あの人

 北長狭通にあったとあるバー、私の社会人としての人生とともに歩んできた店で節目ごとにその店に行っていたのですが、被災して、ビルがそのバーのあったフロアから車道に向けて折れたのです。まっぷたつとは言えないのですが、もちろん全壊指定を受け、立入禁止の張り紙がされていたのですが、スタッフと常連客の人が協力して出せるモノを出して避難させたのです、ビルの取り壊しとともにその店はつぶれてしまいました。私は灘の住まいから実家の須磨へ帰った時、つまり震災後2日目にそこを通ったのですが、ぼっきりと折れたビルを見ながら近くの公衆電話から店主の自宅に電話をかけて状況を説明しました。説明しながら、なぜか涙が出てきて止まりませんでした。
 そして彼との電話を再会と再開を約束して切りました。そしてその店はその年の末に再開できたのです。その店があった同じ場所ではないですし、昔より狭くはなりましたが、昔の雰囲気を程良く残す店となりました。私も昔ほどではないけれど、良く通わせていただいています。

 まだ人が神戸に戻っていないその時期、そのバーで懐かしい人と出会いました。
 その人は震災よりもずっと昔に、友人達と一緒によく行った阪急三宮の西口の北側すぐのビルの地下にあった「マーメイド」というライブの聴ける洋風居酒屋のような店でギターの弾き語りをしている人でした。もちろん、向こうは私のことを知りません。私が向こうのことを知っているだけでした。

 当時の話にしばらく花が咲きました。当時は西宮に住んでいて、三宮に通っていたこと、帰りはもちろん電車など無いので、朝まで営業している喫茶店で時間をつぶして帰宅していたこと、当時の懐かしい店の名前や人の消息などお互いに知っている話を交換して歓談しました。そして彼は最後にポツリと住んでいた当たりも原形をとどめぬまでに倒壊していて、直後はもちろん、今日も見に行ったがまだ家も何も建っていなかったとのことでした。

 現在、どうしているのかと訊ねたところ、彼は名刺を一枚私にくれました。そこには「Lyric」という肩書きがありました。詩人ねぇ・・・といぶかしげに思っていると「主に歌の詩を書いています」とのことで、名前も・・・もちろん本名ではなく、ペンネームとしてですが、聞いたことがある俳優さんの本名を使っていました。
「これは○○○の本名でしょ?」
「よく知っていますねぇ・・・」
「ひょっとして×××(ある番組の主題歌)の作詞を・・・?」
「そうですよ。主題歌を歌っている彼女とペアで活動しているようなモンです。」
「で、最近は・・・」
「彼女と一緒に活動していますよ」
「彼女と結婚されるのですか?」
「いえいえそんなことは・・・」
 なんて話もそこそこに夜も更けてきたのでその店を出ることに。
 まだ明かりも乏しい三宮の街を二人で歩きながら
「次はどこにいきます?」
「・・・明日は東京に帰るんです。朝一番だからホテルに帰ります」
「なるほど・・・残念です。今後も活躍を期待しています」
「ありがとう」
と、三宮の駅前で握手して別れて以来、彼とは再会を果たせていません。

 しかし、その番組が再放送されるたびにかかる主題歌を聴くと彼を思い出しますし、ギターを弾いていた彼も思い出します。仲間と行ったその店も思い出しますし、帰ってこない「若さ」にも懐かしいような苦いようなモノを思い起こします。

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