年末の大掃除も中途半端なまま大晦日を迎えたびおろんは途方に暮れていた。
テヌートに教えてもらった通りにやってるつもりなのに目的のURLにたどり着けない。
「これだけのパスワードを掻い潜るなんて私には無理。
 数字暗号系統の文字は見ただけでもアレルギーが起こる…」
びおろんは何度も何度も挑戦しては、マシンを壊したくなるような衝動にかられ
ていた。テヌートが言うにはたどり着ければ、2つのURLはこうなると言う
のだ。
:http://www.japangov.com/secret/official/a32dfert/room20345/
:http://www.japangov.com/secret/official/a32dfert/room20346/
彼女は時計をみた。すでに午後3時を回っている。彼女の脳裏には9月に九州に
上陸した台風18号で、toの安否をなぜあんなにも心配になったかと、今さらな
がらの思いが広がった。
「いけない…このままにしては…cafeさんに相談しないと…」
彼女は意を決したように、cafeにメールを書いた。
『cafeさん…実はtoさん、テヌートさん、菅又さんが…
 また大変なことになってるの!
 テヌートさんから何か聞いてると思うけど…
 あなたなら、なにか分かった!?
 これは重要なメールです。至急のご返信を!』
びおろんは神にも祈るような気持ちで送信した。

 午後3時半、195は自宅でひたすらPCと格闘していた。パスワードに次ぐ
パスワードを潜り抜け、やっとたどり着いた画面があった。URLを見るとそれ
のようだった。ページにはわけの分からぬ機械語?暗号文字?…
しかし画面の端には確かに…があった。

びおろんは叫んだ。
「仕方ないじゃない。この際、菅又さんには犠牲になって貰わなければ。
だって、こっちの方が人数おおいもの。」
全く、いつだって自分のことばっかり考えているびおろんだ。
おおい、地獄に堕ちるぞ〜!

「toさん!テヌートさん!」195は叫んだ。
「しーっ!声が大きいよ!cafeさん!」と思わず言った画面のtoだったが、
「toさん…ちがうよ。俺たちは小声じゃないとまずいけど…
 cafeさんは大きな声でも大丈夫なの…向こうの部屋はURLが違うからね。」
画面のテヌートが小声で指摘した。
「えっ!聞こえない…」195はスピーカーのボリュームを目いっぱい上げて
さらにスピーカーに耳を近づけた。
「やっとここにたどり着いたかい!?ご苦労様!」
テヌートの声がやっとのことで聞きとれた。
「ええ。でもね。の方がまだなのよ〜」
「了解…その調子での方もよろしく…
 それが完了したらまた声をかけてくれ!」
と、テヌートの声が途切れると、
「…ちょっと待って!
 ここが表示できたこと…びおろんさんに知らせてくれないか!?
 あの人ここを表示できずに悩んでるかもしれないから…」
びおろんを気遣うtoの声がした。
 
 195はびおろんのメールをみつけ、返事を書いた。
『びおろんさん!大丈夫よ…今の方は私のPCで表示できたわよ。
 toさんとテヌートさんの無事は確認できたわ。
 居ても立ってもいられないかもしれないけど…ここは私に任して!
 余裕があったらの方がんばってみて…』
メールを送信すると、195はまたひたすらの表示に躍起になった。
しかし、最後のパスワードと思われる箇所でどうしても躓いてしまうのだ。
「っもう〜 どうして?」
時計の針はすでに午後4時を回っている。2000年まであと8時間足らずだ。
彼女の心に、にわかに焦燥感が生まれつつあった。

「その唯一の通路というのは…?」
toがテヌートに質問した。
「toさん!いいね…そっとついて来るんだよ。」
toはテヌートのあとを抜き足差し足で続いた。
「ここだ!」テヌートが小声で指差した。
そこにはドアと思われるものがあった。鍵穴らしき穴があり、そっと覗きこむと
なんと間近に菅又が猿轡を噛まされロープで椅子に縛り付けられているのがチラッと見えた。
「…」toは思わず声を発しそうになったが思いとどまり、
「しかし、テヌートさん!このドアのすぐ近くに人質を置いているというのは…」
「…そうなんだな。それが俺にも解せないところなんだ。
 やつらの部屋からはこのドアがドアに見えないのか…あるいは、
 2000年の瞬間に人質の菅又さんをこちらの部屋に放り込むつもりなのか…」
「…政府は、この俺たちがいるの部屋に正優たちが迷いこむと
 思っているのか、それともの部屋と思っているのか…」
「…うーむ…そういうこともあるだろう…
 しかしね!toさん!正優たちは人質として捕らえた菅又さんを
 そう簡単に手放すわけがない…」
…とそのとき足元の壁になにか突起物をtoがみつけた。
「テヌートさん!これ…」
「…ん…もしかするとこのドアを開くスイッチかもしれないね…
 しっ!正優がなにかしゃべっている!!」
二人は静かに耳をそばだてた。
「チベットの同胞はまだか?」
二人はドアから離れまた元の位置に戻り、目を輝かせた。
「テヌートさん!やつらはチベットの同胞に…
 私たちがcafeさんにやらせていることと同じことを…」
「…たぶんそうだろう…政府の陰謀に気づくということは…
 この俺と同様の知識は持っているだろうからな…」
「…ということはだよ!やつらはチベットに…
 インターネットを通じて国外逃亡しようとしているわけだ!」
「ただ…今のところcafeさんも向こうのが表示できないでいる。
 やつらの同胞もまだらしいな…ということは
 どっちが早いかということになるな…」 

