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    平成15年9月14日更新しました

そば打ちの写真はこちらです

 「アマチュア手打ち蕎麦北九州板倉庵による」

「実践」手打ち蕎麦の打ち方
のれん
目次

T道具編  
木鉢  打ち板  打ち棒  蕎麦切り包丁  駒板  切り板  その他

   U蕎麦打ち編  
蕎麦粉の入手  用意するもの  水を加える  こねる  丸く延ばす  四角く延ばす  長方形に延ばす  たたむ  切る  保管 
 
V茹でと盛りつけ 
 茹でる  洗う  ざる      

W辛汁甘汁の作り方
辛汁の作り方  薬味  甘汁の作り方
  
X生粉打ち蕎麦、柚切り蕎麦
生粉打 ち蕎麦の作り方  柚切り蕎麦の作り方  参考図書


T 道具編 
<木鉢(こね鉢)>
 本物は木をくりぬいて漆塗りされています。値段もびっくりする位高くなります。江戸時代、火事の時に蕎麦屋が真っ先に担いで逃げたのが、この木鉢だったといわれるほどです。持って逃げられないときは、井戸に放り込んで逃げたともいわれています。
 しかし、初心者は大きなステンレスのボウルで十分です。一家族分のそばを打つなら、通常は、粉500グラムでしょう。粉の状態で100グラムが大体1人前になります。それぐらいなら、何も特別な鉢はいりません。私も初めてのそば打ちは、家庭にあった一番大きなボウルを使いました。出来れば、直径40センチ位の大きなものがあるといいですね。
 ただ、台所用のボウルは底面の平らな部分の面積が狭いので、本格的にやりだした場合、指や腕がつかえてやりにくく感じてきます。
私が使っているのは、ステンレスのボウルではありますが、木鉢の形に加工したもの(底が広い)です。どこでも買えるというわけではありませんが、一部の日曜大工店にあるようです。ここでも売っています。また、一万円ぐらい出せば合成樹脂製の木鉢も買えます。天然木の鉢を買う場合、白木の何も塗装していない物は、避けた方が無難です。水分が木の方に移ってしまってなかなか計算通りにいきません。また、カビが生えやすく、使った後の手入れが面倒です。手が掛からないという意味では、ステンレスに勝る物はないでしょう。

  ただ、将来の話にはなりますが、一回で2キロ以上の玉を打つとなると十分ではありません。直径が2尺(60センチ)以上もある大きな鉢が必要です。最近は、スレンレスのこんなに大きなこね鉢も入手できるようになりました。余談ですが、江戸時代の職人の標準的な一玉は600匁(2.25キロ)だったそうです。そのために、60センチ以上の大きな鉢が必要だったわけです。
 プロは木鉢を固定するため、専用の台を使っています。ただこれは場所をとります。鉢が動いたら蕎麦が打てないということはありません。少しやりにくくはなりますが。下に滑り止めのゴムを敷けば何とかなります。先ほどの特大のステンレスの鉢のように、厚さが3ミリもあるとその重みで勝手には動きにくくなるので、大変使いやすいです。
 もっとも、一般家庭では仕舞う場所の問題もありますので、初めからあんまり大きなものは買わない方が良いかも知れません。
 
 
 ただ、そば打ちの道に入った者としては、やはりあの、二尺以上もある大きな、天然の材木からくり抜いて外は黒、うちは朱に漆塗りした本物の「木鉢」は、ゆくゆくは入手したいですね。特に、1,5キロ以上の玉を打つようになると、あの二尺の木鉢がなぜそんなに大きくて、微妙なカーブがついているのか、その訳がわかってきます。大量に大玉を打つ時、最大にその力を発揮する木鉢だと思います。しかし、数十万円という値段も値段なら、置き場所の確保も大変です。あとにも出てきますが、そば打ちは結構場所をとります。打つ時も、打たないときの道具の仕舞い場所も。そういう意味では、家庭の主(通常は主婦)の理解を得ることは大変大事ですね。一日も早くうまいそばを打てるようになって、配偶者の理解と支援を獲得することが肝要です。
 本物の木鉢が高価になるわけは、材木の希少さがあると思います。鉢の直径が木の太さではありません。そういう方向でなく、縦に立てた形の木取りをします。しかも芯は外します。そうなると、2尺2寸の鉢となるとざっと考えても、直径は1メートル程度はないと取れません。乾燥中に割れてしまったらパーです。トチやセンがよく使われるようですが、そんな大きな天然木は一体どこを探せばいいのか、、、、
いずれ自分で2尺2寸のこね鉢を掘り出したいと考えている私には、材料の入手が最大の課題かなと思います。しかも失敗は出来ません、、、、 どなたか材料の入手の歩法を教えていただけませんか?

<打ち板(麺台)>
 麺体を延ばすときに使う板。最初は、テーブルの上で直にやってもよいが、そば打ちを続ける場合は、あった方がいい。大きいとしまうとき邪魔にはなりますが、一辺が1メートル程もあると作業は大変やりやすくなります。しかし、住宅事情などから見ても高望みはできませんので、500グラム程度を打つのであれば、70センチ四方位でも大丈夫です。これもベニヤ板で代用できます。表面を少し上等に加工した厚めのベニヤ(シナ合板)を買ってきて下さい。90p×90p×1.2cmのものが入手できると思います。3〜4千円くらいでしょう。
 私もベニヤです。初めは少し臭いがありますが、よく拭いて使っているうちに消えてしまいます。これで、1.2キロの玉までは、殆ど支障なく打つことができます。それ以上でも何とかなりますが、1.5キロ以上の玉を打つ場合は、横幅がもう少しあった方がやりやすいですね。ただ、普通はそんなに大きな玉を打つことはありません。唯一、大晦日のようにたくさん打つときだけです。私の場合、一昨年までは1.5キロ玉、昨年末はプロに挑戦という気持ちで2キロ玉にしてみました。
 
 普通は、1.2キロ〜0.5キロです。この解説は、その程度の玉を打つことを標準として書きました。1キロ前後と1.5キロや2キロは単なる重さの違いだけでなく、質的に違います。こねるのが幾何級数的に難しくなるだけでなく、例えば、鉢や打ち板などの道具類もより大きなものが必要になるなど使う道具そのものが違ってきます。
 大人五人前に相当する500グラムを打つのであれば、ほとんど家庭にある道具で代用できます。従って、最初から高い道具を買わず、とりあえず家庭にあるものを最大限活用することが肝要です。そのうち、自分の興味と関心の方向が、はっきりしてきたら、道具もそれ相応のものが必要になってきますし、見る目もできてきます。
 正確な仕事をするためには、歪みのない平面である必要があります。一枚板の場合にはどうしてもひずみが出やすいので、ベニヤ板は、この面でも優等生です。安いものが良くないとは限らないのです。ただ、薄いベニヤは、たわみます。特に、滑り止めのゴムを幅を空けて敷いたときなど、たわみやすく、正確な仕事ができません。素直に麺が延びていかないときは、板に狂いがないかどうかも検討すべきです。私が使っている板の厚みは、12ミリです。厚い方がいいことは良いのですが、重くなります。12ミリが最適だと思います。

(小さな工夫)
 テーブルに板を置いた場合、板が滑ってなかなか思うように作業ができません。大事なテーブルに傷を付けて夫婦喧嘩の種になる恐れもあります(この場合は、「恐れ」というような不確実なものでなく必ずなると思います(笑))。このような問題は、板の下に、滑り止めのゴムを置くことで解決します。日曜大工の店で売っています。こういう細かい工夫が作業精度と能率を大幅に向上させます。職人仕事にいかに道具が大切か、やってみると良くわかります。
 最近は、安い滑り止めのゴム製品が多く出ています。玄関マットの下に敷いて、滑らなくするというような目的です。通常、カーペットや玄関マットを売っている場所にあります。
 ついでに私の工夫をもう一つ披露します。私の場合自宅以外で蕎麦を打つことが結構あります。その時にベニヤ板の運搬が大変でした。そこでへりに取っ手をつけました。大変運びやすくなりました。同時に、持ち歩くときに汚れて不衛生ということもあります。白いシーツで、板全体がすっぽりと入る袋?を作ってもらいました。それにも取っ手を付けて、大変快適です。切り板も一緒に入ります。

道具<打ち棒(麺棒)>
 アマの中級者には90センチ2本、75〜80センチ1本が標準。檜の棒が上等とされていますが、一本一万円程もするのが、難点です。とりあえずは、材質は問わず、転がしてみて曲がっていないものを選ぶことが最も重要です。直径3センチかやや細目のものがよいでしょう。重くてはだめです。軽いものがお奨めです。材質を問わなければホームセンターに行けば、300円位からあります。
 最低一本あれば何とかなりますが、本格的に江戸そば打ちをやるにはどうしても3本必要です。90センチの長い方は麺体を巻きとるため、短い方は延ばすために使います。特に短い方ののし棒は最も重要な道具の一つで、滑りを良くするとともに、水分を吸収しにくくするための手入れが大切です。ホームセンターなどで買ってきたものは、表面がざらざらしていると思います。それではダメなので、400番くらいのサンドペーパーで磨いたあと、生のクルミをつぶしてその油をすり込んで下さい。クルミ油というものも売っています。生クリームが良いと書かれたものもあります。ただし、一度に沢山の油をべっとりと付けないでください。却ってべとつくようになってしまいます。少しずつ、気長にやることが大事です。手入れしたものとしないものでは、作業のやり易さや出来上がりが全く違ってきます。職人仕事は道具が大事という事をつくづく感じます。必ず手入れして下さい。また、材木はどんなものでも使っているうちに狂いが出てきやすいものです。柾目の木曽檜が良いというのは、曲がりにくいということが最大の利点なのです。のしがもう一つうまくいかないという方は、板と同時に棒の曲がりもチェックしてみる必要があります。

 最初の五年間くらい、私ののし棒は、75センチでした。それで全く不便を感じませんでした。材質も、檜のような高級品でなく、ありふれたものでした。しかし軽く、手入れの甲斐あって大変滑りが良かったので、不満を感じたことはありませんでした。足利一茶庵の故片倉康雄先生は、のし棒は80センチとおっしゃっています。
 ただ、現在私は、90センチののし棒を使っています。たった10センチの違いですが、広げた麺帯の幅より長いかどうかと言うデリケートなところです。名人というプロの写真も見ますが、短いのし棒をお使いの方もいますね。短い棒の方が当たっている面積が少なくなるので同じ力を掛けた場合麺帯により強い力が働く、ということは言えるでしょう。どちらがいいのか確定的なことは言えませんが、初心者には短い方が使いやすいことは間違いありません。初めから、90センチは使いこなせないでしょう。短いのを使ってください。その場合、両端はできるだけ丸く削った方が良いですね。ここが尖っていると当たったところに段ができてしまいます。

 狭い板の上で、棒の置き場には本当に困ります。どこに置いても邪魔になります。落とすと大事な棒が傷つきます。(私は愛用の棒を落として傷つけてしまったことがあります。直ちに代用はききませんから、道具は大事にしなければいけません。)また、保管中に狂いが出ないように注意することも必要です。そこで、私は壁掛けを自作しました。(ただし、道具を含めると買うより高くつきました。(笑))各自工夫されたらどうでしょうか。極端なことをいえば、板に釘を打つだけでも使えます。ただし、釘には、ビニールチューブのようなものを被せる必要があります。麺棒は傷つきやすいですから。更に、壁掛け型ではよそには持っていけません。携帯性に優れた棒置きも作ってみました。15センチほどの角材を二本用意し、棒を置くためのへこみを三ヶ所ずつ作った簡単なものです。衛生的ですし、見た目にもきれいですね。最も、初めからあまり道具に凝ると肝心のそば打ちがお留守になってしまいます。初めは、とにかくそばを打つことに神経を集中する方が良いですね。(笑)

 ある本に、プロにとっては消耗品だというようなことが出ていました。棒がすり減ってくるとか。材質にもよるかも知れませんが、ちょっと信じられません。良い棒は一生ものとか書かれたものを見た記憶もあります。手入れの悪い棒はすぐ滑りが悪くなるので、蕎麦屋の中には一々サンドペーパーで磨いている人がいるとか。毎日サンドペーパーをかければ、棒がすり減るのもうなずける?
 軽い棒がいいといったのは、力が素直に伝わるからです。湯コネなどの柔らかい蕎麦を打つときも重い棒では、力が入りすぎます。棒を浮かせながら蕎麦を打つというのは聞いたことがありません。(笑) ただ、反対に無理に押さえる必要がなく力がいらないという理由で重めののし棒をお使いの方もいます。要は自分にとってやりやすければいいのですが、私は軽めを奨めます。また、細い方がいいとされているのは、棒と麺体の触れている面積が、太い棒は広く、細い棒は狭くなりますね。一度に当たる面積が大きいと力がたくさんいる上、結果的に荒っぽいのしになります。細い方がきめ細かくできるというわけです。更に、最近考えついたことですが、麺棒の軟度とでもいいますか、弾力性ですね、これものしに大きく影響しているように感じます。堅い太い棒であればほとんどしなりません。従って、ここを伸したいと力を入れてもなかなかそこにだけは力が入ってくれないでしょう。ある程度手で押したところに力が入る、そんな棒が望ましいのではないか、そう思います。その為、ある程度細いことが大事になってくるのではないでしょうか。木曽檜が良いというのも軽い上にそれなりの弾力性を持っている、その事が重要なのではないか。なかなか棒一つをとっても奥が深いものがあります。それに細い方がいかにもプロらしくて格好がいいですね。
 

