三鷹での一夜・・・??

 

この事件は、「いったいなんだったのだろうか?」と、考えさせられるものであった・・・

 

日 時
1999年12月22日

場 所
新宿某ビルの40数階にある”アジアンキッチン!”

 

ダイジェスト

 世の中は、クリスマスイブを直前に控え盛り上がっていた・・・・そして、我々もある意味で盛り上がっていた・・・(かなり病的だったが・・・) その日の相手校は、わがユースのお得意様であるM女だった。M女と言えば、かの有名な”東京プリンの歌う「合コン哀歌」”にも出てくる女子大である。飲み会が始まり、席につくと・・・目の前には、いつもの二人が・・・こいつらは、いわゆるお局様である。かなり女を捨てており、既におばさん化していた・・・ さらに、横には新宿のきれいな夜景が広がっていた・・・G−保氏と二人で、なんともいえない虚しさを感じていた・・・ 他の席はどうだったかというと、F澤氏が仕切る?席では、T安氏がなかなかいい感じになっていた。そして、もう一つの席では、S水氏がお気に入りの子がいたにもかかわらず・・・F本氏が、へたれぶりを発揮し共倒れ?していた・・・ そして、無難に?会は終わりビルの外に出ようとしたその瞬間!!「バタン!?」という音が後ろの方でした。何事かと思い振り返ると、一人の女の子が倒れていた・・・しかもうつ伏せ・大の字で!!どうやら、貧血だったらしい・・・とりあえず、みんなで休ませられそうな場所まで連れて行った。その間、失礼ではあるが・・・笑いをこらえるので精一杯であった。 終電が近づき、どうしようかと皆で話しあい、とりあえず駅まで連れて行くことになった。思えば、この時さっさと帰っていれば・・・ 駅についても、まだその子は一人で立っていられる状況ではなかったため、皆で送って行くことに・・・・しかも、三鷹まで・・・ さらに、電車はかなり混雑しており、押しつぶされそうになった。また、私の目の前に座っていた女の人がいきなり前に倒れてきて、なぜかその人も助けることに・・・・
三鷹につくと、帰りの電車は当然なくなっていた・・・(ちなみに、この時点で残っていたのは、自分以外に、F澤氏・G−保氏・S水氏・そして、M女のお局二人+1であった。)なぜか、我々は、三鷹の駅の改札のところで皆で写真をとった・・・貧血で倒れたその子も一緒に・・・(かなりショックが大きかったのか?もしくは、なんでこいつらここまでついて来たんだよ!!という怒りからか、ずっとうつむいたままだった・・・)結局、皆で彼女の家まで行くことに。その道中、心やさしい?青年??が、彼女に自分の着ていたコートをかけてあげました。それが、F澤氏である!!これが、後に語り継がれることになる”
王子様事件”である。そして、寒そうにしているF澤氏に、S水氏が、マフラーをかけてあげていました。なんともいえない光景でした・・・ 彼女を無事?に送り届けた後、我々四人は、三鷹の白木屋で夜を明かすことに・・・・ 「いったい何をしていたのだろうか?」そんな疑問を抱きながらも、いいネタになった!と、自分達を納得させようとしていた・・・ ちなみに、Gー保氏は、その日大宮の家に帰ったらすぐに荷物をまとめ沖縄に帰ったそうです!!本当に、彼の自虐的行動には、驚かされます・・・・ こうして、僕らの1900年代最後の渉外行事が終わりを告げました・・・

その後、貧血で倒れた女の子の顔を覚えていたものは、一人もいなかった・・・・

渉外行事における格言その3

「馬鹿につける薬なし!!」