ホルトハウス房子先生のこと

ホルトハウス房子さんの新刊がでます。待望の本です!(2004年11月)
ホルトハウスさんは、オンリーワンな、最高の料理家であると常々思ってきました。
僭越ながら、新刊を(勝手に)記念して、一人のファンとしてここに記したいと思います。

ホルト先生の教室に通い始めて約2年が経ちます。
先生の教室に通うことは、私の夢でした。料理教室が好きで、25のときから約10年、
いろいろ通っていますが、その最終目標として先生の教室がありました。
大人になったら通いたいと・・・ここでいう大人とは、自分の頭の中にある理想像で
「料理の基本ができていること・気のきく女性であること・誰とでも、同じ態度で、
楽しく会話できること」。
しかーし、この設定があると「一生通えない」ということが分かってきました・・・。
この話を聞いてくれた、ある方がふと「この人に習いたい、だから通う、それだけでいいん
じゃないですか?」と言ってくれました。その言葉が後押しとなり、ラッキーなことも
重なって、教室に通いはじめました。

料理のことはもちろん、美意識、ホスピタリティも「ほんもの」。
どんなに素敵な本を出していて、TVに出たりしていても、「メディアでのその人と、実際とは違う」
ことは少なくないと感じてきました。だからこそ、そのほんもの加減に逆に驚いたのでした。
下に書いたことは、私が個人的に得ていること・感じたことです。

料理のこと
「おいしい料理は、よい香りがするもの」。当たり前のような気がしますが、出来上がったときは
 もちろん、作っている最中の香りが素晴らしい。それは、香草や香りのよいお酒や、先生が
 大切にしている
「ストック」を使うこと、そして火加減にもあるのかもしれません。これは聞いて教わった
 ことではなくて、初めてキッチンに入ったとき、はっとするほど感じたことでした。
 それから、料理をするときは香りを意識するようになりました。「おいしい香りがしているかな?」と。
 いまいちしないときは、たいてい、おいしくできてないです。。
「熱い料理は熱々を」。温かい料理をサーブするときは、まずお皿を熱湯で温めます。これは絶対に
 欠けることはなく、教室だけじゃなくてプライベートでもそうなさっています。そして、サーブしたら即、食べる!
 のんびり写真など撮っていたら・・・盛り付けに気をとられていたら・・・叱られる。
 でも、そのくらい、熱い料理っておいしい。やみくもに熱いんじゃなくて、熱さもおいしさ、のうちに食べること
 って大事なんだなぁ。実感。
「季節を大事にする。野菜・果物のおいしさを生かす」。ホルト先生の料理は、時間がかかることも
 多いし、凝っている西洋料理の印象が強い。バターもたくさん使う。どかん、って肉料理のダイナミックさも
 すごい。でも、野菜はそれ以上に使う。
時間をかけて、手をかけて、野菜のおいしさを引き出す方法
 なのでした。シンプル調理=そのもののおいしさを味わう、という料理ももちろんおいしいけど、充分に
 手をかけるその方法は、あまり知ってる人がいない気がします。素材を大切にする、こういう方法もあって、
 こんなにおいしいなんて。驚きでした。サラダひとつとっても、下準備のこまやかさ、おいしさを重ねる
 ドレッシングのバリエーション、歯ざわりを計算して材料を細かく細かく刻んだり、味のハーモニーを計算して
 盛り付け方や取り分け方を考える。
 でもそれが、決してレストランの料理や学校の料理(いわゆる完璧)を目指しているからではなくて。あくまでも
 家庭料理で、
「それこそが家庭料理」なのでした。 
 野菜や果物の味がすばらしく、まさに旬のものを使う、というのもありますが、先生は「有機だからいいって
 ことはないの。あくまでも、質」とおっしゃいます。なるほど・・・しかし、難しい。
「ホームメイドの完成度」。先生の料理は手をかけるけれども、家庭料理。
 あるときタルトにのせるいちごを、一生懸命並べていたら、「そんなにきれいきれいにしようとしないで」と
 言われてしまいました。ある材料に焼き目をつけていて、きれいなきつね色になって取り出したら「もっと
 焦げたくらいにしてください、少々きたなくなってもいいので。それがおいしいから。」といわれたことも。
 それは、やぼったくすることで出るおいしさとか、
やぼったさが粋、というときもあるのだと思います。
 先生は同じ料理、お菓子を
100回作れば自分のものになると思う、といいます。材料の分量が細かく
 分かったところで、うまくなって、先生と同じ味にできるとは限らない。自分の腕をあげるのは繰り返すこと、
 でもいつもうまくできるとは限らない。それでも作り続ければ、自分の味ができて、料理があくまでも個性
 であることが分かってくるようなのです。先生自身も「いまだに失敗するのよ、うまくできることもあれば
 そうでないこともある」と。作り続けることそのものが、家庭料理の行き着くところなのかも。
  料理で使う胡椒を毎回乳鉢ですりつぶすのですが、あるとき私が「こうやってすりつぶすとやっぱり香りが
 違うんですか?」と聞いたところ、「変わらないかもね。でも、こうするのが、楽しいじゃない?」といわれてびっくり。
 そうか、先生は料理が本当に楽しいんだなぁ。この方に追いつくことは、一生無いな、と思ったのでした。


