その3
騎士は叫んだ。
「おおい、そこで何をしているんだ。」
カーテンの中から、ゆっさの声がした。
「あれえ、見つけた。どこかと思ったらここにいたの。
でも、今いいところだから、もうちょっと待って。
これから舞踏会なんだけどね、誰と誰とをペアにするかで、これからの話が変わってくるの。ゆっさとだいちゃんは王子と王女だよ。
「何?今夜の組み合わせ?それはどうなっているんだ。」
「cafe姫とまさゆきも テヌート講釈とびおろんが許嫁でしょ。たまご王妃の護衛がto騎士、これがゴール最先端のハイパワー組み合わせかな。」
「その組み合わせを変えたらどうなる?」
「私が悪かったら、もっと良くなるかも知れないけど、余計なトラブルを起こす方が多いような気がするけど。」
「どうしても気になることがあるんだ。ペアを変えてくれないか。たのむ。」
「ううん、仕方ないけど、お年玉弾んでね。」
「分かった、分かった。ペアを変えてくれ。たまご王妃とテヌート、to騎士とは、びおろんだ。
「問題が起きても知らないよ。」
「ごめんなさい、御願いします。」
かくして、夜は密やかに更けた。
「ご機嫌よろしゅう。今宵の舞踏会にようこそ!
陛下も間もなくお出ましになられるでしょう。」
たまご王妃は続々と集合してくる貴族たちに呼びかけた。
その中には、当然のことながら、煌びやかなドレスを身にまとったcafe姫を連
れたまさゆき伯爵と、びおろんを同伴したテヌート公爵の姿があった。
突然、場内は騒然となった。見慣れぬマントの騎士が乱入してきたのだ。
「諸君!私の言うことを聞くのだ!
この国は狂っている。あの年端もいかぬ陛下にこの帝国を任しておいては
この国は滅びてしまう。陛下はからくり箱に狂っているのだ!
そして、それを操っている女がいる。それは、びおろん、おまえだ!」
マントの騎士は、テヌート公爵の隣りにいる女を指差した。
「なな、なにをふざけたことをぉぉ〜 この神聖なる宮殿の中で!」
テヌート公爵は剣を抜き、マントの騎士めがけて突進していった。
195(cafe)は、たまごから事の真相を聞き、腕組みをしながらこう言った。
「…ということは、Not Foundの画面を出せばいいのね。」
「ねぇねぇ どぼしたらいいの〜?」
まさゆきがお茶らけるのをよそに、195はおしゃべり掲示板を表示させ、IE
のアドレス欄の『http://village.infoweb.ne.jp/~tsujiko/yybb2/yybbs.cgi』
の"2"を消してEnterきーをポンと叩いてみせた。
するとPCのスピーカーからけたたましい声が…
「テヌート!テヌート!貴様って奴はぁぁぁぁぁ〜〜」
「toさんtoさんったら… いったいどうしちゃったのよ〜」
3人はあっけにとられしばらく無言であったが、テヌートだけはいつもクールだ。
「ほらほら、toの奴がなにかほざいている。
violinの絵のびおろんもいっしょだな…」
「ほらみんな!いっしょに声をあわせて!」
たまごが言った。3人は顔を見合わせうなづいて、
「出てきてぇ〜」
「いったいなんなんだ… ちゃんちゃらおかしい…」
テヌートだけはあいかわらずそっぽを向いていた。
PCの画面がいったん真っ暗になって間もなく、二人の人間の姿がすーっと
あらわになった。
「toさん、びおろんさんね!よかったわ!救出できたね!」とたまご。
「きゃははは toさんよかったね!」とcafe。
「ぼくパジャマ姿のまさゆきでーす。びおろんさんはじめまして!」とまさゆき。
toはそれどころではないようだ!何かに取り付かれたような目をして
いた。幻覚でも見ているかのような…
「この国の将来を君たちは本気で考えているのか!
テヌートはどこだ!どこにいるのだ!
貴様はこのびおろんと結託して、我等の美しき国を
滅ぼすというのか!
