たまに書く。1日数行。
2月28日
ここ3日程、仕事がホントにホントに忙しくて、昼休み15分挟んでフルに12時間働いている。
日常業務はもちろん無くなりはしないし、それに非日常的な仕事がここぞとばかりに襲ってきている。
そして追い討ちをかけるように次から次へと「自分でやれよ!!!」と言いたくなるような細かい仕事が来る。
あー誰かに愚痴りたい!とふてくされながら一人で残業してたら、
ある1枚のFAXを送ったことに対して「送ってくれてありがとう」と御礼の電話がきた。
たった1枚の紙っきれ。ほんの10秒のお礼の電話。
つらかった12時間が一瞬で吹っ飛んだ。小さな動き。大きな感動。
人を幸せにする方法を1つ学んだ。
2月26日
公差点のアイスバーンで転んで転倒した御老人。うつ伏せになったまま全く動けなかった。
近くを通りかかった女性が駆け寄って、起こしてあげていた。
運転中で右折待ちしてたのだけど、反射的にパーキングに入れシートベルトを外したのに、
出ていけないもどかしさ、モヤモヤを残したまま帰って来た。運転しながらそのシーンがずっと浮かんでいた。
動物として人間の「老い」を痛感したシーンだった。いつか必ず自分もなるし、周りにも増えるだろう。
人間、最初と最後は人間の手に関わっていくんだな。一人でなんて生きていけない。
そんな人達の役に立ちたい。
2月24日
「ずっとここにいる気はあるの?」と会社の人に聞かれた。
「ずっとなんていません」と自分でもビックリするほど即答した。
20代は分岐点、という話を思い出した。
袋小路で行き止まったように思えて、正面にある壁は押せば開くのかも。ドアになってたりして。
2月23日
ゼロックス杯サッカーを見に行った。予想もしなかった展開。奇跡としか言いようがない。
正直、高野さんと圭介を無理に誘った感があったので、あの珍プレーものの1点で終わったら申し訳ないと思って。
後半44分のアレックスのFKを祈るような気持ちで見てた。
試合後、2人とも鼻息荒くとても満足げだった。それを見て自分もとても満足した。ゲストとホストの関係。
生サッカーはクセになる。90分2000円の劇。会場まで4時間4万円かかったって見に行くよ。
2月19日
ある人が「面倒くさがり屋っていう職業があったら俺は絶対になってるんだろうなぁ」って言ってた。
反応したなおちゃんは「自分は(株)面倒くさがり屋を立ち上げちゃいそうなほど面倒くさがりだ」と言った。
“面倒くさがり”であること、ではなくて“屋”の部分のこの話を受け取った。
なおちゃんは、1つの話をぐんぐん広げていく才能に長けている。
なおちゃんと居酒屋なんかで色々な話をするのが好きだ。
そんな彼女も一男の母。こんな愉しい友達と出会えて良かった。この出会いは財産です。
2月18日
「20代は人生を左右する大きな別れ道があると思う。
第一歩を踏み出せる人と、考えているだけで終わってしまう人と、
現状をまっとうすることでいっぱいいっぱいの人と。
でも僕はもっと大きな差が開くのも20代だと思う。
素敵な仲間と出会えるか出会えないか。自分であり続けるためにこのことを忘れたくはない。」
この言葉、すごく心に染みた。あのひとには反省させられっぱなし。
自分はというと「現状をまっとうすることでいっぱいいっぱい」で「考えているだけで終わってしま」っている。
20代、あと4年しかないよ。もう折り返しているし!!
