海原の 如く波打つ 稲穂かな
十和田市を出発し,盛岡を目指すべく4号線をひた走るつもりが、新郷村にあるというキリストの墓が気になりコースを国道454号線に変更。途中、倉石村の温泉センターでりんごアイスを食す。うまい。そして、いよいよキリストの里、新郷村に到着。期待に胸躍らせ墓がある丘を登るが,見ると二つの土饅頭に十字架が立ててあり、それぞれ「十来塚」(キリストの墓)、「十代塚」(弟イスキリの墓)と書かれてあり、あっけにとられる。なんでも、ゴルゴダの丘で磔刑にされたのは、実は弟のイスキリで、キリストは難を逃れシベリア経由で日本に渡来し、「十来太郎大天空」とその名を改め、106歳の天寿を全うしたということである。本当だとしたら、ユダヤ人を新郷村に移民させて、パレスチナ問題は一気に解決である(←この記述は会長の当時の誤った歴史認識に基づくものです。会長に代わってお詫びいたします。会長)。いかん、ちと寄り道をし過ぎた。再び4号線に乗るため三戸町に向け県道45号線を突き進む。しかし、やはり寄り道はするものではない。地図の等高線では判らなかったが、予想外の山道で、死の苦しみを味わった。しかし、山道の良さがあるとすれば、それは登りきった後の下り坂のあの爽快さである。
人生も いつか下りが やってくる
さて、そんなこんなで野を越え山越え三戸町についた訳だが、もう既に3時を回ってしまっている。どう考えても今日中に盛岡は無理である。仕方なく、三戸町から10キロほど下った、座敷わらしで有名な金田一温泉のひなびた温泉旅館、「神泉館」に泊まる。一泊二食で4500円という安さである。風呂に入り,夕食は近くの川で採れたものと思われるいわなの塩焼きでビールと、こりゃ、もうたまんないね。疲れていつのまにか寝る。
奥中山 コーンの上に 雲ひとつ
啄木の故郷渋民を抜け盛岡市に到着。ちょうど秋祭りの山車パレードに遭遇。「やれ、やれ、やれ、やれ!」の掛け声とともに山車が通過してゆく。私もやっと盛岡に着いて「やれやれ」である。
まだ書かれていないところは、そのうち気が向いたら書きます。