貴様の悪事を許さぬぞ〜」
「テヌートさんならそこで窓の外をみている彼…」
まさゆきが思わず言ってしまうと、びおろんが慌てて
「待って!待って! toさんPCの中で何か悪い夢を見たらしくて
うなされているのよ。少し休ませたほうが…」
「いや、ちがう!これは芝居なのだ。
俺はちっともうなされてなんかいないんだよ。」
toは突然正気に帰ったようだった。
「これでやっと、みんなが集合することができたようだね。
さぁ、テヌートさん、びおろんさん
私に説明してもらえませんか?」
3人は目配せをした。そしてたまごが言った。
「私は4時に息子が『出てきて』って書き込んでくれることになってるの。
もうそろそろ時間だから、そろそろ帰らないとね…
それでね!みなさんに提案なんだけど…
私のうちでみんなで夕飯なんてどうかな?
195さん、まさゆきさんよかったら準備手伝ってくれない?」
「うんうん…いいわよ」
「cafeさんといっしょならどこまでも〜」
2人は成り行きまかせで、たまごといっしょに「たまご掲示板」の中に入って行
った。
195はPCの中に入ってから大変なことを思い出した。
「しまった!仕事の途中だった!
もうじき社長が帰ってくる… あの3人ともしかしたらはちあわせ??」
日中の日差しが急速に力を失う冬の夕方、薄暗くなった部屋の中でタ
ブレットのペンで頭をかきながらメインマシンのプライマリーモニター
に映し出されているネットスケープの画面を見てい男がいる。
「おい、おい。なんか、凄いことになってるな」
男は、パソコンのモニターを見ながら呟いた。
部屋の暗さに気付いた男は、壁の証明のスイッチを入れ、足下にはい
回るケーブルを避けながら、楽器の接続されたパソコンの電源を入れた。
もう一台のパソコンが起動するまでの時間で、男はメインマシンのセ
カンダリーモニターにネットスケープを起動させ、手早くURLを打ち
込んだ。
「OK、OK」
男は満足そうに言いながら、ネットワークのパスワードを請求する画
面で止まってるもう一台のマシンを正常に起動させた。
「さてと、まずは全員を一カ所に集めるとするか」
男は手早く、インターネットに接続させたサブマシーンを操作した。
多数の国を経由して、日本の政府機関のサーバーに進入し、数回のパ
スワードの請求をくぐり抜け、プログラムを起動させた。
「みなさん、こちらにどうぞ」
男は、コマンドラインだけの画面にURLを入力し終わると、ヘッド
セットを付け、メインマシンに新しく起動したネットスケープにもう一
台のマシンに打ち込んだのと同じURLを入れ、インターネットの中に
呼びかけた。
「はい、みんな席について。出席を取ります」
明日に続く。
窓の一つもない、それどころか出入り口も見あたらない長方形の部屋。
真っ白な壁と床、何処にも証明がないのに充分な明るさの有る不思議な
部屋。
長方形の短い辺に有る壁向かって立つ男の前に、何処にも装飾のない、
床と同じ色の真っ白な机と椅子が並べられている。
6人は、驚きを隠しきれないまま席に着いた。
男は、真っ白なつなぎを来ていた。席に着いた6人を振り返りもせず
に、全員の名前を呼んだ。
「cafeさん」
「たまごさん」
「テヌートさん」
「toさん」
「びおろんさん」
「まさゆきさん」
全員、返事もせずに発言の機会を伺っていた。
「しかし、医者、騎士、貴婦人・・・ まずは、衣装を整えましょう」
男は、そう言うと振り返った。次の瞬間に全員が、男と同じ真っ白な
つなぎに姿に変わっていた。
「テ、テヌート」
全員が叫んだ。そして、席に着いてるはずのテヌートを見たが、テヌ
ートの姿は消えていた。
「テヌート、きさまぁ」
まさゆきが、テヌートに殴りかかる。
「おっ、お前がぁ」
toも、一歩遅れてまさゆきに続く。
「フリーズ」
テヌートは、一歩も動かずに呟いた。まさゆきとtoは、まるで漫画
のように、重力を無視した格好で固まった。
「いけぇー」
完全に1テンポずれて、びおろんの叫び声が部屋中に響く。
「あらら」
笑顔で、たまごが言う。
「びおろんさん・・・」
cafeが、びおろんを軽くたしなめる。
「あまり時間に余裕がないんで、話を初めましょうか」
テヌートが、二人を無視して女性陣の席に近づき、席に着いた。
「お二人は、そのまま聞いてください。あっ、質問も有るでしょうから、
言葉は話せるようにしておきます」
「貴様、卑怯だぞ。何をしたんだぁ」
まさゆきが叫ぶ。
「何処に消えたテヌート」
toが叫ぶ。
「ここにいるよぉ」
びおろんが、呑気に応える。
「きさまぁ」「お前という奴はぁ」
toとまさゆきが、殺気立つ。
