奥の太道


いやー、学生のうちはバカなことやっておいた方がいいですよ。全国の水道水飲み比べの旅に出るとか、富士山をうさぎ跳びで登るとか、24時間営業のファミレスに何泊できるか挑戦するとか・・・(以下800項目略)。
そういう私もやりましたよ、バカなこと。実家から帰る交通費を浮かすために青森から東京まで自転車を漕いでしまいました。
バカですねー。だって、交通費は浮いても、宿泊代や飲食代で何倍もかかってしまうじゃないですか。
まあ、というのは冗談で、なんかでかいことをやってみたかっただけなんですが・・・
このコーナーは、その旅日記です。

期間:平成15年9月10日(水)〜9月25日(木)
9月10日(水)【函館まで輪行】
本日、使用期限ぎりぎりの青春18切符を使って今日中に函館着けるぎりぎりの汽車に乗って輪行(自転車のタイヤを取り外して袋に小さくまとめて汽車やバスに乗ること)。まったく、ぎりぎりにならないと何もできない自分がつくづく嫌になる。本日は函館止まり。

9月11日(木)【函館周遊の旅】
自転車で函館観光。外人墓地近辺で朽ち果てた「函館検疫所跡」を発見。「全国裏観光スポット」に指定。その後新島襄海外渡航の地にて出発式を敢行。0時30分発のフェリーにて出港。

9月12日(金)【青森市〜十和田市(75km)】
午前4時半、青森着。青森駅前のデイリーヤマザキでエロ昔話集「むかしの艶々ばなし」発見。迷わず購入。出発しようかせまいかとぐずぐずした末に、11時半ようやく青森を出発。 とにかく漕いだ。やみくもに漕いだ。どこまで漕げるかわからなかったが、気力が続く限り漕いだ。今日はフェリーであまりよく寝られなかったので疲れていたが、なんとか十和田市まで来ることができた。ビジネスホテルに泊まる。

9月13日(土)【十和田湖、奥入瀬渓流サイクリング】
コインランドリーで洗濯をしたのだが、洗濯が終わったら指定した番号に電話を掛けてくれるという機能があったので使ってみた。一時間後、本当に電話がかかってきた。プルルルル・・・「もしもし?」「まもなく洗濯が終わりますのでご準備ください」。滅茶苦茶東北訛りで言ってきた。生まれてこの方、訛った機械は始めてである。十和田市に別れを告げ次なる目的地に向けしばらく南下したが、「十和田に来て十和田湖や奥入瀬渓流を見ずに通り過ぎてしまってよいものだろうか・・・嗚呼、十和田湖が見たい!奥入瀬渓流が見たい!」と車輪を進めるうちにそのような感情が沸沸と沸き起こってきた。「ええい、儘よ!」結局10キロばかり走ってから引き返してしまった。情けないことにまた優柔不断病が再発してしまったのである。十和田湖まで漕ぐのが面倒なので、駅からバスに乗る。焼山で乗り換えていよいよ奥入瀬渓流に突入。しかし、つまらん。空気が感じられないのである。車窓からは自転車や徒歩で散策している人が何人も見受けられる。自転車で来なかったことを後悔した。ふと手許のパンフレットを見ると、レンタサイクルの案内が。これだ!十和田湖に着いてカツ丼にビールを食った後早速借りる。2時間以内と言うことなのでだらだら漕いだら歩くのと大して変わらなくなってしまった。しかし、かと言って速く漕げば風景をじっくり味わえない。「対象から受ける情報量は対象に接する時間に反比例する」そんな格言を思い出した(自分で作ったのだが)。あまりだらだら漕ぎすぎたので時間が無くなってしまい最後の2キロぐらいはニュートラルで走り抜けた。吹き抜ける風とめまぐるしく移り変わる景色があまりにも爽快で、株主総会でも開きたくなった。焼山で帰りのバスを待っていると、仕事が終わって帰宅途中と思われるタクシー運転手二人組み「乗ってがねが?1000円(バス代と同じ)でええからよ」お言葉に甘えて乗せてもらった。「兄ちゃん、どっから来なすった?」「いや、ちょっと青森の方から自転車で南下してるんです」「ほ?。おらも八戸まで自転車漕いでピンク映画見に行ったことがあるけどな」「はははは」「今日はどこ泊まんの?」「まだ決めてないです。どっか安いとこありますか?」「おい、どっかあったかの?」「健康ランドなら安いべ」「おお、ほんまや。健康ランドにしときぃ」という訳で健康ランドなる所に泊まることになった。駅で降ろしてもらったあと、お祭りをやってるとか言っていたので行ってみる。山車パレードが行われていて、笛や太鼓を演奏する子供たちが乗った山車が何台もやって来る。夜の闇と山車や露店の電飾の対比が美しかった。祭りのあと、いよいよ例の健康ランドなる所に行ってみる。一泊朝食付きで2000円弱という安さである。これだ!以後、健康ランドを渡り歩く旅が予期されるのであった。中には温泉と仮眠室があって、仮眠室にはマッサージチェアみたいな長椅子が何脚も並べられているのだが、照明が薄明かりにしてあってなかなか奇妙な空間である。疲れたので風呂入らないで寝る。