 私が最近まで使っていたのし棒は、長さが90センチ、直径28ミリ、重さ180グラム、合羽橋の「やぶきた」で、職人用として三本そろいで売っていた、そのうちの一本を無理を言って譲ってもらったものです。檜です。とても軽いです。私はこれくらい軽いのが好きです。最近「イチイの木」の麺棒を入手しました。自分で使いやすい太さに加工して何とか使えるものにしようと頑張っています。滑りと美しさは最高ですが、十分枯らしていないため、やっと出来たと思って、暫くすると曲がっているのでがっかりです。何とか一本は一生もののイチイの麺棒を完成させたいものと思っています。
 巻き取り用の棒は、長さが100センチ、直径は同じく28ミリ、重さは282グラムと264グラム、木曽檜の角材から私が自作しました。巻き取り用を100センチとしているのは、のすときに出す幅、80センチとすると、90センチでは若干作業がしにくいのです。100センチにしてから、とてもやりやすくなりました。
 
 初心者は、細めの棒を求めず、30ミリはあった方がいいと思います。もう少し太めでもいいくらいです。細い棒は、指が麺帯を傷つけ易いなど、作業がとてもしずらくなります。逆に言えば、細い棒を自在に扱えるようになれば、あなたも中級以上になったということです。
 初めは、格好よりも、実益中心で行きましょう。長さは60〜80センチ止まりです。まず一本から始めてはどうでしょうか。ホームセンターで売っているような棒でもいいです。ただし何度も言いますが、重くない方がいいです。一緒に400番〜800番程度のサンドペーパーを買ってきて下さい。棒の表面をサンドペーパーでよく磨き、粉をしっかりふき取ってからクルミの油又は生クリームで磨いて下さい。クルミや生クリームで磨くのは、滑りを良くするほか、麺体の水分を吸収しにくくするという重要な意味があります。水分を吸収してしまうと麺棒は極端に滑りが悪くなり、のし棒としてとても使いにくくなります。棒の手入れは非常に大切です。
 当然ですが、棒は曲がっていないことが絶対条件です。購入するときに良く確認してください。材料が十分乾燥していないと、購入後も曲がる可能性があります。木目が出来るだけ真っ直ぐで、詰まっているものが良いです。

 打ち棒を三本使う「江戸流」に対し、信州や、その他たくさんの地方蕎麦打ちでは、太い棒の一本打ちです。野性味がある打ち方ということになるかも知れませんが、それはそれで、長い伝統を誇り、多くのファンを保っています。私は、江戸流の蕎麦打ちが、一つの洗練された極致と考えますので、これからも江戸流にこだわっていこうと思っていますが、これはいわば個人の嗜好の問題であり、客観的にどちらがすぐれているというのとはちょっと違うことではないかと思っています。もう一つの実質的な理由は、東京のアパートでは、とても田舎のそば打ちは出来ないということです。場所が限られます。狭いところで大きな玉を打つには、江戸流しかありません。

<そば切り包丁> 
 刃渡り30〜33センチ程度のものが適当だと思います。24センチ位の短めのものが使いやすそうに見えますが、慣れてくると必ず本格的なものが欲しくなります。私は一ヶ月後に二本目を買う羽目になりました。1s以上の玉を打つ場合には、横幅をだいたい80pぐらいに出します。これを2回たたむと20pになります。これが普通の蕎麦の長さです。俗に蕎麦は7寸というのに合致します。(ただし、中級以上の人が打てば、手前が繋がって、40センチの蕎麦が出来ます。)
 これを切るためには、24pの包丁は短か過ぎます。30pがお奨めです。片刃が普通です。右利き左利きがありますので注意して下さい。手に持って重みのある、全体としてバランスの良い包丁を選んで下さい。もっとも、バランスといっても何だか分からないのが普通です。自分の直感を信じて、いいなと思ったものを買う方法と、包丁の専門店で、一番よく売れている包丁を買う方法などが思い浮かびます。

 他のものでは代用がききません。(ただし、会津地方に今も残る「裁ちそば」という手法では単なる菜切り包丁を使います。しかしこれは例外です。)
 2万から5万円ぐらいしますが、これは思い切って買ってもらいたい道具です。弘法は筆を選びませんが、素人は道具を選びます。私は東京の合羽橋「釜浅」という店で、2万ちょっとで買いました。そば切り包丁の中では安物ですが、これを7年間使ってきました。
 平成13年の年末、或るそば打ち教室の道具購入を任されました。インターネット、雑誌など様々調べましたが、大体2万円出せばそこそこの包丁が買えるということが解りました。いいものはキリがありません。今回2万円程度で何丁か買った中では、この包丁が一番良かったと思います。(なお、全く宣伝費などもらっておりません。(笑))
 ともかく安く始めよう、という方には、数千円のステンレス製も悪くはありません。暫くやってみて、欲しくなれば新しいのを買う、古いのは、新しく始めた友人に回す、そんなやり方もあるかと思います。

(新しい包丁の購入  道具と腕の関係)
 平成13年の末、私個人用の包丁を新調しました。川越蕎麦の会さんから購入しました。このページのうち、尺一寸の青二鋼の包丁です。素人の道楽にしてはちょっと高い買い物でしたが、考えてみれば、ゴルフの最新ドライバー一本程度。長く使うという意味では、包丁の方がずっと経済的かも知れません。

 購入に至ったのはこういう事情でした。
 私はそば打ちを始めて、まる7年。その間一年に200キロ打った年もあり、全体として1トン、1万食くらいは打った計算になります。その割には、切りが下手なのです。自分でいうのも何ですが、私は子供の頃から、手先が器用といわれていました。だから、不器用だから下手、ということにはなりません。どうしてプロのように、あの「ドンドンドン」というリズムで切れないのか?すべて我流の私は、教えてくれる先生もなく、悶々としていました。そうしたある日、突然、はっと思い至ったのです。腕が悪いわけでない、経験もそこそこ積んだ、にもかかわらず、進歩しないのは、残された要素、「道具」のせいとしか考えられない、という事に。
 道具を変えたから上手になれるという保証はもちろんありません。しかし私はその可能性にチャレンジしたくてしたくてたまらなくなったのです。そして、よくよく吟味して、というよりはほぼ衝動的にこの包丁を買ってしまいました。友人の蕎麦屋さんが同じ物を使っていて、「いい包丁だ」と太鼓判を押してくれたことが、引き金になりました。何しろ、清水の舞台から飛び込みたがってもうほとんど体重が落ちる方に傾いている男です。その背中に小指一本触れるか触れないかのうちに、もう落ちていました。(笑)

 肝心の使用感ですが、これはやはり「素晴らしい」というほかありません。重ねた麺帯に、吸い込まれるように包丁が入っていきます。実は私は、幅にして5〜6センチ、40〜50回ほど切ると腕や手が全体に固まってしまうというか、力が入って思うように切れない、そんな状態になっていました。
 ところが、新しい包丁だと、10センチはおろか20センチでも続けて切っていくことが出来るんです。腕や手に力が入りすぎて切れなくなるのは、全てではないにしても、道具のせいだったところが大きいと知りました。
 
 私は、素人のそば打ち、を自認し、素人というところに特別の思いを込めていました。そのため、道具についてはできるだけその辺にあるもの、または安く買えるものを使うべきだと考え、自分なりにそれを実践してきました。いまだにステンレス製の木鉢で大会に出るのもそういう意味を込めていたのです。安い物を使いやすく使う、これが素人のそば打ちだという考えです。その考えの大部分は間違っていないと思いますし、これからもその考えでいこうと思いますが、今回新しい包丁を購入したことで、若干の修正をする必要を感じています。
 というのは、やはりいい道具はいい、という分かり切ったことなんですが、いい道具は上達を早め、仕事を楽にするということです。一日に一玉打つのと、十玉二十玉と打つのは、全く別物です。従って、職人は道具を選ぶのでしょう。簡単な話が、蕎麦を切るにしても、一玉を1時間かけて打つのであれば、何も「ドンドンドン」と調子良く切る必要もなく、ゆっくり切って送る切って送るという動作を慎重にやればいいだけなんです。

 ある程度そば打ちをやってきて、もっと上達したいのに、努力の割には進歩が見えない、そんな時、「道具」を考えてみるのもひょっとしたら有効かも知れません。
 私が若干の修正といったのは、これまで、どちらかというと「高価な」道具を否定的に考えていた部分を、「高価でもいい道具はやはり、いいものだ」という風に置き換えるというものです。

 
<駒(小間)板>
 延ばした麺を畳んで切るときの包丁のガイド役。これから手打ち蕎麦を始める人には必需品である。地方によってはこれを使わず、手をガイドにする、いわゆる「手駒」というやり方があるにはあるが、素人向きではない。

 これを包丁で少しずつ押していくことで細くも太くも自由に麺を切ることができます。軽いもの(私が使っているものは、板の部分が桐で包丁の当たる部分が堅い桑の木を使っている)が使いやすいです。3〜4千円で入手できます。私は合羽橋の入り口、菊屋橋交差点たもと南東の角にある「竹むら」で買いました。2千円位からあります。あまり重くない方がいいと思います。

 包丁の当たる面に角度をつけた物もたまに見られますが、直角のものが最初は無難です。また、刃の当たる部分(枕ということにします)の高さが違うものが出ています。私が持っているものでも、30ミリと35ミリのものがあります。この辺が平均値かも知れません。
 例えば、5センチのものと3センチのものを考えてみて下さい。切り終わって、刃先がまな板に付いている状態で、包丁の左側の腹は駒板の枕にぴったりと付いています。この状態で、包丁を左に倒したとき、同じ角度だけ倒したとしたら、どう違いが出るでしょうか。そうです、枕の高さ5センチの方が、より大きく左側に動きます。そのまま切れば、5センチの方は太い蕎麦になり、3センチの方は細めの蕎麦になるということになります。

 つまり駒板は、枕の高さが低くなればなるほど、包丁のアクションに比して板自体の移動幅が小さくなる、つまり細く切りやすくなる、ということが言えます。枕の高い駒板は、細くしようとしたとき、加減が難しく、つい太くなりがちなのです。こんな事もあって、プロは高さの低い駒板を使っている人が多いように思います。写真で見ると「翁の高橋さん」(今は、「達磨の高橋さん」といわなければいけないのでしょうね。)の枕は1センチくらいしかないように見えます。極端に低いです。実は私も3センチあったものを、自分で削って、2センチにして使っています。ただし、初心者の方は、3センチのものをそのまま使って下さい。枕の低い駒板は、危険です。
 つい調子に乗って枕をとばして、左の指を切ってしまった、というようなことも起こらないとは言えません。私も、その予防策として、左手は、枕から5センチ以上離して置くようにしています。枕の内側にもう一枚枕を貼り付けて、危険防止を計っている駒板があると聞いたことがありますが、実物は見たことがありません。もっとも自分でも想像で作れますね。

 親指と人差し指でつかみやすいようにT字型に補強を入れたものが見られますが、これを使うと左手で駒板を動かす癖がつきやすいのでやめた方が賢明です。お菓子などの木の箱で自作してみるのもいいかも知れません。どんな形のものかは実物を見るのが早いです。

 駒板の使い方で最も大切なことは、駒板を動かすのは手ではなく、包丁であるという事です。つまり、切り終わった直後に包丁を少し左側に倒すことにより、駒板を麺の幅だけ動かすのです。(右利きを前提としています。)これを実行している限りは、最初は下手でも必ず上達します。これが簡単なようで難しいんです。ここを乗り切れるかどうかで蕎麦打ちの楽しさが全然違ってきます。いくら言っても左手で引いてしまう人がいるんです。心して下さい。
 プロの動作も分解すれば基本は同じだと思いますが、切り下ろすのと包丁を倒す動作が一体化しています。目にも止まらぬ速さで切れるのは、まさに熟練の賜物でしょう。素人、それも初級者は、「切る」「倒す」という二段階のアクションを確実にやって下さい。ただ前述の通り、2アクションでやっている限りは、蕎麦屋さんのようにはなれません。あくまで、切る倒すを1アクションでやるのが究極の目標ですが、当面はこれに心を奪われてはなりません。
 素人は、山ほど蕎麦を打つわけではありませんから、あわてて早く切ろうとしないでゆっくり確実に切っていくことです。あわてると必ず不揃いの蕎麦になります。「ちょっと速く切ったから」というのは果たして言い訳になるでしょうか。ゆっくり確実が一番です。
 重い包丁を使いますので、初めはどうしても右腕全体に力が入り、ひどいときにはかちんかちんになってしまいます。これでいいそばが切れるわけはありませんね。しかしほとんど例外なくなりますから、自分だけだと思う必要はありません。いかに力を抜くか。一つのヒントは、包丁を真上から押し切りにしないことです。包丁を手前から遠い方に5センチくらい滑らせるつもりで軽く押してみてください。全く力を入れないのに見事に切れませんか?板前さんが刺身を切るときどう切っていますか?この場合は引き切りですね。手前に引いています。真上から押してはいません。これの反対をやればいいのです。前方に滑らせる。このコツが分かれば、細くきれいに切れるようになります。