「あーあ」
cafeが呆れてると、たまごが提案した。
「これじゃ話にならないから、二人の見えるところに移動しましょう」
「そうしましょう」
テヌートはそう答えると、人数分の椅子を抱えて歩き出した。
「テヌートさんって、優しいんですね」
cafeが言う。
「持ってくれるの、嬉しいな」
相変わらず呑気に、びおろんが言う。
「あらっ、気が利くのね」
たまごは、テヌートの後に続く。
「きさまぁ」「お前だけいい格好するな」
再度、二人が叫ぶ。
全員が、改めて不思議な格好で固まっている二人の前に席を取り、テヌ
ートが口火を切った。
「あの、皆さんはネット内に居るというこの状況を、なんとも思わない
のですか」
「きさまぁ、先にこっちをなんとかしろ」「そうだぁ」
「ははは、あの二人は後にしても、皆さんはどうですか」
テヌートは、女性達に問いかけた。女性達は、お互いの顔を見合わせて、
答えた。
「面白いじゃない」「そうですね」「いいんじゃないの」
テヌートは、頭を抱えた。
「では、何故、我々がネット内に進入できたと思ってるのですか」
無言で、たまごとcafeは、びおろんの顔を見た。
「えっ、あたしはtoさんが迎えに来て」
びおろんは、慌てて責任転嫁を始めた。
「ふっ、それは日本政府の陰謀だからさ・・・」
まさゆきが、びおろんの言葉を遮り呟いた。
「その可能性が高いな、まさゆき」
toも、まさゆきの意見に賛成した。
「ちょっと待って下さい。あの、toさんにはMAILでお知らせした
と思うんですが・・・」
テヌートは、不思議そうにtoに言った。
「ああっ、お前から妙なMAILが届いたよ。数字とアルファベットの
羅列された、訳の分からないMAILがな」
toは、思い出したように不機嫌になった。
「嫌がらせなんてしないで、正々堂々と言いたいことが有れば言えばい
いんだ。ウイルスの一種かと思って、しばらくネットに接続するのが恐か
ったじゃないか」
toの説教を、みんなが頷きなながら聞いていた。
「あの、あの妙なアルファベットと数字羅列は暗号化したMAILなん
ですけど・・・ 一応、日本政府の極秘事項に関わる内容なので、暗号化
して送ったんですけど・・・」
「ええっ」
全員の非難の声があがる。
「まっ、待て。なんで、お前がそんな機密を知っていて、私に知らせて
きたんだ」
全員の視線がテヌートに集中した。
「実は・・・」
「実は」
全員が、テヌートに聞き返した。
「いやあ、免停をもみ消そうと思って政府のコンピューターに入って遊
んでいたらさ、面白そうな物を見付けてね。これは、みんなで遊べると思
ってtoさんに相談したんだ」
「やはり、きさまという奴はぁ」
まさゆきが叫ぶ。
「そうだったのか・・・」
toは、妙に納得する。
「ふーん」
cafeが感心する。
「確かに面白いわね」
たまごが賛同する。
「いいよ、いいよ。最高」
びおろんが、はしゃぐ。
「ね、面白いでしょ」
テヌートが得意になって喜ぶ。
「みんな、ちょっと待て」
toの真剣な声に、全員が黙る。
「ところで、テヌート。ネットから出る方法は有るんだろうな」
toの言葉で我に返った全員の、冷たい視線がテヌートに集中する。
「あはは、それよりもここから移動しましょう。実は、この部屋は政府
のコンピュータの中なんですよ。ここに居たら、誰が読んでも外に出られ
ないしね」
全員の冷たい視線を浴びながら、テヌートは移動の準備を始めた。
「安心して下さい。ちゃんと、ネットの外に出られますから」
テヌートは女性達の非難を浴び、toとまさゆきを元に戻すことを承
諾させられた。
二人を自由にすると、テヌートの状況は更に悪化した。しばらくの間、
非難や罵声を浴びた。
「夕食の支度はどうするのよ」
「まだ、仕事が残っているんですよ」
「世界中の女が俺を待ってるのに」
「お風呂の火を止めないと」
段々と、論点がずれてきた頃、toが話を戻した。
「ここから出る方法を考えよう」
「そうそう」
テヌートが軽く合いの手を入れる。
「お前は、正座でもしてろ」
toに窘められたテヌートは床に正座し、テヌートを囲むように全員
が椅子を移動し、椅子に腰掛けた。
「あの、俺も椅子に・・・」
全員の冷たい視線を受け、テヌートは言葉を止めた。
「で、どうするの」
たまごが、口火を切った。
「どうすると言われても、パスワードは無限に近い組み合わせが有る
し、誰か気付いてくれるまで待つしか方法が無いと・・・」
テヌートの言葉は歯切れが悪かった。
「こんな所に居るところを見付かって、ただで済む分けないだろうが」
まさゆきが、語気を強くする。
「仲間割れをしてる場合じゃないだろう。何か方法を考えなければ」