 午後4時半、びおろんは重大決心をしようとしていた。cafeからのメールは受
け取ったが、やっぱり落ち着かない、といっての表示に取り組む気も
しない。
「えーい!ネット経由でcafeさんのところへ行ってしまおう!」
しかし、それは危険を伴うことは彼女も承知していた。まかり間違うと、菅又さ
んの二の舞になるかもしれない…だからテヌートは女性を呼ばなかった。それが
彼の優しさというものである。しかしながら彼女の性格はじっとしていることを
許さなかった。
 びおろんはすでに掲示板『楽しい話、いっぱいいっぱい、待ってます』で
になってしまっていた。
 
 195の焦燥感は募るばかりだった。
「こんなはずはない…私の力で表示してみせる…」
焦燥感はやがて怒りや苛立ちに変わろうとしていた。
「…そうだ…こんなときは珈琲!私の大好きな…」
195は心を落ち着けて珈琲を入れると、掲示板のレスでもして、気分転換を図
ろうと思った。こんな時に偶然はつきものである。すぐにをみつけ、
びおろんを自分のもとに呼び寄せた。
「んっもう〜びおろんさんったら^^来ちゃったのねぇ〜
 でも無事でよかったわ〜」
「マシンには弱いから、ひとりでやっててもイライラするだけじゃない…」
「…でもね〜私も諦めかけてるのよねぇ…
 最後のパスワードがどうも間違ってるとしか考えられないの^^;
 あっ!びおろんさんにも私の自慢の珈琲いれるね^^」
「まぁ、わたしは役にはたたないかもしれないけど、
 3人寄れば文殊の知恵っていうじゃない…ファイト!ファイト!」
「…えっ!3人じゃないよ!2人だよ〜」
「えへ!そうともいう〜」
「きゃははは…」
 2人はしばしの間、差し迫った緊迫感から逃れるように談笑した。

1999年12月31日午後5時を過ぎた。残り7時間である。ここでテヌー
トが、今までに分かったことを整理した。以下の通りである。

(1)2000年の瞬間にこの政府機密プログラムは自動消去のプログ
  ラムが作動し、ネットの中にいた人間は外へ出られなくなる。そして、政府
  によって身柄を拘束されるだろう。
(2)2000年以前にはこのURLの画面を表示させられれば、中に
  いる人間をネット外に救出することは可能である。
(3)正優幹部らはチベットの同胞に自分らのいるの部屋の画
  面を表示させるべく手を打っているが、今だ達成はしていない。
(4)我等のcafeによって我々がいるの部屋の表示にはすでに
  成功している。
(5)cafeによってもの部屋の表示は未達成である。
(6)2室の間にはドアらしきものがあり、スイッチで開閉その他?が
  可能であるかもしれない。

 そしてテヌートはtoに質問を求めた。
「ではいくよ…あのスイッチでドアが開閉可能なら…
 開けてすばやく菅又さんをこっちの部屋に移動させ、
 cafeさんに声をかけてもらえばそれでOKということにはなるね!」
「それができればね…やつらは少なく見積もっても20人はいるからな…
 俺たち2人の力では反対に向こうの部屋に連れ込まれて
 菅又さんと同じ境遇になるのが落ちだ…」
「…しかし早くしないと、向こうが先にの表示に成功されると、
 菅又さんは…」
「それは、やつらと一緒にチベットへ国外逃亡さっ」
「逃亡の前にこちらの部屋に放り込んでくれるというかすかな期待は?」
「彼らが人質を取った理由を、もしも夢破れてチベット逃亡に失敗し、
 政府に拘束されようとした時、『身柄を開放しないと、この男の命はない』
 というだけに限定するならばね…
 しかしさっきも言ったように、チベットに逃亡できても彼を連れて行けば、
 どんな使い道にもなるだろうから、それはないと思うよ。」
「…ところで、今までの経験で、同じ部屋にいる人間で、
 特定の人だけを選択して外に出たってことはないよね…
 それができればを表示して、
 『菅又さんだけ出てきて〜』とかでいいんだけど…」
「…それは機密プログラムがそうなっているようなんだ…
 なんらかのエラーでも起こらないとそれは無理だな…」
「…ということはだよ…
 cafeさんに苦労しての表示に成功してもらっても
 菅又さんだけ選択して外に出せないじゃないか!」
「…そういうことになる…
 だから彼だけをこちらの部屋に移動させるのが必要か…
 しかしね…あのドアの開閉のため?と思われる…
 スイッチになにか謎があるように思うんだ…
 だから念のためにやってもらっている…
 それにより表示が滅法難しいんだ…
 俺もほとほと骨が折れた…だから最後のパスワードがな
 ここだけの話あやふやなんだ…
 だから向こうの同胞もそんなに簡単には成功しないはず…
 cafeさんのテンポで向こうの進み具合も見当がつくというもの…」
「…それともうひとつ…この政府の陰謀の根拠は、
 カナリア新法にあるんだろ!?
 つまりカナリア真教信者に限って
 このインターネットの特殊通信が禁じられる…
 何が言いたいかというと…
 もしも、不幸にして私たちが2000年を過ぎても
 ここにとどまらざるを得なかったとしても
 政府に信者ではないと確認されれば私たちは釈放される…」
「…そうだ!だからあせることはないんだ…
 しかしやつらはあせらざるを得ない…
 2000年にならないうちに…」
「なるほど…」
「toさん!もう一度言うが謎はあのスイッチだ!
 押したら何が起こるか俺も知らない…
 しかし、あせって押すことはない…
 そういうことだ…」

