らぁめん 荻窪らぁめんの歴史 らぁめん


 ここでは、インターネット上で語られていた、荻窪ラーメンの由来について語ってみたいと思います。

 そもそも、なぜ荻窪の地にこんなにラーメン屋がという感じがしますが、これは、荻窪の町の発展の仕方にも一因があるようです。

 戦後、荻窪の駅前には闇市がありました。経済の復活とともに中央線沿線の街が徐々に高架化されていくのに対して、荻窪の街は、青梅街道が戦前から陸橋により国鉄の上をまたいでいたこと、地下鉄丸ノ内線の乗り入れ等を原因として、駅が高架化されなかったのです。このことにより、昔からあった店の多くが移転を免れ、闇市としての街の特性が残っていきました。そこに、ラーメン屋の発展する要因があったようです。闇市としては、新宿の思い出横丁でもラーメン屋がみられます。
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 荻窪駅前のタウンセブンは、敗戦後の闇市から発展した商店が集まっていた場所に、杉並区による再開発事業によって1981年9月にたてられたものです。また、いまは広くなっている北口広場は、昭和と平成とにあった2回の再開発によって、小さな商店が立ち退き広がったのです。さらに、駅ビルであるルミネの場所には、元々は青梅街道から運ばれてきた物資などを取り扱う貨物の設備がありました。

 また、戦前からあった荻窪のそば屋で修行していたそば職人の方が、戦後にラーメンが流行であったなどの時代背景から、荻窪でラーメン屋を開業したことも一因のようです。そのような方のなかには、長野県出身の方が多かったようです。
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 丸信、丸長、佐久信などは何か関係があるかもしれません。丸信と丸長は、戦後まもなく開業した人が長野県出身の人だそうです。現在は、佐久信は1980年後半からの荻窪駅前広場拡張事業によってありません。また、この事業によって丸福・丸信は現在地に移転しています。

 ※この内容には、違うところがあるかもしれないのでご注意を・・・。


荻窪のこぼれ話【その1】wrote:2000.08.21
 その昔、荻窪駅北口にあった東急ストア(※現在のオリンピック)の青梅街道をはさんで向かいにあった“佐久信”。テレビ番組でコピーライターI氏が『突然ばかうま』というキャッチコピーを付けて、行列のできる売れるラーメン屋になるようにいろいろと仕掛けたらしい。
 あの当時、私も食べたが、吐くほどまずい店と聞いていたにもかかわらず、意外に食べられる味で呆気にとられた記憶がある。

荻窪のこぼれ話【その2】wrote:2000.08.21
 荻窪にある某ラーメン屋(書いてもよいのですが、あえて書きません)に関してあった話。とある漫画にも採りあげられたそうですが、脱税をした店があるという内容。真実はどうかは知りません。あくまで噂です…。

荻窪のこぼれ話【その3】wrote:2000.08.28
 これは10年くらい前からささやかれている話。現在、荻窪駅北口には天沼3丁目に若杉小学校、天沼2丁目には杉並第五小学校と二つの小学校がありますが、この小学校が統合され、片方は老人ホームになるという噂。その根拠は、10年ほど前から若杉小学校の一学年が一クラスになったからとのこと。少子化は、杉並区でも進んでいます。