toの正論に、全員が賛同する。
「そうですね」「さすがtoさん」「頼りになるな」「何処かの誰か
とは大違いだ」「俺も、それが言いたかったんですよ」
テヌートが拍手をすると、全員がそれに釣られ部屋中に拍手の音が響
いた。toは、得意気に両手を上げ拍手に応えた。
「緊張感の無い人達ですね」
全員が動きを止め、声のする方向を向いた。
そこには、瑠璃色の光を放つ球体が空間に浮かんでいた。球体の光が
弱まり、中から小熊を抱いた少女が現れた。
「TANOさま」
全員が、縋るように名前を呼んだ。
「あたしが、ここから出してあげる」
恭しく顔を上げたたまごの顔は、期待と喜びに溢れていた。
「やっぱり困ったときはTANO女神様です。
私はこのときのためにあなたに祈り続けていました。」
くまを持った少女は、にこりと笑ってから、フラメンコを踊り始めた。
TANO女神の中にどんどん力が満ちてくる様子が伝わってくる。
ついさっきまでは、不安と焦燥の満ちていた部屋の中に、どんどん心強い安心感が広がっていく。
「さっすがあ、TANOさん、たのもし〜い。」
嬉しさを押さえきれずに叫んだびおろんは、周囲からのひんしゅくの眼差しに思わず口を押さえた。
表情が見られないようにうつむきながら、toは「さぶう〜。」とつぶやいた。
「ねえ、どうせ出られるってわかったんだから、もうちょっとベルバラしましょうか。」
とたまごが言うと、すかさずcafeが答えた。
「賛成、私も、私も一度お姫様の姿で、まさゆきさんと踊ってみたかったの。」
まさゆきは、あわてて遮った。
「僕はこんなところで踊るより、せっかくのチャンスだから、熊本のcafeさんちのPCに立ち寄ってから帰りたいなあ。」
ただでさえ緊張感のないメンバーである。いつのまにか、どんどんリラックスムードが広がっていた。
しかし、テヌートだけは未練がましく、自分の失った立場をぼやいていた。
「パスワードさえ書き換えられなかったら、俺が今頃、救世主になれたのに。」
すると、突然、フラメンコの踊りが止まった。
「だめ、みんなの思いがこんなにバラバラだと、いくらあたしでもむずかしいかもしれない。」
「ええっ。そんな。」
驚いたのはたまごだけではなかった。つい今まで広がりつつあった安心感は、いつのまにか絶望感に変わりつつあった。
TANO女神は続けた。
「ねえ、初めにインターネットの中に入り込んだときのことを思い出して。思いを集中したでしょう。それが一番大切なことなんだけど……。」
突然びおろんが叫んだ。
「すき焼き食べた〜い。」
こんなときにというひんしゅくの視線を浴びて、びおろんは、またやったかというように今さら口を押さえてしまった。
「すき焼き。そうだったな、たまごさんちで一緒に食べる予定だったんだ。」
toが、反応してくれたことが嬉しくて、びおろんは顔を上げた。
「ね、みんなすき焼き食べたくないの。まさゆきさんは、どう。」
「そうだな、クリスマスのチキンもケーキもたくさん食べたから、すき焼きなんかは新鮮でいいね。」
「ねっ、ねっ。これで、みんなの思いを集中させられないかな。」
今まで、床に座ってただ一人暗い表情をしていたテヌートが、口を開いた。
「もう、パスワードも分からない今となっては、やってみる価値はあるかも知れない。」みなの思いをひとつに・・・TANO女神のことばで
一同は心を決めた
そしておのおのが ひたすら・・・
「すき焼き 食べたい!」
そう願ったとたん・・・・・
たまごのうちの ダイニングルームに
みな 箸を持って 腰掛けていた
toさんは 小鉢の中のたまごを かき回し
びおろんさんは 「おかわり」と
炊飯ジャーの横の たまごの息子に 茶碗を差し出していた
たまごは 追加の野菜を 流しで洗いながら
「お肉 足りそう?」と心配していた
cafeさんは かいがいしく まさゆきさんに
肉だ野菜だと 取ってあげていたし TANO女神さんは
「本日の踊りは終了」とばかりに 着物をかえて
おいしそうに すき焼きを食べている・・・
となりの居間からは さっさと食事を済ませたテヌートさんが
ピアノで弾き語りを 聴かせてくれている・・・
なんて 平和な 1999年の年の瀬だろう・・・
「僕が 部活の練習を 早くきりあげて 帰ってきたから
みんなを 呼び出せたんだよ」たまごの息子が 得意げに
母の書置き通り 4時にPCに 書きこみをしてくれていたのだ
つづく・・・
「テヌートさんのピアノってけっこういけるね…」
toがすき焼きをぱくついているみんなに問いかけた。
「そうなのよね!あの人って不思議な魅力の持ち主なの!