9月14日(日)【十和田市〜金田一温泉】
朝食後露天風呂に入る。見渡せば一面の田園地帯。昨日までの台風のせいか、少し強すぎる風に陽光を浴びた稲穂が波打つ。

 海原の 如く波打つ 稲穂かな

十和田市を出発し,盛岡を目指すべく4号線をひた走るつもりが、新郷村にあるというキリストの墓が気になりコースを国道454号線に変更。途中、倉石村の温泉センターでりんごアイスを食す。うまい。そして、いよいよキリストの里、新郷村に到着。期待に胸躍らせ墓がある丘を登るが,見ると二つの土饅頭に十字架が立ててあり、それぞれ「十来塚」(キリストの墓)、「十代塚」(弟イスキリの墓)と書かれてあり、あっけにとられる。なんでも、ゴルゴダの丘で磔刑にされたのは、実は弟のイスキリで、キリストは難を逃れシベリア経由で日本に渡来し、「十来太郎大天空」とその名を改め、106歳の天寿を全うしたということである。本当だとしたら、ユダヤ人を新郷村に移民させて、パレスチナ問題は一気に解決である(←この記述は会長の当時の誤った歴史認識に基づくものです。会長に代わってお詫びいたします。会長)。いかん、ちと寄り道をし過ぎた。再び4号線に乗るため三戸町に向け県道45号線を突き進む。しかし、やはり寄り道はするものではない。地図の等高線では判らなかったが、予想外の山道で、死の苦しみを味わった。しかし、山道の良さがあるとすれば、それは登りきった後の下り坂のあの爽快さである。

 人生も いつか下りが やってくる

さて、そんなこんなで野を越え山越え三戸町についた訳だが、もう既に3時を回ってしまっている。どう考えても今日中に盛岡は無理である。仕方なく、三戸町から10キロほど下った、座敷わらしで有名な金田一温泉のひなびた温泉旅館、「神泉館」に泊まる。一泊二食で4500円という安さである。風呂に入り,夕食は近くの川で採れたものと思われるいわなの塩焼きでビールと、こりゃ、もうたまんないね。疲れていつのまにか寝る。

9月15日(月)【金田一温泉〜盛岡市】
結局、座敷わらしは出なかった。宿のおばさんに聞くと、よく出るのは本家の宿の方だそうである。しかし、開けたまま寝たはずの窓が,起きたときには閉まっていて、ご丁寧に鍵までかかっていたのだが,これはどう説明しよう。部屋の鍵がついていなかったので、誰かが勝手に入ってきて閉めたのであろうか。あるいは、おばさんが実は座敷わらしだったという可能性も、無きにしも無しであろう。そんなメルヘンな温泉旅館を後にし、国道4号線を一路盛岡を目指し出発する。まず、二戸市を通過。市内数箇所でローマ字が刻まれた石碑を発見し不思議に思うが、後で同市がローマ字の普及者、田中館愛橘の故郷だと気付く。食糧補給のためスーパー(ファル二戸店)に立ち寄り、りんごなどを購入。レジのお姉さん(推定姓名:吉田峰子)色白でかわいい。りんごかじりつつ4号線を南下。一戸町に到着。名物の駅弁、ロースかつ弁当を食す。タレにじっくり漬けてあって美味い。4号線一の標高の三本木峠を越え、奥中山にてソフトクリームで一服。見上げれば、抜けるような青空に雲ひとつ。

