たわごと
ひまつぶしにどうぞ。

□10月5日□
あいぽっどなの
ああ、おなかがすきました。秋の夜長は食べ物とともにふけてゆきます。
そんな夜に欠かせないものがもうひとつ、音楽ですね。
今宵はちょっと爽やかに後ろめたい気分なので、BACK DROP BOMB の「REFIXX」です。
ネットをしながらの流し聴きにも、腹筋のお供にも、丁度いいテンポと明るさなので最近のお気に入りです。
私の音楽を聴く場はもっぱら家、車。だってウォークマンなんて、小学校6年生に買ったカセットの「遊歩人」ってやつ以来、持ったことないですから。
だから未だにCDウォークマンとか憧れます。でっかいヘッドフォンとか、是非つけてみたい。
そんな私がなにを血迷ったか、Apple社のウォークマンの超進化系機器を購入してしまいました。
入る曲数なんと1000曲、薄さわずかエンピツ程度!
こりゃあすごい。購入して2日、もう仕事中は手放せないというか耳放せないというか、とにかくいいです。ちゃー聴きーです。
今まで音楽に無頓着だった私の大きな第一歩となりそうです。
□9月25日
球蹴日和□
世間はうきうきスポーツの秋だというのに、私は「誰かを相手に競う」スポーツが、大大大大大大・・・の苦手です。
思えば、小学校のクラブ決めで、どうしてもバスケットクラブに入りたいという1人の子のわがままで終わらない学級会にうんざりし、せっかくじゃんけんで勝ち取ったバスケットクラブへの数少ない所属権をゆずってしまったことから、スポーツとはかけ離れた人生が始まった気がします。
その時、代わりに入ったのは折り紙クラブ。なんの折り技もマスターしないまま、学年とともに茶道、漫画と文科系クラブをつっぱしり。
中学でやっと、イギリス人が教える中国武術という体を動かすやつに参加。
武術のおかげでかなり楽しい放課後ライフを過ごせましたが、武術も戦うものでなく、個々人の技を磨くものでした。
そういうの、性にあってるんですよね、ひたすら1人モクモクとやるやつ。
今続けてる水泳も然り。
他人を相手にすると、自分の能力のどうしようもなさが明るみに出てしまう、自分だけを見ていれば、ちょっとずつでも伸びた部分を褒めながらやればいいですもんね。
なので、体育の時間のバスケットやバレーボールではひたすら走るだけ、それがすごい楽しくもあるのですが、ボールが回ってこようものならパニックで上履きが脱げてしまうような、でーじな運痴でした。
それが、なんの因果か、昨日ビーチサッカー大会に出場しました。
会社の男子チームの中で私は案の定走っているだけですが、まさかの勝ち進みで今日もこれからいってきます。
□9月14日
ちゅらちゅらちゅら
ちゅらさんのヒット以来か、「ちゅら」という言葉をよく目にします。
これつけときゃまぁ大丈夫だろ、という命名者の意図が見える気がして、「オイオイそんな安易に使うなよ」と思いながらも
ネーミングの仕事で沖縄系のものが来たりするとつい一案に加えてしまう私ですが
昨日ちゅらの大御所「ちゅら海水族館」へ行ってきました。
初年度から毎年年間パスポートを作り続けていますが、何度行ってもあの大きな水槽にたどり着く瞬間の興奮は衰えません。
その興奮スポットで、魚たちへのエサあげを見るというのが今回の目的です。
感想は・・・とても言葉じゃあ言えません。
あの7mもの巨体があんなことを!あの口からあれがあんなに!
