『ジュスティーヌ』や『ソドムの百二十日』の作者で、“サディズム”の語源となった、サド公爵の晩年のお話。
ジェフリー・ラッシュ演じるサド公爵は、おりおりが持ってたイメージには、合ってた。
サドの話といいながら、Hなシーンはそう多くないので、そっちに期待しちゃいけません。
冷酷な病院長が尼僧院から買ってきた幼な妻(16歳!)は、すごいHぽくてよし。
『ジュスティーヌ』を読んで目覚めていく(堕ちていくと言い換えてもいい)表情がたまらなく色っぽい。
サドの、“どんな手を使っても、書くぞっ!”って執念がいい。
羽ペンとインクと紙を奪われたら、チキンの骨とワインでシーツに書く。
それも取り上げられたら、自分の血と割ったガラスで服に書く。
それでもだめなら・・・。
往生際の悪いエロじじいも、ここまでくるとステキだ。
サドの存在や、好きな女ができたことにより、信仰が揺らいでいく神父。 そら、揺らぐわな。
しかし、おりおりキリスト教徒じゃないからようわからんけど、
神がすべてをつくったというのならば、“欲望”というものをつくったのも神ではないのか?
欲望全否定ってのは、神を否定することにはならんのかしら。
なにが言いたいのかというと、好きな人に好きだというのが罪になるような宗教など、
おりおりにはいらんということさ。
閑話休題。
サドの小説を読んで欲情した精神病患者が小間使いの女性を殺しちゃうシーンがあるのだけど、
そこでのサドのセリフ。
「患者が聖書を読んで水の上を歩こうとして溺れ死んだら、聖書は有害図書なのか?(だいたいこんな感じ)」
けだし名言。
なにかあるたびに、本やらマンガやらビデオやらゲ−ムやらのせいにする風潮は、好かん。
おりおりだって、中学にあがるかあがらないかってころには、もうサド読んでたけど、
別に法は犯してないぞ (・_・) そんなもんさ。
これおすすめ。見るべし。