Little Cupid



あれは、とある夕方のことでした・・・


「どうしたの?」
私は思わず声を掛けずにはいられなかった。
ネオンのスイッチを入れようと店のドアを開けると、
そこにはいつも買い物の途中で出会う近所の女の子が立っていた。
小学校4年生ぐらいだろうか?
私の質問には全く答えず、
じっと私の瞳を見つめている。
「お店でミルクでも飲むかい?」
沈黙にたまりかねた私の言葉に、
彼女は1回だけ首を縦に振った。

ここは、ネオン街のはずなのだが、
なぜか近くに小学校があり、
少し行くと民家やスーパーなどがあったりする。
彼女には、
ちょっとした買い物をしにスーパーへ行く途中の公園でいつも会うので、
顔見知りではあるが、
手を振って挨拶をする以外、話をしたことはなかった。

「おまちどおさま。熱いから気をつけてね」
彼女の前にミルクを置き、私はテーブルの向かいの席に腰掛けた。
彼女は小さな声で「ありがとう」とだけ言うと、
カップの中のミルクにふうふうと息を吹きかけ始めた。
「よくここが分かったね」
私は、店の前で彼女を見たときからずっと気になっていたことを口にした。
「1回ね、みんなでそっと後ろを付いていったの」
なるほど、私は簡単に納得をした。
が、同時にもうひとつの気になる事項が頭の中を彷徨いだす。
小学生の女の子がこんな時間にこんな所へ来るとはどうしたのだろう・・・
店の外では、太陽に替わり、月の出番が来ていた。

彼女がようやくカップから顔を離した。
しかし、何かを話すわけでも、立ち上がるわけでもなく、
帰る素振りも見せずに俯いている。
「おかわりはいい?」「うん」
なんとか聞き取れるような声で返事が返ってきた。
私は、本当に聞きたいことを抑えて、
「それじゃ、ジュースでも飲むかい?」と聞いた。
「うん」
今度はちゃんと聞こえた。
「オレンジとアップルとパインとピーチ、どれが良いかな?」
なかなか返事が返ってこないので、
彼女の顔を見てみると、
その小さな眉間に皺を寄せていた。
「オレンジも好きだし・・・ピーチも好きだし・・・」
彼女は迷ってしまったようだ。
「それじゃあ、特別においしいジュースを作ってあげようか?」
私の言葉に、彼女は“本当においしいの?”と言いたげな目をこちらに向けた。
「大丈夫、オレンジの味もピーチの味もするから」
そう言うと、彼女はまだ怪しみながらも首を縦に振った。

私は、氷を詰めたやや大きめのゴブレットに、
オレンジジュースとピーチジュースを半々に注いだ。
そして、トニックウォーターでグラスを満たし、
軽くステアしてファジーネイブルもどきを完成させた。
「はい、スペシャルジュースをどうぞ」
「わぁ、きれい」
ファジーネイブルとは全然違う、
薄いピンク、肌色に近い色の液体の上で泡が踊っている。
「おいしい!」
彼女は目を細めて喜んだ。
それを見て私も思わず目を細めた。
「オレンジジュースとピーチジュースと炭酸で作ったんだよ」
「ホントにオレンジとピーチの味がする!!」
ちょっとした感動でだいぶ元気になったようだ。
「2つや3つのモノをいっしょにしたりすると、おいしくなることがあるんだよ」
私がそう言うと、彼女の目がまた下に向いた。

「だいぶ暗くなったね」
私はそれとなく言ったつもりだったのだが、
彼女の肩がピクッと動いた。
「おうちには帰りたくない・・・」
「そっかぁ」
歳の割にカンの良い子だなぁ、と私は感心した。
「だって、パパとママ、ケンカするんだもん」
ようやく重い口を開いてくれた。
「パパもママも大好きなのにぃ・・・」
これにはため息をつかずにはいられなかった。

「このジュースになんで炭酸が入っているか分かる?」
私の突然の質問に彼女は潤んだ目のままで首を横に振った。
「オレンジジュースとピーチジュースを混ぜただけだとね、
甘すぎてあんまりおいしくないんだ。
で、炭酸は甘さを抑えるから、入れるとちょうど良い甘さになるのさ」
「へぇ〜」
彼女の目は、ちょっと不思議そうにこちらを向いていた。
「パパとママはずっといっしょにいたから、
甘くなり過ぎちゃったんじゃないかなぁ?」
「ワタシが炭酸になる!!」
やはりカンの良い子だ。私は思わず微笑んだ。
「だって、オレンジもピーチも好きだけど、
このスペシャルジュースの方がもっと好きになっちゃったんだもん。
それと同じでね、
ワタシ、パパとママ、どっちも好きだけど、
パパとママがなかよしでいっしょにいる方がもっともっと好き!!」
もういてもたってもいられない、といった感じで、
彼女は立ち上がって大きく目を開いて一気に話した。

「お金、払わなきゃ」
と言う彼女に片目を瞑り、
「お金はいいよ。君が大人になったらいっぱいもらうから」と言う。
すると、
「うん!大人になったら毎日来る!!」とウインクが返ってきた。
「暗いから気をつけてね」
「うん!それじゃまたね」
彼女は手を振ると、一目散に駆けだした。
「口開けのお客さんが、かわいいちいさなキューピッドなら、
今夜は大繁盛かな?」
私は、独り言を外に残して店の中へと戻った。