・・・やっぱり言えません。生命の神秘、ちゅらにあり。
大きいことはいいことだ、と何かの広告が訴えていましたが、いや本当その通り!と思う迫力のシーンを目の当たりにし、
でも一番のお気に入りは小さい水槽にひたすらフワフワ浮いてるタコクラゲだったりして
やっぱり何度行っても新たな発見がある素晴らしい所でした。
□9月7日□
那覇を見渡す石嶺森にそびゆるイラカは我らが母校
仕事の関係で母校へ行きました。卒業して6年。
昨年も行ったのですが、どうしてか大した感慨もない私と、すでによそ者顔で無機質な校舎の間にはひどい温度差があったように思います。
5年の月日は「懐かしい」の感情さえ飛び越えて、思い出を思い出たらしめてしまうに十分な時間なのかなあ、と寂しく感じたものです。
ところがどっこい、なんでしょう、今日のこのキュンとする気持ち。
昔歩いた廊下が、汗を流した体育館が、待ち合わせをした靴箱が、全てが6年前のリアリティを持って一気に私を過去へ連れ戻しました。
ほんの少し幼い自分の行動や体験が昨日の事のように次から次へと思い出されます。
そんな時、胸がすこしキュンとするのは、なんででしょう。一瞬の、でも強く体のどこか胸のあたりが酸っぱくなるような感じ。
この6年間で無くしてしまった大きなものをあらためて知るように。
そのなにかを埋めるために、過去は存在するのかもしれない・・・
若かったあの頃、私たち女子がウン○子をするのに利用していた職員用トイレに入りながら、過去の自分に今の自分を重ねた夜でした。
□8月29日(月)□
なんだかなあ
毎日なんとなく生きていても、たいした主義主張がなくても、1日にひとつかふたつ、「なんだかなあ」な事があります。
ぼったくりのコーヒー屋さんや、大人の見て見ないふり、芸能レポ−ターのしったかぶり、などなど。
その中でも抜きん出て「なんだかなあ」なのが、選挙ポスターです。
あれを見ると、とりあえず「誰だ?」って思います。
もちろん、名前と顔はでーん!と載っているから、ああ政治家のなんとかさんね、まではわかるのですが、何をしたい人なのかがさっぱりわからない。
書いてあったとしても「あきらめません沖縄」とか「沖縄を変える、未来を変える」ライクな、100%曖昧な言葉ばかりで、つい「で?」とつっこんでしまいます。
政治に疎い私ですから、ぜひポスターにも「私はチャリ通勤で絶対二酸化炭素を出しません!」とか「直接ブッシュのとこに通いつめて基地を縮小させます!」とかわっかりやすいメッセージを乗せてほしいのです。
私の実家の近くの電柱には、「寄宮中学校にクーラーを」「プール監視員の増員を」と大きく書かれた小さめのポスターが貼ってあります。顔写真もありません。見習うべきは、ここではないでしょうか。
庶民には政治家が何をして何を考えてるのか全然わかりませんから。
□8月19日うーくい□
アイマスクとボッサの、神様
つい先日、会社で「テレビを見ること」の話題になりました。
生まれてこの方、はまった番組は「ボキャブラ天国」のみ、まともに見たドラマは「池袋ウエストゲートパーク」のみ。
普段見るのは朝の「めざましテレビ」のみ。
会社の人の「おまえは家に帰って何をしてるんだ?」との問いに、自分でも疑問を感じました。だって、テレビ見ようと思うひまさえないぐらい、なんだか忙しい気がするのです。
でも、一体何をしてて忙しいのかさっぱり思い出せません。私には24時間も与えられていないんじゃないか、と疑う程です。
そこで、日々「自分が何に時間を割いているのか」を意識しながら過ごすことにしてみました。
それから2日経ち、とりあえずわかりました。
私、寝る前の数時間は、うたた寝しながら音楽を聞いているらしいです。
お風呂あがりのポカポカした体に、クーラーの心地よい空間で、きもちいい音楽を聞きながらうたた寝してはちょっと起き、またすこしうたた寝を・・・
これがなんとも心地よく、他のことなんかすっかり忘れたまま数時間を過ごせてしまうのです。
今のお気に入りセットは、冷蔵庫で冷やしたアイマスクと、ジョアン・ジルベルトやアンリ・サルバドールなんかの渋いおじさまの声です。
世間を知るためにもテレビ見ようかなあ、と思いつつも、やめられないこのセット。
なるほど、私がテレビ見ないのは彼らのせいか!
□8月7日□
手に入らないものなんてないんだ
私のもっとも身近な大人は言います、「手に入らないものが多すぎる」と。
私は、がんばれば絶対なんでも手に入ると思っているし、思いたい。
例えこれから先どんなに思い通りにいかない人生が待ち受けていようと、その考えは捨てずにいたい。
だって、生きていくのにその方がきっと楽しいと思うから。
それとも、若いうちだけなのでしょうか、こう考えていられるのは。現実って、そういうあきらめを受け入れなければならないものなんでしょうか。
そうやって悩む時、努力嫌いな私はいつまでも「なんでも手に入るんだ」と思っているためにも、もっともっと努力しよう、と決めるのです。
□7月21日(木)□
オッパァ、ウェグレ〜!!