 195とびおろんはしばらくの間パスワードのことを忘れていたが…
「まさゆきさん今ごろ何してるかな?」
「彼、会社の2000年問題対策委員とかで自宅待機って…」
「2000年問題って…」
びおろんがまた、パスワードのことを思い出したようだった。
「びおろんさん!見て!見て!まささんだわ^^」
またも画面にが踊っている。まったく懲りない面々である。
「こっちへおいで!ほら3人寄れば…じゃない。」
まさゆきは自宅待機の禁を破ってしまったらしい…
「cafeさん!熊本城でカウントダウンだって言うから…」
「それどころじゃなくなっちゃったのよ^^;」
「えっ何が?」
無頓着なまさゆきは親友の菅又さんの拉致事件を知っても
「あの人なら大丈夫ですよ。」と笑っている。
「3人寄ったんだから、パスワードも考えつくよ!ねっ!」
びおろんが元気を出してそう言うと、まさゆきが
「サイコロサイコロ…ない?cafeさん!」と言ってサイコロを振り始めた。
「そうね!これこれ!どうせ考えたって無駄なんだもん…」
びおろんも一緒になって振り始めた。
「そうね!じゃぁわたしはお正月用バージョンの最終チェックでも^^」
195はもう一台のノートPCでカチャカチャやり始めた。やり始めるとTOPの
デザインでふと思った。
「このカウントダウンは今日中で終わり…2000年の幕開けは…
 3人の安否でも速報するか! 無事な写真でも撮ってさ^^
 これってもしかして一大スクープ^^」
考えているうちに我に帰った。
「無事は保証されてないのだ…」
2人を見ると相も変わらずサイコロを振っちゃパスワードを入力している。
こんなんでいいのだろうか?? 

 TANOの大晦日はやや悲惨だった。ジムでの練習のやり過ぎだったのだろ
うか。あの時のフラダンスの踊りすぎなのだろうか?昨日から風邪を引いて
咳が止まらない。熱もあるので寝込んでしまっている。
「年末なのに大掃除もできやしない…」
 しかしちょっと気になることがあった。彼女の掲示板にしょっ中顔を出す菅又
の書きこみが途絶えているのだ。
「毎日欠かさず1日最低2回は顔を出す彼が来ないなんて…」
熱にうなされながらも、彼女は思いを馳せていた。
「私は女神さまだもの…私が祈れば彼は必ずやって来るわ…」

 大晦日も夕方になりTVも各局6時のニュースをやっていた。間近に迫った
2000年を迎える各地の最後の準備風景や、皇太子妃智子様の流産のニュ
ースなどがメインであった。カナリア真教の正優幹部の失踪については、その
後進展がないものの、正優は「正大師」という教団ナンバー2の地位を返上
するファックスを残していることが判明し、公安当局はこれを「新法逃れ」と指
摘していた。しかしなぜ彼と同教幹部20数名が失踪したかという理由は、
現状では判断しかねると発表していた。

 たまごの大晦日もいつもの調子とはややかけ離れていた。大掃除とお正月
のおせちの準備に忙しいのは仕方がないとしても、彼女のほのかな楽しみで
あるネットの時間がとれないという苦しみがあった。おまけにダーリンがこの
間のすき焼きパーティでインターネットに興味を持ち、仕事が休みになったと
ばかり、PCを独占してネットの醍醐味に興じているのだ。
「せっかく暇を見つけたと思えば…これだし…
 私がいつもサーフィンしている場所が知られなければいいのだが…」
 そんな危惧を抱きながらキッチンに立っていた彼女に
「おーい!この菅又さんってこないだうちに来た人じゃないか?」
とダーリンが声をかけた。
「ああよかった…toさんのところじゃなくて!」と胸をなでおろしながら、
彼女は手を休めダーリンのもとへ歩き寄り、画面の『落書き帳』を見た。
「これが掲示板というものか?」
「そうよ…」
「これって書きたいことを書きこめるんだろう?」
「そうそう…」
「返事もできるんだろう?」
「そうね…」
「でも…菅又さん昨日から返事してないよ…」
「忙しいんでしょ年末だから…」
と答え、またキッチンに向った彼女の胸になにか腑に落ちないものが残った。
「菅又さんってレスは早かったはずよね…」  

 12月31日午後6時半を回った。残り5時間半である。
「ついに6時間を切った…」
toが呟いた。
「toさん!まだ6時間もあるんだ!
 向こうだってまだ表示できてないみたいだし…
 いざとなったら、あのスイッチを押すだけさっ」
テヌートは相変わらず落ち着き払っている。
「君は… 菅又さんの安否など…
 もしかしてこれっぽっちも心配じゃないのではないのか?」
toの口調は少し荒々しくなった。
「toさん!toさん!落ち着いて!
 大きな声を出したらそれこそ俺たちまで終わりになるんだ…」
toの声のトーンは下がったものの、依然として緊張した口調で、
「私は確かにこないだまで君を誤解していた。
 しかし、君から助けをもらってここに来たときは、
 君は菅又さんの安否を気遣ってくれたんだと心から感謝した。
 しかし…なぜそこまで冷静になれる?
 君はもしかして…」
そこまで言いかけてtoは口を閉ざした。
「…政府の秘密諜報部員か、はたまたカナリア真教の手先…
 とでも言うんなら、それは大きな誤解だ。」
テヌートはなお冷静だった。
「……」

