美緒の気まぐれエッセー

やられた!

今年の夏の猛暑はすごかった。天変地異か、今迄味わったことのない暑さに思えた。あの暑さのおかげでクーラーをかけすぎ、9月に入ってから歩けないほどの腰痛に見まわれ、整体、マッサージに大金(?)をはたいた。
月に13回も白衣の先生にさすってもらって、お金を払うなんて馬鹿げたこと、経験したこともなかったし、なまけ者のすることだと思っていたから、我ながら年を感じた。 テレビで役者の平幹二郎氏も、1日2〜3万歩、歩いて腰痛を克服したと若若しい肉体で話していたのを思い出した。
明日の7日、8日の連休は歩こう。そう思って床についた。
翌日10時ごろ目覚め、カーテンを開けると、空は嘘くさい程の青空。雲1つなく、からっとして、本当に気持ちの良い朝だった。
新宿御苑にしようか。歩くのが嫌いな私は、新宿戸山ハイツの中にある小さな箱根山(標高44.7m、名前と高さがそぐわなくてかわいい)にしようと、ぷらっと散歩に出かけた。

新宿の表通りは見飽きているので裏道を歩いていたら、古いマンションの隣の小さな公園をみつけた。そのそばで何やら数人の人だかりがしていたので、野次馬根性の私は何の躊躇もなく、その輪の中に入っていった。30代の兄さんが、
「ハーイ。これから新宿の東口に出店する店のごあいさつに来ました。みなさん、この袋とおみやげを持っていって下さーい」
と声高らかに、みんなに100円ショップで売っているような、ビニールのハタキやプラスチックの入れ物を3〜4コ、愛想よく配っていて、初老の男女が何か得した気分でもらっている。私もうれしくなって、受け取った。
私は100円ショップ大好き人間なので、どこの場所に開くのか聞いた。その兄さんは、今既存の場所に他店があるので、あとで新聞のチラシにのせますと答えてくれた。 それじゃ箱根山に向かおうかと、その場を立ち去ろうとすると、
「これから、まだサービス品が車で来ますので、まず家に品物を置いて、15分后にここに来て下さーい」
と言っている。近所の人達は隣の古いマンションに戻ったり、右に左に荷物を置きに帰っていった。私はこの土地のものじゃないのでどうしようかと思ったが、隣の公園のブランコでタバコを吸って、雑草をながめていた。

15分后、近所の人達は空の袋を手に、30名位もどってきた。兄さんは、
「近所のおじゃまになるので、あの道をまっすぐ行った所に車が停めてあるから、そこまで行ってください。お願いしまーす」
と言っている。タダの物をもらう喜びと少しのうしろめたさか、行儀良く静かなみんなとぞろぞろついていった。次の角までくると、又、
「車がおきにくいので、あともう少し、50メートル位行って下さい」
と、今度は左に進まされた。そんなことを3回くり返されて、けっこう歩いていったら、その兄さんが、
「道がせまくて危ないので、近所の人が御好意でガレージを貸してくれました。さあ、ここに入って下さーい」
という。本当にワンボックス・カーが停まっていて、そこには社員とゆうか仲間が5人に増えていた。さあ、さあと誘導されて、なんとなく自然にガレージの中のゴザに上げられた。私も前から2列目に座った。これからいろいろな品物をあげますが、ただで物をもらうんだから話を聞いて欲しい、と言っている。そうだなーと、私は思った。
100円位の品物から、少しずつ高そうな、リンゴの皮むき器なんかを、
「ほしい人?」
と兄さんが言い、手をあげる前列の老夫婦なんかに気前良く、これは3000円のものだけどあげますよ、って感じでさっさとあげている。なもんだから、私も手をあげてリンゴの皮むき器をもらった。
だんだん手をあげる事になれてきた。もしかしたら手をあげたあと、これは有料だといわれるかもしれない。これは賭けだ。勇気だ。そんな気分に、私ははまっていった。
最后に、健康器具になった。007のショーン・コネリーが持っているアタッシュケースを3回り位小さくして、もっと安っぽくしたような黒いケースのふたがあいた。
私の大好きな健康器具。家の中には4つも5つも転がっている健康器具。前列の老人は首のところに低周波器具をあててもらって、首がぴくぴくと反応している。
「ほしい人!」
兄さんが言った。前列の老夫婦、左隣の太ったおばさん、子連れの紅一点、若いアジア系の美人の若妻、そして私が手をあげた。
申込書を書く時点で、やられた! と思った。
又馬鹿なことをやってしまった。この人達と一緒の空気を吸いたくなかった。
持ちきれないほどのおまけの品物と高額な健康器具を両手にかかえ、みみずでも踏んだような顔を世間の人にさとられまいと背筋をはって、ガレージをあとにした。

あの青い空はどこにいったのか。箱根山にも行かず、3時間たってしまった。重い荷物と重い心。もう空なんか見る気もしない。
あの時、何故ことわれなかったのか。社員に時々見せる兄さんの高圧的な態度が、私達を威嚇している事を何故気づかなかったのか。これが催眠商法とゆうものだろうか?
マッサージ師に支払う金額もままならなくなり、高額のアタッシュケースもどきをにらんでいたら、いつのまにかあんなに苦しかった腰痛がやわらいでいた。

これは自己催眠療法なのかもしれません。

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