久しぶりにハンサムな人を見ました。北朝鮮の2km手前でです。
韓国は徴兵制があるので若者は必ず一度兵隊を経験するそうです。
かっこいい彼も、韓国と北朝鮮の国境を挟む4km圏内の「非武装地帯」という、非武装って名前がすでに危ない雰囲気をかもし出してる場所で兵隊として働いていました。
カチカチの日本語でピシっと説明する彼にメロメロな日本人おばさん続出で、写真撮られたり握手されたりして照れてる彼を見ていると、兵隊さんも普通の若者なんだなあと実感しました。
兵隊の訓練はかなりハードらしく、すごく重い荷物をしょって一晩山を歩いたりするそうです。
その気持ちを味わいたい、とかそんなわけでは全くないのですが、訓練コースにもなっている(たぶん)山、ソウルのアンサンに登りました。
さわやかに汗まみれになりながら頂上に着くと、なぜかジム並みの運動器具が。
韓国の人々は登っただけでは飽き足らず、懸垂や腹筋マシーンで体を鍛えあげているようです。すごいです、ストイックです。
私も見習わねば。張り切って下山しはじめたら、今度はだるそうなおじさん達の集まる囲碁スペースが。
みんな何しに山に来てるんでしょうか、山に。日本とは違う山事情を知った韓国の旅でした。
そうそう、ちなみに「オッパ、ウェグレ!」はかっこいい人に言う言葉かなんかで、よくアイドルのコンサートで若い女の子が叫ぶセリフだそうです。なんかあったら使ってみてください。
□7月いっぴ□
ない、の日。
今日は7/1「ない」の日ですね。みなさんはなにが「ない」ですか?
金ない、知恵ない、根性ない。私のないないトップ3はこんなもんです。終わってます。ここ2、3ヶ月、人生においてかつてない程の貧乏な日々が続いています。
家具屋さんのセールでたった2千円しか安くなっていなかった2万7000円のランプの購入がたたったのか、母の日・父の日の妙に奮発してしまったプレゼントが原因か、なぜか激貧です。
それだから最近は買い物に行ってもウィンドウズですし、ジムの運動後の劇的においしいビンのコーヒー牛乳も買えないという惨めなありさま。
知恵と根性は生まれた時からないのでいいとして、とにかくないお金。しかも労働時間が直接給料に反映されてるバイトと違い、地味な昇進を目標に働く歯がゆいリーマン生活。
・・・って絶望の淵につま先で立ちながら「お金がない」が口癖になっていた私・・・ってあれ?なんか気持ちわる!
目先の貧乏にばかり意識を縛られて、一日をつまんないものにしてしまっていることに、やっと気付きました。
ないない言ってないで、なんかしらハッピーに暮らす工夫でもしたら、ちょっとは知恵もつくでしょうか。
そんで気がついたら金持ちだった、とかいう未来があればいいなあ。
□6月19日□
タイムスリップ
高校生のころ、教室には教壇があって、黒板があって、そこに向かい合わせで私たち生徒が座る机がごろごろと並べられ、壁には時間割表や標語、いろんなお知らせだとかが貼られていたっけ。
卒業から5年経った今でも、目を閉じると高校の頃の情景がありありと浮かんできます。
学校に行けば好きな仲間がいて、話すことはあほみたいなことばっかりで、そんな仲間と共に程よく勉強で頭を動かしながら過ごした日々は、「大学合格」という確固たる目標があって、だから迷いがなくて、キラキラした毎日だった気がします。
さて、5年後の私。
好きな仲間とあほな話をしてることに変わりはないものの、あの頃と違うのは「自分自身の成長」でも「裕福な生活」でもなくて、「将来への迷い」です。
17歳の私が大学を目指していた頃のがむしゃらさを、また何かにぶつけたい、なのにその対象を決められないでいる、そんな23歳しがない会社員。
大器晩成、って言葉だけを心の頼りに人生のゴールを探したいと思います。
漢字検定試験でひっさびさに高校校舎に行くと、こんな感慨に浸れます。肝心の漢検はぼろぼろっす。
□6月5日□
海胆日和
海の胆と書いてウニ。本日昼下がり、海辺で食べました。
日に焼けたしぶいおじさんがトロピーに潜って採った新鮮なやつをです。
採れたてはとてもうまいのだと聞き、23年間生きてきて釣りさえ一度もしたことのない私は200%の期待感で、友人のウニ漁についていきました。
引き潮のお昼前に友人は父親と海に入り、1時間ばかり潜ってウニやハリセンボンや得体の知れない貝などを採ってきました。