 その時だった。びおろんの声が聞こえた。
「toさん!テヌートさん!聞こえる?」
「ほらほら!びおろんのおでましだ!toさん!答えてやれよ!」
とテヌートに勧められ、toは気乗りしなさそうに答えた。
「びおろんさん!君でも表示できたの?」
「まあ失礼な!toさん!
 えっへん!私だってちょっと頑張れば、これくらいなんのそのって
 言いたいところなんだけど、cafeさんちにお邪魔してるのよ!」
「…なるほど、でもそれは無謀なことをまた…」
「まさゆきさんだって一緒よ!」
「toさん!まさゆきです。今、サイコロ振って
 すごろくゲームしながらがんばってます〜」
テヌートが代わって、
「ま、そんなとこかと思ったよ!
 まだまだ時間はあるから腹ごしらえでもして頑張ってくれ…」
「OっKっ!」
 相変わらずのびおろんの声が最後だった。

「toさん!あなたには既に俺が知ってる全てを話したつもりだ!
 俺だって、正直言ってこれだけの知識しかないんだ…
 あのスイッチの謎を、奇跡を信じるしかないんだよ…俺たちは…
 パスワードを忘れたあの時だって…
 TANO(女神)さんを中心にみんなで心をひとつにさせて集中した結果が…
 プログラムのエラーを導いて、みんな脱出できたんだよ…
 …………
 だから信じてくれよ!toさん!
 …なんだか俺がtoさんみたいじゃないか…」
テヌートの最後の言葉でtoは少し表情が明るくなったようだった。
しかしそうこうしているうちにすでに7時になった。残り5時間である。

 12月31日午後8時を回った。残り4時間の時点である。
 cafe邸ではキッチンを借り切って、「簡単レシピ」のお披露目が始まっていた。
「簡単レシピ」とは言わずと知れた、『びおろんの掲示板室』
という彼女のHPでみんなが披露しあった料理のレシピである。普通ならば、
大晦日にどうしてここでという状況ではあるが、そこはcafe邸の方がたはよく
できた家族で、
「ごめんなさいねぇ〜 本来ならば私たちがお客様の夕食をお作りして、
 ご歓待して差し上げるのが礼儀というものですけど…
 この人が皆様の意向をお聞きするのが大事だと申すもんですから…
 どうぞ、小汚い台所ではございますがご自由にお使いなさって下さいませ。」
と言ってくれたのをいいことに、びおろんとまさゆきは「簡単レシピ」の実演中な
のである。
「今夜は必死のカウントダウンよ…まだまだ頑張らなくっちゃ^^
 夜食として、年越しそばは私の方で用意させるからいいものの…
 『簡単レシピ』ってびおろんさんが「ラーメン」で、
 まささんは「トマトのパスタ」で、
 私は「ツナのパスタ」でしょ…
 そうすると、年越しそばも合わせちゃうと、
 全部麺類ってことになるんだけど^^;」
というcafeの言葉にも2人は動じず、メニューの遂行に余念がない。
「乗りかかった船だもの!最後までわたしはやるよ!」とびおろん。
「はーい!これがまさゆきのパスタ…なんちゃって」とまさゆき。
「…しかしこれが友人の安否を気遣う姿か…」と嘆きながら、という自分も、
「ツナのパスタ」を作っている195であった。

 それぞれのメニューを突っつきあって夕食を終えた3人であった。
「みんなそれぞれの味で…いけるいける!美味しいね〜」
びおろんはまだこの話題を続けようとしていた。
「やっぱりHPのレシピだけじゃわからないですよ。
 こうやって実際に作ってみないとね。」とまさゆきも続いた。
「…ちょっとね…お2人さん!時計を見て^^;
 そしてこっちの私のページのカウントダウンを見て!」
195に言われて仕方なく、2人はノートPCの画面を覗きこんだ。 
『3時間 11分 26秒、25秒、24秒………』
「ほんとだ…ドンドン過ぎてく…」
「またやろうやろう…すごろく!」
びおろんがサイコロを振り始めた。
195はびおろんが振ったさいころの目(数字)を見ながら、ふと頭に浮かぶ
ものがあったが、それはまだ形がはっきりとせず、雲のような感覚だった。
「…ひらめきかかってんだけどな…
 いまいち…ここまできてるんだけど^^;」

 12月31日午後9時半。残り2時間半である。
 幸いに隣の部屋も変わりなく、いまだに正優らの逃亡は実現していないらし
く、時々かすかな物音が聞こえて来る。しばらく考えこんでいたtoがテヌートに
発言を求めた。
「もうあと、2時間ちょっとになった…
 この辺でもうそろそろ…
 有事のシュミレーションをやっとかないとまずいと思うんだけど…」
「そうだな…始めるか…」
とテヌートは口を開き、要約すると以下のような示唆をした。