 以上の打ち棒、蕎麦切り包丁、駒板については、手打ち蕎麦を志す以上なくてはならない道具です。

駒板<切り板> まな板のことです。きちんと平らになっていないと蕎麦がうまく切れません。何しろ、コンマ何ミリの世界です。したがって、使い古して真ん中がへこんでいるような家庭用のものは絶対にうまく切れません。コストを考えると厚さ1センチ程度のベニヤ板がいいでしょう。ホームセンターに売っている大きな抗菌まな板も良さそうです。結構高いですが、、、

 幅30センチ、長さ60センチは必要です。合板は意外にくるいがでません。どんな立派なまな板も初めから少し狂っているか、水分などで狂いが出ます。少しでも狂っていると、折り畳んだ一番下のところが繋がってしまいます。「きれいに切れた」と喜んで持ち上げてみたら切れていなかった、という時ほど惨めなことはありません。
 ただし、少々の狂いは、切り板の上に多めに打ち粉を振ることで、ごまかしが利きます。たたんだ麺体を切り板の上にしっかり固定するためにも、切り板の上に十分打ち粉を振って下さい。一つしか打たないときは、次に使い回しがきかないので、もったいなくはありますが、けちけちしないで、必要なものは使うことが、仕上げをきれいにするこつの一つだと思います。もちろん無駄に使えといっているのではありませんよ。
 なお、使った打ち粉はメッシュ60以上のふるいでふるえば再利用できます。しかし、新しい打ち粉とは絶対に混ぜないでください。一度使った打ち粉は多少なりとも水分を含んでいます。つまり、保存するとカビが出る可能性大です。その日のうちは使っても良いですが、その日のうちに捨ててください。翌日まで持ち越さないようにという意味です。どうしても勿体ないという方は、冷凍すれば暫くは大丈夫だそうです。しかし私はまだ試していません。数日なら大丈夫な気はしますが、、、
 
小さな工夫)
 包丁は手前から前方へ押し切りにします。そのため切り板が前に前にずれていきます。これを防ぐため、小さな工夫ですが、切り板の裏にストッパーをつけましょう。滑らない工夫は何でも効果は大です。また、畳んだ麺体はどうしても引きずって切り板の上に持ってくることになります。この時、板の角で、せっかく延ばして畳んだ麺体が破れてしまうことがしばしばです。この対策は至って簡単。カンナで板の角を削るだけです。効果は絶大です。お試し下さい。

<その他の道具>
 以上が主要な蕎麦道具ですが、そのほか必要な道具を列記すると次の通りとなります。大半のものは、家庭用の道具で当面代替できると思います。

○ 計量カップ、はかり  蕎麦粉や水の分量などを正確に計量するために絶対に必要です。透明な1リットルのメジャーカップと2キロまで計れるデジタル式のはかりがおすすめです。1キロはかりはどこでもありますが、2キロとなるとなかなか無いかも知れません。その場合はもちろん1キロでも結構です。蕎麦打ちでは特に、水の量を正確に計る必要があります。デジタル式のはかりは是非とも持っておきたいものです。  

○ 篩(ふるい)  水回しにはいる前に粉を篩にかけますが、このときの篩の目はあまり小さいと時間がかかる上、目を通らないものがかなり出てきます。ふるい分けるのでない限り、やや粗い目の篩を使って下さい。しかしあまり粗いとふるいを使う意味がありません。ケーキ用のものでも代用できますが、メッシュ30程度のものを使ってください。メッシュは大きいほど目が小さくなります。目の小さな篩は一度使った打ち粉をもう一度使うときに必要ですから、一つ持っていた方がいいと思います。私のはメッシュ60です。直径は、しまう時のこともありますが、大きいものの方が後々使いやすいと思います。メッシュ60では、目が小さすぎて、最初の粉ふるい用には使えません。二つ必要です。私の場合は、仕舞うときのことを考え、メッシュ60の篩をちょっと小さめのものにしています。メッシュ30の篩の中にすっぽり入ります。 

○ 大型の鍋  茹でるときは、できるだけたくさんのお湯でやりたいので、住宅事情と財布が許せばあるに越したことはありません。一番上の5センチ程度が段がついて広がっている鍋がありますね。吹きこぼれしにくいので、これがおすすめです。ただし、ガスコンロの火力が弱いときは、大きすぎる鍋は煮立ちません。火力とのバランスもお考え下さい。火力が弱くて、小さめの鍋しか使えないときにどうすればいいか。一回あたりの茹でる量を少なくするしかありませんね。

全部○ あげざる      鍋からそばをあげるとき使うもの。家庭用のものでも代用できます。

○ 大きな竹製ざる  蕎麦を水からあげるとき、あると便利です。なくても家庭用品で代用できます。

○ 蕎麦猪口  いろいろ集めると楽しい。骨董品も結構出ていますよ。 

○ じょうご  汁を作って容器に詰めるときなど、あると便利です。 

○ 鮫皮おろし  生ワサビをするために使います。雰囲気を盛り上げる小物でもあります。大、中、小とありますが、使い易さを考えるとあまりに小さいのは駄目です。中以上にしましょう。 

○ 作務衣、男性用エプロン、帽子  素人ほど格好が大事です。衛生上からも帽子は必要です。必需品と考えて下さい.

 以上、全部一辺に入手すればかなりの出費となりますが、すべてが最初からの必需品と言うわけでもありません。高いものを買う必要もありません。ちょっとでも打ったあとの方が道具を見る目も育つのではないでしょうか。自分の好みもはっきりしてきます。慌てず、少しづつ買い揃えていくようにしたらどうでしょうか。
 

U 蕎麦打ち編

<そば粉の入手>
 「7割は蕎麦粉で決まる」とも言われるほどですから、蕎麦粉の良し悪しは決定的に重要です。うまく繋がって蕎麦になるかどうかも、粉の良し悪しによるところが大です。「以前にやってみたが、全く繋がらなかった」と言ってくる人がいます。ほとんどの場合、粉のせいです。
 その大切な蕎麦粉は、ピンからキリまであって、値段も大きな開きがあります。輸入物がすべて低品質というわけではありませんが、国産はわずか2割しかありません。趣味の蕎麦を打つ我ら素人としては、経済性は無視しても入手可能な最高の蕎麦粉を使いたいものです。それが道楽でする素人の特権ではないでしょうか。
 こだわりの蕎麦屋さんの間では、電動石臼による自家製粉が当たり前となりつつありますが、とてもそこまではできませんので、粉屋さんから買うことになります。その際には、「国産(産地が明らかになっているものが望ましい)の石臼挽き」と注文すればよいでしょう。国産が、品質的に本当に外国産より優れているのかどうかは、私にはわかりません。しかし、国産が高級品とされていますので、扱いや、挽き方も丁寧です。高級品はほとんど国産というふれこみになっています。国産のそば粉は、我が国消費量の2割にも満たない、貴重品であることは間違いありません。

 石臼挽きとは、電動石臼で挽いた粉です。なぜ石臼挽きかといいますと、挽くときに熱が加わりにくく、風味を損なわずに挽けるからです。水分も飛びませんので、みずみずしく、しっとりとして、繋がり易くもなります。これに対して、機械挽きの粉は、最近はだいぶ改良されたとはいいますが、瞬間的に高い温度になるため、粉が焼けます。両方を取り寄せて比べてみれば、違いは一目瞭然です。石臼は効率が悪いので、値段はかなり高くなりますが、高いだけのことはあると私は思っています。 
 製粉所は電話帳などで調べて電話すれば、個人使用でも大方のところは分けてくれると思います。全国の有名蕎麦産地の蕎麦も送ってもらえるはずです。色々買ってみて食べ比べるのも楽しいものです。ちなみに、普段私はここで買っています。
 板倉庵のホームページで見たといえば、多分わけてくれると思います。

(打ちやすいそば粉)
 そば粉のうんちくを語り出すときりもなく、また私にその資格もないのですが、打ちやすい粉はどんな粉かと考えますと、収穫後できるだけ時間がたたない蕎麦の実(これを「玄蕎麦」と呼びます)を、大きな石臼でゆっくり、できる限り細かく挽いて、挽いた後時間がたっていないもの、ということになります。そして一握り取り出して、ぎゅーと握ってみて、手の形にしばらく固まるような、そんなしっとりとした粉は打ちやすいです。そば粉だけのいわゆる生粉打ちもできてしまいます。大きな臼と書きましたのは、その方が、熱も逃げやすく、かつ粒子が小さくなるからです。粒が大きな粗挽きの粉はなかなか繋がってくれません。初心者にはとても難しい粉です。風味が詰まっていて美味しいと、結構挑戦する人が多いのは事実ですが、初めは避けた方が無難です。
 我が家にも石臼があり、私も時々挑戦しています。玄そばから挽くこともあれば、丸抜き(玄そばからそば殻をはずしたもの)を挽くこともあります。いずれの場合も、捨てる部分以外は全部一緒こたにしてそば粉にします。そういう粉を「全層粉」とか「挽きぐるみの粉」とか呼んでいます。一番素朴な粉ですが、意外にも打ちやすいとは言えません。それは、粉の中に、くっつきにくい打ち粉になる部分や御膳粉になる部分が含まれているうえ、石臼が小さい分、粉が粗くなっているからです。

 そば粉屋さんが製粉すると、打ち粉や御膳粉になる部分は取り分けます。でんぷん質が多く、そばを繋げる糊になるタンパク質がほとんどありません。従って、ここを除けば、蕎麦としては繋がりやすく打ちやすいものとなります。いわゆる二番粉を中心とした更級系の蕎麦になります。色は白っぽいですが、御膳粉などを取り除いていますので、結構繋がりやすいそば粉になっています。
 蕎麦はそば殻を除くと、うす緑色の甘皮に覆われた実が出てきます。これが丸抜きですが、この甘皮の部分は、繊維質で、タンパク分が多く、茹でると黒くなります。蕎麦の風味も強い部分ですが、食感としては、歯に「ぬかる」ということで、嫌う人が少なくありません。米をついて、玄米を精米するように、丸抜きのこの部分を少なくしたものが、更級系のそば粉なのです。江戸時代に蕎麦が大流行したのは、製粉技術の発達により、歯にぬからない色の薄いさっぱりした蕎麦が作れるようになってからだったと言われています。
 黒い蕎麦がありますが、あれはそば殻が入ったからではないのです。そば殻は水にも溶けませんし、割れたかすが粉に混じることはあってもそれで蕎麦が黒くなることはありません。蕎麦を良く眺めると、黒い点々が入ったものがありますよね。あれが、そば殻の割れかすです。たくさん入るともちろん味に悪い影響を与えますが、少しであれば中立です。点々が入ることで蕎麦自体に透明感が出て、いかにも美味しそうに見えるということで、蕎麦屋さんによってはわざわざあれを少量入れているところもあるとか。「ホシ」を入れる、というそうです。

 そば粉の説明をするとき、最近いい方法を思いつきました。
「そば粉のうち、一番タンパク分が少ない真っ白な粉を1とし、甘皮部分のタンパク質の一番多い粉を10とする。1から10まで全てを含んでいるのが挽きぐるみの粉、別名全層粉とか全粒粉とか言われているもの。通常の並そばの粉は、例えば3から7とか、4から8とかから出来ている。低い方の数字の部分が多い粉は、でんぷん質が多いので透明感があり、もちもちした食感となる。色は白め。そば打ちは比較的難しい。反対に10に近い部分が多いそば粉は、歯にぬかりやすいが、そばの風味が豊富で、色は黒目となり、そば打ちは容易である。結局どこの蕎麦屋もそのどこをとるかで自分の店のそばの味を出している。」

 どこのそば粉が旨いのか、これもよく聞かれる質問ですが、これには決まった答はないと思います。国産だけをとってもたくさんの品種があります。通常は、品種と言うよりは、産地で呼ばれていますね。これは北海道の幌加内産だ、とか。我が国では、現在、北海道が、そばの最大の産地です。第二位は入れ替わりますが、何と鹿児島だったこともあります。北から南までどこでも収穫できるんです。最近は茨城県の北部、金砂郷や水府あたりで生産される「常陸秋そば」が銘柄を確立して、東京のそば屋さんなどでは大変人気があるようです。
 ただ、知り合いのそば屋さんに聞くと、「今年いいのは、どこどこ」というような話をしていますから、やはりその年々で、変わるようですね。どこ産だからいい、とは一概には言えないのかも知れません。
 先日知り合いの蕎麦屋さんから面白い話を聞きました。我が国にとって最大の蕎麦輸入国の中国では、今、そば殻の枕が大流行だそうです。だから、輸出の価格が、玄そばよりも丸抜きの方が安いという逆転現象になっているそうです。逆転とはこちらが思うだけであって、中国人から見れば、そば殻という値打ちのあるものを一緒に輸出するわけで、高くなるのは当たり前かも知れません。ところが問題は、丸抜きにすると、劣化が早いのです。だから、蕎麦としては玄そばで輸入したいのが本音。困ったことになっているのです。