その場で割ってスプーンですくって食べたウニは、これまで食べたウニよりまろやかで、濃厚。ウニが好きで好きでたまらない、ってわけではない私でしたが、そのとろりとした食感のデリシャスさを感じることができました。
ウニの味はもちろん、解体されたハリセンボンやまっ青で小さな魚たち、ナマコの感触、どれもこれもプレシャスな体験でした。
ちなみにウニの口の正式名称は『アリストテレスのちょうちん』。アリストテレスが「ウニの口はちょうちんに似てるなあ」と言ったかららしいです。
ウニはそんなこと知る由もないですが。
□5月10日□
ゴールデンウィークも無事休み、元通りの5日出勤めんどくせ〜、な5月半ば。
難儀な仕事をさっさと切り上げ、ノー残業で家に帰ってゴーヤーカレーを食べ、ラジオでアイパー鈴木のしゃべりをだらだら聞く、てな感じの日々を皆さん過ごしているかと思います。
そんな感じで毎日過ごしてる市民代表の私ですが、ちょっと張り合いのない日々を打破すべく、趣味を作ってみました。
なにをかくそうジムです、ジム。新顔のコナミに押されて人気まばらなイーズ、最高です。
入って2ヶ月、残業や自分への甘えでなかなか行けませんが、調子良く週3ぐらいで行けたときはもう、すごいです。
運動による体の軽さと、お稽古ごと特有の心の充実感で、なんだか満タン感があるのです。
しかもおばーたちもうようよしてるので、運よくプールサイドのジャグジーで一緒になってしまったら、戦争体験談も聞けてしまえるというスペシャルおまけつき。
ジムから広がる世代間コミュニケーション。素敵です。
私にとって、もはや運動のためだけの場所を超えて、ひとつの交流空間としての機能まで果たし始めたイーズ、みなさんもぜひどうぞ。
□4月23日□
「ハル」は「シロ」にかわります。
数日前、仕事を終えて家に帰ると、母に言い渡されました。「今日からハールーはシーローだからね。」
うちにはにゃんこが2匹いて、1匹は私が中学生のころからいる7、8年の付き合いなのに全然なつかない白いやつ、ハールー。
もう1匹は母が1週間程前に迷っているのを拾ってきたひとなつっこくてまっくろなの、クーロー。
で、母から出たお達しはつまり、ハールーの改名だったのですが、なんで?って聞くと、とっても単純。
クーローがクーローだから。だって。
よくなつくクーローにメロメロになってしまった母は、どんな効果を期待しているのか、かわいいネコが黒くてクーローだからって、白いネコをシーローに変えてしまったのです。
なんの脈絡もない母の行動が娘ながら理解不能です。
□4月13日□
ム。
頭が空っぽで、ここに書く事がありません、ってぐらい何も考えてない気がする4月13日。
24時間365日頭は働いてるはずなのに、あ、寝てる時間をマイナスするから、
5時間寝るとして約19時間289日、なんかしら考えてるはずなのにこうして何かを書くってなるとネタがない。
今日起きてから今のいままで、一体どんな情報処理を私の脳は行っていたのか。
おまえちゃんと働いてるんか?フローチャートにしてみせてくれ、我が脳よ。
ってくだらんことにきっと我が脳は労を裂いているのだろう・・ごめん。
みなさんはどんなこと考えて1日を過ごしてますか?
比べられないだけに、他人の頭の中が気になります。何を考えてるか、よりもどう考えてるか、が特に知りたい。
そんで私の情報処理能力がちゃんと機能してるのか確かめたい。
自分が何考えて24時間もの時間を過ごしてるのかわからんし、最近はもうモノの善し悪しも判断つかない。
情報過多の時代に、思いっきりその波にさらわれてます。
多くの情報に触れようとするあまり、判断力が麻痺して、文章やら映像やらの、なにが自分の気持ちよく感じる基準なのかわからなくなっています。
書く仕事は楽しいですが、読むもの全てが勉強に思えてしまって、学生時代のようになんも考えずに本とか雑誌とか読めなくなってきてるような。
単純に好き、嫌いで世界を見れるような感性でいたいです、いつまでも。
□4月3日(日)□
くちぶえサンドウイッチ
前日の、海がそのまま降ってきたみたいな雨がうそかと思う程の青空へと、散歩へ出かけました。
都心からすぐ側なのに海は全く汚れずに美しく、空を映していろいろな「青」にキラキラしていました。
しに久しぶりに、なーんもしない時間でした。