(1)我々より先にチベットの同胞が正優らの部屋()を表
     示できたと察知された場合、有無を言わずスイッチを押して、菅又を
     こっちの部屋に連れ込み、cafeさんに声をかけるよう指示。
(2)我々の方が先に正優らの部屋()を表示できた場合
     相手の状況を待ち、相手が表示できたと察知できた瞬間にスイッチを
     押し、以下同上。
(3)どちらも表示できないで2000年の瞬間を迎えそうになった場合
     2000年直前にスイッチを押し、以下同上。

「同感!…相手も表示できたとなると色めきだつだろうし…
 2000年の直前までくればやつらに絶望感が訪れるだろうから…
 いずれにしてもその瞬間がチャンスだね… そして…
 とにかくギリギリまで待つのが勝負だ!」
 先ほどまでの猜疑心は全く無くなったようにtoが同調した。
「それとね…2000年近くにプログラムの終焉を示唆する何らかの兆候の結果、
 この2室になにかが起こるかもしれないという可能性もある…
 そして、スイッチを押したあとどうなるかは…
 あくまでも、予想できない要素がたくさんあるのだから…
 これは基本のシュミレーションということで…
 起こった状況にcase by caseで対応するしかないね…」
「スイッチを押して菅又さんをこちらへ移動させるのは2人で協力して
 やらざるを得ないとして…
 cafeさんに声をかけるのはタイミングの問題もあるから…
 どちらがやるか決めておいた方がいいと思うんだけどね…」
「わかった!それは俺がやろう!」
テヌートが言った。

 その時外界から今度は195の声がした。
「ねぇ!テヌートさん!」
「おっ!cafeさんか!が表示できたのか?」
「…残念ながらまだなんだけど…
 最後のパスワードは数字の語呂合せだったということはない?」
「えっ!語呂合せ?」
テヌートは考えこんだ。
「…ごめん…わからない…」
「…わかった!もう少し頑張ってみる^^」

 12月31日午後10時半。残り1時間半の時点である。
 195の部屋では今度は、「数字語呂合せゲーム」が始まっていた。
「いい!?パスワードは8ケタよ^^
 とにかく、2000年、カナリア真教、インターネット、国家の機密…
 これらに関連のある語呂合せを考えて!」
195のひらめきはこういうことだった。テヌートには聞いてみたが反応はなかっ
た。とにかく考えついたことはやってみるしか今はない。
「さあ、みんな!片っ端から考えるのよ…
 まずわたしから…
 いよいよ2000年14142000
「……こいつは、すごろくよりは頭を使うな…
もう眠くなっちゃったから、自分は無理かな?」
だらしなく戦列放棄しようとするまさゆきを、びおろんが
「なに言ってるの!若いもんが〜
 こういうの得意かも私!
 えっと…
 2000年いやいや20001818
「なんだそれ…ちょっとだけ変えただけじゃないの?」
まさゆきが笑った。
「いいのよいいのよ^^その調子でどんどん…」
195が2人を調子づかせる。
「俺にもできた!1999年バイバイ!19998181
まさゆきもいつのまにか参加しだし、考えついてはパスワードを入力するとい
う繰り返しが始まった。

 っと、そこでびおろんがなにか思いついたようだった。
「たまごさんって洒落が好きだよね!こういうの得意かも…」
「そうねそうね^^みんなで考えた方がいいわ^^
 彼女の掲示板に書きこんでみようか!」
195は大きな瞳をらんらんと輝かせ、『たまご掲示板』にアクセスした。
 その時たまごは一応のおせちの準備を済ませ、仕方なく?TVで大晦日恒
例の紅白を見ていた。彼女の好きな小林サチ子の出番はまだ早いが、例に
よってダーリンにPCを占拠されているのだ。
「おーい!うちの掲示板になにか書きこみが入ったぞ〜
 cafe195って人からだ!」
「えっ!それでなんて書いてあるの?」
「ん?2000年とかインターネットとか…それに関連する8ケタの数字の語呂
 合せがどうとか…この人!なに言ってんだろうね…
 そういや"195"って"いくこ"って名前の語呂合せかも…
 全くいろんな人がいるね…このインターネットには…」
ダーリンがなにかぶつぶつ言っている。
「…そりゃ語呂合せは得意よね私…」
たまごは微笑みながらも、なにか変な気がしてダーリンの方へ腰を上げた。
「あなた、ちょっと見せて!
 ………
 んっもう〜!続きがあるじゃないの!」
cafeの書き込みには以下のような続きがあった。
『菅又さんが拉致されて救出の方法を考えているんだけど…
 たまごさんにも力が借りたいの…
 お願い考えて〜』

 12月31日午後11時を回った。ついに残り1時間を切ってしまった。
 toとテヌートは依然として静かに静かにそのときがくるのを待っていた。っと、
突然人の叫び声が隣りの部屋から上がった。
「助けてくれぇ〜 俺にはなんの罪もない〜」
大きな悲鳴だった。そしてそれはまさしく菅又の声だった。
「…まずい…」
toが緊張のあまり口を開き立ちあがろうとした。テヌートがそれに続き、例の
ドアの前に抜き足差し足かつ迅速に到達し、2人はしゃがみこんで息を殺した。
toの手がスイッチへ伸びようとしたその時、テヌートが遮った。
「toさん!慌てるな…」
すると、菅又と思われる安堵の溜息がかすかに聞こえたようだった。どうやら
静かになったようだ。
「toさん!やつらもあせってきた…1時間を切ったからな…
 菅又さんに手出しをしたくなる気も分かる…
 冷静に考えると、同胞はまだだということだ…
 最後の最後までやつらも血迷うことはないはずだ…」
2人はまたそっと元の位置に戻った。
「いよいよ勝負だね!テヌートさん…」
「そうだな…泣いても笑っても…」