(打ち粉) 
 上手に手打ちしたいと思ったら、蕎麦粉とともに「打ち粉」も必需品です。のばしたり切ったりした蕎麦がくっつかないように生地の上に振るのが打ち粉です。もちろん蕎麦粉の一種です。真っ白な、蛋白分の少ない粉で、水分を吸収しにくい性質を持っています。製粉所で買えますが、入手困難なときは、同じ蕎麦粉で代用するか、御膳粉が入手できればそれで代用して下さい。実際、最近の打ち粉は御膳粉と同じ物という話しもあります。先ほどの説明でいえば、1とか2に属する粉です。
 打ち粉は多く振ればいいというものではありません。硬めの時は少なく、柔らかめの時は多めにというのが基本ですが、のしの段階で多く振り過ぎる人が多いです。これでは早く乾燥してひび割れてくださいといっているようなもの。反対にたたみの段階では遠慮気味にちょっとだけ振る人が多い。ここは豪快に沢山振ってください。いずれ切り終わって払い落とされるか、お湯の中に溶けるかです。せっかく切り終えた麺どうしがくっつくよりは断然良いと思いますよ。

(割粉)
 小麦粉も必需品です。普通は「中力粉」を使用します。これを「割り粉」といっています。蕎麦粉に少し加えてその繋ぐ力で蕎麦を切れにくくするためのものです。小麦粉には、そば粉にはほとんど含まれていない「グルテン」が豊富に含まれています。グルテンは水と一緒になって、強力な繋ぐ力を発揮します。混ぜる割合は色々流儀がありますが、割り粉が少ないと、切れやすく変質しやすいなど麺としての扱いは難しくなります。他方、たくさん入れすぎると、そばというよりはうどんに近いものになってしまいます。
 妥協点としては、8対2、又は10対2位が手打ちの一般的な割合です。蕎麦用語で、前者を「内二」、後者を「外二」などといっています。初めてやる人は内三くらいから取り掛かってください。正直に言うと、内二と外二の味の違いは私にはわかりません。それでもやっぱり外二にこだわってしまうんですよね。いずれもいわゆる二八そばですが、後述するとおり、升で計量していた江戸時代の二八そばは、外二がより近いようなんです。
 関東では、中力粉の入手が意外に困難です。そば粉屋さんで一緒に買うと良いです。どうしてもないときは、強力粉で代用すると良いでしょう。私はこれまで、割粉にする中力粉のことはあまり真剣に考えていませんでした。しかし最近になって気になり始めました。つなぎとは言っても2割近くも入っているわけです。これが出来上がったそば自体の食感や味に全く影響しないわけがありません。割粉の大事さについて教えてくれる人がいたのです。しかし残念ながらまだ、どういう小麦粉がそばにどういう影響を与えるのかについては、全く分かりません。これからの研究課題です。ただ、なんでも良いという考えは持たない方が良いということだけは申し上げておきます。そば粉にはとてもうるさくても小麦粉には全く無関心な人がいますから。(少し前までの自分のことです。)

(そば粉の保存)
 そば粉は挽きたてがいい、といわれるように、ひいてから時間がたつとどんどん劣化していきます。水分や、蛋白分が減ったり変質したりします。当然打ちにくくなりますし、味も落ちます。できるだけ、こまめに粉を注文するようにしたいものですが、少量づつではなかなか面倒ですね。一つの方法は、冷凍庫に保管することです。結構保ちます。また、伝統的には、あらかじめ割粉を混ぜ込むことにより、劣化を遅らせることができるといわれています。小麦粉が、水分の調整役になってくれるというものです。しかしこれは恐らく何日間は大丈夫というレベルの話ではなかったでしょうか。蕎麦屋が1月も2月もそば粉を滞留させるなどとは考えられません。例えどんなにはやっていない店でも。

 ソバの実の実物を見ると、変な形をしたごく小さな種です。こんな実からそば粉を取るんだな、と感動します。単位面積あたりの収穫量も稲に比べるとほんの何分の一しかありません。当たっているかどうかは判りませんが、私のざっとした計算では、七分の一くらいでした。ソバは、豊作不作の差が激しく、ひどいときはほとんど取れないこともあります。荒れ地でも育つと言われ、全く放って置いても勝手に収穫できるように考えている人がいるかも知れませんが、少しでもたくさんの収穫をあげるためには大変な苦労があります。まず、受精しにくく、実がつきにくいこと、風や雨に弱いことなど、自然条件に大きく左右されます。天候如何では、ほとんど収穫できない年もあります。
 そして、刈り取り、脱穀という重労働に続く、実の選別、泥を落としたり、がくを剥がしたりする「磨き」、そして製粉と一握りのそば粉を生産するためには、大変な労力と時間、そして情熱が注がれています。簡単に書きましたが、製粉という工程一つとっても何段階にも分かれた大変な作業です。

 今は自宅から注文すれば、宅配便ですぐに送ってくれますが、届いたそのそば粉は、大変貴重なものなのだ、という意識を是非持って貰いたいものだと思います。そして、その貴重なそば粉を無駄にしないよう、気を付けたいものだと思います。

 さて、いよいよ技術編に入ります。この解説では物足りないという方は、後で紹介する手引き書を参照して下さい。

<用意するもの>
 蕎麦粉350グラム、中力粉150グラム、ミネラルウオーター225グラムを用意します。いわゆる内三です。鶏卵を使うと書いたテキストもあります。卵を入れることで、麺につやが出ますが、歯ざわりが不自然に固くなるように思います。その硬さがいいという人もいるようですから、好き好きかもしれません。一流店でも使っているところが結構あるようです。私は自然な触感を大事にしたいので、水以外は一切使わないこととしました。水道の水が美味しければそれを使ってもかまいません。
 これで、蕎麦屋の5人前くらいになります。一家族のお昼にちょうどでしょう。家族が少ないので、もう少し小さい玉を打ちたいという方もいらっしゃるかも知れません。もちろん、300グラムでも、200グラムでも打てますが、かえって、水の加減が難しいというようなこともあり、この500グラムの玉を標準として練習を始めるのが適当かと思います。
 初心者がやりやすいように内三としていますが、慣れれば内二や外二に挑戦して下さい。ただ、最初は形を整えることがまず大事ですから、無理に難しくしないで内三をマスターするように努めて下さい。私も粉の状態が悪く繋がりにくそうだと思ったときにはやや多めに割り粉を入れるなど、その辺は臨機応変にやっています。内三でも十分おいしくいただけますから、安心して下さい。なお、内三でもうまく繋がらないときは、4割、5割を試してください。ここまで来るとあまり美味しくはないかも知れませんが、そばである以上ブツブツではいけないと考えます。
ツルツルっていうのがそばの最低条件だと私は思っています。だから、繋がらないそば粉は、繋がるレベルまで割粉を増やすしかないのです。ただこの辺りは、熟練度合いによって大いに違ってくるところです。今あなたが打ってブツブツにしかならない同じ粉で数年後に試したとしたらどうでしょうか?ひょっとしたら何の苦もなく立派なそばになるかも知れませんよ。

(うんちくその一  二八そばの意味)
 私は原則として10対2の外2で打つこととしています。江戸時代から二八蕎麦というのがありました。これは当初は二八16、つまり一杯16文という意味だったと考えられていますが、蕎麦が16文では買えなくなった、つまり値上がりしてからは、蕎麦の成分の比率を表すようになったとされています。(別の解釈もあるようです。余談ですが、池波正太郎の鬼平犯科帳でも、16文としていました。)

 この場合の二八の八が蕎麦粉であることはもちろんですが、単純にいわゆる内2でいいかというと、おっとどっこいそうは問屋がおろさないぞという人が出てくるんです。その主張は、江戸時代には粉を「升(ます)」で計っていた。今は重さで量っている。実は蕎麦粉と小麦粉の比重が違う、つまり同じ一升でも重さは蕎麦粉の方が重い。従って、江戸時代の二八を現代風に重さで換算すると、それは外2、つまり2対10になるという実に科学的な?ものなんです。 理屈に弱い私は今はこの説の信奉者なんです。(もっとも蕎麦粉の比重はものにより、また詰め方によってもかなり違うというのが本当らしい。)

 ただし、これにも例外があります。一玉しか打たないときは仕方がありませんが、いくつか打つときに、粉の状態が悪く繋がりにくいなと思ったときは、内2または外3に切り替えます。この辺は臨機応変にしたらいいと思います。これだけでも打ち易さは格段に違います。

 味はどうかといいますと、例えば内3と外2を並べて食べ比べすれば、少し違うなと思うかもしれませんが、そうでない限り、今日のは内3だと当てられる人はそう多くはないと思います。

 蕎麦小麦半々のことを「同割り」といいます。こういう蕎麦用語があるということは、そういう蕎麦があったということでしょうし、あったものは今もあるということでもあります。禅問答みたいですみません。駅の立ち食い蕎麦の中には、蕎麦粉3割(内7とか言うんでしょうね)なんてしろ物もあるんだそうです。ひょっとすると、単にあるだけでなく、「かなり」あるような気がします。内7となると、これを蕎麦と呼んでいいんでしょうか。蕎麦粉を添加したうどんではないかと思うのですが。(我が国では、蕎麦粉が3割以上のものを「蕎麦」と呼んでいいというのが、「規格」です。)

 ここで次のことを提案したいと思います。

 今日、スーパーに行けば乾麺から生麺まで実に様々なものが蕎麦として売られています。裏を見ると何が入っているか、つまり原料は何かは書かれていますが、肝心の割合が書いてありません。是非ともこれを入れてほしいと思います。法律で義務づけるようなことではないと思います。業者の皆さんが自主的に表示してほしいものです。私たちは自分らが食べているものが、「蕎麦」なのか、「蕎麦うどん」なのか、「うどん蕎麦」なのか知る権利があると思います。

 もっとも、そういう訳の分からないものを食べるより、少しは手間も時間も掛かりますが、何といっても自作の手打ち蕎麦が一番です。

<手を洗う>
 食べ物を扱う者にとって、もっとも心がけるべきは、「衛生」です。家族だけの時も、お客様を呼んだ時も、全てを始める前に、まず手を良く洗ってください。そば打ち大会でもこれを忘れると大きく減点されます。しっかり習慣づけましょう。
 また、途中で手を洗わなければなりませんので、清潔なタオルを用意しておきましょう。髪の毛が落ちやすいので、帽子を被るか、タオルで頭全体を覆うようにして下さい。単なるねじり鉢巻きではやや不十分なように思います。粉がつきやすいので、エプロンをつけていた方がいいですね。
 
<ふるいにかける>
 まず、分量の粉をきちんと計量して下さい。目盛りを読みとる方式では、どうしても誤差が出ますので、デジタル式のはかりが、やはりあった方がいいですね。粉の量と、水分の関係は、その誤差を許さないほど、厳密なものです。蕎麦粉と小麦粉を合わせてふるいにかけます。ふるいは、ケーキ用のものでもいいですし、本格的なものを購入するなら、24から30メッシュ程度の目の粗めのものがいいでしょう。粉が舞い上がりやすいので、家庭では嫌われるかもしれませんが、不純物を取り除く、固まっている粉をほぐして水回しをやりやすくする、蕎麦粉と小麦粉を混ぜるなど必須の工程です。ここで60メッシュなどを使うと、なかなかふるい終わりませんし、ふるいを通らない粉なんかも出てきたりして、面倒です。メッシュ24から30程度の目の粗いふるいが最適です。

<水を加える>
 さて、いよいよそば打ちの始まりです。以下、写真は1.2キロの玉です。文章は500グラムです。写真の方が大きいので間違えないでください。

 まず、そば粉と小麦粉をよく混ぜて下さい。混ぜ終わったら、粉の表面を出来るだけ平にしながら、真ん中をちょっと低くします。そこへ225グラムの水の半分をざっと入れて下さい。無理に粉全体に振りかけようとする必要はありません。万遍なく振りかける方に意識が行くと、時として間違えて水を全部入れてしまう人がいます。そうすると入れすぎになる可能性もありますので、ここでは水差しの方に注意を向けて下さい。

 

 次に、真ん中の水の上に回りの粉を振りかけるようにして撹拌を開始します。両手の指を立ててまさしくかき回す要領でやって下さい。こねてはいけません。手の形は、テーブルの上のグレープフルーツを真上から掴む、そういう形です。この形を崩さず、固定して、がんじきのように両手を時に大きく、時に小さく円を描くように回します。この作業を「水回し」と呼んでいます。読んで字のごとく、水を均一に回すのです。粉の一粒一粒に水を回す、そういう気持ちでやってみて下さい。
 初めての人は、指を使うというか、動かそうとします。粉を摘むような動作が多いですね。そうではなく、さっきいった形の義手で粉をかき回している、そういう意識というとわかるでしょうか。要するに手の形は固定していなければなりません。しかし、ただ固定していればいいというのでなく、より重要なのは、固定しつつ、指先に当たる、ダマになった粉の固まりを指先の感触で、鉢に押しつけるようにして、ばらします。また、鉢にこびりついた粉がどうしても出てきますので、これをこすり落とすような気持ちでかき回します。このへんの感覚は、ある程度やれば次第にわかってくるのではと思います。
 水回しのやり方はいくつかあります。今述べたのが代表的な一つの方法です。通常は、いくつかのやり方をミックスして水回しを進めます。
 二つ目の方法は、両手で粉を挟むようにしてちょっと上に放り投げるような動作です。拍手するときの手の形で粉を挟んで10センチほど持ち上げて離す、そんな意識でしょうか。あまり放り投げるとこぼれてしまいます。こぼれない程度にということです。手前または向こう側から順番に何回かやります。この場合も、遊んでいる粉を作ってはいけません。
 三つ目のやり方は、両手で、粉を挟み手のひらを軽くこすり合わせるようにしながら、大きな塊をほぐす動作です。一見すると両手で捏ねているように見えるかも知れません。そんな形です。しかし、この動作では、捏ねているのではなく、ダマになった固まりをほぐすようにします。ダマになっているところには、水がたくさんあるのです。これをほぐして水の少ないところに回してやる、こういう動作です。手前から向こうに、または向こうから手前に順番に何回かやって下さい。順番にやるというのは、これも遊んでいる粉を出さないためです。
 なかなか口では説明しにくいところです。実践で色々やってみたり、蕎麦屋さんの店頭で観察して会得すると良いでしょう。
 
