「赤塚滋行と里会メンバーとの出会い・そして事件」


私は幼いときから「将来、きっと自分はそば屋を継ぐんだろうな」と思っていた。学 校から帰ると毎日のように当時の従業員とキャッチボールやファミコンなどをして遊 んでもらい、おやつには蒲鉾や揚げ餅を食べ、中学生になった頃からこずかい稼ぎに 洗い物を手伝い、大学の時は休みのたびに帰ってきて端番などを手伝うようになっ た。

問題は「いつ頃、そば屋をやるか」ということで、一応就職活動の真似事はしてみた が、東京に帰ってくるたびに飲みに連れて行かれ、あーでもない、こーでもない、と 説得され、とうとう「卒業と同時にそば屋になろう」と決心をした。その決心をする
にあたって多大な影響を与えた、つまり私の人生をある意味変えてしまったのが、当 時築地さらしなの里で働いていたメンバーであり、つまりその人たちが里会の主力メ ンバーとなっている。

酔った勢いで返事をしてしまった部分もあるが、こういう楽しい人間と付き合ってい くのも悪くないな、と思って決心したというのも事実である。あとからこの世界に入 り時には悩むこともあったが、そのたびに励まされ、技術的アドバイスをもらい、商 売について議論し、そして羽目をはずすまで酒を飲む。

これらメンバーたちとの始めての出会いの際には、必ず酒にまつわる事件が起き、今 でも語られるネタとなっている。その事件を紹介していきたい。

第1話 足立さらしなの里・那須進二郎 
「大晦日に日本酒飲んでベロベロ事件」
大学1年の年末、店を手伝うため早めに東京に戻り、洗物や端番の手伝いをしてい た。まだ那須さんも入店したばかりで仕事に精一杯、顔を合わせて数日ということ で、特に親しい関係ということはなかった。 大晦日の怒涛の営業が終わり、恒例の年越飲み会が始まった。築地では大晦日の仕事 の後は(まあ大晦日に限ったことではないけれども)、おつかれさま、ということで 全員で乾杯することになっている。
隣同士に座った私と那須さんであったが、お互いどこか遠慮しあって話のトーンは上 がってこない。私には「こういう時は酒をつぐしかない」という本能が備わっている ため、那須さんにガンガン酒をついだ。すると当然返杯される。まずはビール、ビー ルがなくなると日本酒、それもなくなって次の一升瓶・・・。お互い、共通の話題も ないので間が持たない、間が持たないから飲むしかない、ということでそば猪口にな みなみと注がれた日本酒を、テーブルに置く間もなくイッキのみ。途中から記憶も全 くなくなり、それでもさらにイッキのみ。気が付くと元旦の朝、部屋に担ぎ込まれた らしいのだが、髪の毛はビールまみれでバリバリ、酒をこぼしたらしいので服は来て おらず真冬なのに全裸、ものすごい二日酔いでそのままトイレに直行・・・。しかも 裸でいたために風邪をひき、三が日は39度の高熱にうなされ、正月は終わった。 同じ地獄を見た私と那須さんの関係は一気に深またのは言うまでもなく、今でも年に 数回、草野球チームが足立方面に遠征した際には、帰りに足立さらしなの里に寄って おいしいそば(ビール付)をご馳走になっている。