 しばらくして195の明るい声が聞こえてきた。2人は目を輝かせた。今度
こそ吉報に違いない。
「toさん!テヌートさん!成功したわよ^^
 たまごさんのおかげなの^^」
「たまごさんってどうして?」
テヌートが怪訝そうに言った。
「テヌートさんったら覚えてないの?
 最後のパスワードはね^^
 なくなれ2000年79702000だったのよ〜
 たまごさんの語呂合せなの^^」
「そうか…2000年に機密プログラムがなくなれってことだ…」
toが解説を加えた。
「それで…この先どうしたらいいの?」
のウインドウは最大化して俺たちの声に注意するんだ…
のウインドウはとりあえず最小化して万一の場合に備えるんだ!
常にスピーカーから耳を離すなよ!いいな!」

「これでこちらは準備万端だ!」
テヌートはtoを従え、ドアの前にしゃがみこみ、2人は隣の部屋の物音に注
意しながら、その時を待っていた。

 12月31日午後11時半。2000年まであと30分である。

 TANOは夢の中にいた。熱にうなされながら…
「toさん!そのスイッチは押してはいけないのよ…
 わたしは女神!…天の上から全てが見通せる…
 政府国家の陰謀だろうが…
 醜き一人の人間の犯行だろうが…
 しかしこの国家の陰謀は私の目には陰謀には見えないの…
 明らかに正優正大師は悪の目をしているわ…
 私は見えたの…
 政府の機密をつかさどるプログラマーは悪人ではない…
 あの人は信用できる…
 toさんと同じ目をしているわ彼は…
 テヌートさんだってtoさんと同じ目だわ…
 だから彼の言うことは信用していいの…
 だけど…そのスイッチだけは押してはいけないの
 プログラマーは…
 機密プログラムが自動で消去されるだけではなのよ…
 彼はあらゆる場合を想定して…
 起こりうる全ての状況から2000年前後の予想を立てたの…
 彼はtoさんやテヌートさんが隣の部屋に来ることですら…
 cafeさんたちが79702000のパスワードをみつけだすことも…
 彼は私たちの毎日の書きこみを全て…
 コンピューターにインプットしていたのよ…
 性格判断も全ての可能性をシュミレーションして…
 だからなにもしなくてもいいの…
 ただ2人でそこに待機していれば…
 わかって!わかって!
 toさん!toさん!テヌートさん!
 どうしてなの…
 どうして私の言うことがきけないの…
 toさんちには毎日書きこみに行ってるじゃない…
 私の気持ちはいつもわかってくれる…
 そういつも信じているのよ…
 この私は天の女神なの…
 わかってわかって……
 わかってくれるよね!toさん……」

 彼女は夢の中で必死にtoに哀願していた。しかしどうしてもどうしても彼は
納得しないのだ。やがてシーツは彼女の汗でびっしょりと濡れていた。しかし
彼女は目をさますことなく、際限のない眠りの中でうなされ続けていた。
 やがて、時計の針は午後11時45分をさすところだ。

12月31日午後11時55分を回った。いよいよ5分を切った。

「テヌートさん!直前と言ってもあと何秒のところでこのスイッチを押すのだ?」
toは腕時計を見ながら聞いた。
「20秒前だ…
 20秒の間に集中すればなんとかなるだろう…」
「わかった…」
2人は息を殺して時計を見つめ、物音に注意した。
正優の声が聞こえた。
「…くそぉ〜間に合わないか…」

 195の部屋の3人もさすがに緊張の色は隠せない。まさゆきも眠気ひとつな
い顔つきでPCの画面にスピーカーに集中していた。たまごも紅白を見終えると
居ても立っても入られなくなった。ただただ祈るだけしかできない彼女ではあっ
たが、手をあわせひたすら念じた。TANOは依然として夢にうなされる…
 傍らのノートPCの、cafeのページのカウントダウンが容赦なく次々と進んで
いく。
「0時間2分44秒、43秒、42秒……」
せっかく家族が用意してくれた年越しそばも箸をつけることもなく伸びきっている。 

 っと突然toが足もとの例のスイッチが赤く点灯し始めたことに気づいた。
時計を見ると、11時59分を過ぎていた。
「テヌートさん!これは…
 予定にない!どうするんだ……」
「……」
テヌートも言葉がない。

 びおろんがカウントダウンに目をやった。
「0時間0分32秒、31秒,30秒……」
「いよいよよ!」
 スピーカーに耳を近づけた。

「ビ〜〜、ビ〜〜、ビ〜〜、ビ〜〜、」
今度はスイッチから電気的な断続音が鳴り始めた。
「どうする?テヌートさん!残り25秒だ…」
toがそういった瞬間に、ドアがひとりでになんと開き始めた…
同時に地響きを伴って床が動き始めた…
ものすごい音だ…
ドアの向こうに菅又が見えた。必死に足を動かし、こちらへ来ようとしている。
必死の眼差しだ…
「toさ〜ん!」彼が叫んだ。
クルタ(教団服)を着たやつらの数人がドアが開いたことに気づくも、地震のよう
な床揺れに足をとられなかなかこちらへたどり着けない。
緑のクルタの正優が叫んだ。
「捕らえろ〜」
テヌートがすばやく菅又をこちらへ手繰り寄せる。
水色のクルタの男一人の手が菅又の椅子にかかった…
すばやくテヌートが払いのける…
toが必死になってよろけながら菅又をこちらへ手繰り寄せる…
なんとかこちらへ引き寄せた…
時計を見た。残り15秒。
ドアが今度は閉まろうとしている…
椅子に手をかけた男の手がはさまりそうだ…