私はこの三つの動作を交互に、気が向くままに繰り返します。指についた粉は適宜早めにこすり落として下さい。

 全体が均質にしっとりとなるまで続けます。均質にとは、粒の大きさを揃えることです。この段階で、大きなダマができてしまうのは、変な形の「捏ね」が入っているからだと思われます。指についた粉はできるだけこまめに落とすようにして下さい。指先の粉が、一番たくさん水を吸っています。
 
 水を加えたとたん、蕎麦粉が生き返ったように本来の香りを出します。蕎麦打ちの楽しさの一つです。できる限り迅速にかつ丁寧にしっかりとやって下さい。矛盾に満ちた要請ですが、最終目標は、早く、完璧にやることです。当座の目標は、少々時間がかかっても丁寧に心を込めてやることです。初めは形を整えることが大変で、のしや切りが大事に思えるでしょうが、最後は、再びこの水回しに戻ってきます。蕎麦関係の本には、必ず、水回しが一番大切だ、と書かれています。その意味が少しでも分かるようになれば、もう初心者の域は脱したと言えます。

 初めての人は、どうしても全体に注意が行きかねて、特定の所ばかりかき混ぜ、全く混ぜられていないところが残っていたりします。できるだけ大きく手を回すとは、実はそういうことで、かまわれていない粉をなくす、そういう趣旨なのです。
 全体が、同じような感じ、つまり、粉の塊の大きさや色が均一になれば、第一段階は終わりです。この段階で大きなダマが残っていることもあるかも知れません。その場合には、きっと全く水を貰っていない粉がまだかなりあると思われます。また初心者に良くあるのは、水を貰ってやや色付いた粉と、まだ真っ白い粉とがまだら模様になっている状態です、初めからうまくは行きません。ある程度こういう状態でも、しっかり捏ねることで何とかなります。少々の問題には目をつぶって次に進んで下さい。

 第二段階は、さらに残りの水のうちの半分を加え、同じようにかき混ぜます。ある程度混ぜたら、ようやく手のひらが解禁です。粉を手のひらで鉢の底に押しつけるような動作を根気よく何度もやってみて下さい。徐々に粉がくっつきあってつぶつぶ状になってきます。残りの水を手のひらで一旦受けとめるようにして少しずつ加え、加えるごとにこの動作を繰り返して下さい。手のひらで受けとめるのは、入れすぎにならないようにするため。ここまで来ると数ccの水でも入れすぎになることがあります。慎重に加水する必要があります。だんだんと固まりが大きく成長してくると思います。今にも全体がくっつきそうになるまでやれば、ほぼ完璧な水回しといえます。こねる、という本来は次の段階の動作も加わっていますので、時間はかかりますが、次の作業が早くなります。かなり根気よく続ける必要があります。
 ものの本には、粉同士が自然にくっつき合うまで水回しをしろと書いてあるものがありますね。私の感覚では、粉同士が自然にくっつくまで水を入れると、ちょっと入れすぎになると思います。ある程度くっつくように手助けをしてやる必要があります。

 加水が適正かどうかを調べる方法として、そば粉の一部を手に取り、練ってみる方法があります。やや柔らかめの粘土くらいになったら、水回しは完了です。一部を捏ねたときより全体を捏ねたときの方が硬くなります。従って、ちょうどいい硬さと思ったところから、もう一振り水を振ってまとめに入ると良いと思います。

 初心者には適切な加水量の判断が最初の難関です。少しでも入れすぎるとベトベトになって蕎麦どころではなくなります。少なすぎるとこねるのに大変な力が必要な上、乾きやすくポロポロになってしまい、これもまともなそばにはなりません。固いと気がついても、実際問題としては、水の追加はなかなか適切には出来ません。何故できないかというと、小麦粉とは違った、そば粉の性質があります。水をもらった粉は、それを自分だけに取り込み、隣の粉に渡そうとしないという、人間で言えば、ケチな性格です。従って、あとでふった水を全体に回すのが至難なのです。

 蕎麦粉によって必要とする水の量も微妙に異なります。粉の重さの二分の一を若干切る程度(半分の9割、例えば、粉1キロに対して水は450グラム)が一つの基準です。要は、最後の段階で様子を見ながら水を少しずつ少しずつ加えていくことが大切です。霧吹きを使うという解説もありますし、氷を入れて、もういいと思った段階で取り出すというようなやり方も紹介されています。みんなが苦心するところなんでしょうね。
 初めの頃はどちらかというと固めとなって苦労することが多いようです。なぜならこの段階で柔らかくなったように見えても、特に初心者の場合、実はまだ水の回っていない粉がたくさん含まれているのです。こねている内に、これらが水を奪いますから麺体はだんだん硬くなってきます。さらに、初心者は延ばすのに時間がかかります。この間にどんどん乾いていきますから、ここでも水が足りなくなる要素があります。こつとしては、いいかなと思った状態からさらにもう一ふり水をかけてから、まとめに入ることだと思います。何度か失敗すればわかります。

 しばらくすると、要領が分ってきて、今度は柔らかめの蕎麦を打つようになります。(少なくとも私は、そうでした。) のしの途中で、くっついてしまったり、切り終わった後しばらくしたら麺がくっついていた、などは、打ち粉が足りない場合もありますが、大抵は加水が多すぎるのが原因です。適切な加水量であれば、そんなにべとべとくっついたりはしません。加水を多くすると、楽に打てます。職人がこれをやると「ずる玉」といわれます。こねるときにほとんど力がいらない、という状態は、このずる玉になっていることが多いと思います。徐々に水加減を厳しくして、ずる玉からさようならして下さい。何故ずる玉がいけないか、それは保存中にもくっついて団子状になったりする上、適正加水の蕎麦より味も歯触りも劣ります。

 (私のやり方)
 半分づつ加水するやり方は、多くのそば打ちテキストやビデオでも紹介されたやり方です。他方、足利一茶庵の片倉康雄さん(故人)が書き残された「片倉康雄手打ち蕎麦の技術」には、最初から全量を入れると書かれています。何玉も打つ場合は、加水量もきちんと決まるでしょうから、一回で全量も良いでしょうが、素人はそういうわけには行きません。
  しかし何回にも分けて加水するよりは、一回にほとんどを加水するやり方の方が、私には水回しが容易にできる気がします。私のやり方は、想定加水量の90%程度を一回に入れ、残りは最後に微調整というものです。慣れてきたら、やってみて下さい。スピードも上がります。初心者の場合、水の何割を入れると言ってもその分量を判定するのが難しそうです。9割なんて言うと、あっという間に全部入れてしまいそうですね。
 これを防ぐためには、200グラムと25グラムの水を別に用意するという方法もあります。500グラムの粉に200グラムの加水を一気に入れることになりますが、これで入れすぎになる可能性は、まずありません。私の経験ではありませんでした。しかし、45%入れると入れ過ぎだったことは、何度もあります。50%近くまで必要だったこともあります。
 このように、適正加水量は、概ね200グラムと250グラムの間にあります。通常は、200グラムと225グラムの間です。

 水が足りたかどうかは、一握りこねてみるといいでしょう。それでうまく行けば加水終了ということになりますが、前述したとおり、全量の場合には一握りより硬くなりますので、やや柔らかい状態が加水終了のサインです。ちょっと自信のない時は、半分だけまとめてこねてみます。そして、ちょっと固いなと思ったときは、まだまとめていない残りの半分の方にさらに加水して水回しをし、やや柔らかめにまとめ、二つを合わせてこねます。そうするとちょうど良い固さに仕上がるというわけです。

 手打ち蕎麦の手順の中でこの「水回し」と次の「こね」がもっとも難しいとされ、俗に3年かかると言われています(木鉢3年)。これに対して「のし」は3月、「包丁(切る)」に至っては、わずかに3日と言うんですが、若干眉唾ですね。

 例えばこんな解釈はどうでしょうか。
 「一番派手な、「切る」ところを店頭で見ていたお客から「すごいね」と言われた蕎麦職人が、「こんな事は簡単なもんだよ。切るなんざ、三日もやれば誰でもできる。しかしな、こうやって薄く延ばすのは、最低でも三ヶ月はかかる。もっと難しいのは、なんてったって水回しと、捏ねだな。三年はかかるよ。一人前の蕎麦屋になるのはなかなか大変なんだぜ。」と、蕎麦打ちの仕事の大変さを強調するために言った。」
 もっとも、通常は、水回しの重要さを強調したものとされています。これがうまくできれば後は楽ですし、うまくできなければ、まずまともな蕎麦にはなりません。
 
 初心者の水回しは、どうしても「練る」要素が加わりがちで、そのため、水をたくさん抱えた塊と、まだほとんど水をもらっていない粉とが互いに背を向けあいながら同居している状態とでもいったらいいでしょうか、そんな形になることが多いです。水をもらっていない粉は、のしていてもそこから切れやすく、蕎麦になっても切れやすく、茹でる瞬間にも切れます。お湯が回らずでんぷんがα化しません。水回しがうまくいってないときは、いくらこねても水の付いていない粉にはなかなか水はいきません。蕎麦粉はそういう性質を持っているのです。だから、水回しで蕎麦の出来不出来が決まるといっても過言ではないのです。

 どうすればいいか?なかなか文章では現せませんが、敢えて言えば、水回しの段階では、粒の大きさや色をそろえる、できるだけ均一にするよう努力してみて下さい。あとは、経験を積むことだと思います。一通り覚えるのにそう時間はかかりません。ただ、奥が深いのです。私は最近、水回しのやり方について一つヒントを得ました。いずれここに著したいと思います。
 こう書いてくると、水回しは本当に難しそうで、とても素人にはできそうもないような気がしてきたのではありませんか?あえて難しく書きましたが、案ずるより産むが易し、やってみればそれなりにできます。どんな名人も元は初心者だったんです。まず一歩を踏み出さないと、新しい名人は生まれませんよ。
 極初歩の段階は、加水量の決定が第一関門となります。しかし数回やっていく内にコツのようなものが分かってきます。1,2年たてば、加水で失敗することはなくなります。量よりは、正しく水を回す方がより難しい。こちらも回数で稼ぐしかありません。近道はどうもなさそうです。

<こねる>

 「こねる」というと、押し固めようとする人が多いですが、固めるというよりは、練るといった方がいいかも知れません。前の方に延ばしてまたまとめてということを何回も繰り返します。加えた水を粉全体に行き渡らせる、そういう気持ちでやって下さい。固まりの向こう半分をさらに向こう側に押し出すようにし、のびた部分を手前に折り曲げて同じ事を繰り返す。こうしていると、何回かやっていると、ボーリングのピンを横に置いたような形になってきます。そうなったら、横のものを縦にして、先ほどと同じ動作をまた繰り返します。このとき腕の力に頼らないことです。できるだけ腕は伸ばしたまま、上半身の体重を掛けるつもりでやって下さい。うら若き女性でも1キロ以上の玉を打っています。力ではないのです。片倉先生は、「汗をかいてはいけない」と書き残されています。しかし、さすがに汗をかかないというのは無理です。こねるときに限らず、冬でも汗びっしょりになることもあります。塩からいそばにしないため、こまめに汗を拭くことが大事です。
 リズム感がでてくれば、もう中級と言っていいでしょう。それまでは練習です。

 普通は、まとめたらそのまますぐこね始めます。ただ、少し寝かせた方がいいとおっしゃる方もいます。現に実践しているプロもいらっしゃるようです。寝かせるといっても三〇分とか一時間です。練り終わってからのしに入る前に寝かせると言っている人もいます。自分でもやってみましたが、確かにしばらく寝かせると、全体がしっとりとしてきます。それだけ繋がる力も強まったと考えられます。うまく繋がらないとお悩みの方は一度試してみてはいかがでしょうか。繋がりにくいそばを打つときも同様です。なお、言うまでもありませんが、寝かせるときは、ポリ袋にきちんと入れて、空気との接触を断つようにして下さい。何もしないで放置したら、どんどん乾く一方です。

(菊もみ)
 ある程度こねたら、次の菊もみという工程に入ります。この段階ではまだ表面はツルツルになっていなくても構いません。菊もみをしているうちに表面がつるつるとまるで赤ちゃんのほっぺたのようになってきます。専門用語で、面(つら)が出る、という状態です。水が全体に回った結果です。面が出れば、こねは収束に向かいます。菊もみとは、麺体を丸くまとめ、傷のある部分を一カ所に集めます。出来上がりの皺が、菊の形に似ていることから名付けられました。
 やり方は、塊の先の三分の一くらいの所に右手の掌を押し当て、左手をそれに添えます。右手を前方に少し押し出し、のびた部分を右手と左手でこちら側に戻しつつ、少しだけ塊を回転させます。以後同じ動作を繰り返します。徐々に厚みをつけるようにして、のしもち状態から、球形に近い形になるようにして下さい。上手に菊の形にするのは、とても難しいです。実は私も自信がなく、最後は適当にごまかしています。中の空気を抜きつつ傷を一箇所に集めるのが目的ですから、その目標に向けてやってみて下さい。我流でもいいです。それなりにできるようになってきます。