もう怪しくなんかないでしょ!?cafeさん?」
びおろんが195に相槌を求めた。
「そうね…ちょっと見直したわ!ほんとに素敵!」
「あれあれ、自分はどうなのかな〜 ギターがあればいいんだけどぉ…」
まさゆきはちょっぴりすねてみせたが、
「ココだけの話だけど… まささんの方がずっとハンサムよ^^」
と195が彼に小声で耳打ちしたらしく、少年のように顔を紅潮させた。
ってそれはビールのせいだったのかもしれない(笑)。
「でも、よかったよかった!
みんなこうして集まれて、すき焼きまで一緒に突っつけて…
なんてったって…おれの大きな誤解も解けたしね…
テヌートさんがびおろんさんのだんなさんじゃないかって
まったくよくそんなこと考えたもんだよ…アハハ!」
とtoがしみじみと語った。
すると心地よく流れていたピアノの音が突然途切れた。
「おーい!みんな!も一人お客さんだ…」
テヌートがみんなをPCの前に連れて行くと、「たまご掲示板」に>が踊っていた。
「あっ!菅又さんだぁ!!早く出て!肉が無くなっちゃうよぉ〜」
TANOの声で、菅又もすき焼きパーティに参加することになった。
たまごも準備を終え、息子もダーリンもみんな一緒に食卓につき、楽しい楽しい
食事になった。心配した肉もなんとか足りて、みんな心もおなかも満腹になった。
食後のひととき、菅又が誇らしげに口を開いた。
「俺はいつもインターネットで情報仕入れてるから
こんなラッキーなことは見逃すわけないんだ…」
「いやいや、私はPCは触るんですけどね、
家内のようにインターネットはやらないもんですからね…
しかし今夜は驚きましたよ!
インターネットってこういうこともできるんですね(驚)」
と、たまごのダーリンが言うのを、息子が慌てて遮って、
「パパ!違うんだって!普通はこんなことできるわけないよ!」
「えっ!ならどうして??」
たまごが一生懸命事情を説明しはじめた。
それはたまごに任せて、toが何か思いついたように語り始めた。
「テヌートさん!君の説明で私たちが経験したこの現象は、国家政府の
陰謀であることが分かった。その機密を、君が政府のサーバーの網の目を
かいくぐって得たということもね…
そのおかげで、わたしたちはこんなに楽しい思いができたし、
誤解も解くことができて、何よりみんなの友情が深まった。
しかしだよ…
なぜ、それが政府の陰謀ということになるんだ??
陰謀というより、私たちは楽しい思いをしただけではないのか?」
楽しい談笑に酔いしれていたみんなが一瞬シンと静まってテヌートを注目した。
ほらきた!また出番だとばかり、彼は口を開いた。
「そうだな。誰がそれに気づくかと思ってはいたが…
やっぱりtoさんだな…
今日は12月26日土曜日だ!