晴れとは裏腹に吹きすさぶ風に髪をバタバタさせながら、ノリで作ってきたと言ってサンドイッチを差し出す友と、
とても休日らしい休日を過ごしました。
なんもしないことが、こんなに楽しいってことを久しぶりに思い出させてくれた彼に、感謝です。
□3月27日□
好奇心
私の好きな人種のひとつ、〈好奇心旺盛〉。ほっといたらどんどっかに行ってしまう、自分勝手な程の好奇心を持ち合わせた人が大好きです。
今年2度目のちゅら海水族館で、一生懸命ネムリブカを探す友人を見て、いろんなことを知りたいって気持ちは素敵だなあと、改めて思いました。
私も大好きなうつぼの生態でも調べようかな。
□3月15日□
新人さんいらっしゃい
そういや、会社に新人の子たちが入ってきました。私も1年前はあんなにキラキラしてたのか・・・たった1年で干涸びたイカみたいな私。
大人になるって世知辛いですね。この頃日増しに大人びる自分を発見し、ため息をつく毎日です。
大人びる、なんて言うとちょっとかっこいい雰囲気が漂いますが、私の大人びた部分はどうしようもなくかっこ悪い。
例えば朝、目覚まし一発で起きれなくなった。例えば、人見知りができるようになった。例えば、お世辞をお世辞として受け流せるようになった。
とまあ、人からしたら「ん?」てな事かもしれませんが、私にとっての大人の階段はこんな事たちです。
早く何者かになりたくて「大人になりたい!」とヤキモキしていた幼い私は、ちょっとした生活の乱れや、本音と建前の使い分けだとかの、理想像とはかけ離れた実年齢としての‘大人’を迎えつつあります。
[年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時はじめて老いる]byサムエル・・・ふむ。
いくら寝坊しようと、お世辞に笑顔が強ばろうと、幼い頃抱いた理想は捨てずにいようと、入社2年目にして誓いました。
□3月14日ほはいとでー□
〈かわいい〉〈やばい〉〈すごい〉
私の一日この3語で終われるんじゃないか、ってぐらい使ってしまう言葉たち。
同僚が髪を切っては「かわいー」。野良ネコを見て「かわいー」。挙げ句、局長が持ってきたケーキにすら「かわいー」という有様。言ってるそばから後悔です。
言葉を職業とする者として情けねーなと思い、密かにこれらのワードを禁止しようと、昨日思い立ちました。
日本語が乱れてきた、等のどっかの偉い人のよくある話には共感しませんが(乱れも文化の流れだと私は考えます)、自分自身の語集が貧弱ってのはどうも具合が悪い。
髪型ならイカすとか、ネコなら愛らしいとか、ケーキなら重厚だとか、場面ごとに違う単語がするっと出てくるように、明日から三大用語禁止を実施いたします。
一緒にやりません?
□2月22日□
うう・・寒い・・ウーパールーパーのあくびみたいだ・・
こないだまで半袖でオッケーで、よっしゃもう夏だ、と思っていたらこの逆戻り。冬カムバックアゲイン。はあ。こうして夜遅く、部屋で1人パソコンに向かっていると、聴いている陽気なレゲエの曲とはウラハラに心はどんどんふさぎ込んできます。
うう〜さみ〜お腹くだしそうだ〜
↓
今この瞬間に寒すぎてお腹キュルキュルしてるのなんて、きっと私一人に違いないや。
↓
一人でなにやってんだ私。てか何のためにここにいるんだ。
…ふと気付くと己の存在意義まで問うてしまったりします。寒い夜は。
が、もうひとつ、私を孤独の淵へ導く、我の存在を疑いたくなるような気持ちにさせることがあります。
会社で私の隣に居座る、ウーパールーパーです。
近頃一日一回は「おまえ、なんのために生きてんだよ・・」と心の中で叫んでは、「自分で買ったんじゃん」と自分で答える日々が続いています。
ウーパーは飼い始めこそかわいい、珍しいとちやほやされたものの、それもほんのつかの間ー1ヶ月程度のことでした。
エサをあげるのもかろうじて隣の席の私だけ、時々水槽を覗くニンゲンには「気持ちわる!」と言われる始末。
それでも誇り高く、気高く生きていてくれれば私も誇らしげな気持ちでそっと見守るものを、ウーパーときたら。
毎日水槽の中で自分のうんこにまみれて、頭上から落ちてくるエサに気付かず頭に乗っけたまま「メガネメガネ」のおっさん状態でエサをかぎ回る有様。
ウーパー!!!おまえ、なにが楽しくて生きているのよ?!神はなぜウーパーを作りたもうた?!
