
焼とんの日
春風亭昇太
駅の南口に有る、その店に入るのはこれで何度だろうか。
常連にもあまり口を聞かないその店の主人は、今日も左に身体を傾けた姿勢で
つまらなそうに焼とんの串をひっくり返したり「うぃ」と言いながら
狭い厨房の中で痩せた奥さんの横をすり抜けたりしている。
L字型のカウンターはもう客で一杯だったが店の主人が「そこ空いている」
と言うと客が左右にもぞもぞと動いてその中央から椅子が顔を出すのもいつもの事だ。
冷え過ぎで泡の立たない瓶ビールを飲みながら焼とんを待つ。
しばらくすると主人が「うぃ」と言いながら焼とんが乗った皿を持ってきた。
串を持って焼とんを口に運ぶ。 肉を前歯にはさんで引っ張り奥歯でニッニッと噛みしめると表面の塩と肉の脂が
口の中に広がったところでビールを呑む。 塩と油を荒い流すようにビールが食道から胃の中にとけてゆく。
焼とんの醍醐味だ。 続けざまに串を手にしていると、真っ赤な服を来た女を連れた男が入ってきた。
女は機嫌が悪いらしく男に何やら言っているが、よく聞き取れない。
『ありゃーフィリピンだなー、多いんだよこの辺にゃー』
噛み切れなかった肉を灰皿に入れながら隣の男がだれに向かって言っている
訳でもないようだ。 また焼とんを口に運びビールを飲む。
楽屋で言われた「おめぇ落研だなァ」という言葉を思い出していたが
不思議に腹が立たなかった。 焼とんは頭にきた時に合う不思議な食べ物だ。
煙の向こうで主人の「うぃ」という声が微かに聞こえる・・・
腹が立ったら焼とんの日。いつもそう決めていた。
完
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