 奥中山 コーンの上に 雲ひとつ

啄木の故郷渋民を抜け盛岡市に到着。ちょうど秋祭りの山車パレードに遭遇。「やれ、やれ、やれ、やれ!」の掛け声とともに山車が通過してゆく。私もやっと盛岡に着いて「やれやれ」である。

武蔵商店というところで盛岡三大麺の一つ、「じゃじゃ麺」を食す。なかなか珍な食べ物である。マンガ喫茶後、本日はガスト泊。

9月16日(火)【盛岡周遊の旅】
「ヨウイタリヤ〜!!」。最初聞いたときは何のことかと思ったが、錆びついた古典文法の知識を引っ張り出して”よう=「良く」のウ音便”、”いたりや=「射る」未然形+完了の助動詞「たり」+詠嘆の終助詞「や」、つまり「良く射った〜!!」という意味だとわかった。今日は盛岡八幡宮の秋祭りの最終日で、流鏑馬の神事を見ることができた。射手奉行が疾走する馬上から的を射った後、続けて介添え奉行が扇で的を指しながら「ヨウイタリヤ〜!!」と射手奉行の健闘を称えながら駆け抜けていくのである。生まれて初めて流鏑馬というものを見たが、無骨な中にも風情があってなかなか面白かった。今日も山車パレードが行われていて、相変わらず「やれやれやれやれ!」と叫んでいるが、三日間もやるとさすがに飽きてきたと見え、少々やけくそになっている。しかし、なかなかこういう田舎祭りというのはいいものである。古き良き日本を感じた。昨日もらった割引券を活用すべく、再び武蔵商店に行き、今晩は「盛岡冷麺」を食す。これはあまり好きになれない。その後、市外から10キロほど離れた山の中にある健康ランドに行く。露天風呂でお湯が滝のように落ちていてしかも自分以外誰もいなかったという好条件が重なったので、意を決して滝に打たれる修行の真似をする。なかなか爽快だった。ビル爆破のニュースを見たあと仮眠室で寝る。前の長椅子に典型的な睡眠時無呼吸症候群の人がいてうるさかったのでティッシュで耳栓をして眠る。

9月17日(水)【盛岡〜平泉(85km)】
出掛けに、旅を始めてから今日はじめて「バカ」と話した(以下、自転車やバイクなどで長距離を旅するようなバカな事をやっている人々を「バカ」と呼ぶことにする。かく言う私もバカだが)。そのバカは福岡からバイクに乗って日本一周しているらしく、その帰りなのだそうである。いろいろな話を聞くことができたが、なんでも風俗店街はススキノが一番良かったらしく・・・そんな話はいいのだが、まあ、とにかくいろんな人に会ったということである。一年中旅をしているなんて人も出会ったそうで、どうやって食っているのだろうと思ったが、私もそういういろいろな人に会いたいものである。聞くところによると、どうもバカは日本海側とか太平洋側に多いらしく、残念ながら私が走っている内陸にはあまりいないとのこと。電話番号を交換して別れひたすら南下。

9月18日(木)【古都平泉の旅】

9月19日(金)【平泉〜石巻(100km)】

9月20日(土)【石巻〜仙台(62km)】

9月21日(日)【仙台〜白石(50km)】
パンクした。まさかするとは思いませんでした、しかも台風が来てる中で。悪いことっていうのは重なるもんですな。

9月22日(月)【白石〜安達(52km)】

9月23日(火)【安達〜須賀川(47km)】

9月24日(水)【須賀川〜宇都宮(103km)】

9月25日(木)【宇都宮〜東京日本橋(107km)】

まだ書かれていないところは、そのうち気が向いたら書きます。


戻る