新宿・小茶物語(1)

常 連太郎

北海道から東京へ

 「小茶のおばちゃん」こと、青柳藤さんは大正3年、札幌生まれ。父親は何人も職人を使う、大工の棟梁だった。
 6才の時、心臓病で母親を亡くし、以後、継母に育てられることになる。継母にはかわいがられなかったようで、特に異母兄弟ができると、あからさまに差別されたらしい。実の母親に対する憧憬が強くなったのも、自然なことだっただろう。
 実母は毎日職人たちの弁当を作ってあげていた。緩くご飯をつめると、現場まで馬車に揺られているうちに片寄って、半分の嵩になってしまう。腹を空かせた大工さんをがっかりさせたくない。だから、ご飯をギュウギュウに詰めるのだった。
 また、実母はよく近くのお薦(こも)さんに、食べ物を分けてやっていた。お薦さんたちは葬儀の日、家からお棺の通る道をきれいに掃除し、最後の恩返しをしたという。
 こうした優しい実母の姿が、継母のつらい態度に接するたび、ひもじい思いをさせられるたびに蘇り、幼い娘の心に深く刻まれていったのではないだろうか。
 「小茶のおばちゃん」の原点が、ここにあるような気がする。
 それと、終生変わらなかった北海道びいき。ビールはサッポロ、酒は北の誉。客が北海道出身と知るや、元来恥ずかしがりやで、初めてのお客には自分から話しかけなかったおばちゃんが、急に親しげに北海道の話を始めた。
 おばちゃんにとっての北海道は、実母が元気に職人達の世話をする、幸せな故郷だったのではなかっただろうか。

 やがて彼女は、10才年上の姉とともに上京する。優しい実母にかわいがられた二人姉妹。継母から逃れ、新天地へと向かった。
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