サンダル
私はここ10年ぐらい前から、老人が嫌いじゃなくなった。
20代の頃は、なんてきたないんだろう、なんてだらしないんだろうと嫌悪さえ抱いていた。
しかし、共に小茶を手伝って行く長い年月の間に、年老いてゆく母。
目は白内障、耳は聞こえず、あじといえば、
「しゃけかい?」
「ちがう、あじよ。あじ! あじー!」
私の顔は、次第にひきつっていった。
ある時、これが年を取るとゆうことなんだと感じてからは、見る目が変わった。
体が重いだろうナー、つらいだろうナーと察するようになった。
それからは、うちの近所の公園に、ホームレスのおじさんがいたりすると、つい目がいってしまう。
こんな事がありました。
その老人は、古いねずみ色の毛布をはおっているのに、ハダシだったのです。がっしりした泥まみれの足を、何日も見て見ぬふりをして通り過ぎました。
からっ風のふく寒い日のこと、もう見ぬふりはできなかった。
やもたてもたまらず、3階の我が家まで、はあはあいいながらかけ上がり、主人のまだ新しいサンダルを手にとって、おじさんの元へ。
まぢかで見たおじさんは、きりっとしたいい目をしていて、『用心棒』の三船敏郎のような人だった。昔ただもんじゃないなと、どこかしら知的な迫力さえも感じられた。
こわくてふるえる声になりながら、足元にどーぞと置きかけた瞬間、
「いらん! いらん!」
野武士のような凛とした声だった。
私はちょこんとサンダルを置いて、走って逃げ帰った。
翌日、その公園を通るとおじさんの姿はなく、サンダルだけが残っていた。
自分のした事がおじさんのプライドを傷つけたのか、それとも、おにぎりだったら受け取ってもらえたのかと、何日も心がすっきりしませんでした。
親切は押し売りの部分がありますね。
今ごろは静かな公園で、誰にも邪魔されないで生きているのでしょうか。
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