 いよいよ最後の工程です。傷の部分をとがらせて最後は傷をなくしてしまうのが目的です。同時に、傷の中の空気を上手に追い出すことも重要な課題です。私は、菊もみした塊を鉢の中で、右側に傷のある部分が来るように置きます。左手は円錐の底辺を作るため、指を伸ばして左手で握手するような形で塊に当てます。右手は、手のひらを下にして麺体をつかみます。そうして、両手で麺体を手前に回転させるようにして徐々に円錐形にしていきます。右手の動きは、左から右に麺体をなでるように傷を先の方にやるように、右下方向に引っ張るような感じで、動かします。左手は底辺を平にするように動きます。これもリズミカルにやれるといいですね。
 そうすると、だんだん円すい型になっていきます。完全に傷がなくなったら、その円すいを立てて、とがった部分を手のひらで上から押しつぶし、大きな丸もちのような形にします。ただし、のしに入るときはキズがあった方を下にする必要がありますので、この段階で上下を逆にすると良いでしょう。これで終わりです。

 こねは大切な工程ですが、時間をかけてやればやるほど良い蕎麦になるわけではありません。すべてに共通するのは「手際よく」です。表面がつるつるになってきたらこねは九割方終わりです。丸くまとめ終わったら、ここで一旦麺体にポリ袋をかけ、乾燥防止の措置を取った上、必ず手をよく洗って下さい。

 初心者は、「押し固める」感じで苦労しています。違うのです。水を全ての粉にまんべんなく行き渡らせる気持ちで、優しく前方へ押し延ばし、また畳んで延ばすという動作を繰り返して下さい。少しずつ角度を変えることで全体に行き渡るでしょう。この場合、力のない女性など苦労しているのを見かけますが、これは玉全体を一度に押し延ばそうとするからで、玉の先のほう半分を押し延ばすようにすれば、そんなに力はいりません。
 誰でも出来るんです。100%確信はありませんが、私は蕎麦の腰は、練って出すものではないと思っています。つまり、良く練ったから、良くこねたから、いい腰がでるというものではないと言うことです。あくまで、水を全体に、粉の一粒一粒に回すこと、これができれば玉は自然につやがでてこねの終わりを告げてくれます。

<丸く延ばす>

丸出し  さて、よく手を洗ったら、麺体を打ち粉を振った打ち板に移します。麺体自体にもパラパラと打ち粉を振ってください。ただし、初心者は打ち粉を振りすぎる傾向があります。特に硬めのときは、打ち粉にどんどん水分を取られていっそうやりにくくなりますので、注意して下さい。板全体が白くなるほど振るのは振り過ぎです。打ち粉の振り方を見ても上手下手が推測されます。他方、ちょっと軟らかいなと思ったときは、打ち粉を多めに振って下さい。若干の修正が可能です。

 いよいよ、「丸のし(地のし)」という段階に入ります。右手のひらの付け根の方を使って、丸く延ばしていきます。左手で麺体を少しずつ回しながら、やって下さい。
 この場合、ただ単に上から押しつけるだけでは、なかなか円が大きくなってくれません。硬めの玉の場合はなおさらです。右手を真下に押すのではなく、円の外側に向けて斜め下方向に押してみて下さい。うまく延びませんか? 円形の縁をつぶさないように、つまり、一番外側に力が掛からないように注意して下さい。押し延ばすのは、その内側です。こうしている内に、真ん中の部分だけが盛り上がって、ちょうど古代の銅鏡のようになります。それでこの過程を「鏡のし」と言ったりします。
 膨れた部分は薄くなった部分の、特に薄い方向に重点的にのばすと教科書には書いてあります。はじめは何のことだか分からないでしょう。気持ちだけでもそのつもりになって、適当に手のひらで上から押して平らにして下さい。
 
 延しているうちに縁が割れてくることがあります。水分が少なかったり、生粉打ちの場合に割れやすくなります。水回しの失敗も割れる原因となります。そのまま続けると割れ目がどんどん拡大します。こんな場合は、片方の手を縁に添えて撫でさするようにして、割れ目を修復しながら延ばしていくようにして下さい。高級?テクニックの一つです。
 500グラムの場合は、直径20センチぐらいまで手で大きくして下さい。後は棒を使って直径30〜40センチばかりの円形にします。まだかなり厚い状態から麺棒を使いますので、上から体重をかけるようにして力強くやって下さい。手のひらの親指の付け根あたりにめん棒を当て、上から緩急のリズムをつけながら真下に向け押して下さい。この段階では、前の方に延ばそうとしてはいけません。

 <打ち棒の使い方 その一>
 最初は、ちょうど真ん中に棒を置いて、両手を広げた状態で上から棒に当て、上から押す、ゆるめる、ゆるめるときに少し棒が前に位置を変えるようにして下さい。リズムよくこれを繰り返すと、面体の上半分が横縞模様になります。この時も縁をつぶさないようにして下さい。つまり、縁の直前で止めて下さい。同じ位置でこれを二三回繰り返して下さい。
 次に、麺体の縁を持って、少し回して、同じ事を繰り返します。大切なことは、二回にしろ三回にしろ、同じ回数にすることと、回す角度を同じにすることです。これを守ってきちんとやれば、何回もやっているうちに、きれいな円形になっていきます。この棒の使い方は、難しいです。うまくできないときは、最初から次のやり方でやって下さい。
 円がある程度大きくなったら、今度は、表面のでこぼこを平らにしながら、さらに円を大きくしていきます。この時の打ち棒の使い方が、大切です。
 

<打ち棒の使い方 その二>
 これまでは、手を開いて手のひらのたなごころに棒を当て、上から押しました。これからは、手を軽く握って、斜め後方からたなごころに棒を当てます。この状態で軽く両手を前に動かして下さい。棒が回転しながら、前方に転がっていきませんか?たなごころのところで回転しながら、前方へ転がっていくのです。滑りやすいテーブルの上でやってもうまくいきません。麺体の上でやってみると、しめった麺体との摩擦のほうが手との摩擦より大きいので、うまく転がるはずです。これを猫の手と呼ぶ人が多いです。自分でやってみながら研究すると、実際は親指でコントロールしています。場合によっては、親指一本でコントロールしています。右の写真を参照してください。(愛用の「イチイの木」の麺棒に手を当てる私です。意外にきれいな手ですね。それとも写真がきれいなだけ?)
 棒に触れるのは指先の爪の側ではないのです。指紋のある方を軽く棒に当てる形にしてください。右の写真です。これで安定します。初めは不安定な気がして難しいかもしれません。

 ただし、ざらざらした棒や、水分を含んだ棒は、滑りが悪いので、なかなかうまくいきません。のし棒は、400〜800番程度のサンドペーパーをかけたあと、胡桃の油で磨くなどして、滑りがよく、水分を吸収しにくくしておくことが必要です。手の中で棒を回転させる、この要領さえ会得すれば、後は練習次第でどんどん上達します。この棒の使い方が、最も基本的なものです。これに上達するよう、練習を積むことが大事です。

 (大半の教科書はクルミの油がいいと書かれています。しかし、あるところで、「植物性は粘つく、動物性がいい」と、生クリームを勧めている書物に出会いました。一体どちらが正解か。片倉康雄先生は、どちらでもなく、米糠で何年間も、という気が遠くなる主張です。私が、これに関心を引かれたのは、私が以前愛用していた木曽檜製ののし棒がクルミで磨いて、かつ相当使い込んでいたにもかかわらず、もう一つ滑らない、ということを感じていたため。ひょっとすると結果を急ぐあまり、たくさんの油を付けすぎたのかも知れません。)

 なお、巻き取り用の棒は、のし棒ほどは滑りを良くする必要はありません。程々に水分を吸収しない手入れが必要ですが、ツルツルに仕上げる必要はありません。薄くのした麺体を巻き取って動かそうとしたときなど、滑りすぎると、途中でほどけてしまったり、思わぬアクシデントに遭うことがあります。

 本題に戻ります。上達のこつは、まず、滑りのいいよく手入れされた麺棒を使うことであることは今述べました。汗をかきやすい人は、手に打ち粉を付けるなど、手の中で、麺棒が回りやすくする必要があります。手の中で麺棒を回転させる、ということがどういうことなのか、やって見せてもなかなか理解できない人がいます。これも経験ですが、自転車にすぐ乗れる人となかなか乗れない人がいますね。そういうような側面があります。

 できる限り大きな円形に延ばしておけば、後の作業がやりやすくなります。ただし、最初はなかなか丸くなりません。きれいな円にならなくてもいいですから、焦らず大体丸く出れば良しとして下さい。きれいにまん丸に出せるようになるには年期が必要です。
 それでも出来れば真円に近い形にしたいものですね。そのこつを伝授しますと、手で円くのした麺帯を一定の角度で回転させながらのします。その時、のし方を同じにしてください。例えば、真っ直ぐ向こう側に二回だけのす、そして一定の角度を回してそこでも同じだけのす。もちろん力の入れ方も同じでなければなりません。これを繰り返すのです。例えば、回転は45度とすると、8回で一巡する勘定になります。麺帯を一定の角度回転させながら、同じのしの動作を繰り返す。これを丁寧にやれば、自然ときれいな円形になってくるはずです。どうしてもならない人は、この文書を初めからもう一度読み返してみてください。

 厚みは均一になるように努力してください。最終的には、薄い長方形にのしていきます。しかし、なかなか形良くできません。その原因の一つは、この段階の厚みが一定でない事があります。きれいにできるかどうかは、案外、均一の厚みで円形にできたかどうか、この辺で決まってしまうようにも思います。

<そのまま丸く延ばす(初心者向け)>
 初心者で、500グラム程度の玉を打っている方は、そのまま丸くどんどん延ばしていって下さい。次に書いた「四角く延ばす」「長方形に延ばす」は、読み飛ばして結構です。最初から、面倒なことはせず、ともかく麺にする、このことを一番に考えましょう。丸いまま畳んで切ることになりますから、長さが不揃いになりますが、食べるときにはほとんど関係ありません。現に信州蕎麦などは、丸く大きく延ばしてそのまま畳んで切ります。
 500gの粉ですと、直径70センチ程度を目標にのしていくといいでしょう。

<四角く延ばす>

角出し  円形のものを打ち棒に巻いて延ばすことで正方形に変えていきます。縦の直径にしっかり打ち粉を振ってから麺棒に巻いて下さい。真ん中が一番延びますので、打ち粉が足りないとくっついてしまいます。前後左右から棒に巻いて延ばしていくことで、不思議にも四角くなってきます。棒に巻き込んだところが一番延びますので、これが四角の角の一つになります。
 棒に巻き付けた状態で麺体に手を当て、上から押しつけながら前方へ転がして下さい。これを二から三回やったら、棒に巻いた麺体をくるっと左右反対に180度回転させて、手前から一旦ほどくとまだ角を出していない外側になっていた方が手前に来ます。これを棒に巻き込んで同じ動作を繰り返します。角は出来るだけ直角になるように努力して下さい。

角出し  次にこれを90度回転させて(つまり棒を手前から前方にたてた状態)、巻いていた麺体を一旦ほどきます。そうすると自分から見て左右に長い楕円形となっているはずです。再び、手前にまだ角(かど)を出していない一角(ひとすみ)が来ますので、縦にしっかり打ち粉を振って、棒に巻いて角を出す作業を繰り返して下さい。さらにこれを反対にして、四つ目の角を出します。4つの角を順番に出していくことで正方形に近い形になってくると思います。十分に角が出ていないすみについては、再度そこを内側に巻き込んで、麺体をつかむような感じで、上から押しながら前方へ転がすことで、巻き込んだ角がとがってきます。
 巻いて両手で押すときに、真ん中を中心にやると角がよく出ます。しかし、初心者の場合、広げると星形になっていることが多いです。つまり四辺が凹んだ状態です。プロがやっても少しは凹んだ形になりますので、仕方がないのですが、押しながら転がすときに、どのあたりをどの程度の力で押すか、それによって、形が違ってくるのです。どこをどう押せばどういう形になるか、ということを考えながら、そば打ちをすると上達が早くなるでしょうね。真ん中だけを押しすぎると、星形になりやすく、真ん中だけが伸びるので、広げたときに真ん中に皺がよりやすくなります。しかし、真ん中を押さないと角が出ません。要は、真ん中を中心にしつつ、時々手を広げて、真ん中以外も押す。こういうことです。
 初心者は、押す力が弱く、なかなか角が出ません。やや強めに押すようにすれば、うまくいくかも知れません。

