なぎら健壱&三遊亭円龍    対談語録


ある晩二人は出会い、そして語り合った。


 昔の焼酎はまずくて呑めなかったよね。臭くってサ。
  だからしょうがないから梅エキスだとか葡萄エキスだとかで割って呑んでたね。
 エキスったって、当然無果汁で、絵の具の紫を水で解いたような奴(笑)
 そうそう。ちょっと甘いんだよね。
 今でもそういう店は少なくなったけどあるよ。立石の『宇ち多』とかね。
  小さなショットグラスの下にお皿がしいてあってそこに焼酎をドボドボとついで後からその怪しげなエキスをチューっと注ぐんだよ。
 それをグビッグビッと呑んで、一回口をゆすいでゴクンと飲って一言、「あーうまい」・・うまい訳ねェよ(笑)


 最近の若いモンは歯ごたえのある物食ってないからもつ焼の旨さが解らないでしょうね。
 小室哲哉に「このタン生食ってみろ」って言いたいね。


 鶯谷の駅前にあるもつ焼屋の看板に書いてある文句が良かったね。
  「もつ焼 当店電子レンジ使用」ってんだよ。
  あれどういうことなんだろうね
 それは多分電子レンジ華やかなりし頃に出来た看板だと思うよ。
  「うちは電子レンジ使っているんだ」ってんで鼻高々だったんだよ。


 『山利喜』は行った?
 よく行ったね。すっかり有名になっちゃったね。
 これは嘘か本当か、まぁ多分シャレだと思うけど、「なぎらさんが本に載っけてくれたからすっかり有名になっちゃった。」ってんでビルになっちまいやんの。
  オレとしては昔の雰囲気の店を紹介したつもりなのに。


 内臓食ったって言えば佐川君。シャバに戻ってきたらしいね。
  彼はあの有名なK機長と同室だったらしいよ。
 あの逆噴射の?
 そうそう。そんでK機長、中でもう一人殺しちゃったらしくて、二度と出てこられないんだって、なんかの本に書いてあったな。
 そりゃぁ気の毒にぃ・・・


 今の焼酎はそんな事無いけど、昔のは匂いがきつくてね。
  なにかを割るんじゃなくて、何かで匂いを消してたんだな。
  炭酸なんか無かったしね。
 ホッピーの出始めの頃なんか1本のホッピーを三回くらいに分けて呑んでたね。
  まず、「酎ダブル」って注文してジョッキになみなみと入っている焼酎に少しずつホッピーを注いでいた。
 まるっきり今の逆だね。


 なぎらさんの本に載っていた『ホルモン道場』行ったよ。
  歩きながらさぁ探しちゃったよ、ずいぶん歩いたなァ。だって普通の住宅地のド真ん中にあるんだもの。   あそこは美味いね。
 あの店は×××の△△△でサ。×××が○○○で△△△△△だからさ。
  初めて行った時、オレ×××ってさぁ(笑)△△△しちゃって○○○だったよぉ(笑)


 師匠は東京中の大衆酒場だったら知らない店は無いんでしょ?
 全部って訳じゃないね。強いて言えば墨田 江東 墨田 江戸川 ・・・。
 ああ、六学区ね(笑)


 中学の頃だったかなァ近所に『養老の瀧』が出来て、・・まだ100店目標の頃だったかな。
  母親がもつ焼何本か買ってきて親父と一緒に食ってたんだけど「堅てぇなぁこの焼鳥」って言ってた。
 ちょっと前までは焼鳥屋の看板掲げても平気で「豚ですけどね」と言ってもつ焼売ってたからね。
 そう、そん時たまたまレバーの中心が半生だったんだ。それ見ておやじが「鶏を生で食えるか」って激怒したの覚えているよ。
  最後まで焼鳥と焼とんの区別がつかなかったみたいよ、ウチの親父は。


 やっぱり中学の頃だった。クラブ活動の後に屋台の焼とん屋が出てて、味付けが、タレでも塩でもないドロドロとした味噌なんだ。
  その味噌を焼く前に付けて炭でジュージュー焼くと、香ばしい香りがプーンとしてて。
 うまそうだね、それは。
 ものすごくうまかった。それで芥川龍之介の『芋粥』じゃないけど、「あれをたらふく食ってみたい」って衝動に駆られて、親父に言ったら「すぐ買ってこい」と言われて、自転車ですっ飛んでったらもうそこにはその屋台は居なかった。
 それっきりかい?
 そう。口惜しくて口惜しくて・・・。もう一度食ってみたいなァ。
  『バラ色の珍生』に頼んで見ようかな「30年前の味噌味のもつ焼屋台を探して下さい。」って
 そりゃ見つからないと思うよ(笑)


円 もつ焼屋だけを紹介している本って無いね。
 無いから我々が書いたんでしょう。
  この縄張りは山本益博に荒らされたくないね。

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