その答えは2000年になればわかる…」
「…とすると、ネットへの出入りは1999年中しかできないのか?」
「そうだな。」
「そうか…少なくとも、今日はここから家族に?電話しとけば、
自分のうちへはネット経由で帰れるわけだ!そうだな?」
「それは大丈夫だと思う。」
「2000年になったらそれは保証できないと…??」
「そいつは俺にもわからない…」
たまごのダーリンはやっとのことで事情が飲み込めたようで、みんながさよな
らを告げて、PCの中に入って行く時には、ひとりひとりに
「ご無事をお祈りいたしております。」
と、深々と頭を下げていた。12月29日、車田歯科医院の診療室のユニットには一人の白髪の老人が座っ
ていた。午前中最後の患者だった。
「まったく、年とると痛みに弱くなるんじゃからのう、
さっさと痛みをとってもらわんとかなわんよ。
パソコンだかなんだか知らないが、そんな研修行ってる場合じゃないだろうが!」
車田院長はかしこまって、謝る他になかった。
「申し訳ございません。留守を致しまして…
どうしても席をはずせない研修会がございましたので、
患者さんには大変ご迷惑をおかけしました。」
傍らでは明美と千春が、笑いを押し殺し、
「きのうの忘年会…約束の焼き鳥串(笑)
どうせなら…もっと高いもん約束させればよかったね…」
と小声で囁きあっていた。
「今年の診療もあと1日か!」と昼休み、車田院長はまた性懲りもなくPCのス
イッチを入れネットに接続しようとしていた。が、ふとTVの音声が耳に入り、
手を止めた。
「本日、カナリア真教の正優文博幹部が広島刑務所を出所しました…」
車田歯科医院のある熊本県八代市は、なんと言っても芸能人では演歌の
「八代安希」が有名だが、このカナリア真教の元教祖、現被告「夕原焼香」は当
地の出身なのである。
「ちっ!またカナリア真教か…」
車田院長は気にもとめず?ネットに没頭した。
診療が終わり、自宅に戻った車田徹は、缶ビールを片手にTVを見ながら、家族と共に夕食をとっていた。
「お父さん!インターネットの中ってどんなだった??」
「なに色だった?ぼくも入ってみたい…」
優香と大貴が尋ねた。遮るように登志子が、
「真っ暗に決まってるでしょ…ばかばかしいねぇ恵ちゃん…
…ほら、お父さん!ちゃんと答えなきゃ…」
しかし徹の声はなかった。彼の目はTVにくぎづけになっていた。
年末特別番組の予定が変更され、なにやら臨時報道特番になっている。
リポーターが息を切らせて報告している。
「広島刑務所を出所した正優文博カナリア真教幹部の出所後の行方を追跡してい
ますが…残念ながら彼の姿をとらえることができません……
っとここで別の情報です。彼の出所を待ち望んでいたと思われる数十名の幹部
の行方も突然消えました……
ただ…分かっているのは、あちこちの教団のアジトはからっぽで、
しかし…PCのスイッチはつけたまま電源が切られていないということです…
現在…この状況の分析を急いでいるところですが…」
画面はスタジオに切り変わり、カナリア真教問題でお馴染みのジャーナリスト、
絵川や蟻田や数人の評論家が囲んで、ああでもないこうでもないと議論を交わし
ていた。
「PCの電源がそのままになってるって…それは…」
徹はテヌートの言葉を思い出していた。
「その答えは2000年になればわかる…」12月30日、車田徹は今年最後の診療を終え、自宅へ戻るとすぐさまPC
をネットに接続した。登志子が大掃除でビュンビュン掃除機をまわしているのにも
関わらず。
「お父さん!年末なんだから…少しはうちのこともやってくれないと…」
「…それどころじゃないんだ!早くしないと大変なことになるんだ!」
「あーあ!何が大変なのか知らないけどね…」
登志子が呆れ果てるのも気に止めず、徹はみんなの掲示板にひたすらアクセスしていた。
まず『おしゃべり掲示板』(びおろん)
「なになに…PCに大掃除させたいって? 一応真面目にやってるんだ…よしよし!」
次に『たまご掲示板』(たまご)
「主婦は年末は忙しい?レスもママならぬ? こっちもよしよし!」
次に『ニュー王様の耳はロバの耳』(まさゆき)
「レスは明日ね!ごめんね! これは…一応大丈夫だろうな??」
次に『楽しい話、いっぱいいっぱい、待ってます』(cafe)
「カウントダウンは熊本城で!って これは大丈夫だ!」
次に『T.T.BEAN GUEST BOOK』(TANO)
