北京(年明け)

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 元旦は、男達が晴れ着を着て親類や隣近所へ年始廻りをすることは日本と同様であるが、両の拳を揃えて額の前に上下に振りながら「新禧・新禧」とか「拝新年」と言って挨拶する。年賀の客のために、各家庭では「糖茶」といって簡単なご馳走を用意しておく。日本の餅に該当する正月の食物といえば、餃子と年こうであろう。(年こうというのは、糯米を材料にして砂糖で味付けしたもので、表面に煮た棗の実をまぶしたものもある)

 元旦からはじまって十五日まで、「しょうでん」といって、前門外の琉璃しょうの初市が開かれる。

 二日は財神祭で、各家庭とりわけ商家では、朝早く財神像に供え物をし、線香を焚いて拝む。

 五日は破五といって、この日を限りに正月のさまざまな禁忌が解けるとしている。婦人たちは「忌針日」といわれて、元旦から五日までは針を使ってはならぬとされているし、一般の商家も五日までは店を閉めている。それが六日からは軽い家事や仕事に取りかかる。

 八日は「順星日」といって、もろもろの星の神が降られるのを祀る。

 十三日から十七日までは「燈節」で、商店や寺廟では趣向をこらした燈籠を飾る。十五日は「元宵節」と呼ばれ、元宵というもの(さまざまな果実を搗き砕いて砂糖であじをつけたものを飴として、これを糯米粉の薄い円形の皮でつつんだもの)を神々に供え、人々も食べる。元宵節は燈節の中心になる日で、折りしも月は満月である。人々はこれを最後と正月気分を噛み締めながら、爆竹の鳴り渡る街を浮かれ歩くのである。こうして、二十三の小正月以来、一ヶ月近く続いた北京の正月行事は終わりを告げる。

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