その姿は、ペットショップで足につながれた鎖を一心不乱に外そうとするオウムに重なって、私になんともいえない悲しさを連れてくるのです。
そう悲しんでみた所で、ウーパーを飼い始めたのも、小さい世界に閉じ込めて生きる意味を奪っているのも私なんですよね。
ウーパーが時々するちいさなあくび。それだけが彼の自己主張に思えて、とにかく面倒はみてやらにゃ、と思う今日この頃です。
□2月14日ハッピーバレンタイン□
第二のボビー・マクファーリン
久々に青春の汗ほとばしるライブに行ってきました。あるバンドの解散ライブだったのですが、私の目を釘付けにしたのはそのバンドではなく、一人の女の子ドラマーでした。
ステージと客席併せて私の部屋3コ分ぐらいのライブハウスには、程よく若者が集まり、程よい熱気をスペースいっぱいに充満させていました。
そんな中、客席に背を向けて彼女は現れました。ベースを弾くその後ろ姿はなんとなく頼りなく、首筋にか細く光るシルバーのネックレスが、激しく大きく頭を振るその動作の荒々しさとはあまりにも対照的で、そのアンバランスさはすぐに、私の目から瞬きを奪いました。
夢中でその姿を見るうちに、それが女性だと気付いて愕然としました。
彼女には女性らしさ、を気にかける恥じらいが微塵も感じられず、ただひたすらに音を作り出すことに集中しているようでした。
我を忘れてなにかに入り込む人を間近にすると、私自身までもその熱い呼吸に吸い込まれそうで、その空気に犯されてしまいそうで、思わず息を止めてしまいます。
それは、彼女がベースからドラムにかわって一層強く感じました。
もう、音以外の何者も彼女を支配し得ない。ライブハウスにも関わらず、私の耳は音を遠くにしか聞き取れなくなりました。ドラムを叩く彼女の姿があまりに強烈だったからです。
これほど人そのものに心動かされたのは、1年前にテレビで見たボビー・マクファーリン以来です。
飛行機でたまたま目にした彼は、恐らくすごく有名なシンガーで、大きなアリーナを楽器なしの歌声で湧かせていました。その時は、彼の笑顔に、とんでもなく強い意志、音楽に対する想いなのか平和への願いなのかはわかりませんが、にメロメロにやられてしまったのです。
2人に共通しているのは、自分の好きな物へのつきぬけた愛情と、その中に身を投じる自分への尊敬を併せ持った光を瞳に宿していることのような気がします。
□2月6日□
よし、明日旅に出よう
鞄ひとつで生きていける人に強く憧れる私は、「思い立ったらすぐ旅立つ」環境を整えとこうかと、日々考えます。旅に出る時、たいてい私は荷物が少ない。
イタリアに10日間出た時は、東京2泊3日でも足りなさそうな、友人の半分しかないスーツケースでした。もちろん服装は3日に一度は同じもの。
それでも冬だったからコートなんかがかさばったせいもあるわけで、夏のタイだったらリュック1こで十分(たぶん)です。
てな感じで、人より物持ちは少ないわけですが、それでも日々を暮らしていくには、きっとでかいスーツケース2つは必要な気がします。
ある対談集で拝見した西江雅之さんという方は、まさに私の理想とする、鞄ひとつで生きている人です。
むしろ鞄ひとつも多すぎるようで、旅に着替えも持たないと話していました。すごくうらやましい生き様です。
現地ですべてどうにかなる。そういう考えで旅先に行くから、すぐに現地になじむのかもしれません。いいなあ。
私は西江さんのような身軽さに憧れながらも、一方で軽い「ストックマニア」だったりします。
仕事柄必要な物ばかりですが、せっせとパンフレットや本やフライヤーをファイリングしては、その揃いぶりに満足しています。
自分にはできない生き方だからかっこよく見えるのでしょうか。隣の畑はまっ青です。
□1月26日□
趣味は?
お見合いでいかにも聞かれそうな、あるいは初めての会社の飲み会で隣に座ったよく知らない&話題がない上司との会話で使われそうな、ありふれたセリフ。
今日のお昼前、会社で私の向かいに座る先輩、ぞうきんをゆっくり洗う素晴らしさを教えてくれた彼女にこの質問をされた私。
むむ、と悩む私。答えられないならば必殺技、逆質問です。先輩はなんですか?
うーん、いつも読書って答えてたけど、読書は趣味じゃなくて〈習慣〉なんだよね。
なんだかものすごくかっこいい、それ!緑のディスプレイの携帯電話使ってるぜ、電話できればいいもんね。って言葉ぐらいかっこいい!
いいなあ、仕事のため本をたくさん読むようにはしているものの、活字の情報に溺れて追いつけない、あっぷあっぷの私とは大違い・・・
またひとつ、素敵な生き様を知りました。
□1月19日□
積載重量 森 公美子(1人)
今日、会社帰りにいつものひめゆり通りをいつもの帰りと同じように、車でとろとろと走っていました。
ぼんやりと考え事をしながら、前を走る車、ただの白い軽だったと思います、にふと目を止め、違和感を感じました。
森・・・公美子・・・?はて?そこには〈積載重量 森 公美子(1人)〉の文字。