「TANOは風邪で…って うーむ…これもたぶん大丈夫…」
最後に『落書き帳』(菅又)にアクセスした時だった。
画面にはが踊っていた。
「…やっぱりだ…」徹はため息をつき、画面の菅又に声をかけた。
「何やってるんだ!菅又さん!」
「…みりゃわかるだろ…
俺はいつもリアルタイムでレス入れするのが夢だったんだ…
なんせ俺のところは書きこみ多いからね…
こうしてれば、書きこみ入ったとき、すぐさま口でしゃべれば
レスが自動で入るんだから…楽でいいよ!」
「…それはそれでいいんだけどね… カナリア真教のニュース見てないの?」
「…ああ、あれね?」
「…だから、それとテヌートさんのあの言葉を重ね合わせると…」
「ん?」
「…だから2000年の瞬間には…」
「…そうか?やつらを再逮捕するための政府の画策かあれは?」
「…だから、もうやらない方がいいよ!菅又さん!」
「…そうと決まったわけじゃないし…まだ1日以上あるからだいじょぶさっ」
「…まぁそうだけど無理はしないでよ!」
しかし、菅又は聞きいれる様子がなかった。
「まだ時間はある。今日のところはそのままにしておいても…」
徹は頭を抱えながらも一旦は説得を断念した。12月31日大晦日、徹は朝からTVを見ていた。年末だというのに、例のカ
ナリア真教の問題がまだ取り沙汰されている。依然として正優幹部その他は行方
不明らしい。ジャーナリストの蟻田がこう語っていた。
「今月施行になったカナリア新法の中に、インターネットの条項がありまして…
カナリア真教信者の限り、特殊な手法でのインターネット通信手段を禁ず…
云々というもので…
この箇所がかろうじてその…
例のPCの電源が入れられたままになっていたという情報に関連するかと…」
いつもの彼の饒舌さに比較すると、少しばかり的を得ない感はあるが、徹の思惑とは一致していた。
いつものようにPCを起動させ、メールをチェックした。cafeからNewYearCard
のご案内が来ていた。そして…見落としそうになったがもう一通。差出人はテヌートだった。
『toさん!力を貸して欲しい…お願いだ!』
しかし内容はこれだけだった。徹はなにか胸騒ぎがした。しかしこれだけでは、
どうしたらいいのか皆目見当がつかない。まずはもう一度彼にメールを送ってみよう。
『テヌートさん!お願いとはいったいどうすればいいのだ!教えてほしい』
これだけ書いて、送り返すためにネットに接続した時だった。彼の体は宙に浮き、
ふと気づいた時には、あのフリーズされた時と同じ様な光景の部屋の中にいた。
目の前にテヌートが立っていた。
「テヌートさんじゃないか!」
「toさん…声が大きい!しーっ…」
「toさん、ここはこないだの隣りの部屋なんだ。政府のサーバーの中の…」
「えっ!そいつは…また出られなくなるんじゃないのか?」
「大丈夫!今度は用意周到にパスワードを調べなおしてきた。
おまけに、外からのマシンででれるようにびおろんだけには一応
やり方を伝授しておいた…」
「びおろんだけって…あの人はマシンには弱いから(笑)
あてにはならないよ!」
「うそうそ…cafeさんにも念のため教えといた。」
「うん、それならいい。ところでなんで隣りの部屋なんだ?」
「…toさん!耳をすまして聞いてみるといい!」
toは耳をすませて隣の部屋の物音を聞こうとした。すると人の声がした。なにか
集団の中で説法をしているかのような…しばらく考えると、それはあのTVで聞
き覚えのある正優文博の声だ!
「いいか…我らに残りの時間は僅かだ…我々はいかにしてグルの教えを全うす
るか…残りの時間で祈るのだ…この男が我等の身代わりになる…」
toは耳を疑った。しかしそれは現実のようだ。
「テヌートさん!あの男とはもしかして…」
「…そうなんだ!toさん、菅又さんが捕らえられてる…」
「…私がやめろって言ったのに…」
「やつらは、政府の陰謀に気づいている。さすがといえばさすがだ…
残された時間だけでも、教団の行末を画策するのに
このネットは絶好の場所だ…」
「そこに格好の人質…菅又さんがネットの中をさまよっていたというわけだね…」
toは状況の把握ができ、今さらながら重大な局面に立った緊張感を感じていた。
「それでどうする?テヌートさん!」
「いや、俺も助けられる方法は今のところ考えつかない…
ただ、隣りの部屋との唯一の通路は探してある…」