現状を振りかえるといつも焦っている、自分。どうしよう。
2月16日
「道新TODAY」にベガルタ仙台の財前宣之の記事が。
海外チームの放浪、怪我で地獄の底から3度這い上がってきた精神力に脱帽。
「不運だったとは思っても後悔はない。ツライ思いをしたんで、自信だったりプライドみたいなものが出てくる」と。
中田より上といわれていた過去、有名な兄を持ち、常に比べられていただろうに、
逆境に耐える不屈の精神力、怖いものを恐れないパワーと慎重さを持ち合わせている。
こんな経験している同い年が目の前で笑顔でいるなんて、ちょっと自分が恥ずかしくなってくる。
同い年の人の活躍って、何でこんなに勇気をくれるんだろう。
2月15日
久しぶりにみんなで集まった。
たかのさんが体の調子があまり良くなくて、わざわざ来てくれたのが申し訳なかった。
話をしていたら、「一人暮しは絶対にするべきだ」という話題になった。
そこにいたメンバーは、自分を含め全員4、5年の一人暮しの経験がある。
高校をポッと出で、会社に入社して何不自由ない社員寮に入っているような子をみて感じることは同じだった。
「自分のことを自分でしない」、「他人を思いやらない」、「まかないさんの食事を平気でまずいという」などなど。
一人暮しをして“自分は何を知っていて何を知らないのか、何ができて何ができないのか”がよく分かったと思う。
大学進学を決めた一番の理由は、経験不足で社会を知らない人間になりたくなかったから。
学校で何を学ぶかは問題ではない。
今考えても、当時の自分はナイスな判断をしたと思う。ありがとう、18歳の自分。
2月14日
あちこち職場を変え、住むところを変えしている人から、いい言葉をもらった。
「逃げ道がないと人は壊れる。ずっと逃げてちゃだめだけど、逃げ道をふさいだらだめ」と。
その人は「自分自身と仕事」という関係、「自分自身と周りの人」という関係をたくさん思考錯誤してきた人ですが、
今は“自分は実は、とっても周りに支えられているんだ”ということに気がついたらしく、
自分のために使っていたパワーを周りの人のためにがんばろうとするパワーに方向を変え始めている。
がんばれ、カズナリ。
自分は周りの人のためにがんばろうとしすぎて、自分のやりたいことを押し殺しすぎ、
精神的にまいった時期がありました。逃げ道をふさいじゃったんだろうなぁ。
2月12日
携帯電話を買い換えた。
今まではメール等の機能が全くついていなかったものだったので、新しい機能にてんてこ舞い。
キーボードに慣れているせいもあるんだけど、文章を打つのにこんなめんどくさいモノが、
何でこんなに普及しているのか疑問です…。
メールも便利だけど、実際に会って美味しいものを食べながら話をするのがやっぱり一番。
圭介もこっちに出稼ぎに来ているし、近々みんなで集まる予定。楽しみです。
2月10日
最近、殺人事件やその類の事件が多すぎて、事件名を言われても分からないほど。
暴行事件にしても被害者が死亡したニュースを見てから、犯人が自首したというケースが多いのは、
殴る蹴るしている間は「この先、いま暴行しているこの人がどうなるか」を想像していないということ。
理性をふっとばし、目の前の状況やその場の感情だけでしか行動を起こしていないということ。
それは動物と一緒。物事を考え、判断できるというのが人間の特権なのに。
2月7日
たまちゃんがいったん札幌へ帰ってきて、今日広島へ発ったようだ。
今の自分ではみんなに会えないと言っていた。
自分が現場から事務所に異動したとき、事務職をやっている自分に納得いかず、
人に「仕事は何やっているの?」と聞かれるのがすごく嫌だったし、
自分が現場にいた頃の友達と会うのがすごく後ろめたかった。
だから、たまちゃんの気持ちをなんとなく感じたので飛行機の時間を聞かなかったし調べなかった。
そっとしておいた、というよりあえてほったらかしておいた。
たまちゃんがんばれー。結果出すまで帰ってくるなよ。
2月6日
マキから半年ぶりくらいにメールがきた。
相変わらずいろんなものに挑戦しているらしい。今は、映像?を作っているらしい。
自分の手でモノを作るって、結果が形として残るし、それを見ること作ることで自分自身の心が動く。
完成した時の達成感って何事にも変えがたい。
昔、油絵を完成させた時のことを思い出した。
2月4日
冬休み休暇を取っていて、1月30日から今日までここを離れていた。一人でほっつき歩いていた。
新潟へ行き、大宮へ行き、横浜へ行き、町田へ行き、羽田経由で帰って来た。
新潟では「砂の器」(松本清張)のリバイバル上映をやっていたので、迷わず見た。
ビデオやテレビで4回くらい見ているはずなんだけど、もしくは“見ているから”なのか、またも号泣してしまった。
運命は「命が運ぶもの」で、宿命は「命に宿るもの」。
自分の力で変えられるのは「運命」?消えない過去を背負うのは「宿命」?
じゃあ、和賀は「宿命」を自らの手で「運命」へと方向転換させようとしたのか?
その力は、親と子の関係をも乗り越えさせようとしたの?
色々あれやこれや考えてしまい、その日1日何もせずに終わってしまった。結論も出なかった。
映画は、年に数本しか見ないからか、1本の映画に影響される度合いがすごく強い。
「ダンサーインザダーク」のショックからは半年抜けられなかった。今でもビョークの声を聞くと恐怖感が襲ってくる。
「タンポポの国の中の私」でダバディーが、映画は見た人の人生を変えるくらいの物でないとダメだし、
見ている側もそうあるべきだと言っていた。
自分を擁護しているわけじゃ全くないんだけど、映画に感化されるのは自分だけじゃないんだなと思った。
会話や本やテレビや、新聞の挿絵、メールの一文でも、どんどん自分の身(実)にしていきたい。
死ぬまでに出会うそれらは、限られた数しかないから。
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