梁代天監年間(502〜519年)に建設された寺院です。
当初「妙利普明塔院」と呼ばれ、その名の如く塔を持った寺院でした。
その後何度か火災に遭い、現在の建物は清代のものです。
宋代には七重の塔も建てられましたが、それも焼失し、
近年「普明宝塔」として建築されました。
寒山寺の名前は唐代貞観年に「寒山、捨得」と言う二人の僧侶が住み、
後にその名を記念してつけられたそうです。
寒山寺は、唐代の詩人、張 継の作「楓橋夜泊」の一篇に詠まれ、
一躍有名になりました。
“月落烏啼霜満天、江楓漁火対愁眠、姑蘇城外寒山寺、夜半鐘聲到客船”