素人で知らなかったのであるがここではイタリアでも最高品質を誇る「ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ」なる高級ワインを生産している。やはり高級ワインは他のワインとは違う丁重な扱いを受けていた。

工場案内が終わり、昼食に。山の上のカステッロ(お城)がこの会社が持つレストランになっている。まずエノテカ(ワインショップ)に入るとスプマンテ(スパークリングワイン)が食前酒として振る舞われる。甘みが少ないすっきりした味。そしてそのままレストランに入場。お城の広い一室を改造したレストラン。雰囲気は最高。皆の期待も最高潮に。

アンティパストは3種類のクロスティーニ(カナッペのようなもの)とサラミ3種。バターとクラッシュしたクルミを和えたクロスティーニは今まで味わったことのないフレッシュなバターの味と香りと香ばしいつぶつぶクルミ。これ一つ目でノックアウトされてしまった。うまい、うますぎる。トマトのアーリオ・オーリオ風味はフツウの味だけれどなかなかいける。オリーブの実のペーストは初めて食べてけれどまあまあ。

プリモ・ピアット(第一の皿)として挽肉トマトソース味のパッパルテッレ。きしめんの如く太く、存在感のあるパッパルテッレは当然だけれど生麺。凝縮されたトマトソースと挽肉の濃厚なソースをパッパルテッレが引き立てる。

セコンド・ピアット(第2の皿)はビステッカ(ビーフステーキ)とポテト。ビステッカは焼き加減が最高。日本の高級肉のように軟らかい肉ではないけれど、噛みしめていると旨みがジュワーと染み出てくる。炭焼き独特の風味がたまらない。そして本日最高にうまかったものはビステッカに添えられていたポテト。オリーブオイルと岩塩とローズマリー(ハーブの一種)で焼いただけの味付けだったけれども、普段食べているジャガイモとは全く異なった味。どっしりとした土のにおいがする。子供の頃に食べたことがある気がする懐かしい味。イタリアの土地をそのまま頬張った満足感。

忘れてはいけないのはフォルマッジ。ペコリーノチーズ2種類。これには洋梨が添えられていた。甘い洋梨と一緒に食べるとペコリーノチーズの塩辛さが抑えられ、ふくよかな発酵した乳製品独特のコクが引き立つ。ワインが進むすすむ。

言い忘れていたが料理ごとに異なったワインが出た。手頃なワインから、先程述べたイタリアの最高峰といわれるブルネッロ・ディ・モンタルチーノまで。ワインのことなんてそれまで全然知らなかったし、興味なかったけれども、目の前に一同を並べて試飲すると明らかにそれぞれ味は違う。口では言い表せなかったけれども、確かに一つ一つ違いがあることが分かる。ただ、一概に高いものが好ましい味ではなかったのが意外であったが、これはわたしのワインに対する味覚が未熟なためなのであろう。ワイン初心者にロマネコンティー(フランスの超高級ワイン)とあのボジョレーヌーボーをブラインドで飲み比べをさせると大概の人がボジョレーを選ぶそうだからワイン道は深く険しい。日本人のソムリエ氏は食事の時も同伴してくれて、私たちの超初心者的な質問からワイン通のここだけの話的なことまで真摯に答えてくれてとても好感が持てた。

ドルチェはセミフレッドの木イチゴソース。セミフレッドとはアイスクリームと生クリームの合いのこみたいなもの。イタリアのドルチェらしくしっかり甘くて食後の腹を更にどっしりとさせてくれる。

食事はここで終了。もう一度エノテカに戻ると食後酒にグラッパが振る舞われた。一口飲むとカーッとくる。葡萄の皮を絞って作られる蒸留酒。アルコール度数は50%近くある。喉から食道にかけてすっきりした。

エノテカでみんなそれぞれお気に入りのワインを購入したあとバスは出発。ワイナリー、リストランテでゆっくり過ごしすぎたため、時間が押し気味。本日はこの後フィレンツェでの市内観光が予定されていたが、雨も降ってきたため皆の希望でこのままホテルに向かうことに。本当に観光には興味のない人たちの集団である。窓から見えるトスカーナの風景。ときどき羊や牛の群れが見える。そんなとき皆の共通の感想は「うまそう……」全くこんな人たちと一緒に旅行できるうれしさよ。

フィレンツェの市内観光をキャンセルしそのままホテルにチェックイン。夜になってもまだ昼食がこなれず、ホテル近くのバルで揚げパンピッツアを購入。ホテルに戻って食べたけれど、どちらも冷めていたせいか美味しくなかった。イタリアにも旨くないものがあることが意外であった。