あはあ!森公美子1人分しか乗らないのねこの車!!このミニおしゃれギャグにハートを射抜かれた私。ドギュンです。
どんな人が乗ってるのか、どんな気持ちでこの文字を貼ったのかが知りたくて、ちょっと尾行を考えましたが、ストーカーが犯罪な昨今ですので、やめておきました。
そういえばおとついの朝は車ボディのサイドに〈お元気ですか?〉と書かれた車を見かけました。素敵な人たちに感動しっぱなしの年明けです。
□2005/1/16□
あけましたね
どうもおめでとうございます。今年はブエノチキンホームページの大幅改造を実行したいと思いますので、どうかお楽しみに。
□12月20日□
遠い国のこと
私にとって、イラクで今起きていることはとてもとても遠い出来事であって、例えばそれはかつてのベトナム戦争だとか、教科書で見た第二次世界大戦とかの、まるで歴史上の過去の年表上のことのように感じられるほどの距離なのです。まったく現実味がないその土地に派遣された、アメリカ州兵のドキュメンタリーを今テレビで見ました。州兵とは、2年間の登録で月1程度災害地の復興支援などの活動を行う組織で、月3万円の支給や奨学金の配布などがあるため、収入の足しや学費のために登録している市民が多数いるようです。そんな、私たちと変わらずにきっとイラクなんて遠い国の遠い町のことだと思っていた人々が、ある日突然「州兵」の名の元に招集されてしまうのです。私はその生活の変わりようと、そしてそれを受け入れなければ軍法会議にかけられてしまうという現実から、初めて生の戦争が起きている状況を理解しました。現地に派遣された、州兵の名を持つ一市民は、つい最近まで私たちと変わらぬ暮らしをしていた彼らは、ライフルをかつぎ、襲撃にあい、寝屋を襲われ、戦っていました。隊には19歳の子もいます。45歳のダチョウ農家をしているお腹のでっぷりしたおじさんもいます。彼らは言います。「ここは想像をはるかに超えていた」「ここでの出来事のひとつひとつが重く心にのしかかってくる。帰ったら普通にやっていく自信がない」と。世界が平和になることを祈らずにはいられない番組でした。
□12月13日□
ぞうきんをゆっくり洗うこと。
みなさんおひさしぶりこんばんわ。やっと寒くなってきましたね。そこで今日は、〈最近身につけたこと〉の話です。私の会社は、毎朝社員全員で掃除をします。トイレや、階段や、デスク周りや、会議室なんかをせっせと、です。私は他人の掃除の仕方に特別興味がないので、黙々とトイレを磨いたり、ゴミを集めたりしているのですが、ひとつだけ、感心してしまうことがあります。それが、「ぞうきんをゆっくり洗うこと」です。2年先輩の、はきはきとした物言いをし、ぱきぱきと行動する彼女は、ぞうきんをちゃんと洗うのです。どんな汚いぞうきんも、しっかり石鹸をつけ、ごしごしと力強く、でも丁寧に洗う姿は、ちゃっちゃと洗ってポイ!の私にはひどく新鮮に映りました。それに、とても贅沢な行為にも、見えました。目の前の物にしっかり向き合っている感じ。心打たれた私は、さっそく家のふきんをゆっくり洗ってみました。ちゃっちゃでポイ、だったのを、洗剤をつけ、広げて隅々までこする。洗う間は、ふきんのことだけ考えます。汚れを落とすことだけを。しっかりゆっくりすすいだら、ふきんのなんと眩しいこと!いつもとの違いに驚きました。一度このゆっくりを体験すると、その静かな時間がなんだか愛おしくてたまりません。今まで全くふきんを見つめていなかった自分に気付きました。反省。以来、いろんな場面で「ゆっくり」するようになりました。今までより、物事がちゃんと見えてきた気がします。
□12月1日 10分前□
きたきた!きたよーーーーーーーーーーー!!師走!!2004が終わるーーーーーーーーー!なんて、確か去年の12月最初のたわごとでも似たような書き出しだったような。相変わらず成長の見られない私。と反省しつつ、12月の話でもしようじゃないですか。近頃みなさん、いかがお過ごしでしたか?私は10円レンタルのビデオを5本借りて、知らずに1日延泊してけっきょく1000円払ったり、慣れないヒール靴で酔っぱらって新都心から与儀まで歩いて足の指の水ぶくれがやぶれたり、顔の吹き出物にタイガーバームを塗ったら目に染みてしょうがなかったり、してました。みなさんはよい11月の終わりを向かえていますか?思えばこうしてなんとなく過ぎてってしまう2004年11月も、もう二度と、に、ど、と、こないんですよね。変なーですね。不思議です。どんだけこの地球は、宇宙は、二度とこない日を重ねてきたんでしょう。飽きないのかな?そろそろ飽きたし、人間も調子に乗ってるし、ここらでちょっと暴れとくか。みたいな地球の気分のせいで、近頃地震や災害が多いのかなあ。なんて、本気で思います。飽きた、ってのは置いといて、私がちっちゃい蟻1匹にかまれてて最初は気にならなかったのに、ほっといたら10匹ぐらいきて足の指にたかってるから、うっとうしくなってしっしって払いのけるように、地球だってよってたかってチクチクされたら、きっとうっとうしいはず。どうして、大地とか空とかも私たちと共通の言葉を持って、「ちょっと痛いんだけど。」とか言ってくれないんでしょうか。そうすれば、環境破壊の深刻さに、もっと早く気付けるのにね。
