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今から約千年以上も前の平安時代、中国より薄くのばした小麦粉の皮に野菜や肉を包んで水煮し、肉汁に浮かせた『うん飩』が伝えられました。その後、鎌倉時代にやはり中国より、水車を使った小麦粉の製粉が伝わると、みるみるうちに小麦粉の生産量も増えてきました。室町時代の文献には『そうめん』『きしめん』と並んで『うん飩』の名が見られるように、やっと今の様な細く長い麺が姿を表します。しかしうどんが庶民の日常食になったのは江戸時代に入ってからでした。当時、江戸ッ子の麺好きは大変なもので、今の十分の一の人口だった江戸市中に屋台も含め、6千軒以上、うどん、ソバ屋があったそうです。 |
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