開く  こうして何度か微調整をして下さい。最後の調整は四角くなりかかった麺体を全部広げて、麺棒を使い、できるだけまっ四角になるように、また厚さが均一になるように延ばしていきます。正方形に近くなった麺体の四隅はたった今延ばしたばかりですから、かなり薄くなっています。それに比べて辺の真ん中あたりは一番厚い状態です。この厚い部分を出来るだけ角の薄い方に持っていくようにします。蕎麦用語で「肉分け」です。
 最終的に、500グラムであれば50〜60p四方位にすればよいでしょう。きれいな四角形になるに越したことはありませんが、はじめの内からそんなに上手に出来るはずがありません。
 
 

四角  以上が専門用語で「四つ出し」と呼ばれている作業です。慣れない内はかなり難しいと思いますが、何事も練習です。慣れてくればだんだん四角になってきます。できるだけきちんとした正方形にすると後が綺麗にできます。
 

<長方形にのばす>

  四つ出しが終わった段階では、厚さはまだ2〜3ミリぐらいはあるでしょう。これを1.5ミリ程度まで延ばしていく必要があります。そのやり方は正方形の一辺を固定して縦に延ばし、長方形にしていきます。正方形の手前半分を棒に巻き取り、残りの半分を上方向に延ばします。
のし 厚さは1.5ミリ程度が目標ですが、何回かやっている内に感じがわかってきます。半分が終われば、一旦全部を棒に巻き取り、方向を逆にして、今度は延ばし終わった方を三本目の棒に巻いて、残りの半分を延ばして下さい。
 
 
 
 

 耳(左右の端)の部分を延ばしながら目で見て厚さを確認し、さらに手で触って厚さを確認しながら、均一にのして下さい。
できるだけ耳は真っ直ぐ伸ばしたいものです。左の絵を参考にして耳を真っ直ぐ伸ばす方法を会得して下さい。
 耳が真っ直ぐになっているかどうかは、目で見ればわかります。しかし、厚みは直接には見えませんし、均一にするのは、そう易しいことではありません。端は耳の影などで、かなり正確にわかります。しかし中央部分はそういうわけにはいきません。名人は、「色で見ろ」とおっしゃっていますが、年期がいります。薄くしすぎると、破れてきます。破れて初めて、薄すぎたことに気が付く事も珍しくありません。特に、細打ちしたいときには厚みを揃えることが重要で且つ難しくなります。常にそういう意識を持ってのしの作業を行って下さい。

耳 実は、「均一にのす」ことは非常に難しいです。私にとっても未だに、いかにして均一に薄くのすか、が最大の課題です。最初の頃はあまり意識はしませんでした。かえって最近になってからの方が、厚みについて難しさを感じるようになりました。切り幅は、見た目で分かりますが、厚みは切った後でなければ自分の目で確認できません。初めは、切る方に目を奪われているということかも知れません。あるプロの方のそば打ちを見ていたら、何度も厚みを調整していました。プロでもこんなにやっているというのが、私にとっては新鮮な驚きでした。どんなにきれいに切りそろえても、厚みが不均一では太さの違うそばしかできません。常に厚みをチェックしながらのす、巻き取ったときに横から厚みを見る、手で撫でてみる、などいろいろな方法を駆使して、均一にのすことにチャレンジして下さい。
  そして、ちょっとでも厚みにむらがあると思ったときは、ためらわずに再調整してください。薄くなり過ぎたものはどうしようもありませんが、厚いところは薄くできます。ちょっとした手抜きが、結果を大きく左右すると心得てください。
 四角形から長方形に本のしを行うとき、手前半分を巻き棒に巻いて、先の半分をのします。そして、半分のし終えたら、今度は方向を反対にして、同じくのし終えた手前半分を巻き棒に巻き取り、まだのしていない先の半分をのしていきます。私は長いこと、これで終わりにしていました。厚みは、伸しながら、縁の影を見たり、触った感じで判断し、それで一丁上がりとしていたのです。しかし、これは大きな誤りであったことに最近気づきました。この程度のチェックでは、均一の厚みには決してならないのです。最低一回は、先ほどと同じ動作を繰り返し、厚みの微調整をする必要があります。私はこれをやるようになって、時間は若干長くかかるようになりましたが、出来上がったそばが、一皮むけたものになったような気がしています。プロも調整の必要は口を酸っぱくして言っています。この辺りが、中級と上級の分かれ道になるのかな、というのが今の私の心境です。もう少し早く気づいていれば、と臍を噛む心地です。これを読んだ方は、私のような回り道をしないで良くなりましたね。

 以上は蕎麦職人の手順です。長方形に延ばしていくのは、棒に巻き取ることにより狭い場所でも作業ができることや、この方が出来上がった蕎麦の長さがそろい形がよい上、無駄が出ないからと思われます。
 中央部分がどうしても素直に延びてくれないことがあります。板の中央部がへこんでいるときに起こりやすい現象です。板がちゃんと平面になっているか、よく確認して下さい。棒が曲がっている場合もあります。うまくいかないな、と思うときには、道具を確認して下さい。必ずしも腕が悪いとばかりは限らないのです。
 
 のしの時の立つ位置も大事です。無精な人は真ん中に立って右左と向きながら伸しています。しかしこれでは耳を真っ直ぐにきれいに伸していくことはできません。必ず右半分を伸すときは身体も右に移し、耳を正面にして真っ直ぐ伸すようにして下さい。左の時も同じです。こうして伸していると耳の所ばかりがのびて皺になり、その上を誤って麺棒を転がして麺帯を破ってしまう、そういう失敗をしている人を見かけます。その原因は、真ん中を伸す腕の力が弱いからです。例えば右の耳を伸す場合を考えましょう。麺棒の右の方は麺帯から外れ下は空気です。自然と麺棒は右側が下がりがちになります。そうすると当然ながら、右の耳の部分がより強く圧迫され、薄くなります。これが皺の原因です。解決方法は、左腕にもう少し力を入れて、麺棒を水平に保つことです。つまり、耳の部分も、真ん中の部分も同じように伸すということです。どうしてもうまくいかない人は、右手の位置を麺帯の上にキープするようにしたらどうでしょうか。つまり、耳の位置より右側には出さないようにするということ。これで必要以上に右側を押し下げる力は掛かりにくくなります。左側を伸すときも考え方は同じです。
 以上を実行することにより、耳を伸すときに同時に真ん中部分も適切に伸されます。その結果、耳の方と真ん中で厚さが違うというのしの最大の課題が同時に解決することになります。
 

 初めての方を見ていますと、おそるおそる棒を扱っている人が多いようです。麺体の硬さにもよりますが、ある程度力を入れないと延びていきません。時間ばかりかかって、表面が乾き、かえって切れやすくなってきます。ある程度大胆にやることも必要です。

<打ち棒の使い方 その三>
 ある有名な蕎麦屋さん(翁の高橋さん)の手打ちを見ながら思ったのですが、棒には、前方だけでなく、下向きにそして後ろ向きにも力が加わるようにすることが必要です。前に前にと延ばすだけでは、一旦耳に裂け目ができるとこれがどんどん拡大してしまいます、上から麺体を押さえつけるような動きや後方にも延ばす動きをするようになってからは破れやすい難しい麺体も何とか蕎麦にすることができるようになりました。
 特に、下向きに力を加えることが重要だと思っています。棒の当たっているその部分を延ばす、そういう感覚が大事です。そのため、棒を前方方向に回転させつつ、力は下向きに加える、そういう延ばし方を覚えなければなりません。易しいことではありませんが、そういう気持ちを持ってやっていれば、いつかできるようになっていると思います。
 蕎麦粉は千差万別です。いつもいつも打ち易い、いい粉ばかりではありません。どんな粉でも一応は蕎麦にする、これができれば鬼に金棒ですね。もう上級者と言えるでしょう。
 

<たたむ>

 全体をのし終えたら、いったん全部を巻き取ります。そして、手前に引き戻し、右を前方遠い方に、左を近い方に半分(90度)回して、それを打ち台の左端に移動し、棒を回転させながら、巻き取った長さの半分と思われるところまで開きます、長方形の長い方を半分開いた形になります。
 ここで、打ち粉を十分に振って下さい。特に柔らかめの時はくっつきやすくなっていますので、多めにふって下さい。そして、残りの半分を今度は左側に開きます。打ち粉をふった上に重ねる形になります。この時点で棒ははずれます。
 次に、自分から遠い方の半分に打ち粉をふります。手前の縁を丁寧に持って、奥の半分に重ねます。更に次も自分から遠い方の半分に打ち粉をふって下さい。同じ要領で手前の縁を持って打ち粉をふった上に重ねます。これで面積ははじめの八分の一、つまり、八枚重ねとなります。
この結果、元の長方形の短い一辺が例えば60センチとすると4分の1の15センチまで畳むことになります。これを切るわけですが、包丁を前方に押しながら切りますので、先の方の折ったところは例外なく切れてしまいますが、手前の折った部分は繋がるケースが多くなります。少なくとも繋げるようにすることを目標とすべきです。そうすれば、長いそばは30センチということになります。折ったところで切れてしまう蕎麦も出ますから、これは15センチ、これらが混在するそばになります。
 
 
 

たたむ  500グラムの玉の場合、縦幅はせいぜい50センチ程度にしかなりませんのでこれを4つに折ってしまうと、できた蕎麦の長さは10センチちょっと(うまくいっても20センチ)にしかなりません。これではちょっと寂しい。そこで私はこの場合は、上からと下からと3っつに畳むことにしています。こうすれば50センチの3分の1、つまり17センチほどの蕎麦になる計算です。

 もう少し長い蕎麦にしたいときは、二つ折りにすることもできます。素人ほど短い蕎麦は格好が悪いのです。ぶつぶつだったというのが、素人の下手な蕎麦打ちの代名詞です。できるだけ長い蕎麦となるようにこのへんを工夫することも必要です。
 根本的な問題としては、本のしに入る前に横幅を長めに出しておくということが考えられます。しかし、さすがに80センチに出すわけには行きませんので、抜本解決にはなりませんね。

 せっかく切った蕎麦が切り口でくっついてしまうこと(専門用語で、「口が開かない」というそうです)や、たたんだ上と下でくっついてしまうことが時々あります。本当にがっかりです。くっつくのは、水が多すぎることに根本原因があります。しかし、はじめの頃はこれが多いのです。事後の方策としては、できるだけたくさん打ち粉を振り、また、頻繁に口開けをするしかありません。
 通常は7−10センチ分を切ったら一旦包丁を置き、口開けをします。切り口に空気を当てることで、切り口同士がくっついてしまうことを防ぐのです。柔らかめの時、山芋をつなぎに使ったときなどはその半分ぐらいで口開けする事により、くっついてしまうことをある程度防げます。 とん、と切り終わった状態から、包丁をそのまま右に5センチほども滑らせます。これで切り終わった麺が本体と離れます。包丁の先の方の薄くしてある部分を右側から切り終わった麺の下に滑り込ませ、少し持ち上げながら右方向に包丁を抜くことによって麺が少しずつ離れます。十分でないときは指で軽く押さえるようにして切り口を離します。
 

<切る>
 江戸時代の職人は1寸を23本に切るのを標準としたそうです。約1.3ミリとなります。厚さ1.5ミリ程度に延ばし、1.3×1.5のやや長方形の断面となる計算です。実際やってみると、かなり細い蕎麦になります。これがごく普通の蕎麦だったようですが、好みである程度太く切ってもいいですが、太いそばは茹だりにくく触感も硬くなりますので、好きずきではありますが、一定以下の太さのそばであることは必要です。初めての場合は、薄くのし、かつ細く切るのは至難でしょうが、より大勢の人からうまいと言ってもらえるそばを打つためには、努力が必要です。
 断面が長方形となっているのは、この方が茹だりやすいからではないかと考えられます。また、うすく均一に伸ばすよりも、職人にとっては細く切る方が易しかったからと言われています。
 初心者は、細く切るのはなかなか難しいですね。だから、出来るだけ薄くのすようにすると良いです。薄ければ幅が広くてもちゃんと茹だります。美味しく食べられるということですね。

 切り板の上に打ち粉をふって下さい。無駄のようですが、これで板が少々ゆがんでいても粉が補正してくれるので、何とかうまく切れます。
 麺体の上には打ち粉を多めに振って下さい。駒板の滑りを良くすると同時に、切った面に打ち粉が降りかかり切り口がくっつきにくくなります。
 左手は駒板の上に置きますが、手のひら全体で押さえつけると力が入りすぎて駒板がスムーズに送れなくなります。そのため、親指、人差し指小指の三本の指を駒板の上に置き、中指と薬指は中に折り曲げて殺すことで力の入りすぎを防ぎます。つまり、左手は適当な強すぎない力で駒板を抑えておく、それだけの役割です。中指と薬指は、第一関節と第二関節の間を折り曲げて駒板に付けます。この二本の指を中心として、残りの三本の伸ばした指と合計4点で駒板を押さえます。駒板が真っ直ぐ送れず、だんだんと曲がってきてしまう原因はいくつか考えられますが、この4点の力加減がうまくいっていないことも大きな原因となり得ます。親指または人差し指の圧力を強めることにより、平行に駒板を送ることが出きるようになる可能性があります。
 また、親指と人差し指は、駒板の枕から5センチほどは離しておくようにするべきです。あわてて包丁が枕を超えてくることだってないとは言えません。大切な手に怪我をすると暫くそばも打てません。安全第一です。
 