□11月18日□
5本/週
「チキンハート」「月とキャベツ」「センセイの鞄」「きょうのできごと」「SF」先週この5本のビデオを忙しく見終え、今週また5本、ビデオが私に見てもらおうと部屋のちっちゃいテーブルに重ねられています。会社の近くにできたビデオやさんが、オープンセールで価格破壊の1本10円!をしてしまいました。それで私はこんな状況なのです。先週は邦画漬けだったので、今週は洋画ばっかし借りました。最近めっきり邦画派です。やっぱり洋画とは空気感が違います。部屋に差し込む昼下がりの、少しほこりっぽい、だけどけして不潔ではない温かい光、ってのが邦画のイメージです。洋画はもっとはっきりしてたり、もちょっと古い空気をまとっていたりする気がします。そんで、そんな邦画の空気がたまらないのです。非常に心地がよい。かんふぁたぼーでビューティフォー。これまで生きてきた土地だという事が少なからず影響してるのかもしれません。洋画は、どこか、現実味がなく、実感のない遠い世界は憧れを抱かせます。これまで洋画ばかり見てきた私は、海外ばかり旅をした人が、日本国内を回ってみて、「ああ やっぱり日本はいいなあ」という感じに似て、邦画が映す日本が新鮮であり、懐かしいのです。おおげさに言えば、日本人としてのアイデンティテイの確認をしているのかも、しれません。む。
□11月16日□
今日、ブエノチキンに、高校生の子供を持つ母親がチキンを買いにきました。今日が誕生日のその子に何がほしいか聞いたところ、「ブエノをおもいっきり食べたい」と言ったそうです・・・父(店主)からの報告でした。
さて、最近めっきり寒くもならず、まだタンクトップぶいぶいな今日この頃は、真冬に半袖・半パンで小学校へ行き、だんしに「ちゅーばー」と言われていたことを思い出します。「いくら暑いからって、タンクトップはないでしょ」と会社で言われても、年中日焼けしてても、20年たっても変わらない自分体質に誇りを持って生きていこうと思います。だけど、早くタートルネックのもこもこのセーターを着て、かわいい赤白チェックのマフラーをまいて、冬らしい黒のピーコートをはおって仕上げにニット帽なんかかぶったりして・・っていう冬オシャレが恋しいですね。いや〜しかし、考えただけであっつい。今日の最高気温は26℃です、ちなみに。
□11月2日□
今日は11月1日の次の日、そして11月3日の前の日です。毎月毎月、バカの一つ覚えみたいに、「ああ、時間とはなんと早く過ぎてしまうことよ・・・」と思います。あまりその事に焦ったり惜しんだりしてても生産性がないので、今は考えないでおきます。常に前を向いて歩きましょう。というわけで、明日3日は文化の日、もしくは父の誕生日ということになってます。なので今からケーキでも買ってこようかと思います。では、取り急ぎ。
□10月31日□
明日は早朝朝礼だ!
住んでるなあ。実家に住むようになって、8ヶ月。思えば遠くにきたもんだ。つい最近まで東京にいたと思うと、時間の概念がふっとびます。のんきに旅行しながら人の家を泊まりあるいていた8ヶ月前の暮らしと、社会人として沖縄の地で、日々宜野湾へ通う生活。半年でこうも変わるのですね。なんでもありですね、この世の中。話を戻しますと、私はあまり家に居続けるのが苦手です。それでなんかしらいつも出かけてしまいます。今日もお米を買いに行ったついでに、空がきれいだったのでちょっと糸満あたりの海まで行って、夕日が沈む場面を、夕日の真っ正面から見守りました。そんな具合です。だから、私にとって「家」は現実感を持たない場所です。もちろん、寝て、食べて、お風呂入って本読んで・・っていう暮らしを確かにそこでしているのですが、なんとなく、よそよそしく接してしまいます。友達以上恋人未満のような、そんな距離感。なのですが、今日、ちょっと、恋人候補ぐらいにランクアップしました。我が家が。なぜかというと、今日朝から4時間ほど、1人大掃除をしたからです。タンスの上の段の奥の方にごちゃっと投げ入れてあったポスターやら、わけのわからん袋類、しかも猫のおしっこ付き、とか、小さい頃通った英語教室の教科書とか、とにかく捨てました。掃除、それすなわち私らしい空間作り。そうして家にかまってみると、ふと、感じたのです。「ああ、私ここに住んでるのね」と。今まで挨拶しか交わさなかったクラスメイトに急に悩みを打ち明けられたような親近感。それと似た感情を味わいました。これだけ近づけるのなら、かまう、ってのはいいことかもしれません。こうやってお互い、家と私が、ちょっとづつ歩み寄って、いい空間ができるんだろうなあ。
□10月30日□
やっぱり
とっても最近注目している言葉です。人それぞれ話し方にスタイルやくせがあるものですが、それには習慣になってる場合もあれ