哀しい思い出。
前の会社に勤めていた頃。
2000枚近いチラシをコピーするために私は日曜日に子会社に向かった。
子会社には高速で印刷できるコピー機があり、それを借りるためだ。
しかし、子会社は日曜休み。カギがいるし、だいいち高速コピー機の使い方がよくわからない。そこで子会社の事務社員の女の人がサポートしてくれることになった。
私は営業職だったので休日出勤は普通のことだった。しかし、事務女性は休日出勤で面白くないのであろう、事務社員の対応は冷たかった。
しかも私のほうが年下で、女性初の営業職ということでちやほやされていたことももあり、はっきり言ってなんとはなしの敵意も感じられた。
それでもおしゃべりしながらの作業、何とか打ち解けてきた。が。
2000枚のコピーはなかなかすすまない。途中トナー切れのトラブルもあり、先の見通しが暗くなってきた。
私はその日お客さんとのアポが入っていたため、どうやらこの後は彼女一人に任せなくてはならない感じになってきた。
嫌な雰囲気。
そうだ。手土産のクッキーを一緒に食べよう。女は食い物だ。
「クッキー食べません?」
「あ、いいですね。」(お、乗ってきた)
「・・・なんか飲むもん欲しいですね」
「そこのポットの中に入ってますよ。」(台所の流しのそばを指差す)
「これっすか?」(流しの横の魔法瓶を見つける)
「そうそう」
「お茶、入れますね」「いや、私はコーヒー飲んでるから、いい」「じゃあ、私だけ飲みますね」
魔法瓶からお茶を汲んだ。なんとなく色が薄い。文句を付ける訳にはいかないが。
「いただきま〜す」
クッキーがのどにつまり気味だったこともあり、一気に飲んだ。
・・・おかしい。おかしいぞ。冷たいし。なんか変だ。お茶の味じゃない。
ごくん。
・・・・げぇえ〜!!!!!
ハイターだ。ハイターの味だ!!
断っておくが、ハイターなんぞ飲んだことは無い。アレは飲み物じゃない。
だけど。だけど、この匂いこののど越し。ハイターに違いない。
「・・・・・・これ、お茶じゃない・・・・・」
消え入りそうな声でやっと言った。その後は猛烈な吐き気。
吐いてしまわないと。ハイター吐いてしまわないと。ハイターを吐いた。駄洒落言ってる場合じゃない。
おぇええええぇええぇえぇ〜〜〜〜!!
流しで泣きながら吐いた。吐きながら魔法瓶の後ろっ側に紙が貼ってあるのが見えた。
『ポット洗浄中』
嘘だろう。
「あ、そっちのポットのほう飲んだの?そっちハイターかけてんのに。大丈夫?」
大丈夫なわけねぇだろう。このアマ。
さっきてめえ、こっちでいいって言ったじゃねえか!!
「だって、わたし、てっきりこっち(流しの向かい側の棚を指差す)のポットの事言ったんだと思って。」
そりゃ、まるきり逆方向じゃねえか。毒だ。毒盛られた!!!!
気分が悪くなった私はお客さんとの約束をキャンセルした。
当然お客さんは理由を聞いてきた。
「はぁ。あの、ハイター今飲んでしまったんで。」
「は?」
「いや、あの、ハイターです。」
「漂白剤の?」
「そうです・・・・・。」
「・・・・・お大事に。」
ああ。この仕事はもう駄目だ。営業マンがハイター飲むバカだとばれてしまった。もうだめだ。
その後は救急病院に向かった。ハイターなんぞ飲んだら、病院でしかるべき処置をしてもらうべきだろう。
いちおう、自宅に戻って保険証を取りに行った。家族は私の異変に気がついた様子。
だが、詳しく話している暇は無い。一刻を争うのだ。
救急病院での受付の対応。
「どうされました?」
「ハイターを飲んでしまって。内科ですかね?早く診て欲しいのですが。」
「ハイター??誰がですか?」(受付カウンターの下を覗く)
「私です。」
「あなたですか?大人ですよね?」
はい、大人です。でも飲んだんです。だまされたんです。一服盛られたんです。あきれたように言うなよ。待合室の皆が見てるぞ。恥ずかしいじゃねえか。
通された内科での対応。
「めずらしいですよね。大人で。気分は?」
悪いに決まってる。気持ちよくなるわけが無い。
「吐きました?」
ええ、そりゃもう。
「そうですか。じゃあ、お大事に。」
おい!!そんで終わりか?!なんか薬とか無いのか?胃洗浄とかしなくていいのか?毒だぞ。毒。
「キッチンハイターだったら吐いてしまったんなら問題ないです。薬は無いです。ドアでたら自販機ありますんで、なんか飲み物でも買って飲まれたら?」
・・・アクエリアスを買って飲みながら病院を後にしました。
自宅ではこの経過を話す気にはなれず、泣きながら寝ました。
次の日、自分の会社に出社した私に皆がにやにやしながら話し掛けてきました。
「ハイター飲んだんだって?大丈夫?」
何で知ってるんだよ!!?
「ほら、ファックス。」
そこにはこう書いてあった。
『昨日はご苦労様でした。コピーは運送便で送っておきました。飲んじゃったハイターは大丈夫でしたか?心配です。では、お大事に』
やられた。一服盛られた挙句、おっちょこちょい扱いだ。ちくしょう。ばらしやがって。てめえ、ゆるさねえ。
「さっき、お客さんから電話あったよ。はい、伝言。」
『きのうはハイター飲んだそうですが、大丈夫でしたか?打ち合わせできず、残念でしたが仕方ないですね。XX日にまた来てください。それじゃ、お大事に。』
よかった。チャンスはあるんだ。しかし。・・・・・・泣くしかなかった。