 包丁は駒板の面にぴったりと当てて、そのまま垂直に、前方(自分より遠い方)に滑らせながら切って下さい。切り終わったときに、こつんと板に当たる音がする程力を入れて下さい。駒板にきちんと包丁を当てて垂直に切るのは、包丁の角度を一定にして麺の幅を上も下も同じにするためです。
 切る包丁の角度を常に一定に保つように努力しましょう。この角度がぶれると、上の方は一応そろっていても、下の方は太くなったり細くなったり均一には切れません。こま板の垂直面に包丁を面的にぴったりと当てながら切り下ろす事は大変重要なことなのです。
 
 麺の太さは、切り終わった包丁を少し左に倒す、その倒し方の大小で決まります。均一の太さに切るためには倒す包丁の角度を一定にする必要があります。切り下ろす前にいちいち太さを目で確認するようでは時間もかかりますし、結果的にはとても太いそばになってしまうことが多いです。おまけに、それ以上の上達は望めません。切り終わった麺の太さを目で確認しながら、倒し方を加減するようにするといいでしょう。
 細いのと太いのが混在していると均一に茹だりにくいので、ある程度細く、かつ太さをそろえるのが当面の目標です。初めから上手にやれる人はほとんどいません。しかし慣れれば必ずうまくなります。あわてず、ゆっくり確実に切っていって下さい。プロのように早く切れるはずがないのですから、むやみに包丁を早く使おうとするべきではありません。時間はたっぷりあります。ゆっくりでも確実に、これが初心者の心得と思って下さい。
 大体40回ほど切るとそれを一束として打ち粉を落とし、キッチンペーパーでしっかりと巻きます。それをタッパーなどに入れて冷蔵庫で保管します。冷蔵庫ではどうしてもそばの水分が水滴になってタッパーの中にたまりやすくなります。キッチンペーパーがそれを吸収して、そばが水分でぐずぐずになるのを防いでくれます。また、茹でるときの単位になりますので、取り上げやすくなる利点もあります。


<保管>
 切り終わった蕎麦を直ちに茹でると、蕎麦がふわふわ浮いて、茹だりにくいといわれています。打ちたてがいいのは勿論ですが、ここは少し余裕を持ちましょう。30分は寝かせよといわれています。切り終わって、鍋に火をつける、こんなタイミングでしょうか。保管の際は乾燥に注意。タッパーに入れておけば冷蔵庫で1〜2日くらいは持ちます。私は打ち立て派なので、あまり奨めませんが、プロの中には、半日とか1日寝かせる人もいるらしいですね。味が落ちるように思っていましたが、最近考えが変わりました。一日冷蔵庫で寝かしたそばも結構いけます。ちょっと食わず嫌いだったかも知れません。ただ水分が少しずつ抜けていきますので、茹でるときには切れやすくなっています。より注意が肝心です。
 

V 茹でと盛りつけ

<茹でる>
 お湯はたっぷり用意して下さい。口の広い大きな鍋が必要です。お湯に入れる瞬間に切れたり、固まったりしやすいので、あくまでそっと優しく扱う必要があます。沸騰したお湯の上に並べるような気持ちで、ほぐしながらそっと入れて下さい。決してどぼんと入れてはいけません。固まってしまいます。蕎麦屋の口伝では、「指をお湯に突っ込むぐらい」と言っています。すぐには混ぜないで下さい。蕎麦が切れてしまいます。しばらく待って下さい。

 箸で混ぜる場合も決して力まかせにしないでください。麺に逆らわず、ゆっくりと大きくかき回すように混ぜることです。
 ゆで時間は1分から1分15秒。鍋の大きさ、一回に茹でる量、太さによっても違ってきます。麺を入れたとき、水温ができるだけ下がらない方が良いのです。家庭用の鍋で茹でるときは、一度にたくさんの麺を入れないようにしましょう。せいぜい一人前程度です。蕎麦は水やお湯に溶けてしまいます。そのため、長時間茹でることができません。従って太すぎる蕎麦はなかなか芯までは茹でることができないのです。
 差し上げたそばがうまく茹だらず、ぶつぶつになりました、といわれると辛いですが、スパゲッティを茹でるみたいに、食べる全量を一回にお湯にぶち込んだと聞いて、はっとしました。私が差し上げる「手打ち蕎麦の茹で方」ペーパーには、一回に茹でる量のことが書いてなかったのです。当たり前のことと思ってしまっていたんですね。
そばの茹で時間はアッという間です。できるだけ少ない量を茹でるようにすることは、とても大切なことです。きちんと時間を計って、茹ですぎないように注意しましょう。

<洗う>
 茹で終わったらすぐに冷水で冷やすと同時に洗ってぬめりを取ります。この場合もごしごしやらないで下さい。水を換えて2回ほど洗い、最後は、できれば氷水に入れます。(氷がなければ、冷たい水でもいいです。)氷水に入れると、蕎麦がきゅうっと締まってくるのが手でわかります。すぐにざるに上げます。
 私の洗い方です。中くらいのボールを3つ用意します。金ざる一。ボールの一つに氷水を用意する。残りの二つは、水を張る。その一つに金ざるを入れておく。茹で上がったそばをそれに入れ、熱を取る。すぐにもう一つのボールに移し、ぬめりを取る。その間に最初のボールの水を捨て、再度水を満たす。ぬめりを取ったら、ボールを代え、ざっと洗ってから、氷水に移す。
 こういうようにすると効率よく洗えます。
 氷水は麺が締まりますので、硬くなります。柔らかめの食感が好きな方は、氷水は省略しても良いでしょう。

<ざる>
 最初は大きなざるに小さなつまみ(白魚20匹分だそうです)で取り、順番にはじっこに並べます。水を切るためです。その後、小さなざるに盛っていきますが、小さなかたまりを場所を異動しつつ、上の方からぱらぱら落としていきます。このように本物の蕎麦は、もり一枚を出すにも大変な神経を使っています。

 こういう風にして盛られた蕎麦は、適切に箸を使う限り絶対にぞろぞろ繋がったりはしません。箸をたてに持ち、上から数本をつまんで真上に持ち上げます。こうすれば絶対くっつきません。その半分位を汁につけて、全体を一気にすすり込む。これが通の蕎麦の食べ方です。横向きに箸を使って取りきれないぐらいたくさんの蕎麦を一辺につかもうとする人が大勢います。これでは本物の蕎麦屋さんは泣くに泣けません。
 また、蕎麦がでてきたのに、つい飲む方に夢中になって蕎麦を伸ばしてしまった経験はありませんか。いくら商売でも、蕎麦屋さんは怒ります。出された時が食べ頃です。その後どんどん蕎麦は伸びて風味をなくします。3分以内に食べて下さいと言われたこともあります。茹でて少し水を切ったら直ちに食べて下さい。どんなに美味い、いい蕎麦も茹でてから時間が経ったのでは台なしです。もっとも大事なポイントです。
 とかく日本人は、グループで食事をするとき、全員の食べ物がそろうまで箸をつけない傾向があります。これがよい作法とされているので、子供の頃、真っ先に箸をつけようとして叱られた経験をお持ちの方も多いでしょう。しかし、蕎麦を食べるときは、この良いマナーは全て忘れて下さい。出されたら、他の人に来ていようがいまいが、すぐに食べ始めて下さい。これが蕎麦を食べるときの良いマナーと心がけて下さい。蕎麦打ち人としては、出した蕎麦になかなか箸をつけてもらえないときほど、はらはら、いらいらすることはありません。秒単位で味が落ちると思って下さい。
 

W 辛汁甘汁の作り方

<辛汁の作り方>
 つけ汁のことですが、江戸の蕎麦用語ではだしとはいわず、「汁」です。かけ用の汁を「甘汁」といっています。面倒くさいという人は市販のものでもかまいません。しかし蕎麦を手打ちしようというほどの人であれば、汁も自前でなくては納得できないでしょう。作り方は簡単。ガイドブックに従ってきちんとやれば本当においしい汁ができます。
 市販品を買う場合も、表示を良く確認してください。本物の辛汁は、本醸造醤油、砂糖、味醂、鰹節、これに昆布が入っているかどうかで、これ以外のものが入っているのは、余計な添加物入りです。大半の製品はアミノ酸などが添加されています。そうでないのを探すのはなかなか大変ですが、絶対にあります。もちろんストレートです。

 私の辛汁は、

<薬味>  < 暖かい蕎麦用の汁「甘汁」の作り方> X 生粉打ち蕎麦、柚切り蕎麦
<蕎麦粉だけで打つ蕎麦 「生粉打ち蕎麦」の打ち方>
 手打ちを始めた者にとって、一度は挑戦してみたいのが、蕎麦粉100%の蕎麦ではないでしょうか。蕎麦用語でこれを「生粉(きこ)打ち」と言います。そば粉のことを蕎麦屋さんでは「生粉」ということからだそうです。生粉打ち蕎麦の作り方には二通りあります。

 その一は最も簡単に、水だけで打つ方法です。これにはこつも何もありません。二八蕎麦と同じように打っていきます。唯一の条件は、これができるいい粉を入手することです。新蕎麦の石臼挽きできめの細かい粉の中に大変繋がりやすいいい粉があります。同じ粉でもいつもできるとは限りません。粘りのある粉は打っていてわかりますから、そういう粉に出会ったときには是非やってみて下さい。こんなに簡単だったかと自分が一人前の蕎麦打ちになった気がして気持ちがいいです。
 生粉打ちを看板にしている蕎麦屋でも真夏など条件の悪いときには割粉(小麦粉のこと)を入れているとお断りが出ていることがあります。
 よっぽど粘りがあれば別ですが、さすがに生粉打ちとなると麺体は乾きやすく切れやすくなります。打ち粉を振りすぎないよう気をつけながら、素早く作業を進めることが必要です。また、ある程度切れるのは仕方がないと初めから観念して、少しぐらい切れても気にしないことも大事です。何しろ素人なんですから。
 小麦を入れない場合には、ゆで時間を若干短めにするといいでしょう。

 その二は、「湯こね」にする事です。水で打つ場合の蕎麦の粘りは、水を含んだ蛋白質の粘りです。しかし通常はこれだけでは不十分なため、小麦粉に含まれるグルテンの力を借ります。生粉打ちは小麦粉の力が借りれませんので、蛋白質の粘りだけでは不十分なときには、α化したでんぷんの粘りを併用して蕎麦に繋いでいきます。
 でんぷんをα化するために熱湯を使います。その分ゆで時間が短くなることに注意して下さい。水は通常より多めになります。3割り増し程度を用意して下さい。その3分の2程度をやかんに移し、沸騰させて下さい。沸騰したお湯を蕎麦粉に全量かけ、太い箸などでかき混ぜて下さい。火傷をしないように注意して下さい。できるだけ早く冷ます方が風味が飛ばないようで、プロは扇風機なども使うようですが、家庭でやりますと家中粉だらけになりますのでそこまではしなくても良いと思います。
 さめるに従い、手も使ってよく混ぜて下さい。残りの水を入れながら通常の水回しの要領で全体に水を回して下さい。意外にぱさぱさしていますのでこねに入るポイントをつかむのが難しいと思います。片手に一握りとってみて何度も練ってみてください。湯こねの場合にはどうしても玉が柔らかめになります。これを延ばして切るのは結構大変です。ていねいに、着実にと念じつつやってみて下さい。一回目よりは二回目、二回目よりは三回目と練習を積めば積むほど上達するのが自分でもわかるでしょう。

 湯こねは、柚切り蕎麦や茶蕎麦などのいわゆる「変わり蕎麦」を打つときにも使われる方法ですから、一人前のアマチュア蕎麦職人を目指す方には必修の技術ですが、一般のアマチュアとしてはまず基本をマスターすることに精力を向けるべきだと思います。もちろん、やっちゃいかんと言っているわけではありません。いろいろ挑戦するのも楽しみの一つで、高い目標設定もより一層蕎麦に打ち込む動機になるでしょう。

<柚切り蕎麦の作り方>
柚切り 秋が深まってくると柚切りが食べたくなります。独特の色、香り、すがすがしさ、さっぱり感、並蕎麦とはまた違った、これでも蕎麦かと思わせる、意外感のある麺です。
 用意する物
  御前粉350グラム
  中力粉150グラム
  柚 大きめ1個
  水 350グラム
  打ち粉又は御前粉 適量
 柚はあらかじめ、できるだけ目の小さな下ろし金で皮の部分をおろしておく。
 御前粉だけを木鉢又はボールに入れ、水200グラムを沸騰させてこれにかける。太い箸などでよく混ぜ、温度が下がったら両手を使って混ぜる。そこに中力粉を入れて、さらに水を加える。水回しの要領で進めていくが、水は入れすぎないように注意が必要。
 次に、あらかじめおろしておいた柚の皮の部分を混ぜ込む。ある程度水を入れても、ぱらぱらで一見まとまりそうにないが、片手にとって何回かこねてみるとα化したでんぷんの力できれいにまとまっていくことが実感できると思う。
 普通の蕎麦のようにはすぐにくっつかないので、一度に全体をまとめようとせず、一握りづつ練り込んでいく。思ったより柔らかくなることもある。こね終われば、後はていねいに、優しく延ばして切る。

 以上で解説は終わりです。私は次の図書を座右の銘としていつも参照していますので、さらに勉強したい方のために紹介しておきます。

ご要望により「出張蕎麦打ち教室」を開きます。こちらをご覧下さい。
 
 

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      おわり

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