12月31日午後11時59分46秒。残り14秒。

 もう菅又はこちらへ移動した。さあテヌートが195に指示を与えようとした。
ドアににはさまった男の指は切断され血しぶきが上がった。男の悲鳴が床
ゆれの轟音とともに鳴り響いた。
「この部屋は…回転している!180度回転するのか!?
 toさん!残り何秒だ?」
「10秒だ…」
そのとき正優の声がかすかに聞こえた。
「望みを捨てるな。間に合うかもしれない…」
2つのの部屋は下図のように180度回転して
が入れ替わろうとしていた。すなわちURLも入れ替わることになる。

 テヌートの明晰な頭脳はすばやくこれを判断した。
「195!を最大化しろ!」

 ノートPCのカウントダウンを凝視していた3人は、まだかまだかとテヌートの
声を待ちわびていた 。
「0時間0分09秒、08秒、07秒…」
3人とも半ば諦めかけていた頃だった。彼の声に気づくと、195はタスクバー
に最小化した点滅していることに気づき、すばやく最大化した。
「195!叫べ〜!」
びおろんもまさゆきも195も力の限り叫んだ。たまごも祈り続けていた。TANO
もうなされ続けていた。

 床揺れが止んだ瞬間、3人は195の部屋に無事降りたっていた。
カウントダウンは「0時間0分02秒」。
3人を見た195は突然大声で笑い出した。
「きゃははは…」
びおろんもまさゆきも続いて大笑い…
その瞬間に、カウントダウンは「0時間0分00秒」。
2000年到来だ!
6人はしばらく…「おめでとう!」の言葉がでなかった。
なぜってそれは…
もちろん、菅又は椅子にロープで縛られたままなのはともかく…
toの髪の毛が全てなくなってしまっていたからだ…

しばらくの間のあとテヌートが思いついたように口を開いた。
「…そうか!みんな…
 やつらの同胞も2000年直前にを表示できたんだ!
 そしてやつらの同胞も叫んだ…
 しかし部屋は入れ替わって俺たち3人の方が
 になった…
 cafeさんもわかっただろう?
 だから…
 俺たち3人はこの部屋に降り立つか、チベットへ降り立つか
 空間の中で力が衝突した…
 やっぱりこっちの方が気持ちが強かったんだ…
 …だから…
 しかし…
 toさんの髪の毛は毛根が弱すぎるから(笑)…
 チベットへ飛んで行ってしまったんだ…」
「あれっ!俺もなんか変だ!」
まだロープをほどかれていない菅又が突然発言し、慌ててびおろんと
まさゆきがほどいてやっている。
「なにが変なの?」
195が聞いた。
菅又はロープが解かれるとすぐさま自分の股間をまさぐろうとした。
「なにやってんの!?」
びおろんが反応した。
「いや…俺の迷彩のパンツが…
 ジーンズの下にはパンツがなくなってる…」
「きゃははは…」ふたたび195の高らかな笑い声が鳴り響いた。
「しかし…なぜテヌートさんだけ被害がないんだ?」
ふさぎこんでいたtoが発言した。
「あるよ!あるよ!」
びおろんが面白がった。
「なにが…」
まさゆきが怪訝そうにテヌートを見つめている。
「歯だよ歯…」とびおろんが指差している。
テヌートは慌てて前歯をまさぐった。確かに前歯が一本欠けていた。
「歯とは参った!だけど歯医者のtoさんがなぜ最初に気づかない?」
「だってtoさんツルツルなんだもんね…ショックが大きいのよ!
 これでテヌートさん!toさんにお世話にならなきゃ!」
びおろんがさも面白そうに笑った。
「きゃははは…」195も三度大笑い。
「そうだそうだ!この記念すべき光景をデジカメで撮らなきゃ^^
 一大スクープスクープ^^」
195はデジカメで3人をとらえ、シャッターを押した。 

 2000年1月1日元旦。

 TVは、コンピューターの2000年問題で心配された混乱が起きていないこ
とを報道して上で、ロシアのエルツェン大統領の突然の辞任を一大ニュースとし
て取り上げていた。しかし忘れてならないのは、それとともに失踪していたカナ
リア真教正優らの突然の逮捕が報道されたことだ。民放各局はむしろこのニュー
スをトップにワイドショー的に取り上げ、年始特番もすり替えられ報道特番に切
り替わっていた。
 公安当局の発表によると、正優らは首都圏内の某所で身柄を拘束され、容疑内
容は、昨年12月のカナリア新法のインターネット特殊通信条項の現行犯という
ことのみで、詳細は明らかにされていない。しかし、正優その他容疑者の連行の
様子が各局のカメラが捉えていることだけは厳然たる事実であった。

