サディスティック・サージェン K

 私は小さい頃から大きなケガや病気をするコトもなく…といっても、一般に言う健康優良児というほどではありませんでしたが…平穏な日々をのほほんとすごしていました。が、体の抵抗力が微妙に弱いのか、バイキンにやられやすい体質でした。ケガをすれば99%の確率で化膿していましたし、「目がゴロゴロするなぁ」と思った時には結膜炎かモノモライだったりと、まあこんなカンジです。

 中学、高校と男子校という妙な環境に置かれたせいか(かなり高い確率で違)少しは抵抗力がついたようでケガをして化膿してしまうという体質は多少改善されましたが、目がやられやすいというのは変わらず、抗菌目薬が手放せない状態です。

 今回は小学3年生の頃の話なのですが、そのころ私は学校の休み時間にもそれほど外に出ず、教室で友達とおしゃべりをしたり…というのが主な遊び(?)だったという、いわゆる某猫型ロボットアニメの主人公風なタイプの子供でした。今の教育事情では考えられないコトですが、通信簿に「タンコウエイ君は休み時間にも外に出ず、男の子らしくない」などという不名誉なコメントが書かれてしまうコトもしばしばありました。その室内派の少年が、何を思ったのか珍しく校庭に出て鬼ごっこに参加した日のコトです。当時、運動が大の苦手だった私は簡単につかまって鬼になり、友達を追いかける番に…。運動音痴の私でしたから、追いかけ始めて数秒後には地面におもいきり膝スライディングをキメていました。

 痛みに耐えて体を起こし、痛みのやってくるトコロを確認すると、左膝の皮膚がはがれて出血&砂が傷口に付着しています。痛さで半泣きになりながらも水道で傷口を洗い流しました。普通ならこの後に保健室に行って消毒してもらうのが運動場でケガをした時の定番コースというヤツなのですが、消毒によるさらなる苦痛を怖れた私は、大胆にもそのまま教室に帰りました。

 …数日後、言うまでもなく傷は腫れあがり「化膿してま〜す!ジュックジュク〜♪」といった主張をはじめます。消毒に行かなかった事が親に対してうしろめたく感じていた私は、このコトは秘密の花園にしまいこみました。

 …さらに数日後、一見傷はすっかり治り皮膚も再生したように見えましたが、その皮膚の下で熱を持った何かが胎動をはじめました。膝が痛くて歩くのもシンドイというかなり子供らしからぬ自覚症状が出てきたのです。「これはイカン!」と思いついに両親にうちあけました。そこで即、近所のK整形外科医院へ行くコトに。あの日はお友達の家族と焼肉を食べに行っていた日だというコトが、なぜか今でもハッキリと思い出せます。

 父の運転でK医院へ…途中、父が「これは切らなくちゃならないかもなぁ?」などと私を脅かします。私は顔面蒼白で「クスリじゃダメなのぉ!?…のぉ!?…のぉ!?」と必死で訴えました。私の不安がる顔を見て父はすぐに「まあ、大丈夫じゃないのか?」と気休めに言いました。「父が大丈夫と言っているのだから安心だ…」とすっかり信じた私は、なんの疑いも無しに病院へ…だって、ミステリー小説なんかで一度疑われた人は犯人ではないって鉄則と同じで、一度不安をあおっておいて、その後に安心だと思ったらそれ以上疑うコトって心理的に有り得ないコトじゃないですか?

 待合室で名前を呼ばれ父と一緒に診察質へ…病状を説明して、傷口をみせるとK医師はちょっと嬉しそうに「これはセッカイだね(←の♪はホントに語尾についていました)と、なにやら軽い足取りで準備をはじめます。絶対にクスリで治してもらうと勝手に思いこんでいた私は「セッカイ?…って、あの運動場に線を引くあの石灰?…そんなワケないよなぁ…あれに似た粉薬でもあるのだろう。でも、粉だと苦いから錠剤にならないだろうか…?」と少しためらいましたが、クスリで治るなら…と自分を納得させながらK医師を待ちました。

 数分後、とっても嬉しそうなK医師がメスを片手に診察室に戻ってきました。彼のした準備というのはもちろん切開の準備であって、石灰に似た粉薬の準備などではありませんでした。看護婦さんになかば無理やり診察台にのせられ、スネとモモを台に押しつけられます。「???」と部屋中にクエスチョンマークを飛ばしながらも私はなすがまま。そこに唇のはしに微妙な笑み(←略して微笑み)を浮かべたK医師が近付いてきます。ここにきてやっと状況がのみこめた私はやっと抵抗をはじめます。…が時既に遅し…看護婦さんの拘束を解くコトも出来ずに、K医師のケーキ入刀ならぬ左膝入メス…。麻酔もかけられておらず、メスが自分の膝につき刺さるのを見ているコトからくる視覚的な痛みと、膝から脳までイッキに駆け上ってくる触覚的痛みに私は号泣

 傷口の切開だけでもかなりの苦痛でしたが、その後K医師と看護婦さんの『傷口グリグリ膿しぼりだし攻撃』で痛みは倍化し、私は再び涙をこぼしました。その上、傷口がふさがらないようにとガーゼを突っ込まれ、看護婦さんが「膿をだしますので1週間ほど通院して下さいね」とかる〜く言って下さいます。肉体的にも精神的にも打ちひしがれて車だったのに「とぼとぼ」という効果音を発しながら帰っていったのを覚えています。

 ちなみにこのK医師、私の妹が同じように傷を化膿させて診察にかかった時にも傷口を見て即「これは切りましょう(←この時もやっぱり♪は付いていたようです…)と嬉しそうに切開して膿をしぼりだして下さったようです。これらの事実から我が家では『サディスティック・サージェン K』又は『切り裂きK』という通り名で家族の心胆をさむからしめております。

(10/19)