小茶紹介(2)

 エイプリル・フールに生まれ、クリスマスになくなったおばちゃんを偲ぶ「小茶葬」が、翌年のバレンタイン・ディに行われました。場所は映画館「テアトル新宿」。こうした集まりなので、酒抜きのはずがありません。よく映画館がOKしたと思いますが、様々な人が関わって実現したのでしょう。
 ステージ上にはおばちゃんの写真(トップページの背景に使わせてもらっています)と花が飾られ、「小茶のおばちゃん ありがとう」の文字。ステージ下には、おばちゃんの愛用していた花札が座布団の上に並べられ、好きだった煙草「SINSEI」が置かれていました。ホールの壁には、おばちゃんの写真がいっぱい貼られていました(その1部は「写真館」で公開の予定)。夜10時から朝5時まで、ステージでは実に色々な人がおばちゃんの思いで話をし、流しのギター伴奏で歌を歌いました。4百人もの人がおばちゃんを偲んで酔っぱらいました。
 翌日の映画館はさぞ酒臭かったことでしょう。

 おばちゃんの死は、いくつかの報道を除き、人伝にしか伝わっていません。今でも時々お店に来て、「あれ、おばちゃんは?」と聞くひとがいます。地方から上京した折に訪ねてくるひとがいるのです。「待つことが商売よ」とおばちゃんはよく言っていましたが、毎日のように来るひと、年に何回か来るひと、何年かに一度来るひと、そのみんなを待っているのがおばちゃんでした。
 今でもおばちゃんの話はよく出ます。そしてみんなが「自分はおばちゃんにかわいがられた」と言います。「よく客を叱った人だが、俺は一度も叱られなかった」と自慢する人もいれば、叱られたことを自慢する人もいます。出入り禁止の回数まで自慢になってしまうのです。おばちゃんにはそんな不思議な魅力がありました。叱られても、泣かされても、「ようし、もう一度行ってやろう」と思ってしまうのです。おばちゃんに喜んでもらえれば、逆にお客の方が大喜びするほど客に愛され、客を愛したひとでした。

 おばちゃんの死後、小茶は床下の水漏れのため全改装し、おばちゃんがいた頃のものといえば、ぶ厚い木のカウンターぐらいになってしまいました。それでも基本的な構造は、2つの部屋にそれぞれカウンターがあり、さらに小上がりもあるという、不思議な作りのままです。ちょっとわかりにくいところにあるせいもあって、隠れ家的な雰囲気もします。
 現在のママ・美緒さんは、年毎におばちゃんに似てくる、とよく言われるそうです。

おばちゃんの死後、電気関係に異常が起こることが時々あるようです。
この文章が文字化けしていたら、それはおばちゃんの悪戯かもしれません。