飲んでる時に考えたい事
いきなりだが、外国とかに行っても、私は日本語しかしゃべれない。フランス語にしろ、ドイツ語にしろ、学生時代に少しはかじったとはいえ、とても流暢にしゃべれるというシロモノではない。英語にしたところでも同じ事、それなのに海外にいたとき、現地の人達と話し、通じ合ったという事が何とも不思議である。
そのとき気が付いたことは、少ししゃべれる人の方が通じないことにショックを受けたり、イライラしたりするようである。
その土地の言葉をしゃべれないより、しゃべれる方がいいに決まっているが、旅行者が外国語を上手に話そうなどということにこだわりすぎると、表情が固くなってかえって通じない。困っている外国人からモノを尋ねられたとしても、眉間にしわを寄せて「メイ・アイ・ヘルプ・ユー?」なんて言われたら、相手は恐怖感を抱くんじゃないでしょうか。せっぱ詰まってるのは判るが恐いモノがあるのである。
また一方で「自分は全部日本語で通じたで」と笑いながら豪語している人がいたが、自分もその人の言葉を注釈付で信じる。
もちろん、外国の人達に日本語が通じるわけはない。それなのに通じたというのはその人が外国語をしゃべれない事にコンプレックスを持たず、積極的なコミュニケーションの意志を持って話したという事だろう。おそらくその人は、身振り、手振りや顔の表情はもちろん動かせるモノは全て動員してしゃべったはずだ。そのときのその人の口から出ていた言葉がたまたま日本語であったという事に過ぎないのだと思う。
私も、かなりそれに近かったように思う。一つだけその人より有利だったのは、たいていのことが聞き取れたという事はあったと思うんですがね・・・旅はたいてい一人だから、しゃべる相手は誰もおらず、良く先々で知り合った人と仲良くするしかないからである。
当時、その友人に「たびをして、対人ノイローゼにならない秘訣は?」と旅行に行く前に聞いたとき、彼は先輩面でなおかつ自慢げに「日本へ来とる外国人見てみいな。あいつらは日本語がわからへんのはアタリマエやと思ってるやろ、日本語を少しでも覚えたら片言でも積極的に使うし、理解できる言葉に出会ったり、通じたりしたら大喜びするやろ。あれや、あれ。すべてええ方に、ポジティブシンキングというか、得点法というか、まあ、そういう風にすべて受け取って旅をしたらいやな思いも減るんとちゃうかな」

そういう事を聞いて、あちこち旅をして来た。彼の言うことには嘘はなかった。もっと旅を楽しむこと。それが旅の原則だって事をいつの間にか自分らは忘れてしまっているのかも知れませんよね。悪い方に考えると悪い思い出しか残らないよね。本当に。
そんなある時、イギリスの公園で昼食を取っているとき、たまたま隣のベンチで仲良く旅の話をしている初老の外国人夫婦の会話が聞くとはなしに聞こえてしまった。
そのときの会話はこんなモノだった。まず男性が「そうそう、ベニスは良かったねぇ」続いて女性「あっという間にスーツケース一つ取っていくなんてねぇ、すごいモノですねぇ・・・」返すは男性「金目のモノは入っていなかったし、あったとしてもベニスで盗まれるなんて、すばらしい経験だよ。これで完全にベニスの思い出は二人のモノになったよ。いい記念になった」まとめに入って女性「そうですねぇ・・・フフフ」と逆に面白がっていた。外国版の波平とフネさんの会話を想像してもらえると良いでしょう。
一方、帰りの飛行機での日本人女性の会話「ねぇねぇ、パリって意外に汚いしぃ、ベニスわぁ、運河にゴミなんて浮いててぇガッカリ」「そうそう、ガッカリだよね」「それにぃドイツはお食事最低でぇ」「そうそう、最低だよね最低ぃ」聞いてると二度と海外なんか行きたくなくなるような会話だし、楽しい思い出が少しは作れたのかなとかわいそうな気分になってくる。今思い返してみると、当時は横で聞いていてむちゃむちゃ腹を立てていたのが、今となってはもっと哀れさが募っているのに気づく。だいぶ自分も大人になったモンだなぁと実感もしてくる。
それはさておき、とにかく、減点法は何事もつまらなくする。旅に限らず何でももっといい方に考えて楽しみたいモノです。それはバーに行ってもね。