 ジャーナリストの蟻田が口を開いた。
「逮捕の現場が『首都圏内の某所』というのがひっかるところですね。」
「そうですね…逮捕の現場が具体的に発表できないというのは…
 前代未聞ではないですか!?
 それに『インターネットの特殊通信』といってもそれが具体的には
 なにをさすのか…
 Eメールのやり取りなどは、一般市民にもポピュラーになっていますし…」
絵川が具体的に問題点を指摘する。
「…そうですね!これは当局サイドに極秘戒厳令が敷かれているとしか…」
「公式発表がこうだということは…
 カナリア真教アジト(残存施設)のPCを隅から隅まで調べた上での
 ことでしょうからねえ…
 しかしこれは詳細の発表がないと、国民の理解が
 得られないのではないですか!?」
と、蟻田に問題が振られたが、
「民主主義のルールから考えるとそういうことになりますが…
 私たち市民サイドからすると…
 危険分子が青天の霹靂の如く再逮捕されたということはまぁ…
 喜ばしいことではありますねぇ…」  
絵川は次のように言葉を返した。
「しかし…私たちジャーナリストはですね…
 真実を伝える義務というものが基本でありますから…
 当局の発表に疑念があれば…
 自ら、一から洗い直すという姿勢が…
 私の信条ですけどね…」
「なるほど…我々が自らね…
 具体的には…
 カナリア真教信者間のインターネット通信の実態を
 徹底的に究明するということですな…」
と、蟻田が相槌をうち、そこでCMが入った。

 toは195とともに熊本空港にみんなを見送りし、自宅へたどり着いた。待ち
うけた家族が、完全ハゲになった彼の姿に驚くのもよそに、つけられていたTV
の画面を見つめていた。
「…まさか、わたしたちに調査の手が伸びることも…
 まぁ…伸びたところで、英雄なんだから…」
にやりと微笑しながら、ジャーナリストの絵川翔子にインタビューを受けつつ
TVに出演している自分を想像していた。

 1月4日、2000年を迎え、容赦なく車田歯科医院の診療は始まっていた。

 明美も千春も元気に出勤し何もいつもと変わらない光景だった。ただ、車田院
長の髪の毛がふさふさになっていることだけが変わったといえば変わったこと
であった。
「ねぇ…さっきから変だと思ってるんだけど…」
千春がまた、いつものようにお茶目に笑って明美に囁いた。
「なにがよ!?」
「院長の あ・た・ま!」
「診療中にどこを見てるの?」
しばらくして、明美がぷっと吹きだしそうな素振りを隠すように小声で、
「…わかった…ア・デ・ラ・ン・ス」
院長が三が日に無理に無理を言って、間に合わせた必死の策であったのだ。

 昼休み、徹は、
「どうもこの… 頭の感覚がいつもと違うと、手先も狂うな…」などとぼやきな
がら、まるで動物の習性のように、いつもの如くネットに接続していた。
 今日のサーフィンはいつもと違い、計り知れないほど、胸に熱く去来するもの
を感じながら…

 どんなときも明るく夢をもっておどけてみせる、そして心配する時は限りなく、
この世の果てまでも徹底して心配する びおろん
 怪しく不思議な感性の持ち主、しかし「いざ鎌倉」になれば、明晰な頭脳と冷
静な判断力で事の真理を追及する男 テヌート
 オシャレでキュートで、細身の美人!HPを作らせれば際限のない工夫とデザ
イン、優しくみんなの事も考える cafe195
 優しいポエムのような口調で語り掛ける魅力の持ち主、お話の世界にみなを引
きづり込む才はお見事と言うしかない たまご
 いつも夢を失わず、がんがんロックな人生を突っ走り、人の優しさを素直に受
け取る性格は人の心もなごます まさゆき
 女神のように私たちを、いつもどこかで見守ってくれているかのように感じさ
せる、彼女の振る舞いが謎の TANO
 絶えずネットを駆け巡り、積極果敢に危険なことにも首を突っ込む彼の好奇心、
更新に更新を重ねるHPライフが持ち味の 菅又@Dreamcast

 彼らと命を賭けて、危険にさらされながらも、みんなの力をひとつにして出口
の見えないトンネルを今潜り抜けた… 徹は目がしらを熱くしながら、それぞれ
の掲示板に感動の書きこみを続けていた。そして最後にメールをチェックした
時だった… それは予期せぬものだった。
 差出人はテヌート!件名は「お年玉」。徹はすばやく開いた。内容は次の通り。

『toさん!明けましておめでとう。
 年の瀬には大変お世話になりました。
 今年もどうぞよろしくお願いします。

 ひとつだけtoさんに秘密にしていることがありました。
 それは…
 添付ファイルを開けてみればわかります…
 きっと役に立つものですよ…

 ちなみに…
 このファイルはみんなに送信しました。

 ではまた… ネットでお会いしましょう…』

 徹は急いで添付ファイルを開こうとした。
 画面には「NetTravel ver.1.0 セットアップ」と表示され、なにやら
インストールプログラムが起動したようだ…
「…なるほど!これは…
 ネットへの出入り可能なプログラムだ…
 機密プログラムを彼はコピーしていたんだ…」

 徹はしばらくセットアッププログラムが遂行されるのを眺めていたが、
ふと意を決したように筆をとり、そして題名を書いた。

『toさんのインターネット失踪事件』

(完)

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