美意識
 
インテリア、食器、どれもすばらしいものばかり。でも、私にも手に入るものは少ない。
  真似したくても、できないのは、超高級だからではなくて(いやそういうのもあるけど)、ホルト先生らしいもの
 ばかりだから!すべてがご自身の思い出の品であり、美意識フィルターを通してある気がします。
 食器で言えば、国宝級作家のものもあれば、とても素朴なもの、ご友人が作ったもの、非常に古いもの、
 新しいもの。繊細で美しいガラス、上等な漆器、民芸っぽい木の入れ物、金継ぎされた陶器、かわいらしい
 貝でできたサーバー、古いダンスクやルクルーゼの鍋、どれもすごく大切に扱われているので美しいです。
 そう、大事に仕方が違うのです。ぞんざいに扱われているものはひとつもない。
 大切にすみずみまで洗い、よく拭いて、場合によってはオーブンの余熱でちゃんと乾かして、きちんとしまう。
 膨大な数のものがありつつも、素敵なのは、きっとその過程がもうずっと続けられているからなのですね。
 真似したい、けどできないのでありました。
 本当に好きなものはずっとそばにあるもの・・。その量が少ないなら分かるのですが、その量のすごさといったら。
 季節によって、食器棚の風景がちがう。入れ替えられていました。
 毎月、壁に掛けられている絵や置物も入れ替えられているのですが、その絵が季節の空気感にいつも合っている
 ことに感嘆させられます。お持ちの絵も、ハンパな量ではなさそうですが、好きなものを大事に扱うことを維持して
 いくパワー、これが一番すごい。
  テーブルコーディネートに、今らしいスタイリングはないのですが、どことなく、絵画のような感覚。
 個性があって、私は大好きなんです。ずっと絵を描きたかった、というお話を聞いて納得しました。

ホスピタリティ
 初めて教室に入って行ったときの「ようこそ」の笑顔を見て、ずっとこの方を師匠と仰ごうと思った私。
 初めて電話でお話したときは、正直とても厳しいものがありました。しかし、自分のところにきた人には
 最大限のホスピタリティを、と心がけていることが、一瞬にして分かりました。
 いろんなこだわりがある方だけど、「私はこう思うので」というスタンスにあって、押し付けではないし、
 すべてが「あなたがよろしければ、どうぞ」というスタンスなのです。この、人との距離感は、ちょっと
 日本人離れしているけれど、大変ここちいいものだと思いました。
 人にものを教え続けている人のなかには、独特の自信とか否定されたくないというバリアを感じたり、
 その立場に慣れすぎた女性ならではの横柄さというといいすぎですが、感じさせる人もいると思います。
 先生が、長い間、謙虚さというかシャイでチャーミングな面を持ち合わせることができるのはなぜなのかな、
 とそれを理解すべく通いつづけたいです。試食のときに「どう?おいしいかしら?どうかしら?」と毎回聞かれるのも
 何だかある意味、新鮮です。
  最新の映画や賞をとった小説をいち早く観て読んで、「〜だったわね」とサクっと感想を述べられて、
 焦る私。そんな人に、これからなれるだろうか・・・
 こんなふうに書くと「たいしたことないわよ。そんなことないわよ。」と言われそうです。

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