ペコちゃん
イルミネーションとコンクリートの熱であおられた新宿の暑い夏も終わり、過ごしやすくなりました。皆々様にはお変わりなきことと思います。寂しい物思う秋です。
私には尊敬するゴールデン街のママが二人います。その方のお話をしましょう。
おおよそ30年前、そう、彼女が25才、色白で小っちゃくてやせぎすのおかっぱ頭、当時街で人気の不二家のペコちゃんそっくりの、シラムレンのペコちゃんです。
ペコちゃんはアルバイトのつもりで手伝いをしていて、そのままいついてしまったパターンでしょうか。ゴールデン街にも小茶同様老舗があり、2番手があり、3番手進出組。そんな若いペコちゃんが夜通しがんばっている姿は、私には少し怖かった。でもだんだん会っている内に、そのやさしさ、行動力に魅了されていった。
ペコちゃんは朝方、ふと閉店を決めると、酔客に、「おーい、店閉めて小茶行くよー」の一声。若いボーイズ&ガールズを沢山引きつつれて、「おばちゃーん」と立ち寄ってくれました。席に座ると若い子達を雑談させて、自分は静かにビールを飲んでいる。会計の時も「よし、帰るよー。お前達は300円ずつ出しな」あとの大きなお金は自分のがまぐちから出していた。
あーあ、一日中働いて、なんてやさしいの。私はカウンターの隅でいつもそう思っていた。
ある時、「ミオ、ゴールデン街もだんだん人が少なくなっているだろう? これからは若い子の時代だよ。若い子を育てなきゃ」
またある時は、私が、「お店をやっていて、怖いことない?」と聞いたら、
「ぜーんぜん。ドアを開けて知らない人が入ってくると、わくわくするじゃん」
度胸あるなあ、と私は感心した。
時々私も数少ない親衛隊、植ちゃんとさとしを連れてシラムレンに顔を出す。そんな時、「おー、ミオ来たか」、嬉しい一言をもらう。
うす暗い店内は人であふれ、熱気が渦巻いていた。細いカウンター、狭い厨房。その中でせっせとお通しを作り、注文の酒を出し、合間においしそうにビールを飲んでいる。
ペコちゃんは一晩中飲んでいた。来る日も来る日も飲んでいた。一度もくずれた姿を見せた事がなく、いつもりりしかった。
時々忘れた頃にお客の前に立ち、少しはにかんだような顔で、独特のハスキーボイスで話をする。
「おい、ちゃんと飯くってるか?」
「おまえ、バカか、アッハッハ」
「もう帰れ、飯くって寝ろ」
「おまえは美人なんだよー。キレイナンダヨー」(下向いて落ち込んでいる人に言っていた)
初めて聞いたときはびっくりしたー。私の育った環境に男言葉を使う女の人、いなかったから。
苦しくも楽しかった青春時代。小茶のおばちゃんの死。最後まで、ペコちゃん、百ちゃん、やよいちゃん達が母さんの面倒を見てくれました。
この場をかりて、ありがとうを言います。
そして時は過ぎていったんですね。いつしかお互い、店を行き来する事も少なくなり、便りのないのが元気の証拠と思うようになっていました。共通のお客、山ちゃんだけがシラムレンと小茶を行ったり来たりしていた。
そして3〜4年前のある晩、店に1本の電話がかかってきた。
「ペコだけど、そっちに山崎いるか?」
久しぶりのペコちゃんの声に、私は少し緊張しながら、
「ううん、いないけど・・・」
二言三言、会話をしたあと、ペコちゃんが唐突に、「もう行かないから」と言った。
何か変な気がしたけど、「はい」と答えた。電話は切れた。
本当は「何故? どうして?」と聞きたかった。しかし顔も出さない、未熟者の私をいさめているのかと思い、ひいてしまった。
それからしばらくして、ペコちゃんが病気で入院しているとの情報が流れてきた。それも余命数ヶ月。そして、誰とも面会したくないと聞かされた。
私は耳を疑った。あんなに元気なペコちゃんが!
ああ、私にかかってきた電話、いつも気になっていたあの言葉。「もう行かないから」でなくて、「もう行けないから、ミオ、さようなら」だったんだー。
ごめんなさい。ペコちゃんの気持ちも察せられなくて、ごめんなさいー。
最後に交わした言葉、「もう行かないから」が私の心から消えません。
入院3ヶ月でさっと消えてしまうなんて、ペコちゃんともっと話がしたかった。
ペコちゃん、沢山の愛をありがとう。ご冥福を祈ります。
美緒
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